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【政府・レギュレーションの動向】伊藤レポート、「資本コストを上回るROE」とは 2015/05/15 ESGコラム

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 経済産業省は2014年8月に「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトの「最終報告書」を取りまとめた。通称、「伊藤レポート」と呼ばれるこの報告書には、企業が中長期に持続可能な「稼ぐ力」(企業価値)を高めていくための、様々な提言が盛り込まれている。

 中でも、ROE(Return On Equity, 自己資本利益率)の向上に焦点をあて、報告書では「資本コストを上回るROEを、そして資本効率革命を」といった強いメッセージを打ち出している。 

 「資本コストを上回るROE」の資本コストとは何のことか。企業価値を高めるうえで、なぜROEがそれを上回る必要があるのか。伊藤レポートは資本コストについて、株主が取るリスクに見合う最低限の期待と失望の分水嶺といった表現を用いている。具体的にどういう意味なのか。理論株価モデルを基に紐解いてみよう。

理論株価とROE、株主資本コストの関係を示すフェアバリューモデル

 資本コストというのは、株主(投資家)の株価に対する期待リターン(年率)を指して使われることが多く、その場合「株主資本コスト」(Cost of Equity Capital)とも呼ばれる[1]。

 実は、企業価値としての株価、ROEとこの株主資本コストの関係を定量的に示す理論株価モデルが存在する。発案者の名前を冠した「オルソンモデル」(Ohlson Model)がそれだ。金融工学とは畑違いの会計学の分野で1990年代に誕生した株価のフェアバリューモデルであり、関係する学者名を連ねた「EBOモデル」(Edwards-Bell-Ohlson Model)や、モデルの特質を表す「残余利益モデル」(Residual Income Model)という別名もある。

 

オルソンモデルの中に「ROEと株主資本コスト」の大小関係

 オルソンモデルは株価と純資産(自己資本)に関わる2つの関係式、①現在の株価は、将来の期待配当総額を現在価値に割り引いたものであるという「配当割引モデル」(DDM: Dividend Discount Model」と、②直近決算期の一株当たり純資産は、前回決算期の一株当たり純資産に直近の純利益を加え、配当金を控除したものに等しいとする「クリーンサープラス会計」(Clean Surplus Accounting)、この2つの考え方を結合したものである。

 導出に至る数式を省略すると、オルソンモデルによる理論株価は次のように変形して定式化される。

 (オルソンモデルによる理論株価)
 理論株価 = BPS + [(ROE1-CC)×BPS÷A] + [(ROE2-CC)×BPS1÷(A×A)] + [(ROE3-CC)×BPS2÷(A×A×A)] + ・・・ (以降、将来にわたる無期限に同様の繰り返し) ・・・

 記号の意味は:
 BPS:直近決算期の一株純資産(Book-value Per Share)  BPS1: 1年後(翌決算期)のBPS  BPS2: 2年後(翌々決算期)のBPS
 ROE1: 1年後のROE  ROE2: 2年後のROE  ROE3: 3年後のROE
 CC: 株主資本コスト(Cost of equity Capital)   A: 1+CC 

 注目点は、右辺の1項目の(ROE1-CC)、3項目の(ROE2-CC)、4項目の(ROE3-CC)であり、ROEと株主資本コストの大小の差を示す。他の数値はプラスなので、これらの差がすべてマイナスだと、理論株価は1項目の現在のBPS(一株純資産)を棄損し、減価して行くことを意味する。

 つまり、将来のROEが株主資本コストを上回ることが、理論株価が現在のBPS(一株純資産)以上になる最低条件ということだ。反対に、将来のROEが(すべて)株主資本コストを下回ると、理論株価はBPS未満となる。これは理論株価をBPS(一株純資産)で割った指標であるPBR(Price Book Ratio, 株価純資産倍率)の1倍割れが続くことを意味する。

 

株主資本コストの数値化に決定打は無く、一筋縄では行かず

 それでは、この株主資本コストをどのように具体的な数値としてとらえればよいのか。伊藤レポートでは8%を上回るROEを目指すべきとし、その理由として「個々の企業の資本コストの水準は異なるが、グローバルな機関投資家が日本企業に期待する資本コストは平均で7%超との調査結果」を挙げている。

