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【水口教授のヨーロッパ通信】「G4ガイドライン」から「GRI基準」へ -GSSB会長エリック・ヘスペンハイド氏に聞く 2016/01/08 ESGコラム

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 GRIが設立した独立の基準設定機関である「グローバル・サステナビリティ基準審議会(Global Sustainability Standards Board: GSSB)」は2015年11月に第1回の公式会合を開き、G4ガイドラインから「GRIサステナビリティ報告基準(GRI Sustainability Reporting Standards, 略称:GRI Standards)」への移行計画を承認した。これまで多くの企業がCSR報告書やサステナビリティ報告書作成の際に参照してきたGRIのガイドラインは、今後、GRI基準へと移行するのである。なぜ、今、基準化なのか。ガイドラインから基準に移行することで何が変わるのか。そしてサステナビリティ報告の内容に変化はあるのか。米国在住で、GSSBの初代会長を務めるエリック・ヘスペンハイド(Eric Hespenheide)氏に電話でインタビューさせて頂いた。その概要をお伝えしたい。

1.なぜ、今、基準化なのか

 GRIは2000年に最初のサステナビリティ報告ガイドラインを公表して以来、一貫して企業のサステナビリティ報告を推進してきた。2013年には第4回目の改訂版となるG4ガイドラインを公表している。ここまでの歩みは成功してきたように見えるのだが、なぜここに来て「基準」へと衣替えする必要があるのだろうか。ガイドラインのままでは、なぜいけないのか。そもそもガイドラインと基準とは、どこが違うのだろうか。

 この点についての同氏の説明は次のようなものであった。15年以上前にGRIが初めてサステナビリティ報告という概念を提唱したときには、それを作っている企業はなかった。まだ誰も作っていないものをこれから推進していこうというときに、最初から「基準」では、受け取る企業の側はハードルが高いと感じるだろう。そこで、より柔軟な印象があり、受け入れられやすいガイドラインという名称が選ばれた。しかし、その後、時とともにサステナビリティ報告は一般化し、世界の多くの企業に浸透した。より信頼性が高く、企業や政府が依拠しやすいように、基準という名称を使うことがよりふさわしい状況になってきた。

 これは、単に呼び方を変えるということではない。基準として一般に受け入れられるのに必要なデュー・プロセスを整備した。EUをはじめ、いくつかの国が企業に社会・環境情報の開示を求めている。このとき、詳細な記載事項まで法律で規定するのでなく、開示のための具体的な基準は外部に求めることが多い。そこで、各国の政府が基準として採用しやすいようにしようというのである。

 具体的には、GRIから独立した基準設定機関としてGSSBを設置し、その委員は独立指名委員会(Independent Appointment Committee: IAC)が指名することとする。GRIとの間にはファイアウォールを設け、基準の策定プロセスについて定めたデュー・プロセス・プロトコルを策定して、その実施をデュー・プロセス監視委員会(Due Process Oversight Committee: DPOC)が監視する。こうして一般に受け入れられる基準としての要件を満たすようにしたので、名称も基準へと変更するというのである。一見、形式的なことのように見えるが、策定プロセスの正統性を確保するということが重要なのである。

 つまり今までのガイドラインに内容的な問題があったわけではなく、それをさらに一歩進めて、政府機関が基準として採用しやすくするために、基準に移行することを決めたということであった。

 さらに、これまでのGRIガイドラインは全体が1つのまとまった文章だったが、今後のGRI基準はモジュール型の構造(modular structure)になる。モジュール型の構造というのは、現在の国際会計基準(IFRS)などに見られる構造で、たとえば「基準1:概念フレームワーク」、「基準2:報告原則」というように、基準の体系を要素ごとに分解し、個別に基準化していく方式である。従来はガイドラインが1つの文章だったので、G3からG4へというように、全体をまとめて改訂してきた。だが、今後は必要に応じて新たな基準を追加したり、既存の基準の一部を改正したりということが、より迅速に、継続的に行えるようになる。この点もガイドラインと基準の違いの1つである。

2.サステナビリティ報告の内容は変わるのか

 それではガイドラインから基準へと移行することで、サステナビリティ報告に求められる内容に実質的な変化はあるのだろうか。最初の基準は2016年の第3四半期に公表される予定といわれる。G4ガイドラインの公表から3年で内容が変わるとすれば、これに対応する企業には負担が大きいのではないか。

 この点について、同氏は次のように説明してくれた。G4ガイドラインはマルチステークホルダーの参加のプロセスを経て策定されたもので、現時点で内容的に問題があるとは考えていない。したがって最初に行うのは、G4ガイドラインを基にして、それを基準へと移行する作業である。デュー・プロセスに従い、草案を公開して一般のコメントを求めるので、フィードバックを反映して多少変更される可能性もあるが、最初の基準は基本的にはG4ガイドラインをベースにしたものになる。

 ただし、その後は社会の状況やニーズの変化に応じて、継続的に基準の追加や修正をしていく予定なので、時がたつにつれて、現在のG4ガイドラインから離れていく可能性はある。

3.他の基準やフレームワークとの関係

 企業報告を巡っては、GRI基準の策定以外にもさまざまな動きがある。国際統合報告評議会(IIRC)は2013年に国際統合報告フレームワークを公表し、気候変動開示審議会(CDSB)も2015年に「自然資本と環境情報の報告のためのCDSBフレームワーク(CDSB Framework for reporting environmental information & natural capital)」を公表している。米国のサステナビリティ会計基準審議会(SASB)は、SECが規定するForm-10Kなどの財務報告書でサステナビリティ情報を開示するためのセクター別基準を順次発表してきた。さらに、自然資本連合(Natural Capital Coalition)が2015年に自然資本プロトコルのドラフトを公開し、2016年には第1版を公表するとしている。

