Sustainable Japan QUICK ESG研究所

【人権】ダイバーシティ・マネジメントの恩恵と制約 2014/12/23 体系的に学ぶ

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ダイバーシティ・マネジメントの意義

以前「ダイバーシティは本当に必要なのか?(上)〜欧米におけるダイバーシティの意味〜」において、日本と欧米における「ダイバーシティ」という概念の成立背景の違いについてお話ししました。欧米は国内の民族的・宗教的多様性が高いため、国内労働市場から採用する際にどうしても多様性と向き合わなければなりません。そしてこの姿勢は企業が海外展開し、グローバルな労働市場で採用活動をする際にも活かされます。一方、日本では国内の民族的・宗教的多様性は比較的小さく、それ故労働市場においても注目を浴びる差異は性別がメインでした。ところがグローバルに採用活動を行う場合には性別以外にも民族・宗教・言語・LGBT等、向き合わなければならない事柄は多く存在します。優秀な人材を獲得するためにはそれぞれに対する理解を深める必要がありますが、現状マネジメント体制構築に苦労しており、それが採用活動に影を落としていると言われます。

そしてこれはグローバルに展開する企業に限った話ではなく、ローカルに根ざした企業であっても労働不足の観点からダイバーシティに向き合わなければならない状況まできていることを「ダイバーシティは本当に必要なのか?(下)〜日本のダイバーシティ新展開〜」でお話ししました。それでは、ダイバーシティとは「受け入れないと事業が成り立たないから」しぶしぶ取り組む類のものなのでしょうか。マイナス要素の補填以外にも株価や投資リターンが上がる等ダイバーシティから恩恵を受けている例は実際に存在します。しかしダイバーシティと株価の向上の関係は、相関関係なのか因果関係なのか定かではありません。そのため、まずは一般的に語られるダイバーシティの恩恵を整理し、それらが組織内部にどのような変革をもたらすのかを説明したいと思います。

ダイバーシティの恩恵

一般的にダイバーシティがもたらす恩恵は社会正義・効率的経営・イノベーションの文脈で語られます。「社会正義」とは例えば倫理的配慮からのアファーマティブ・アクション等のことを指します。「効率的経営」とは人材の適正配置を指します。具体的には、人種・性別・宗教に関係なく真に優秀な社員をいるべき場所に配置することでパフォーマンスを上げることを意味し、“真に優秀”の定義が何かの議論を抜きにすれば、人材の適正配置は当然享受し得るメリットだと言えます。では「イノベーション」はどうでしょうか。ここで言うイノベーションとは、“多様な人が集まるチームは未知の解に辿り着くことができる”、“集団で取り組む方が個人で取り組むよりも解がブラッシュアップされる”といった類のものです。この主張を裏付けるため、一様な組織で問題解決にあたる場合と多様な組織で問題解決にあたる場合を比較してみましょう。以下”ダイバーシティ経営企業100選ベストプラクティス集“に選出された株式会社金子製作所を例に説明していきます。

創業以来、技術向上に特化した経営を行ってきた彼らは「組織が硬直し、新たな挑戦を阻む風土になり、生産管理・品質管理の面でも顧客ニーズに対応できていない」という問題を抱えていたそうです。つまり、業界や組織の常識に囚われた一様な組織となってしまい、壁にぶつかっていたということです。金子製作所に限らず、一様に優秀な社員が集まったが故にぶつかった壁を乗り越えるのに苦労している企業は少なくありません。なぜならば、一様であるが故に皆が同じ壁で行き止まるからです。極端な話、「社員が皆優秀だが一様である組織」で問題解決に取り組むのは、「優秀な個人」が問題解決に取り組むのと変わらないことになります。

そこで実際に金子製作所が取った策は「女性取締役や社外専門家の活用」でした。金子製作所が抱える問題を見る角度には「管理部門からの視点」、「現場からの視点」など様々な【観点】がありますが、今回活躍した女性取締役はもともと経理部として入社しており、「経理部からの視点」や「業界常識に捉われない視点」を持っていました。そしてその【経験則】を活かし、人事考課や受発注、収益状況まで社内状況を数値として把握できたことに加え、客観的な視点から改善策を提案しました。また、その提案をサポートした社外の専門家たちにも、各々の専門領域からの【観点】や自身の【経験則】があり、それを活かして制度・組織風土改革を実行しました。その後、大手企業からの受注に際し、生産管理・品質管理の徹底が経営課題となった際には社外から品質管理の【観点】や【経験則】を持つ人材を雇用し業務改革に取り組み、結果的として広く事業展開に成功しました。