 株主資本コストが株価に対する期待リターンである以上、個々の企業で異なるのは当然と言えば当然であるが、数値化にあたっては現代ポートフォリオ理論の基盤を成すCAPM(Capital Asset Pricing Model, 資本資産評価モデル)という手法を活用することが簡便的に行われている。

 (CAPMの公式)
 株主資本コスト = 株価期待リターン = β × (株式市場全体の期待リターン-無リスク金利) + 無リスク金利

 この公式を用いることで、株価と株式市場との連動性を示すβ(ベータ)および、「株式市場全体の期待リターン-無リスク金利」が分かれば、株主資本コストが数値化できることになる。

 まずβを求めるには、公式中の期待リターンに代えて、過去一定期間の株価と株式市場平均(通常、TOPIX:東証株価指数)について、両者の月次リターンや週次リターンとの相関関係を統計的に分析することで推計計算する。この時、無リスク金利としては例えば、日本国債の長期金利(10年物国債利回り)を採用する。

 その次に「株式市場全体の期待リターン-無リスク金利」だが、これはリスクを取って株式投資を行うにあたり、株式市場全体のリターンの安全資産に対する上乗せプレミアムという意味から、一般に「株式リスクプレミアム」と呼ばれる。

 こうして株主資本コストを数値化するには、「株式リスクプレミアム」の値はどのくらいになるのかという問題が最後に残る。株式リスクプレミアムの算定については、ファイナンス分野で数多くの分析研究が積み重ねられてきたが、決め手に欠け、これといった結論が出ていないのが実情。実務上は3%~7%程度の値を設定することが多いようだ。

 βにしても、過去の株価から将来の期待リターンを求めるのには精度としての限界がある。そもそも、過去データから計算したβは固定値ではなく計測期間により変動する。株価が市場と逆行しβがマイナス値をとるケースもあり、株主資本コストがマイナス値として計算される時の扱いをどうするかなどなど、結局、株主資本コストの数値化は一筋縄では行かないのが現状だ。

 ただ、あくまでいくつかの前提条件を置いた理論株価モデルという位置づけではあるものの、オルソンモデルからは少なくとも、ROEを高めない限り、ある値をとるはずの株主資本コストを上回らず、理論的な株価上昇にはつながらないということが分かる。

 

株主資本コストの水準は業種により異なるとの指摘も

 このように、数値化に決め手が無い株主資本コストではあるが、業種(ビジネス・リスクの大きさ)による差異に注目した興味深い分析結果もある。

 この分野に詳しいニッセイ基礎研究所の井出真吾・チーフ株式ストラテジストは、「新しいROE投資の可能性~ROEとは何か、本質を理解して活用する(2015年4月)」と題したレポートの中で、「たとえROEが改善しても業種平均に満たなければ株式市場は評価してくれない。ROE改善に加えて業種平均を上回る収益性を備えれば株価も上昇する」ことが示唆されたとしている。

 

 (QUICK ESG研究所) 

 執筆:高瀬浩


[1] 資本コスト

 資本コストには大きく2種類あり、株主資本コスト(Cost of Equity Capital)と、負債の返済利息も考慮したWACC(Weighted Average Cost of Capital)と呼ばれる資本コストがある。後者のWACCは企業価値を評価を行ううえで、ROIC(Return On Invested Capital, 投下資本利益率)と比較する際や、DCF(Discounted Cash Flow)という手法で企業価値を評価する際の割引率として用いられる。ただ、理論株価モデルを通じて、ROEと直接対比する点においては、前者の株主資本コストを採用するのが適当になる。

【参考:オルソンモデルの関連論文、2015年5月時点ではインターネットで検索可能】

Ohlson, J.A., 1995. Earnings, Book Values, and Dividends in Security Valuation. Contemporary Accounting Research Vol.11.

Bernard, V.L., 1994. Accounting-Based Valuation Methods, Determinants of Market-to-Book Ratios, and Implications for Financial Statements Analysis. Working paper, University of Michigan, January.

Frankel, R., Lee, C.M.C., 1998. Accounting valuation, market expectation, and cross-sectional stock returns. Journal of Accounting and Economics 25.

(QUICK ESG研究所)

執筆:高瀬浩

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