Sustainable Japan QUICK ESG研究所

【環境】トランプ次期大統領就任後、米国の環境・気候変動政策はどうなるのか 2016/11/10 体系的に学ぶ

donald-trump

 11月9日の米国大統領選挙。大注目の中、ドナルド・トランプ共和党候補の勝利が確定しました。私も、ここ数カ月間、大統領選挙の結果について聞かれることもありました。その都度「今回の選挙は最後まで本当にわからない。でもおそらくはヒラリーが勝つのでは」と答えていました。が、結果はそうはなりませんでした。私自身の中にもヒラリー氏に勝ってほしいという期待があったのかもしれません。

 トランプ次期政権の政策はどうなるのか。早速、日本では安全保障や貿易体制に関する変化予想が報じられています。これに対し専門からは、「TPPは死んだ」「在日米軍基地への日本の負担は増すかもしれない」など見解を話し始めています。では環境・気候変動の分野はどうなるでしょうか。11月7日はパリ協定発効後初の締約国会議となるCOP22マラケシュ会議が開幕しています。現オバマ政権は、すでにパリ協定を批准し、気候変動分野でも世界を牽引する動きを見せていました。一方のトランプ次期大統領。選挙期間中のスローガンは「米国第一主義(American First)」、とりわけ近年大幅に衰退する鉱業や鉄鋼、製造業への支持を表明していました。就任後に何が変わるのか、トランプ次期大統領の環境・気候変動政策を見通しいきます。

オバマ政権のクリーンパワープランが後退

 現オバマ政権は、気候変動に対して積極的でした。連邦制という複雑な政治体制を採る米国で、オバマ政権が気候変動対策への切り札として投入したのが「クリーンパワープラン」。2030年までに2005年比で二酸化炭素排出量を32%削減するという目標が掲げ、2030年までに発電所からの二酸化炭素排出量を2005年比で3分の1に減らし、さらに二酸化硫黄の排出量を90%、窒素酸化物の排出量を72%削減する計画を打ち出していました。結果、真っ先にダメージを受けたのが、1エネルギー当たりの二酸化炭素、硫黄化合物、窒素加工物の排出量がいずれも多い石炭。石炭火力発電事業者や石炭採掘事業者にとっては非常に厳しい環境規制となりました。さらにオバマ政権は、シェールガスやシェールオイルの採掘に必要な水圧破砕法という技術に対しても環境規制を強化。シェールガスやシェールオイルは資源価格の低迷と環境規制強化というダブルパンチを受け、倒産が相次ぎました。その代替として、オバマ政権は太陽光や風力発電に対しての補助を奨励していました。

 この動きにエネルギー産業は大きな反発を示し続けています。エネルギー産業への支持を掲げるトランプ次期政権は、おそらくこの「クリーンパワープラン」を撤回または後退させるでしょう。

カギを握る連邦最高裁判事任命

 「クリーンパワープラン」は、実はすでに米国連邦最高裁判所でも厳しい判決を受けています。オバマ政権は、「クリーンパワープラン」は現行の大気浄化法(Clean Air Act)で認められた連邦政府権限の一環として実施しているとしていますが、エネルギー産業やエネルギー産業の多い州政府からは、連邦政権の越権行為だとして訴訟を起こし、連邦最高裁判所に扱われるまでにエスカレートしました。結果、連邦最高裁判所は今年2月、「クリーンパワープラン」を停止し、高裁に相当する連邦巡回区控訴裁判所での判断を待つべきだという判決を連邦最高裁判事5対4の僅差で下しました。現在コロンビア特別区の巡回区控訴裁判所で審議がなされていますが、オバマ政権は現在も「クリーンパワープラン」強硬実施し続けています。その裏には、共和党の問題行為があるためです。連邦最高裁判決の4日後、共和党寄りの連邦最高裁判事が高齢で亡くなり、1名の欠員が生じました。米国憲法では欠員が出た場合には大統領が後任を指名し上下院が任命することが決められており、オバマ政権は3月に候補者を指名。しかし、上下院で過半数を採る共和党は、「大統領任期最後の1年の間は大統領は最高裁判事を指名するべきでなく、次期大統領が指名するべきだ」と審議を拒否。いまだに欠員1名のままです。

 トランプ次期政権が就任後、この最高裁判事1名を指名するところから始まります。現在欠員1で8名の連邦最高裁判事は、共和党寄りの保守派4名、民主党寄りのリベラル派3名、中間派1名という構成で、さらにトランプ氏が1名を選ぶことで、保守派が5名となり連邦最高裁判決も盤石なものにしていくことができます。クリーンパワープランが現在審議中のコロンビア特別区巡回区控訴裁判所は、オバマ政権が3月に指名した候補者が主任判事を務めており、結果としてはオバマ政権寄りの判決が出るかもしれませんが、再び連邦最高裁に舞台が移れば、トランプ政権寄りの判断が出そうです。

 もちろん、トランプ次期政権になったからといって、全米がトランプ色一色に染まるわけではありません。連邦制の米国では州政府の力も大きく、カリフォルニア州やニューヨーク州など大都市を持つ州は、クリーンパワープラン支持。さらに昨今では各州の公的年金基金の投資運用でも、環境や社会を配慮したESG投資を積極的に推し進め、政策と金融の両面からむしろ環境政策を推進する政策を採ってきます。同時にこれらの州では民主党の支持が根強く、今回の大統領選挙でもヒラリー氏が勝利し、米国上院選挙でも民主党候補が勝利しています。トランプ次期政権下では、これらの州と連邦政府の間での対立が予想され、連邦最高裁に判断を委ねられるケースが増えていくでしょう。そのため、なおさら連邦最高裁の判事の顔ぶれには注目が集まっています。