 GRI基準の策定は、これら他の基準やフレームワークとどういう関係にあるのだろうか。CDSBにSASB、さらにGSSBと、「基準審議会(Standards Board)」を標榜する組織が3つもあるという状況をどう理解すればいいのか。一言でいえば「協働と相互補完」、つまり互いに協力できるところは協力し、足りないところを補いあって、サステナビリティ情報開示を推進している、ということになるのだろうが、実際には競争関係にあるのではないか。あえて「基準」という名称を使うのは、どこがデファクト・スタンダードになるかで競争しているからではないのか。そう思って、そのような質問をしてみたのだが、「それは違う」というのが同氏の答えであった。

 サステナビリティ報告に関する包括的な基準はGRI基準以外になく、競合しているわけではないというのである。たとえば、CDSBのフレームワークは既存の制度開示書類(mainstream report)の中で自然資本と環境に関する情報を開示する枠組みを示そうとするものであって、報告基準(reporting standard)ではない、という。想定する読者も投資家に限定されており、マルチステークホルダーを想定するGRIより狭い。SASBもForm-10Kなどの中での開示が前提で、米国に限られている。しかも、投資家にとって重要性があることというSECの規定の枠内の開示なので、GRI基準よりもかなり狭いものを目指している。GSSBも今後セクター別の基準を開発していくので、その点で重なる部分もあるかもしれないが、本質的に違うというのである。

 自然資本プロトコルは自然資本の測定と評価の枠組みを示すもので、これも報告基準ではなく、GRI基準とは競合しない。温室効果ガス排出量の測定基準を示したGHGプロトコルはG3やG4ガイドラインでも参照しており、自然資本プロトコルも同様の関係になるのではないかとのことであった。

 IIRCに関しては、GRIは共同創設者(co-founder)の1つであり、現在もメンバーである。統合報告は、6つの資本との関係を通して、投資家向けに価値創造ストーリーを示すものである。そのためにはサステナビリティに関する深い理解が必要なので、GRI基準が助けになることはあるだろう。だが統合報告はGRI基準とは異なる情報ニーズに応えるものであり、競争関係にあるとは思っていないという。

 たしかに財務報告の中でのESG情報の開示が増える傾向はある。たとえばSECは最近、経営者報酬の開示要求を強化した。だが、財務報告は基本的には投資家利益の保護という目的に制約されるので、サステナビリティ情報を包括的に報告するものにはなり得ない。したがってサステナビリティ報告の体系的、包括的な基準としてのGRI基準の必要性は揺らがないというのが、同氏の見解であった。

4.サステナビリティ報告の義務化とGRI

 EUは2014年に「非財務及び多様性情報の開示に関する改正指令(amending Directive as regards disclosure of non-financial and diversity information by certain large undertakings and groups)」を発表し、従業員500人以上の企業に環境・社会情報の開示を義務づけることを加盟国に指示した。したがって欧州企業にとって環境・社会情報開示の義務化は既定路線と言ってよいだろう。同指令の前文(9)では、この情報開示に当たって依拠できるフレームワークとして、OECDの多国籍企業ガイドラインやISO26000と並んでGRIが例示されている。これは、GRIがEUに義務化を働きかけてきたからなのだろうか。EUなどの政府機関とGRIとの関係について聞いたところ、同氏の答えは次のようなものであった。

 GRIはEUに限らず、各国の政府機関や証券取引所と密接に協力している。それは単にGRIを宣伝するということではなく、サステナビリティ課題とは何か、なぜサステナビリティ報告が必要かといったことについて情報提供し、理解の促進を図るということである。ただし、GRIとしてサステナビリティ報告の義務化を積極的に働きかけているわけではない。まだサステナビリティ情報を開示していない企業も多いので、義務化は1つの選択肢だと考えられるが、それは政府が決めることだというのである。GRIとGSSBの役割は、その際に政府が依拠できるような信頼性のある基準を提供することだというのが同氏の説明であった。

 なるほどそのように考えると、ガイドラインから基準に移行することの意味もよく理解できる。EU指令には直接影響を受けない日本企業も、サステナビリティ報告の意義を改めて考え直してみてはどうだろうか。

[謝辞] 本コラムの内容は、2016年1月6日(水)に行ったエリック・ヘスペンハイド氏への電話インタビューに基づいている。また、日本から唯一、GSSBの委員に就任されている富田秀実氏に内容をご確認頂いた。ご多忙の中インタビューに応じて頂いたヘスペンハイド氏と本稿に目を通して頂いた富田氏、及び同氏との調整をして頂いたGRIのメディア関連マネージャー、デビオン・フォード(Davion Ford)氏に感謝したい。

エリック・ヘスペンハイド(Eric Hespenheide)氏

 グローバル・サステナビリティ基準審議会(GSSB)初代会長。前GRIテクニカル・アドバイザリー委員会委員長。2013年に退職するまで大手会計事務所デロイトのグローバル・サステナビリティ報告・保証実務の責任者を務め、アメリカ公認会計士協会(AICPA)のサステナビリティ保証・アドバイザリー・タスク・フォースの委員長も務めた。また、IIRCのワーキンググループ・メンバーとして国際統合報告フレームワークの開発に携わった。

QUICK ESG研究所 特別研究員 / 高崎経済大学経済学部 教授 水口剛

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