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【水口教授のヨーロッパ通信】PRI署名機関の責任投資方針-誰が何をコミットしているのか?- 2015/10/02 ESGコラム

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 世界最大の公的年金である日本のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRI(責任投資原則)に署名した。これは、ESG(環境・社会・コーポレートガバナンス)を適切に考慮することがスチュワードシップ責任を果たすことにつながるとの判断からであるとされている。それでは、ESGを投資判断に組み込む「責任投資」は、海外ではどの程度浸透しているのだろうか。スチュワードシップ・コード発祥の地である英国を中心にその進展状況を探ってみよう。

1.どんな機関が実践しているのか

 PRIは、署名機関を①資産保有者(Asset Owner)、②運用機関(Investment Manager)、③サービス提供者の3つに区分している。運用機関は実際の投資判断にESGを組み込む位置にいるので、責任投資の現場の担い手として重要だが、資産保有者はその運用機関に対してESGを組み込んで運用することを委託し、その状況を評価する立場にある。つまり投資の流れの上流に位置して、投資方針を決定し得るのが資産保有者なのである。それゆえここでは資産保有者の動向に焦点を当ててみたい。

 PRIの署名機関数は2015年9月末時点で1394だが、そのうち916は運用機関、189はサービス提供者で、資産保有者として署名しているのは289機関である。いったいどのような組織が署名しているのだろうか。表1は主な国別に署名機関の数を示したものである。資産保有者の署名が一番多いのは英国であり、その次はオランダである。上位5ヵ国の資産保有者数を合計すると158機関となり、全体の54.7%となる。表1に示した15ヵ国の資産保有者の合計は265機関で、全体の91.7%である。世界的に広がっているとはいえ、署名機関の多い国は一部に集中していることがわかる。

 それでは署名機関が最も多い英国では、どんな組織が署名しているのか。前回のコラムで紹介した通り、1年間の猶予期間を過ぎた署名機関はオンラインでPRI事務局に報告を行い、それがWebで開示される。これを見ると、1つ1つの署名者がどのような組織で、何をしているのかが分かる。そこで、英国の42の署名機関のうち報告を見ることのできる31機関の内訳を整理して表2に示した。

 英国の年金制度は日本に似て3層構造となっており、政府が提供する国家年金(state pension)の上に企業や政府等の職員を対象にした職域年金(occupational pension)があり、その上に任意の個人年金がある。この職域年金の一種として地方政府職員と公共セクター職員を対象にした「地方政府年金制度(Local Government Pension Scheme :LGPS)」があり、北アイルランドを除く英国の各地に全部で101(2015年7月31日時点)の年金基金が設立されている。そのうちの6つがPRI署名機関である。この地域ごとの年金基金の存在が署名機関数を底上げしているとも言えるし、まだ101基金のうちの6基金でしかないとも言えるだろう。そのほか環境庁や北アイルランド地方政府、鉄道職員の年金など、公的年金の署名が比較的多い。一般企業の企業年金で署名しているのはBTやBBCなど5社。助成基金や教会系のファンドなどの署名が多いのも英国の特徴である。

 このような署名機関の傾向は国によって異なっており、たとえばオーストラリアでは報告のあった31の署名機関のうち22が公的年金、カナダも16機関中11機関が公的年金だった。一方ブラジルでは16機関中9つが企業年金である。

 資産規模で見るとどうか。表3は資産保有者の署名機関のうち、報告された資産総額の大きい機関をリストアップしたものである。ノルウェーの政府年金基金やオランダの公務員年金であるABP、米国のCalPERSなどが上位に並ぶ一方、フランスのAXAグループやドイツのAllianzなど、保険会社も上位に名を連ねている。保険会社は、数は少ないが1つ1つの規模が大きく、PRIが公表する資産規模を引き上げていることが分かる。今回署名したGPIFの2015年度第1四半期、つまり2015年6月末時点の運用資産残高は141兆1209億円であるから、仮に1ドルを120円で換算すると1兆1760億ドルとなり、ノルウェー政府年金基金を超えて、資産規模第2位の署名機関に躍り出ることになる。この署名のインパクトがいかに大きいかが分かる。

 ここまで、PRIに署名した資産保有者に着目して見てきた。PRIに署名しなくてもESG投資や責任投資を行うことはあり得るので、責任投資の全体像を過小評価している可能性はある。しかしどのような機関が行っているのか、およその傾向をつかむことはできるだろう。では、PRIに署名するとは、何をすることを意味するのだろうか。

table1

table2

2.何をコミットしているのか

 PRIに署名して何をしているかは、上で述べたPRIへの報告から知ることができる。そこで、報告の冒頭で記載を求められる責任投資に関する方針の有無と内容を確認した。すると、報告を見られる英国の31の署名機関のうち、30機関が責任投資方針またはそれに代わる何らかのガイダンス文書を持っていると答え、27機関がその内容を、Webを通じて開示していた。それらの開示は、各機関の責任投資に対する姿勢や考え方、社会に対するコミットメントを表している。

