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【水口教授のヨーロッパ通信】社会的インパクト投資の可能性 ‐ リスク・リターン・インパクト ‐ 2015/10/28 ESGコラム

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 「2次元から3次元へと、資本市場の思考のパラダイム・シフトが求められている。リスクとリターンという20世紀型の資本市場の原理に「インパクト」という新たな次元を加えることで、社会的インパクト投資は、私たちの能力をよりよい社会を構築するために転換する可能性を秘めている」。これは、G8が設立した「社会的インパクト投資タスクフォース」の報告書の中の一節である。G8のタスクフォースが提言するパラダイム・シフトとは何か。社会的インパクト投資を切り口に考えてみたい。

1.ビッグ・イシュー・インベストの挑戦

 ロンドン市内から電車で30分、クロフトン・パーク(Crofton Park)という郊外の駅でPHASES(People Housing and Social Enterprise Scheme)のメンバーがにこやかに迎えてくれた。案内されたのは駅からすぐの、改装が終わったばかりの共同住宅の一室。20年も放置されてきた建物を修復して新品同様の住宅に甦らせた、彼らの最近の成果の1つである。

 PHASESは、ホームレスの就労支援と街づくり、貧困層のための安価な住宅の提供という3つを同時に追求する非営利組織である。ホームレスに建築現場の技術指導をして就労を促すとともに、実際に空き家の修復に雇うことで仕事の機会を与え、スキルも向上させている。空き家の修復は町並みの復興につながり、その住宅を貧困層に安価で貸し出すことで生活の質の改善を図るのである。この仕組みが資金的に成り立つ鍵は、リース料を5年間免除する契約を建物の所有者と結んでいることである。その間の家賃収入がPHASESの活動を支える。その代わり所有者は、それまで放置してきた建物を修復してもらい、5年後から家賃収入を得られるのである。

 これは、ホームレスの就労支援や安価な住宅の不足といった社会課題を、事業活動を通じて解決していこうとする社会的企業の一例である。PHASESは建物をリースするだけでなく、時には買い取って行うこともある。その際、買い取り費用を融資しているのが社会的金融を手掛けるビッグ・イシュー・インベスト(Big Issue Invest)社である。ローンはその後の家賃収入を原資に返済される。そのような金融は金銭的なリターンだけでなく、貧困層が住む場所を得られ、ホームレスも仕事を得られるという社会的なインパクトを生む。社会的インパクト投資の典型例である。

 ビッグ・イシュー・インベストがユニークなのは、社会的金融のサービスラインの幅を広げて、自身の経済性と社会性を両立させている点である。親会社のビッグ・イシューは、ホームレスが路上で『ビッグ・イシュー』という雑誌を売ることで収入を得るというモデルを生み出した社会的企業であり、ビッグ・イシュー・インベストはその100%子会社として2005年に設立された。小規模な社会的企業向けの融資から始まった同社は、より小さな創業段階の社会的企業向けにCSV(Corporate Social Ventures)というプログラムを作る一方、2010年には成長性のある社会的企業に中長期の成長資金を供給するための投資組合「SEIF(Social Enterprise Investment Fund Limited Partnership)」を立ち上げた。さらに2014年には英国の大手運用機関の1つであるコロンビア・スレッドニードル・インベストメンツ(Columbia Threadneedle Investments)と共同で、社会的インパクトの高い非営利組織や企業の債券に投資する「スレッドニードルUKソーシャル・ボンド・ファンド」を開発し、個人投資家及び機関投資家向けに売り出した。このように、社会に対してより直接的なインパクトがあるが1件ごとの規模が小さく、手間のかかる小規模な社会的企業への融資から、主流の投資家に働きかけることができ、安定的な運用収入を得られる規模の大きいファンドまで幅広く扱うことで、社会に多面的なインパクトを与えつつ経営の安定を図っているのである。

 スレッドニードルUKソーシャル・ボンド・ファンドは立ち上げの際に、英国のビッグ・ソサエティ・キャピタル(Big Society Capital)から基盤となる資金の出資を受けている。ビッグ・ソサエティ・キャピタルとは、社会的インパクト投資の推進のために、休眠預金4億ポンドとバークレイズやHSBCなど主要銀行からの2億ポンドの出資を原資に2014年に英国政府が設立した金融組織である。この動きの背景には、その前年にG8が設置した社会的インパクト投資タスクフォースがある。

