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【水口教授のヨーロッパ通信】売却か、エンゲージメントか-2℃目標と投資行動 2015/05/28 ESGコラム

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今、世界の機関投資家の間では、石油や石炭に関わる企業から投資を引き上げるべきか、それともエンゲージメントすべきかが関心を集めている。今年12月にパリで行われるCOP21(気候変動枠組条約第21回締約国会議)で、気候変動問題に対する今後の世界の枠組みが決まるからである。それは化石燃料に関わる企業の財務的リスクに関わってくる。5月にパリで行われた「気候週間(Climate Week)」の最後を締めくくるイベントでも、この議論は白熱した。

1.ポートフォリオの「脱炭素化」

 2015年5月22日、気候週間の最終日に、パリにあるUNESCOのホールで「Climate Finance Day」と銘打ったシンポジウムが開かれた。地球の平均気温の上昇を2℃以内に抑えるためには、今後数兆ドルの資金が必要といわれる。その目標を実現するために、機関投資家、銀行、保険会社などの金融セクターは何をすべきなのかというのがこのタイトルに込められた意味である。保険会社の役割やグリーン投資の拡大など、興味深いテーマが多々ある中で、最も活発な議論になったのが「機関投資家はポートフォリオをいかに2℃目標に合わせるか」と題したセッションであった。

 機関投資家が気候変動問題に取り組む方法はいくつもある。セッションに登壇したPRI(責任投資原則)会長のマーティン・スカンケ氏は、それを①ポートフォリオのカーボン・フットプリントの計測、②その削減、③投資先企業とのエンゲージメント、④グリーン投資の4つに分類して説明した。またスウェーデン国民年金の1つであるAP4のマット・アンダーソン氏は、(1)カーボン・フットプリントを開示し、(2)ポートフォリオの脱炭素化の方法を検討し、(3)それらの経験を共有すること、という3段階で説明した。

 カーボン・フットプリントという言葉は、製品やサービスに関して使われることが多い。その場合には、原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通じた温室効果ガス排出量を指す。「ポートフォリオのカーボン・フットプリント」とは、この考え方を機関投資家の資金運用に適用したもので、ポートフォリオに含まれる投資先企業等の温室効果ガス排出量を、投資比率を勘案した上で集計したものである。機関投資家は資金の提供を通じて投資先企業の温室効果ガス排出に責任を負っていると考えるのである。

 脱炭素化(decarbonization)という用語は社会・経済システム全体で化石燃料への依存を減らすという意味でも使われるが、「ポートフォリオの脱炭素化」は、ポートフォリオのカーボン・フットプリントを削減するという意味で使われている。そのための手法には、たとえば業種ごとに温室効果ガス排出量の少ない企業を組み合わせて投資先を選んだ低炭素インデックス(Low Carbon Index)の採用などがある。

 PRIは2014年秋にモントリオールで開いた総会で「モントリオール・カーボン誓約(Montreal Carbon Pledge)」を公表した。これは機関投資家が自身のポートフォリオのカーボン・フットプリントを毎年計測して公表することを約束するもので、2015年5月時点で、スウェーデンのAP4をはじめフランス公務員年金のERAFPや米国のCalPERSなど47の機関投資家が署名している。日本からはセコム企業年金が署名している。また同じ2014年秋にはAP4に加え欧州最大の運用機関であるアムンディ(Amundi)、CDP、UNEP金融イニシアティブが連携して「ポートフォリオ脱炭素化連合(Portfolio Decarbonization Coalition)」を結成した。これは、メンバーがそれぞれポートフォリオの脱炭素化の数値目標を宣言するというもので、2015年5月時点で8つの資産保有機関(年金、基金など)と3つの運用機関が参加している。

 ポートフォリオのカーボン・フットプリントの計測方法が実務的に確立しているとは言えない。英国の情報サービス機関のトゥルー・コスト(Trucost)などが推計のサービスを提供しているが、方法論について社会的な合意があるわけではない。企業の開示もまだ十分ではなく、Scope1とScope2の範囲で計算するのか、Scope3まで含めるかによっても結果は大きく変わってくる。モントリオール・カーボン誓約やポートフォリオ脱炭素化連合は方法論の開発と同時進行の試みと言ってよい。だがそれにも関わらず、これらの動きは注目に値する。温室効果ガス排出という社会的なリスクへの対応を市場メカニズムの中に具体的に組み込もうとする試みだからである。

