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【水口教授のヨーロッパ通信】世界の機関投資家はESG投資をどう行っているのか-責任投資の報告を考える 2015/07/20 ESGコラム

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 欧米の機関投資家はPRI(責任投資原則)への署名も多く、ESG(環境、社会、コーポレートガバナンス)投資が進んでいるとの印象が強いが、実態はどうなのか。いや、それ以前にそもそも「実態」とはどのようにしてわかるものなのか。PRI事務局は署名機関による報告の様式を一新し、ESG投資に関する詳しい情報を集めて、公表し始めた。そのデータがESG投資の全体動向をどう表しているのか、見ていくことにしよう。

1.PRIの新報告フレームワーク

 これまでもPRIへの署名機関は年に1回、責任投資に関する活動状況をPRI事務局に報告し、それに基づいてPRI事務局が毎年「進捗報告書(Report on Progress)」を公表してきた。しかし個々の署名機関の報告を顧客や社会一般に公表するかどうかは、各署名機関の自由だった。そのため、署名機関の45%はPRI事務局に提出した報告をこれまで一般には開示してこなかった。
 この状況は、PRIに対するある疑いを生むことになるだろう。「署名したと言っても、形だけではないのか?」「実際にはESGをあまり取り入れていない署名機関もあるのではないか」という疑いである。そこでPRI事務局は責任投資の透明性を高めるために、2013-14年対応分から報告方法を大きく変更した。それが新たに策定された「報告フレームワーク」である。
 この新報告フレームワークのキーワードは「3つの目的」と「12のモジュール」である。
 まずフレームワークは「説明責任(Accountability)」「透明性(Transparency)」「評価(Assessment)」の3つを目的に挙げている。説明責任とは、PRI事務局が原則の進展について社会に説明する責任を意味し、各署名機関からの報告内容を集約して進捗報告書を公表することがこれに当たる。これに対して透明性とは、個々の署名機関の活動状況を明らかにすることを意味しており、署名機関ごとの報告内容がPRIのホームページで見られるようになった。これによって「形だけの署名なのではないか」との疑問に答えようというのである。さらに評価とは、各署名機関の報告内容をPRI事務局が点数づけして署名機関にフィードバックするもので、そのための評価基準も公表されている。このようにこの報告フレームワークは単に情報を集めるだけでなく、各署名機関の責任投資のレベルを引き上げることを意図している点に特徴がある。
 それではどのような報告をすれば、実際にどのくらいESG投資が行われているかがわかるだろうか。そのための工夫こそ、この報告フレームワークの核心であり、それは、報告すべき内容を単なるガイドラインではなく、より具体的な質問の形で示したことに表れている。その質問をテーマごとにまとめた一連の質問群が「モジュール」であり、フレームワークは全部で12個のモジュールから構成されている(図参照)。このうち、「組織の概要」「全体的な取組み」「まとめ」のモジュールは必ず回答しなければならないが、残りのモジュールは各署名機関の資産構成に応じて該当するものを選ぶようになっている。
 まず「組織の概要」のモジュールで、回答機関が資産保有者(Asset owner)なのか運用機関(Investment manager)なのか、資産保有者だとしたら公的年金か、企業年金か、保険会社かといった組織の属性について聞き、資産残高と資産構成を、自家運用と委託運用に分けて聞いている。さらに上場株式についてはESG投資(Incorporation)をしているか、株主行動(Active ownership)をしているかといった質問がなされる。これらに基づいてその後に回答するモジュールが決まるのである。資産の種類(Asset class)ごとに保有割合が10%以上なら関連するモジュールの回答は必須、10%未満なら任意である。
 例えば委託運用が10%以上あれば「運用機関の選任、契約、モニタリング」のモジュールに進み、運用機関の選任の際にその機関の責任投資の方針をレビューしているか、責任投資の担当者に会ってスキルを評価しているか、契約の中に責任投資に関する要求を含めているか、などの質問に答えていくことになる。また、自家運用する上場株式が10%以上あれば「上場株式のESG投資」と「上場株式の株主行動」のモジュールに進む。「上場株式のESG投資」のモジュールではESG投資の方法をスクリーニング、テーマ投資(Themed investment)、統合評価(Integration)の3つに分類しており、このうちのどの方法を何%の上場株式に適用しているかが聞かれる。その回答に応じて、さらにその先の詳しい質問へと進むのである。例えば統合評価の方法を採用している場合、マクロ経済分析や業界分析、企業分析などのどの段階でESGを考慮しているか、といった質問が続く。
 このように体系化された質問に次々に答えさせることによって、実際にどの程度ESGを考慮した投資活動が行われているかを、どの機関でも同じように示そうというのである。一部に自由記述方式の質問もあるが、質問の多くは数値や選択肢、Yes/Noで答える形になっており、回答が標準化されているので、ビジュアルや書きぶりといった報告書作成の巧拙に左右されることがない。また、回答を標準化したからこそ、その回答を集計して全体動向を把握することができるのである。この点は情報開示の観点からも興味深い。最近はIIRCの統合報告フレームワークのように、報告の原則だけを示して具体的な内容は報告企業の裁量に委ねる「原則主義」の考え方が注目されているが、PRIの報告フレームワークはその逆だからである。

