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【閑話休題】マイナス金利下における「退職給付会計」の対応 2016/05/18 ESGコラム

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 2016年1月29日に日本銀行は「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入し、同2月16日から適用した。

 マイナス金利が実施されて以来、長期金利(10年国債利回り)がマイナスとなったため、2016年3月期決算企業の決算において、退職給付債務計算上の割引率を、実態を踏まえて「マイナス金利」とするか、「0%」を下限とするか、悩ましい問題が浮上してきた。マイナス金利下の退職給付会計の対応はどうなるのか?

 企業会計基準委員会(以下、「委員会」という。)が定める「企業会計基準第26号 退職給付に関する会計基準」においては、

 20. 退職給付債務の計算における割引率は、安全性の高い債券の利回りを基礎として決定する。

と規定されており、 その脚注において「割引率の基礎とする安全性の高い債券の利回りとは、期末における国債、政府機関債及び優良社債の利回りをいう。」と説明されている。

 さらに、「企業会計基準適用指針第25号 退職給付に関する会計基準の適用指針」においては、

 24. 退職給付債務等の計算(第14項から第16項参照)における割引率は、安全性の高い債券の利回りを基礎として決定する(会計基準第20項)が、この安全性の高い債券の利回りには、期末における国債、政府機関債及び優良社債の利回りが含まれる(会計基準(注6))。優良社債には、例えば、複数の格付機関による直近の格付けがダブルA格相当以上を得ている社債等が含まれる。(以下 略)

 95. 退職給付債務(及び退職給付費用)の計算に用いる割引率は、貸借対照表日現在の退職給付債務を求めるために用いるものであるから、金銭的時間価値のみを反映させるべきであり、したがって、信用リスクフリーレートに近い「期末における安全性の高い債券の利回り」を用いることとされている。我が国において「安全性の高い債券」とは、 国債、政府機関債及び優良社債が含まれるが、優良社債には、例えば、複数の格付機関 による直近の格付けがダブルA格相当以上を得ている社債が含まれると考えられる(第24項参照)。

と示されている。

 委員会は、2016年3月9日に会合を開催し、「マイナス金利に関する会計上の論点への対応について」審議した。論点は、退職給付債務計算上、国債の利回りを基礎として割引率を決定しており、かつ国債の利回りがマイナスになっている場合、適用する割引率を「マイナス」とするか、「ゼロ」を下限とするかについてである。委員会では会合における議論を周知するために、別紙に以下のような内容を議事として残すこととした。

 退職給付債務の計算における割引率については、国債の利回りを用いる場合、マイナスの利回りをそのまま用いる論拠の方が、現行の企業会計基準に関する過去の検討における趣旨と、より整合的であるという考え方を示した。しかしながら、委員会としての見解を示すためには相応の審議が必要であると考えられるほか、国際的にも退職給付会計において、金利がマイナスになった場合の取り扱いが示されていないこと等から委員会としての見解を示すことが難しいとした。

 したがって、2016年3月期決算においては、

  1. 割引率として用いる利回りについて、マイナスとなっている利回りをそのまま利用する方法
  2. ゼロを下限とする方法

のいずれの方法を用いても、現時点では妨げられないものと考えられるとの整理を示した。

 上記別紙によると、いずれの方法を採用したとしても、マイナス金利下の割引率を適用すると、退職給付債務額が昨年度に比して増加し、その会計処理によって企業業績に影響を及ぼすことになる。すでに、割引率を引き下げ、退職給付に関する特別損失が発生する見込みであることから、2016年3月期業績予想の修正を発表した企業もある。また、2015年度の企業年金資産の運用利回りは、内外株式の低迷および円高の影響でマイナスになる基金が多いと見込まれる。昨今の運用環境は、負債サイドと資産サイド両面から企業業績を圧迫する可能性が高い。

 このため、2001年創設された確定拠出年金制度は大企業を中心に普及してきたが、割引率の変動が直接企業会計に影響しないため、改めて確定拠出年金への移行について、企業の検討課題として俎上に乗ることだろう。また、2015年9月11日に開催された第16回社会保障審議会企業年金部会で了承された「確定拠出企業年金の弾力化」で示された、新しい仕組みの確定給付年金制度であるリスク分担型DB(仮称)についても関心が高まるものと思われる。

 このコラムのテーマからやや逸れるが、マイナス金利の個人への負担も現実化してきた。マイナス金利のコストは、日本銀行に当座預金を開設する金融機関が負担するため、現在は、個人預金者が口座管理手数料等としてコスト負担を転嫁されることはない。

 しかしながら、信託銀行3行およびりそな銀行が受託資産業務(年金資産受託)においては、委託者(年金基金等)に対して新たな手数料を導入することを決定し、2016年4月18日から順次適用を開始した。受託する年金資産の運用において、従来、待機資金はコール市場などで運用してきたが、短期金利市場が縮小したため、日本銀行の当座預金に預けざるを得なくなった。そのため、信託銀行等は、そのコスト負担を年金基金に転嫁するものである。この手数料水準が、年金利回りのマイナス要因となり、実質的に年金受給者等が負担する構造となる。利回りに与える影響は、現在のマイナス金利水準からすれば軽微といえるかもしれない。しかしながら、今後さらなるマイナス金利政策が導入されれば、年金受給者等にとって看過できないであろう。

 また、投資信託についても、信託銀行が投資信託委託会社へ手数料を導入することから委託会社はマイナス金利を投資信託の基準価格に反映させる動きが出てきており、最終的に個人投資家に対してコストが転嫁されることになる。

 マイナス金利が、いよいよ個人にとって「対岸の火事」ではなくなったのである。

【参考資料】

第 331 回 企業会計基準委員会議事概要(2016年3月10日)
https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/minutes/20160309/20160309_331g.pdf

第 331 回 企業会計基準委員会議事概要別紙(審議事項(4)マイナス金利に関する会計上の論点への対応について)
https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/minutes/20160309/20160309_06.pdf

企業会計基準第 26 号 退職給付に関する会計基準 (1998年6月16日 企業会計審議会 改正2012年5月17日 企業会計基準委員会)
https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/documents/docs/taikyu-4/taikyu-4_1.pdf

企業会計基準適用指針第 25 号 退職給付に関する会計基準の適用指針(1999年9月14日 日本公認会計士協会 会計制度委員会 改正2012年5 月17日 最終改正2015年3月26日 企業会計基準委員会)
https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/documents/docs/taikyu2015/taikyu_2015_1.pdf

QUICK ESG研究所 菅原晴樹

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