Sustainable Japan QUICK ESG研究所

【機関投資家】責任投資の最前線〜(7)上智大学〜 2016/02/10 ESGレポート

image2016-1-29 19-5-51

 上智大学は2015年11月、PRI(国連責任投資原則、Principles for Responsible Investment)に署名した[1]。日本の学校法人としては初のPRI署名であり、世界でも教育機関の署名は米ハーバード大学など少数の大学に限られる。

 上智大学で2009年から資産運用の実務を率いる引間雅史氏(上智大学特任教授、学校法人上智学院 財務担当理事補佐IR推進室長)と、波多野淳氏(学校法人上智学院 財務局 資金グループ グループ長)に、同大学の責任投資・ESG投資の現状と課題、および今後の展望を聞いた。

 引間氏は、日興アセットマネジメント代表取締役社長やアライアンス・キャピタル・アセット・マネジメント(現・アライアンス・バーンスタイン)代表取締役社長など、資産運用業界での要職を歴任。国内初のSRIファンドである「日興エコファンド」を、1999年に企画開発。「1990年代からサステナビリティー(社会の持続的成長)をキーワードにした投資の実践を追求してきたことが今につながっている」と言う。

 同大学の責任投資・ESG投資の特徴として、次の点が挙げられる。

◆「年率リターン3%、リスク6%以下」を長期の運用目標にした保守的な基本ポートフォリオを策定。インハウス運用から外部委託運用に切り替えて国際分散投資。資産運用の主な目的は、奨学金の原資や教育研究資金の安定的な捻出。

◆責任投資・ESG投資に取り組む前提として、ESGの理念と運用パフォーマンスの目標達成の両立は可能と判断している。

◆実際に、資金の一部を外国株式のESGファンドに振り向け、市場平均よりも低いリスクで、市場平均を上回るリターンをあげつつある。

◆投資銘柄を絞り込む上でのESG情報の使い方としては、予め投資対象候補から除くネガティブ・スクリーニングではなく、「ベスト・イン・クラス」を選別するポジティブ・スクリーニングの方が適切と判断。

◆国際機関との連携(米州開発銀行と共同でマイクロファイナンスに投資など)を強化する中で、PRI署名による責任投資の実践は自然な流れ。

◆投資の果たす社会的役割や、資産運用には収益を追求するだけではなく、社会を目指す方向に変える力があることを学ぶ教育プログラムの全学展開を計画中。

image2016-1-29 19-13-0

(写真)左が引間氏、右が波多野氏

質問

1. 事業/業務

(Q)学校法人の資産運用の財源や目的について教えてください。

(A)学校法人の主たる財源は、学費などの学生納付金や補助金、寄付金で構成され、法人に帰属する収入として法人に流入する。これらの資金を消費支出として教育研究などの用途で使い、帰属収入と消費支出の差である収支差額を基本金に繰り入れていく。

 本学では、基本金のうち、2号(将来取得する固定資産の取得のための金銭)、3号(奨学金などの基金として継続して保持し、運用する金銭)として定められた金銭の引当資産および減価償却引当資産等の一部を運用対象資産として中長期での運用を行っている。

 運用で得た収益は、資産運用収入として計上され、教育研究施設の充実、奨学金の原資、その他教育研究経費に使われていく。

 本学の資産運用は投資期間の目処を中~長期としているが、一方で毎年度の資金需要に応えられるよう運用収益を分配するタイプのファンドへの投資を行っている。

2. 歴史/経緯

(Q)責任投資を巡る大まかな歩み(例えば、PRI署名など)や取り組みと、その背景・狙いを具体的に教えてください。

(A)PRI署名に至った背景には、本学の資産運用の変革、国際機関との連携強化、教育精神との関係など、いくつかの要素が絡み合っている。

 現在、400億円強の資産を長期資金として運用に回している。その主な使い途は、教育研究経費や学生への奨学金、それも返済が必要な貸与ではなく、授業料を減免する形で返済が不要となる給付型の奨学金が中心だ。アジアなど海外からの留学生を倍増させる計画がある。優秀な留学生をあまり豊かではない国から呼び込むためにも、奨学金は重要になる。2014年度の例を挙げると、給付の対象となった学生数はおよそ1200名(うち約380名が海外からの留学生)であった。授業料の負担を抑えながら、奨学金に充てる原資を安定的に捻出するには資産運用が不可欠だ。