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2.進捗報告書に見るESG投資の全体動向

 それでは実際の報告の結果はどうだったのだろうか。PRI事務局は新報告フレームワークに基づく最初の進捗報告書「Report on Progress 2014」を2014年10月に公表した。回答した署名機関は資産保有者226、運用機関588の合計814機関である。この時点でのPRIへの署名機関数は1260だが、署名機関には資産保有者と運用機関以外に「サービス提供者」の枠があることに加え、資産保有者と運用機関でも1年目は報告が免除されることを考えると、ほぼ十分な回答があったと言っていいだろう。
 地域別の内訳をみると、資産保有者のうちの125、運用機関の313がヨーロッパであり、いずれも回答機関の50%を超える。資産保有者ではオセアニアが41、北米が35、運用機関では北米が121、オセアニアが70で続いている。これを資産割合で見ると、資産保有者は77%がヨーロッパで北米が15%、運用機関では46%が北米でヨーロッパが43%である(表1参照)。
 集計の結果によると、自家運用に関わる「上場株式のESG投資」モジュールに回答した437機関のうち84.7%の370機関が何らかのESG投資をしていると答えている。そのうち資産保有者67機関中の73%、運用機関303社中の83%は統合評価を行っており、それぞれ66%と72%がスクリーニングを行っている。表2に示す通り、上場株式でESG投資を行っている370機関中51.8%が企業分析の段階で、また42.7%は業界分析の段階で、それぞれESG要因を統合していると答えている。
 また、「上場株式の株主行動」モジュールに回答した578機関中の403機関、69.7%が何らかの形でエンゲージメントを行っている。そのうち353機関は自社スタッフによる直接的なエンゲージメントを行っており、295機関は共同エンゲージメントに参加している。
 資産保有者のうち上場資産の委託運用に関して「運用機関の選任、契約、モニタリング」モジュールに回答したのは161機関であり、そのうち67%は統合評価を、53%は何らかのスクリーニングをすることを運用機関に要請している。また運用機関の選任のプロセスで責任投資に関して最低限達成すべき期待について議論している資産保有者は約55%、責任投資のスキルや能力を評価するために担当者に会っていると回答したのは約48%である。契約段階では約48%が、「責任投資に関する基本方針に従うこと」という一般的な条項を契約に含めていると答えている。
 このように見てくると、投資プロセスの中にESG要因を組み込むことは、かなり一般化してきたようにもみえる。だが、これで「実態がわかった」とまで感じられるだろうか。ESG投資の「実態」と言うとき本当に知りたいのは、「統合評価でどれほど深い分析をしているのか」「どれほどエンゲージメントに本腰を入れているのか」といったことではないか。いわばESG投資の深度であり、本気度である。新報告フレームワークは統合評価やエンゲージメント、外部運用機関の選任などのプロセスを細分化して聞くことによって「実態」を浮き上がらせようとする試みだと思われるが、進捗報告書はまだ十分にその意図を実現できていないようにみえる。
 ESG投資の深度は投資の成果として表れる、という見方もあるだろう。「実態とはどのような成果をあげているかだ」と考える立場である。だが、ESG投資がもたらす財務的な成果は、その他の通常の投資判断の影響と「統合」されてしまっているので、ESG投資による成果だけを取り出して評価することは難しい。実際、上場株式の自家運用でESG投資をしている機関の45%が財務パフォーマンスに、52%がESGパフォーマンスに影響があると回答しているが、具体的な数値までは聞かれていない。また、ESG投資の影響が長期的なものだとすれば、当面の財務的成果に反映するとは限らない。進捗報告書も、「長期的な財務的成果は短期では見えにくいので、財務的影響だけに焦点を当てるべきではない」と指摘している。報告フレームワークはエンゲージメントの成果を対象となった企業行動の変化で捉えるといった試みもしているが、ESG投資の成果をどう測るかは、依然として今後の課題である。
 年金関係者から、よく次のような批判を聞く。年金は長期的な視点で運用すべきだと言われるが、実際に注目されるのは目先の運用成績ばかりで、「今年は資産残高がいくら増えた」といったことばかりが報道される、と。これは、運用成績以外の指標がないからである。資本市場における「ゲームのルール」を変え、長期投資を根付かせるためには、投資行動を評価する新たな視点を生み出すことが鍵になる。PRIの新報告フレームワークはそのための第一歩を踏み出したところだと言えるだろう。

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執筆:QUICK ESG研究所 特別研究員 / 高崎経済大学経済学部 教授 水口剛

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