パリ協定からの離脱も示唆

 同じ文脈で、トランプ次期大統領は選挙期間中にパリ協定からの離脱も辞さずの姿勢を示しています。トランプ政権は、不要で不合理な環境規制は国内経済を弱め、国内失業者を増加せるという視点から、厳しすぎる環境規制は国益に反するとしています。

 パリ協定は、各国に対してトップダウンで削減目標を提示するのではなく、各国が自発的に目標を設定するところがミソです。各国が自発的に高い目標を貼れば、やらされ感じなく目標遂行に向かう効果が期待できますが、低い目標を設定する国に対して圧力をかけるメカニズムはありません。トランプ政権は、パリ協定からの離脱までいかないとしても、オバマ政権が定めた目標数値を下げる可能性があります。

 2001年に当時の共和党ブッシュ大統領が、就任後に京都議定書からの離脱を発表し、世界を大きく失望させました。今回も同様の事態にならないことを願っています。

石炭価格の行方

 石炭価格の行方は、トランプ氏勝利を受け、不透明になってきました。まずは、トランプ政権が与える影響の前に、昨今の石炭生産量、輸入量ともに世界一の中国の状況から振り返っておきましょう。石炭価格は2014年頃から、クリーンパワープランを始めとした環境規制強化や原油価格の下落、さらには気候変動対策時代を見据えたエネルギーシフトの展望から大幅な下落をしてきましたが、今年6月から上昇に転じています。背景には、中国が政府主導で国内の石炭採掘を大幅に削減させたことで石炭が不足し、中国のエネルギー企業などがオーストラリアやインドネシアからの大規模な石炭輸入を急に行い始めたことがあります。これが一時的な急増なのか、恒久的な石炭価格の回復なのかは、中国政府が石炭火力発電をどのぐらいのペースで削減していくのかにかかっています。石炭採掘を急減させた実績があることから、中国政府が石炭火力発電も急減させることも大きく考えられます。

 今後トランプ政権が石炭採掘を増産させたとして、これが米国の石炭価格、そして海外の石炭価格にどのような影響を与えるかは、石炭火力発電の需要にかかっていると言えます。需要が増えない中で、供給を増やせば、市場原理で価格は下がります。まず米国内で石炭火力発電復活で需要が増えれば、石炭価格は現水準よりは上がるでしょう。しかし、気候変動への懸念から国外では石炭火力発電が増えなければ、石炭供給量の増加は石炭価格を減少させる効果をもたらします。

保護主義時代の環境問題

 米国でのトランプ政権誕生。英国のEU離脱国民投票。世界は今、保護主義の台頭という新たな局面を迎えています。それにより新たな対立軸が形成されつつあります。一昔前、対立軸は経済vs環境というものでした。経済活動は環境破壊をもたらす。資本主義は環境の敵だ。という構図でした。私たちの記憶から薄れつつある1999年にシアトルで開催されたWTO閣僚会議。経済の自由化を推し進める先進国に対し、環境保護を訴えるNGOが大規模なデモを繰り広げました。当時はグローバリゼーションは環境を破壊するとも言われていました。

 それから十数年でこの構図は変わりました。経済も環境も持続可能な発展には必要であり、環境と経済、さらには社会の発展を同時に追求するトリプル・ボトム・ラインの考え方も誕生しました。かつて敵同士だったグローバル企業とNGOは、今や協働しながらサステナビリティ経営の実現を目指すようになりました。投資の分野でもESG投資が普及を始め、資本主義と環境保護の矛盾も解消しつつありました。

 しかし英国のEU離脱やトランプ政権の支持者は新たな状況を作り出しています。彼らは自由主義にもNo。国際的な環境対策への協調にもNo。格差を広げていく資本主義にもNo。世界が一体となっていくグローバル化にもNo。求めているのは、自らの価値観に従い生きること。自分たちのことは自分たちの自由にさせてくれ、外からの圧力は御免だという考え方です。これは単純化しすぎた見方かもしれませんが、あながち間違いでもないと思います。保護主義台頭の背景には、拡大する格差の問題が指摘されています。世界はまだこの格差に対する普遍的な価値観や解決策を見出してはいません。そのため、古き良き時代を想う気持ちが、冷戦後薄れつつあった「国」「国境」「自決」という概念への回帰につながっているのでしょう。

 この保護主義体制は、実現しようと思えば実現はできます。経済活動を規制し、関税を高め、サプライチェーンを国内に閉じ、移民受入れを制限していけば、社会は分断していけます。私はあまりそのような社会を望みませんが、可能は可能です。ですが、環境の分野はそうはいきません。環境影響は、社会の規制などとは無関係に他国に影響を与えます。大気汚染や海洋汚染、魚介類など海洋資源に国境はあまり意味を持ちません。人類共通の資源という考え方から発生している生物多様性も同様です。気候変動のもととなる大気中の二酸化炭素濃度も、国境に関係なく世界全体に影響をもたらします。

 パリ協定の大元となっている気候変動枠組条約は、このように気候変動への対応には世界全体の協力が必要であるとの思いから1992年に誕生しました。私は、保護主義がどう支持されようとも、保護主義支持者は環境影響が対外的に影響を与えることへの責任感を抱くべきだと考えています。トランプ氏を支持した人々にも、ぜひこのような視点でパリ協定を捉えて頂きたいです。

著者プロフィール

夫馬 賢治

株式会社ニューラル サステナビリティ研究所所長

Facebookコメント (0)

ページ上部へ戻る