Sustainable Japan QUICK ESG研究所

【人権】ダイバーシティは本当に必要なのか?(上)〜欧米におけるダイバーシティの意味〜 2014/09/14 体系的に学ぶ

ダイバーシティ

ダイバーシティ・ランキング世界1位のノバルティス

世界の企業ダイバーシティ・ランキング「The DiversityInc Top 50 List」を毎年調査・発表している米国DiversityInc社。2014年には、スイス・バーゼルに本社を置く製薬会社Novartis Pharmaceuticals Corporation社がランキング1位を獲得しました。同社は毎年上位にランクインする常連企業です。彼らはダイバーシティについてこう語っています。

“You don’t need 10 people in the room who think exactly the same. You need 10 people in the room with very unique points of view, and can reach consensus on what a thing to do is for the customer.”

「会議室に全く同じ考えを持つ10人は必要ない。会議室に必要なのは独自の考え方を持つ10人。そうすることで、顧客のために何をなすべきかについて合意に至ることができる。」

DiversityIncは今回Novartisを1位に選んだ理由として、人口バランスの向上や評価軸の策定、及び退役軍人、LGBT、障がい者の雇用と定着に本社主導で取り組んだことことを挙げています。上記のNovartis社自身の言葉にあるように、同社が重視しているのは多様な意見と切磋琢磨の上での高次元の合意形成。より深い検討を行うために、従業員の多様性を尊重していると言うわけです。

ダイバーシティ・マネジメントという用語は1960年にアメリカで誕生した言葉で、日本でも1990年代からよく用いられるようになりました。日本経団連も、ダイバーシティを「多様な属性(性別、年齢、国籍など)や価値・発想をとり入れることで、ビジネス環境の変化に迅速かつ柔軟に対応し、企業の成長と個人のしあわせにつなげようとする戦略」と定義しています。ビジネスパーソンであれば、一度は耳にしたことがあるダイバーシティ。ところが、実際に個々人にダイバーシティの定義を尋ねると千差万別の答えが返ってきます。「女性管理職比率の増加」「女性の短期勤務制度の整備」「外国人の積極採用」等々。ダイバーシティという言葉が普及する反面、ダイバーシティの意味付けは人によってバラバラです。

なぜダイバーシティを推進するのか?この問に対しても回答は多様です。「平等に扱うのが人としての責務」「多様な意見が議論を活発化する」「マーケットが多様化した今、商品開発に多様な声を反映させる必要がある」「多様化させた企業は株価が上がる」。一方で、ダイバーシティに懐疑的な意見もあります。「多様な考え方は仕事の効率を下げる」「強固で一体な企業文化こそ大切だ」「女性ばかりを優遇するのは逆差別だ」「能力だけで正当に評価すべきで性別・国籍バランスなどは企業力を下げる」「管理職になりたくない女性もいるので、女性社員に一律昇進を要望するのは良くない」。いずれも一理ありそうな主張です。

ダイバーシティは本当に必要なのか?なぜ欧米企業はダイバーシティを推進しているのか?これだけダイバーシティ推進が自明のテーマとなった世の中で、これらの問いに敢えて向かうことは勇気のいることかもしれません。しかし、これだけバラバラなダイバーシティ観がある今こそ、原点に立ち返ってみる必要があるように感じます。今回(欧米の動向)と次回(日本国内の動向)の2回にわたって、ダイバーシティの根本を考えてみたいと思います。

DiversityInc Top 50の顔ぶれと評価軸

冒頭で触れたThe DiversityInc Top 50 List。上位にランクインしている企業はどんなところでしょうか。

1. Novartis Pharmaceuticals Corporation(米国の製薬会社)
2. Sodexo(フランスの食品メーカー)
3. EY(世界的な会計事務所)
4. Kaiser Permanente(米国の医療法人)
5. PricewaterhouseCoopers(世界的な会計事務所)
6. MasterCard Worldwide(世界的なカード決済企業)
7. Procter & Gamble(世界的な消費財メーカー)
8. Prudential Financial(米国の生命保険会社)
9. Johnson & Johnson(世界的な消費財・医薬品メーカー)
10. AT&T(米国の通信会社)
11. Deloitte(世界的な会計事務所)
12. Accenture(米国のITコンサルティング会社)
13. Abbott(米国の製薬会社)
14. Merck & Co(米国の製薬会社)
15. Cummins(米国のディーゼルエンジンメーカー)
16. Marriott International(世界的なホテルチェーン)
17. Wells Fargo(米国の商業銀行)
18. Cox Communications(米国の通信会社)
19. Aetna(米国の医療保険会社)
20. General Mills(米国の食品メーカー)

上位には欧米のグローバル企業が多く登場しています。このDiversityIncのランキング、自主的に参加を表明した企業だけが対象となるため、不参加企業はそもそもランキングには出てきません。日本企業は50位までには1社もありませんが、これはまだ参加していない企業が多いからかもしれません。一方、欧米の主要企業の多くはこのランキングに自主的に参加している様子が窺え、彼らがこのランキングを重視していることがわかります。