 ところが、セッションでの議論の焦点は、別の点にあった。座礁資産への対応である。

2.「燃やせない石油」という問題

 座礁資産(stranded assets)という言葉は、最近日本でも紹介されるようになった。これを最初に本格的に取り上げたのは英国に本拠を置く非営利組織「カーボン・トラッカー(Carbon Tracker)」が2011年に公表した「燃やせないカーボン(Unburnable Carbon)」と題した報告書である。その趣旨を要約すれば、以下の通りである。

 もし世界が平均気温の上昇を2℃以内に抑えることで合意するとすれば、今後排出できる温室効果ガスの総量は、必然的に決まってしまう。したがって燃やすことのできる化石燃料の上限も決まってしまう。これに対して石油会社や鉱山会社が保有する油田や鉱区の石油・石炭の埋蔵量ははるかに多い。つまり現在財務諸表に計上されている油田や鉱区の多くは現実には燃やすことのできない石油や石炭の集積に過ぎず、その資産価値は過大評価されている。船が座礁して動けなくなるように、もはや使うことのできない資産だというのである。そのリスクはいずれ顕在化する。したがってそれらの企業に投資する投資家は財務的リスクを負っていることになる。

 この概念の登場によって「ポートフォリオの脱炭素化」という用語にもう一つの意味が加わることになった。ポートフォリオに含まれる座礁資産の保有を減らすという意味である。そのための方法は、そのような企業の株式を売却するか、エンゲージメントを通じて事業構造の変革を働きかけるかのどちらかである。

 セッションの中でマーティン・スカンケ氏は次のように主張した。個々のポートフォリオの脱炭素化と社会全体の脱炭素化は区別して理解すべきだ。石油企業などの株式を売却すれば自らのポートフォリオは脱炭素化できるが、その株式は誰か他の投資家が買うのだから、社会全体でのリスクは減らないではないか。社会全体の脱炭素化を考えるならエンゲージメントを通じて働きかけていく方が生産的である。

 エンゲージメントを推奨するスチュワードシップ・コードが導入された現在、この主張には一定の説得力があるだろう。実際、英国の石油大手BPの今年4月の株主総会では、CDPの気候変動パフォーマンス評価でAを獲得することや低炭素エネルギーの研究開発の強化を求めた株主提案が賛成多数で可決されている。

 これに対して同じセッションに登壇したカーボン・トラッカーCEOのアンソニー・ホブレィ氏は、仮に売却という市場の圧力がなかったとしたら経営陣は株主提案を受け入れただろうかと疑問を呈した。そしてかつて反アパルトヘイトで株主運動が盛り上がった時代を引き合いに、売却という行為を軽視すべきではないと述べた。現在、CO2濃度350ppm以下を目指すことを意味するNGOの「350.org」が、化石燃料に関わる世界200社を特定して株式売却を呼びかけており、米国や英国、オーストラリアなどの約20の大学が賛同を表明している。地球温暖化に加担しないという倫理的な動機に基づく行動と、財務リスクを減らすという通常の投資判断とが重なり始めているのである。

 このセッションではTwitterを使って会場の意見を集めていた。その中に、石油企業の株式を売却しても誰かが買うだけだというが、ほとんどの投資家が売却に動いたらどうなるのかという質問があった。売却の流れとは、単に個々のポートフォリオの脱炭素化ではなく、市場全体での資産の再配分(reallocation)を意味するのではないかというのである。また、石油企業や鉱山企業で働く膨大な数の労働者の職を奪うことをどう考えるのか、という質問もあり、これに対してパネリストからは、それらの企業が一夜にしてなくなるわけではなく、何年もかけて産業構造がシフトしていくのではないかとの説明があった。

 このセッションでは脱炭素化に向けて今さまざまな動きが入り乱れていることが明らかになった。これらの市場の圧力が、やがて社会の転換を促していくのではないか。そういう期待を抱かせる議論であった。

執筆:QUICK ESG 研究所 水口 剛 [高崎経済大学 経済学部教授]

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