 長期資金の運用は、リーマン・ショック(金融危機)直後の2008年度までは、国内株式および内外債券への投資を中心にインハウス(自家)で手掛けていた。ただ、債券を保有し続けても金利低下により、1990年代前半までのような年数%の利回りを達成するのは到底難しい状況になった。

 想定利回り達成とリスク管理強化のため、2009年に資産運用への取り組みを大きく変えた。まずは、長期資金の使途など資産運用の目的を学内で共有。そのうえで、一般的な年金運用と同じように目標とする利回り(年率リターン)と、運用で取れるリスク許容度を明確にすることから始めた。

 大学の資産運用は長期にわたるが、一方で単年度での大きな損失を回避することも要求され、保守的で慎重な運用が求められる。そこで、単年度での最大損失額の予想など、最悪の状況についてリスクを増減させたいくつかのパターンでシミュレーションし、検討を繰り返した。

 その結果、本学の資産運用にふさわしい長期の運用目標として「リターンは年率3%、価格変動リスクは年率6%以内」に置くことを決定。さらにリスクとリターンを大きく左右するのは資産の配分比率(アセット・アロケーション)であるという投資理論に従って、この運用目標に沿う基本ポートフォリオを策定。概ね、株式30%、債券70%の配分比率で、内外の株式、内外の債券に分散投資することとした。リターンの3%はちょうど、原資を維持しつつ奨学金制度を充実させるために必要な利率に相当する。

 基本ポートフォリオの形が整い、運用が軌道に乗ってきたのは2012年だ。この時点で、以前より考えを温めてきた、責任投資・ESG投資への取り組みの検討を開始。ただし、責任投資をその理念だけで進める訳にはいかない。あくまで運用パフォーマンスの目標達成との両立が大前提だ。

 そうした中で、先進国を中心とした外国株式の運用において、ESGの理念で投資銘柄を厳選して運用するファンドを見出した。その運用方針と運用実績に納得したので資金の一部を振り向けている。市場平均よりも低いリスクで市場平均を上回るリターンをあげつつあり、運用パフォーマンスには今のところ満足している。

 基本ポートフォリオ全体でも、この数年は目標リターンを十分クリアしている。例えば、2014年度の総合収益は約11%であった。

3. 具体的な責任投資の事例

(Q)責任投資をキーワードに掲げている運用の具体的な内容について、検討中のものもあわせて、可能な範囲で教えてください。

(A)ESG関連投資では社会貢献の意味合いで、発展途上国の低所得者に小口の融資などを行うマイクロファイナンスに出資する予定だ。具体的には、米州開発銀行と共同で、中南米の貧困問題の解決に役立てるためのマイクロファイナンスに投資する。マイクロファイナンスは投資インパクトが大きく、融資金額が少額でも貧困脱出率や生活状況の改善率が顕著なことを示す実績データがある。

 本学は、グローバルに活躍する人材の養成面で国から補助金を受けている。文部科学省が高等教育の国際競争力強化を目的に推進しているスーパーグローバル大学創成支援(タイプBのグローバル化牽引型)[2]にも採択された。国際化をさらに促進するため、国連や国連との関係が深い国際機関との関わりを強めている。米州開発銀行だけでなく、これまでにアジア開発銀行やアフリカ開発銀行とも連携してきた。

 その一環で、2015年5月には、持続可能な成長の実現を目指す枠組みである「国連グローバル・コンパクト(UNGC)」に加盟[3]。具体的には、本学の人権問題の研究者がその研究成果を世界に発信する、などが想定される。

 国際機関との関わりという点では、本学生が米州開発銀行でインターンシップの経験を積むことができるよう検討を進めている。国際機関では「日本からは資金だけではなく、人材も供給して欲しい」との声も聞く。投資と社会貢献、グローバル共生社会を目指す教育がつながる一例だ。

 そして投資の分野では、ESGファンドへの投資を始めたことやマイクロファイナンスへの投資に目途がついたことから、11月にはPRIにも署名した。持続可能な成長の追求を資産運用の場で実践していくことになる。

 さらに、「投資が社会に果たす役割」をテーマにした教育プログラムを学部や学科の垣根を越えた全学生を対象に展開していくことも計画している。貧困や格差などグローバルな問題解決には、経済学だけ、社会学だけといった一つの専門分野の素養では不十分で、学際的な視点が必要になる。投資には「単に収益を上げるだけではなく、社会を自分達が目指す方向に変えて行く力がある」ということを学んで欲しい。本学の教育精神の一つ「他者のために、他者とともに(Men and Women for Others, with Others)」と相容れる学びになる。