では、ランキングはどのように付けられているのでしょうか。評価軸は全部4つあります。

1. 人材登用:人種、民族、性別、年齢を公平に扱った採用等
2. 人材開発:人種、民族、性別、年齢を平等に扱ったトレーニング、働きやすさ整備、昇進等
3. トップの関与:経営陣の制度整備意欲、説明責任、経営陣自身の多様化等
4. サプライヤーの多様化:サプライヤー選定での多様化考慮、サプライヤートレーニング等

興味深いのは、日本ではダイバーシティというテーマで取り上げられる対象が「女性」に限定されることが多いのに対し、このランキングではLGBTを含む「性別」を始め、人種、民族、年齢なども取り上げられている点。そして、サプライヤーにまで影響力を及ぼすことが期待されている点です。欧米でのダイバーシティは、日本でのダイバーシティに比べて幅広い人たちに対する社会的包摂を要求しています。そして、欧米企業は、この「要求の多い」ダイバーシティに対して熱心に向き合おうとしている印象を受けます。なぜここまでダイバーシティを推進したり、多様な属性の人たちに対して真剣に配慮したり、社会的包摂を強く求めたりするのでしょうか。

ダイバーシティは社会的正義のため?

ダイバーシティは人権のために推進しなければならないという考え方があります。CSRレポーティングの標準ガイドラインとなっているGRI第4版(G4)にも、「ガバナンス組織の構成と従業員区分別の内訳(性別、年齢、マイノリティーグループその他の多様性指標別)」を報告するよう要求しています。また、ISO26000も「組織は、自らが関係する人々の多様性について肯定的かつ建設的な観点に立つことができる。組織は、人権に関連した側面だけでなく、多様な人的資源及び関係を全面的に構築することで価値が付加されるという意味で自らの業務にもたらされる利益をも考慮することができる。」と組織における多様性を推進しています。さらに、G4とISO26000に多様性に関する表記が盛り込まれた元である国際労働機関(ILO)の「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約(111号条約)」は、前文で「フィラデルフィア宣言が、すべての人間は、人種、信条又は性にかかわりなく、自由及び尊厳並びに経済的保障及び機会均等の条件において、物質的福祉及び精神的発展を追求する権利をもつことを確認していることを考慮し」と、ダイバーシティ尊重は人権であると定義しています。(ちなみに、日本は同条約をまだ批准してはいません。)ダイバーシティ推進の活動家は、このようにダイバーシティ擁護はそもそも社会的正義であり、義務であるという見方をする傾向があります。

一方、経営の舵を握る経営陣は、社会的正義というだけではものごとを進めづらく、何か実利があって欲しいと考えているのが実情です。不快に思われる方もいるかもしれませんが、人がなぜルールを守ろうとするのかについては「法と経済学」という分野で研究されており、行為主体はルールを順守する実利がなければ、ルールを守ろうとしないという実証結果も出ています。そこで、企業はダイバーシティを推進するにあたり、「実利」を検討することになります。冒頭のNavartis社は、ダイバーシティを推進することで、会議での議論のレベルを上げること説明しています。では、企業にとってダイバーシティを推進することの実利とは一体何なのでしょうか?

ダイバーシティの推進で株価は上がる?

ダイバーシティと企業リターン
(出所:経済産業省経済産業政策局経済社会政策室資料

検討されているダイバーシティの実利に、ダイバーシティを推進すると株価や投資リターンが上がるというものがあります。上記は、今年6月に経済産業省の会議で使われた資料です。この資料では、女性の役員比率が高いほどROEやEBITが高い(図の左上)、女性の活躍促進している企業ほど株式市場全体よりリターンが大きい(図の左下)、ワークライフバランスに取り組むと生産性が高い(図の右側)と示されています。論点は女性に関するダイバーシティに限られていますが、この資料は女性登用と株価との相関関係を示してくれています。しかし反論もあります。女性登用と株価との相関関係は、必ずしも女性を登用すると株価が上がるという因果関係を示しているわけではなく、株価や生産性が高くゆとりのある企業だからこそ女性登用アクションを取れるのだ、という見解です。因果関係を立証することは相関関係を立証するより遥かに困難ため、どちらの因果関係が正しいのかは未だはっきりとはしていません。性別、国籍、民族などのダイバーシティについても同様に、欧米の企業も因果関係の立証に現在取り組んでいる最中です。株価だけでなく、多様な従業員が多様な商品ニーズを吸い上げることによる売上高の増加やマーケットシェアの拡大という効果についても、確固たるデータはまだ存在していないと言われています。