2.G8が推進する社会的インパクト投資

 G8の社会的インパクト投資タスクフォースは、議長国だった英国のディビッド・キャメロン首相の提案によって2013年に設置された。日本も外務省と日本財団から委員を送り、国内にも対応する諮問委員会を設置している。2014年には最初の報告書『社会的インパクト投資-市場の見えざる心』が公表された。社会的インパクト投資とは、一般には「財務的リターンと共に社会的・環境的なインパクトを生むことを意図した投資」を意味する。2015年にはOECDが報告書『Social Impact Investment – Building the Evidence Base』を公表し、より厳密な定義を提案している。

 G8のタスクフォースの報告書は、「(若い世代では)社会的価値の創出と経済的成功は両立し得ると考えられており、仕事に意義と目的を再び結び付けようという思いが高まりつつある」として、「世界を良くする取組みに関わることを表明する企業や組織で働きたいと考える人が増えている」と述べている。そして「クリエイティブなエネルギーを活用して社会課題の革新的で持続的な解決法を見出したいと考えるインパクト起業家が増えている」として多くの成功事例を紹介している。社会的企業の大きな流れが生まれていることを強く印象づける記述である。そのような社会的インパクトを把握し、財務的リターンとの両方を得ようとするのが広義の社会的インパクト投資ということになる。

 その上で報告書は、「社会的投資の最大の市場はインパクトに対価を支払う政府によってもたらされる」と述べている。社会的企業には市場を通じた収入源が必要である。冒頭のPHASESの例のように、従来それは「住宅サービスの提供」のような通常の取引であることが多かった。これに対して報告書が言うのは、社会的インパクトそのものの購入者として政府を位置付けるということである。

 その具体的な事例として紹介されているのが、英国のピーターボロ・ソーシャル・インパクト・ボンドである。これは、ピーターボロ刑務所出所者の再犯防止プロジェクトの資金を債券で調達し、実際に成果が上がった場合には政府が対価を支払い、債券を償還するという仕組みである。つまり、社会課題の解決を目指すプロジェクトに対して政府が成果報酬型の契約を結ぶことで、将来の政府からの支払いを償還原資にした債券を発行し、資金調達できるというのである。報告書はこれを「ソーシャル・インパクト・ボンド」と呼んでいる。

 政府が社会インパクトの購入者となるのは、その方が行政コストの削減になるからだと説明されている。たとえば有罪判決を受けた青少年犯罪者の収監に関わる行政コストは、再犯防止のコストよりはるかに大きいという。その意味ではソーシャル・インパクト・ボンドは行政のアウトソースによるコスト削減策であり、ある種の民営化とも言える。NPOや社会的企業など、行政にはない民間の知恵を活用して問題解決を図るのはよいことではあるだろう。日本の国内諮問委員会も今年5月に提言書を公表した。

 ただし、議論がそこにとどまるとしたら、「資本市場の思考のパラダイム・シフト」とまで言えるだろうか。ソーシャル・インパクト・ボンドは、社会課題が存在することを前提に、その対応に対価を払うという発想だが、社会課題の存在そのものを問う視点に欠けやすい。少子化や経済格差の拡大など、ある種の社会課題は必然ではなく、それ自体市場システムの産物ではないか。そのような社会・経済システムの構造をそのままに、現象としての社会課題に焦点を当てるだけでは十分ではない。目前の社会課題に取り組む個々の社会的企業の存在は貴重だが、社会課題を生み出している構造そのものを変えるためには、「リスクとリターンという伝統的な投資判断にインパクトという第3の次元を加える」という思考のパラダイム・シフトを、社会的インパクト投資に限らず、資本市場のすべてで起こしていく必要があるのではないだろうか。

[このコラムは、パブリックリソース財団専務理事の岸本幸子氏、ビッグイシュー日本・東京事務所長の佐野未来氏、パブリックリソース財団客員研究員(英国在住)の藤本貴子氏によるヒアリング調査に同行させて頂いた際の情報に基づいている。ただし意見にわたる部分はすべて筆者個人の見解である。貴重な機会を頂いたことに感謝したい。]

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QUICK ESG研究所 特別研究員 / 高崎経済大学経済学部 教授 水口剛

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