 最も典型的なスタンスは、「ESGを考慮することは投資価値に関わる」とするものである。たとえばロンドン地区の地方政府年金制度の1つであるロンドン年金基金オーソリティは、年金法に基づく投資原則書(Statement of Investment Principles)の中で「投資先企業における環境、社会、コーポレートガバナンスに関わる最善の実務が最善の長期的利益をもたらすと信じるので、それを促進する」と記し、「責任投資」と題する章を設けて「ESGを区別して考えることをやめ、運用機関がそれを主要なアプローチの一部として理解し、扱うことを期待する」と述べている。また環境庁年金基金も投資原則書の中で「ESG問題は基金の財務パフォーマンスに負の影響を与え得ると認識している」として「投資戦略の中で考慮すべきだ」と書いている。

 彼らがコミットしているのは「ESG問題を長期的な運用成果に影響を与える要因だと考える」ということである。受益者の年金資産を守り、必要な利回りを上げ続けるという目的のためにはESGも考慮する必要がある。したがってそれも運用やエンゲージメントに組み込むというのである。

 そのコミットメントを具体化するのは多くの場合、運用機関の役割である。資産保有者が実際にするのは、運用機関の選任や契約の際にESG要因を考慮することを要請し、実施状況をレビューすることである。また、報告のあった31機関中、6機関が地方自治体年金基金フォーラム(Local Authority Pension Fund Forum : LAPFF)のメンバーであると述べている。LAPFFは各年金基金に代わって投資先企業とのエンゲージメントを行う。同様に、6機関は企業とのエンゲージメントや議決権行使を専門とするハーミーズ株主サービス(Hermes Equity Ownership Services : EOS)を利用している。LAPFFやハーミーズEOSのようにエンゲージメントを代行する専門機関があることも、コミットメントの実践を支える環境の1つである。

 中には異なるスタンスを表明している機関もある。たとえば英国教会年金基金は、「倫理的投資方針書」と題した文書を公表し、「倫理的投資の考慮は英国教会の誓約と使命の不可欠の一部をなす」「キリスト教の価値と相いれない活動に資本を提供し、またはそこから利益を得ることによって教会の誓約の信頼性と有効性を傷つけることは避けなければならない」と述べている。つまり聖職者のための年金は、その運用においても教会の価値を貫徹するとコミットしているのである。エジンバラ大学基金は「責任投資方針書」という文書の中で、倫理的観点から運用委員会の行動の自由に一定の制約を課すと明言し、その基本的な判断基準は「大学の建学の理念を反映した、あるいはより広範な社会、環境、人道主義的見地からみた大学の価値体系に反していないかどうかである」としている。

 一方、4000以上の非営利組織が加入する共同の年金基金であるペンション・トラストは、「責任投資方針書」の中で「ESG要因は財務パフォーマンスに影響があると信じる」として責任投資にコミットする一方、「責任投資と倫理的投資は違う」と題して「倫理的投資は倫理的な価値観に基づいて特定の企業や行動を除外する特別な投資スタイルであり、責任投資と混同すべきでない」と述べている。興味深いのはその先で、「基金のメンバーである各非営利組織には、自らの倫理的懸念を投資に反映する機会が与えられるべきだ」との立場を示し、倫理的投資の選択肢を提供している。

 このいずれとも一線を画したコミットメントを表明しているのが、大学教職員のための年金である大学年金基金(Universities Superannuation Scheme : USS)である。USSが公表している「責任投資戦略」の内容は多岐にわたるが、その中に次のような記述がある。「USSはユニバーサル投資家としてその役割を果たす。それは、基金の投資利益が、個々の企業や産業だけでなく、経済全体からの利益によって影響を受ける投資家である。それゆえUSSは、外部性や市場の失敗が市場の全体的な経済パフォーマンスに影響しないようにすることに関心がある。そこで、市場における地位を用いて市場の基準を引き上げ、すべての投資のパフォーマンスを潜在的に引き上げることを目指す」。大手通信会社であるBTの年金基金も同様の認識をもち、「BT年金基金サステナビリティ方針」の中で「ユニバーサル・オーナーとして、当基金の投資価値は経済全体と密接に関わる。基金の長期的な価値を守り、リスクを削減するために、政府に働きかけて市場全体の基準を高めることは受益者の利益に適う」と述べている。

 このようにコミットメントの内容は、各組織の性質や立場を反映して多様である。なかでも、USSやBT年金基金はいずれも400億ポンドを超える(現在の為替レートで8兆円前後の)資産規模を持つ大手年金であり、経済全体から密接に影響を受ける立場であることが、逆に経済全体に配慮するという姿勢につながっているものと思われる。こうして見てくると、責任投資の概念は決して一律ではなく、各機関が自らにとっての責任投資とは何かを考えることが重要ではないだろうか。

table3

QUICK ESG研究所 特別研究員 / 高崎経済大学経済学部 教授 水口剛

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