4. 調査活動の体制

(Q)責任投資に関わる調査活動の全体像を教えてください。(具体的には、組織、体制、専任担当者の配置や役割、トレーニング、調査手法、PRI ネットワークへの参加姿勢など)

(A)本学で資産運用の実務を遂行しているのは数名であるが、毎月6名程度で構成する資産運用委員会で運用状況などを報告し、今後の方針を確認する。外部委託先から受ける四半期毎の運用状況の説明やプレゼンテーションなどを通じ、必要なモニタリングを行っている。資産運用の枠組の変更や外部委託先の変更などは本学理事会での承認が必要であり、金融に精通した外部の理事や監事の目も通して決議される。

image2016-1-29 19-14-51

出所 :上智大学

 基本ポートフォリオの運用をインハウスで行うには学内の体制面・人員面での制約もあるため、運用スキルが高いと判断した複数の運用機関に外部委託する運用形態に全面的に切り替えた。ただし、前述した基本ポートフォリオへの移行は、リバランスに伴う実現損の発生や会計上のインパクトが一定レベル以上にならないよう、2009年から2012年まで時間をかけて段階的に実施した。

5. ESG情報の具体的な投資への活用

(Q)ESG情報やその他の非財務情報について、運用のタイプ(インハウス/外部委託運用、パッシブ/アクティブ、株式/債券、など)別に投資判断における活用方法を教えてください。また非財務情報を、経営戦略・理念、ESGなどに分類する定義が明確になっている場合や、ESG要因の投資判断へのインテグレーションなど具体的な内容を教えてください。

(A)E・S・Gのうち、G(ガバナンス)は企業の業態によらず共通する項目が多いと思うが、E(環境)とS(社会)の要因は、業種によってその重要度が大きく異なる場合がある。今回選定したESGファンドは、業種によるEとSの重要度の違いを考慮している。

 投資銘柄を絞り込む際、ESG評価の低い業種や銘柄を投資対象から予め除外するネガティブ・スクリーニングと言う手法があるが、それでは投資対象銘柄が限定されるおそれがあるので、市場平均並みのリターンは実現できても、市場平均を超すリターンは期待しにくいのでないか。

 ESGの理念と運用パフォーマンス向上を両立させるためには、ESG情報をポジティブ・スクリーニングに使う「ベスト・イン・クラス」の考え方が適していると判断している。

 E・S・Gは、どれかに偏らずバランス良く評価することも重要だ。日本では現在、Gへの注目度が高まっているので、Gにバイアスが傾いているきらいはある。ただし、これまでの日本企業のGへの取り組みは海外に比べ弱く、Gの強化が海外投資家から評価されるようになったという点では、Gへのバイアスはむしろ評価すべきで、やむを得ない面はある。

6. エンゲージメント/議決権行使基準などの対応

(Q)責任投資において、企業とのエンゲージメント(目的を持った対話)と議決権行使をどのように実践していますか。具体的な内容をできれば事例に即して教えてください。

(A)本学は株式に直接投資していない。そのため、投資先企業とのエンゲージメントや議決権行使は、アセットオーナーとして運用会社(アセットマネージャー)に委任している。議決権行使に関わる基準を本学から運用会社に提示しているケースはない。

7. アセット・マネージャーについて

(Q)資産運用の委託先(国内、海外の運用会社をはじめとするアセット・マネージャー)で、責任投資の考え方に変化は見られますか。あるとすればどのような変化ですか。また、アセット・オーナーとアセット・マネージャーのスチュワードシップ活動の境目について、どのように捉えていますか。

(A)日本版スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードの制定やGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のPRI署名が、資産運用業界に与えた影響は大きく、アセットマネージャーが責任投資に本気になり出したと感じている。アセットマネージャーの意識が変われば、投資先企業のESGへの向き合い方も変化する。

 本学自身は日本版スチュワードシップ・コードの受け入れを表明していない。日本版スチュワードシップ・コードは、一義的にはアセットオーナーの意を受けたアセットマネージャーの責任として、投資先企業の持続的成長と中長期での企業価値向上を促す考え方であると捉え、資産運用の委託者(アセット・オーナー、スポンサー)である本学は、受託者(アセット・マネージャー)のコード実践状況をチェックすることで、その目的を果たしていきたいと考えている。