ご注意頂きたいのは、ここでお伝えしようとしていることは、ダイバーシティの推進は株価や生産性、マーケットシェアを上げるかどうかはまだ確かではないということです。ダイバーシティを推進しても株価は上がらないと言っているわけではありません。株価は上がるかもしれないし、株価は下がるかもしれないし、株価には何も影響を与えないかもしれない。まだ関係が客観的にはよくわかっていないということです。未知の分野ですので、ダイバーシティの推進は株価を押し上げると信じ推進する企業は、それはそれでひとつの戦略であり、素晴らしいと思います。冒頭のNorartis社の事例では、会議の多様な意見は顧客により近い存在になると信じ、ランキングトップに君臨しています。何を信じ、何を立証しようとするかは、まさに経営者のビジョン、手腕であり、未知なものだからという理由で否定する類のものではありません。

ダイバーシティの推進は労働力の確保

では、ダイバーシティの推進が株価や生産性、マーケットシェアに与える影響が不確かな中、どうして多くの欧米企業はダイバーシティの推進に取り組んでいるのでしょうか。その背景には、「事業価値が上がるからダイバーシティを推進する」という日本人が考えるような概念だけでなく、もっと根本的に「ダイバーシティを尊重しないと事業が成立しない」という彼ら特有の事情があります。それは、事業活動を営む上で必要となる労働力を確保するためには、自ずと多様な人種、民族、性別の人を採用・登用しなければいけないという事情です。

例えば、エネルギー米大手パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック・カンパニー(Pacific Gas and Electric Company)の多様性担当副社長(Vice President, Chief Diversity Officer)William H. Harper氏は以前講演の中で、「アメリカでは、『多様性』というと、すぐに人種や民族のことを意味します。どうすれば、人種や民族の違う従業員同士が、オープンで互いを尊重する風土を作っていけるのか、これは企業の利益向上のために非常に重要です。」と語っています。多様な人種や民族が住むアメリカでは、必要なスキルやマインドを持つ人材を採用しようとすると、自ずと様々な人種、民族の人々を組織の中に包摂することになります。そして、ダイバーシティとは多様な構成となっているチーム・組織に、いかに働きやすい環境を与えていけるかということを意味しています。

欧米企業は2つの意味で多様な世界に直面しています。ひとつは国内の視点。すでに社会全体に大きな多様性が存在しており、その中から能力・パフォーマンスを基に獲得したい人材を確保していく結果、組織内部も同様に多様になります。もうひとつは国外の視点。欧米企業はすでにグローバル企業として自国だけでなく世界各国で事業活動を営んでいるところが多く、それが企業グループ全体の中に多様な人種、民族を包摂することにつながります。欧米のグローバル企業は、世界中でより優秀な人材を確保しようとする結果、本部組織ですら多様性を認めなければならないという必要性に直面しており、優秀な人材が確保し続けられるかどうかが世界市場での勝敗を喫するファクターとなっています。また、欧米の小売、運輸、医療サービスなどローカル企業は、サービス提供をするための多くの労働力を必要としており、ダイバーシティを推進しなければ、退職者が続出し、サービス提供が継続できないという状況下にあります。結果的に、ダイバーシティの推進は「やったほうがいい」という性格のものというより、「やらなければならない」ものと位置づける土壌が存在しているのです。

ダイバーシティと能力主義の関係

このように整理してくると、ダイバーシティに対する日本と欧米の大きな環境の違いが理解できてきます。例えば、日本ではダイバーシティ推進に対する否定的な意見として「女性ばかりを優遇するのは公平ではない」「がむしゃらに働くのは企業文化の一つであり多様性の許容は企業文化の毀損だ」「ダイバーシティを考慮してポストを考えるより、純粋に能力・パフォーマンスだけを見て考えるのが企業力向上の道筋だ」というものがあります。すなわち、能力主義とダイバーシティが対立概念として捉えられており、能力・パフォーマンス重視で採用・登用する結果、多様性のバランスは偏り、そのバランスを是正しようとすると公平さがなくなるという主張が生まれています。

一方、欧米では、ダイバーシティの推進と能力主義が同一のものとして捉えられています。すなわち、能力・パフォーマンスを重視した採用・登用を行うには、人種・民族・性別などの偏見をなくし、純粋に能力・パフォーマンスだけでジャッジすべきだという考え方です。今や様々な国籍・民族の人が同じ職場で仕事をするようになってきたアジア地域の都市圏でも、同様の考え方が普及してきています。

日本のダイバーシティはどうなるのか?

欧米ほどは社会全体が多様化しておらず、企業のグローバル化も進んでいない日本。その日本において、これまで欧米とはダイバーシティの受け止め方が大きく異なってきたことは、仕方のないことかもしれません。但し、少し先の日本の未来に視野を転ずると、ダイバーシティを軽視していられない時代が迫ってきています。次回、「ダイバーシティは本当に必要なのか?(下)〜日本のダイバーシティ新展開〜」では、今まさに日本のビジネス環境に起きている大きな変化を取り上げ、日本における今後のダイバーシティの姿を見ていきたいと思います。

文:サステナビリティ研究所所長 夫馬賢治

Facebookコメント (0)

ページ上部へ戻る