この例における状況設定やアプローチは簡易化されていますが、実際に我々が問題解決を図る際にも基本的には、ここに書かれているような【観点】や【経験則】を用いて解を導いています。しかし、自分の持つ【観点】や【経験則】が正しい解に到達するのに適したツールではないということもしばしば起こります。その時に多様な【観点】や【経験則】を用いることで、個人で行き詰まっていた壁を越え、本来では到達し得ない解に至る。これがダイバーシティにより「イノベーション」が創出されるケースです。

ダイバーシティの恩恵を受けるための条件

しかし、三人寄れば文殊の知恵という言葉が示すように誰でもいいから集まればいいのかと言うとそうではなく、ダイバーシティから恩恵を受けるには条件が付きます。それでは、条件に触れる前にまず以下の例ついて考えてみてください。

「少子化問題の解決策」をテーマとし、問題解決メンバーとして経済学者、政治家、医療従事者、保育士が選出されました。この場合、メンバーの誰かが一人で出す解より、全員で協力する方が多角的視点からアイデアが出されるため、良い結果を期待したくなるかと思います。ところが同じメンバーに、協力体制の下で「心臓手術の執刀医」をお願いする人はそういないでしょう。医療従事者以外が実際に執刀する際に役立つとは考え難いからです。ミシガン大学教授のスコット・ペイジ氏は著書『「多様な意見」はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき』の中で、ダイバーシティの恩恵を受けるために必要な条件として以下の6つを挙げています。

  1. 設定された問題が解決や予測を必要とし、適切に難しいこと
  2. 解決者は大きな集団から選出されたチームであること
  3. チームに所属する解決者が全員充分に賢いこと
  4. チームに所属する解決者が持つ観点や経験則が多様であること
  5. チームメイトが壁にぶつかった際にチームの誰かが解を向上できること
  6. チームメイトの仲が良いこと

ここで注意していただきたいのは「心臓手術の執刀医」に多様性が必要ないというわけでも、心臓手術が簡単な問題だというわけでもないという点です。このケースにおいて多様性が機能しなかったのは、チームが持ち合わせた【観点】や【経験則】が、彼らの取り組む問題に対して適切なものではなく、医療従事者が出す解を他の誰も向上できないためです。つまり、問題解決のためのチームを編成するには、「問題に適した多様性」が必要であるということです。

先ほど挙げた金子製作所の例で言えば、

  1. 組織の硬直化が起きており、全員が壁に行き詰まり解決できない問題であった
  2. 男女に関係なく、また組織にも閉じず社外からも解決者を選択した
  3. 問題解決者として登場した人物は卓越した賢さをもっていた
  4. バックグラウンドの違う問題解決者たちの観点や経験則は多様であった
  5. それぞれの持ちうる専門性や性別が違うことにより、誰かが壁にぶつかった際にも解を向上させることのできる環境が整っていた
  6. 事後承諾的だが、このプロジェクトが上手くいったところからも問題解決に支障をきたすような妨害をするメンバーはいなかったと考えられる

というように、ダイバーシティが機能するための条件を満たしていたからこそ、効果が発揮されたのだと言えます。

これらの事例や条件を踏まえると、問題に対してダイバーシティが適切に機能するチーム編成をすることは非常に難度の高いことのように感じられます。また適切に機能したとしても多様性は組織の出来を20%も向上させるようなことは期待できず、2〜5%も向上すれば上々だとも言われています。しかし多様性から受ける恩恵は恒常的なので、例えば年4%成長を20年続ければその効果は2倍となります。そのためダイバーシティとは長期投資として捉えるべき課題であると言え、組織体制レベルでの変革が求められるのも頷けると思います。

現状の再認識

それではダイバーシティに関する理解を深めたところで、改めてダイバーシティ・マネジメントに苦労している日本企業の現状を見てみましょう。同じ価値観を持ち、同一水準の能力を持つ人材を管理職に登用しており、それが往々にして男性となっています。「多様性に欠ける」とは世間でも言われていることかもしれませんが、ここにおいて欠けている多様性とは、【観点】と【経験則】の多様性だということがお分かりいただけると思います。
つまり、ダイバーシティ・マネジメントとは社会正義のために企業が身を削る取り組みではなく、真に優秀な社員を適切な部署に配置し、適切な権限を与えることで社員の個人パフォーマンスを向上させ、さらに組織としてぶつかっている壁を越えるのに適したツールを持つ新たな人材を活用することで組織パフォーマンスを向上させる取り組みなのです。
今回は触れることができませんでしたが、この取り組みを阻む要因として人事制度や社員の偏見などがあり、それらを克服する施策が必要になります。「制度の整備」と「社員の認識の変革」は鶏と卵のような因果性のジレンマに陥ってしまいますが、まずはダイバーシティ・マネジメントの目的が何であるかを正しく理解すること。それが大きな一歩となることは間違いないでしょう。

著者プロフィール

菊池尚人

サステナビリティ研究所研究員

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