 そのため、本学はスポンサーとして外部委託先との対話を重ねながら、PRIの責任投資原則を実践して行く考えだ。

 基本ポートフォリオの中で、日本株式の配分比率は全体の約12%程度であり、すべてアクティブ運用で外部に委託している。指数連動型のパッシブ運用ではなく、アクティブ運用を選択しているのは、アクティブ運用のパフォーマンスは財務要因と非財務要因の適切な調査や分析により、市場平均を上回ることができると考えているためだ。

 日本株式を対象にしたESG関連のファンドはまだ採用していない。今後、採用の検討を進める。ただし、ESGファンドでなくても、ファンドの外部委託先からスチュワードシップ活動の報告を四半期ごとに受けている。外部委託先の評価ではESGの視点も重視し、今後の委託先選定にも活かす。

 外部委託先の運用機関が日本版スチュワードシップ・コードに署名していても、スチュワードシップ活動がどのような実効性を発揮しているか、今は半信半疑だ。企業とのエンゲージメントで重要なのは対話の回数などの外形的なものではなく、エンゲージメントの相手をどのような判断基準で選び、ESG関連の非財務情報をどのようにエンゲージメントで活用し、企業への提案が具体的にどのように企業経営に活かされ、企業業績や株価にどう反映したかという、プロセスだ。

 運用機関の株主総会での議決権行使状況は、これまでとどう違っているのか判然としない場合が多く、運用会社を評価する際、企業とのエンゲージメントほどには重視していない。

8. 企業のディスクロージャーについて

(Q)責任投資に関して、企業が発行しているコーポレートガバナンス報告書、統合報告書や年次(アニュアル)レポート、CSRレポート、環境報告書などの活用状況や注目点を教えてください。現在の活用状況のみではなく、今後の活用の方向性に関する何か見通しのようなものはありますか。例えば、2015年6月以降のコーポレートガバナンス・コード適用後のコーポレートガバナンス報告書の扱いなど。

(A)これら企業公開情報の扱いも外部委託先に委ねている。四半期ごとの運用状況の報告において、必要に応じてその評価や課題を確認することになる。

9. 今後の方向性、その他

(Q)何かメッセージはありますか。

(A)まずは大学の教育精神を責任投資の形で実践する。そのうえで、本学のPRI署名をきっかけに、責任投資の考え方が他の大学にも広がっていくとうれしい。

 PRIに署名した大学は世界でもまだ少数だ。米国の政府指針がこれまで、ESG投資の年金運用などへの適用を消極的にさせるような内容であったことが関係しているとみられるが、最近、ESG投資を積極評価するように解釈指針が変更となった[4]。今後、米国を中心に大学のPRI署名が増え、責任投資が本格化してくるのではないか。

 基本ポートフォリオを構成する各ファンドのリスク・リターン特性は、外部委託先がリスク管理ツールを用いて作成するレポートを通じて、何か異常な状況が発生していないかなど確認し、外部委託先との対話に活用している。

 こうしたリスクとリターン特性について、ESG要因まで取り込んで定量分析するリスク管理ツールがあると利便性が高い。責任投資の状況を示す客観的なデータとしてPRIへの報告にも使える。ブレークスルーとして今後の実用化に期待したい。

◇プロファイル(大学概要)

 イエズス会により、1913年(大正2年)に大学開設。イエズス会はローマ・カトリック教会の男子修道会の一つで、1500年代に日本で初めてキリスト教の布教活動を行った宣教師フランシスコ・ザビエルが設立に携わった。イエズス会の教えを汲み、キリスト教ヒューマニズムに立脚した教育、研究、社会貢献・国際貢献を展開している。名称の「上智」は「最上の叡智」を意味する。四谷キャンパスなどで学ぶ学部学生数は1万3千人強(2015年5月時点)で、教員数(非常勤含む)は1400人あまり。

運用資産の概要

 総運用資産残高は約400億円(2015年12月末時点)。資産配分は国内株式:10%、海外株式:16%、円ベース債券(※):55%、海外債券9%、インフレ対応資産3%、現預金7%。
(※)円ベース債券:国内債券に近いリスク特性で、国内債券以上の期待リターンを見込める戦略・資産の総称

[1] 上智大学、PRI署名プレスリリース

[2] スーパーグローバル大学創成支援

[3] 上智大学、国連グローバル・コンパクト(UNGC)加盟プレスリリース

[4] 【アメリカ】米労働省、ETIsおよびESG投資戦略に関するIB 2015-01を公表 2015/11/15

取材日:2015年12月8日

執筆:QUICK ESG研究所 (聞き手:高瀬浩、真中克明)

Facebookコメント (0)

ページ上部へ戻る