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【水口教授のヨーロッパ通信】議決権行使とESG - ESG配慮型の議決権行使ガイダンスの試み 2016/08/01 ESGコラム

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 ある種のESG要因は企業価値に関わるという認識は、受け入れられつつあるようだ。もしそうだとすれば、議決権行使の際にもそれを考慮すべきではないのか。だが、どうやって?確かに、株主総会では取締役を選任するのでガバナンス(G)には関わるが、環境(E)や社会(S)の側面は議決権行使にどう結びつくのだろうか。この問いに答えようとしたのが、英国のAssociation of Member Nominated Trustees(AMNT)である。彼らは2016年に『The Red Line Voting』と題したガイダンス文書を公表した。年金向けにESG配慮型の議決権行使ガイダンスを示した彼らの取組みを紹介しよう。

1.The Red Line Votingとは何か

 このガイダンス文書を公表したAMNTは、年金における従業員・受益者代表の信託受託者(Trustee)を支援するための組織である。最初に、その位置づけを確認しておこう。

 英国の年金制度は日本と同様に複雑で、複数の制度が並立している。大きく分けると、国家年金(State Pension)、職域年金(Occupational Pension)、個人年金(Individual/Personal Pension)という3種類の制度がある。このうち国家年金は国が運営する制度で、日本の国民年金のように全国民を対象に支給される年金である。これに対して職域年金は企業に勤める人や公務員のために職域ごとに設定される年金で、2008年の年金法改正によって自動加入(automatic enrolment)、すなわち一定の基準を満たした従業員は全員がいったん自動的に登録されるという仕組みになった。最後の個人年金は税制優遇を認められた個人年金商品である。

 このうち、職域年金は母体となる組織から独立した信託(Trust)として設立され、その運営に責任を負うのが信託受託者である。日本の年金基金における理事に相当する。英国では、年金法に基づき、信託受託者のうち少なくとも3分の1は従業員・受益者から選ばれた者でなければならないとされている。この「従業員・受益者から選ばれた信託受託者(Member Nominated Trustees)」は、必ずしも投資分野の専門家とは限らない。そこで、それらの信託受託者がお互いに連携し、経験を共有するために2010年に設立されたのがAMNTである。以来、AMNTは職域年金の分野でさまざまなサポートを提供してきた。その一環として公表したのが『The Red Line Voting』と題した30ページの冊子なのである。

 このガイダンス文書の起点となったのは、英国政府の委託を受けて法制委員会(Law Commission)が2014年に公表した報告書『投資仲介機関の受託者責任(Fiduciary Duties of Investment Intermediaries)』であった。この報告書は受託者責任とスチュワードシップ行動の関係など幅広い論点を扱っているが、論点の1つとしてESG問題を取り上げ、「受託者は、財務的に重要性のあるESG要素については考慮すべきである」と結論づけている。AMNTはこの結論に賛同するとした上で、投資先企業の株主総会で議決権をどのように行使するかについても、この結論を踏まえて決めるべきだとの立場を示す。

 だが規模の小さい年金の信託受託者の多くは、通常、ESG問題に詳しいわけではなく、各自が独自の判断でESGの要素を議決権行使に加味することは、現実には難しい。そこで、そのような信託受託者向けに議決権行使の指針を示したのが、『The Red Line Voting』である。レッドライン(Red Line)とは、その線を越えたら反対票を投じるようにという境界線を意味している。指針自体は強制力のあるものではないが、中小規模の年金の議決権行使に着目したユニークな試みと言えるのではないだろうか。

2.ESG要因を議決権行使にどう組み込むか

 それでは具体的には、ESG要因をどのように議決権行使に結び付けるのだろうか。『The Red Line Voting』は環境問題に関して5項目、社会問題は10項目、コーポレートガバナンスで22項目の指針を示している。たとえば「E1」(環境問題の第1項目)では、「もし取締役を委員長とする環境サステナビリティ委員会がないか、あるいはFTSE350に入らない企業の場合、適切な注意を払っていることの証拠としてこの分野に責任を持つ取締役がいなければ、取締役会会長に反対票を投じよ」と述べている。そしてその理由を、「自社の評判と事業の持続可能性に対するリスクの源泉には常に注意を払い、取締役レベルで監視することが、株主にとって重要である」と説明している。

 また「E2」では、「もしCDPの気候変動・水・森林に関する質問票に対して定量的・定性的な環境情報の開示を行わなかったならば、環境サステナビリティ委員会の委員長の再任に反対票を投じよ。その種の委員会がない場合には取締役会会長の再任に反対票を投じよ」としている。これに対する説明は、「株主が会社の強みと弱みを的確に評価するには、ESGの分野においても透明性が必要である。持続可能で弾力的(resilient)なビジネスモデルを構築することが企業戦略の中核であるべきだ」というものである。

 このように、ESGに関して期待する活動を示し、それが満たされない場合に反対票を投じるというのが、『The Red Line Voting』の基本的なパターンである。反対票を投じることに重点があるわけではなく、このような指針を示すことで、望ましいと考える活動を企業に促すことに主眼があるのであろう。その意味では、この指針を公表したこと自体がAMNTによる一種のエンゲージメントと言ってもよいかもしれない。実際、1つ1つの項目を見ていくと、かなり踏み込んだ提案もあって興味深い。

 たとえば「E4」では、「1年目は、会社がCO2の排出削減目標を導入し、開示していなければ、環境サステナビリティ委員会の委員長の再任に反対票を投じよ。2年目には、2℃シナリオと整合する戦略とアクションプランを伴った『科学的根拠のある排出削減目標(science based emission reduction targets)』を導入し開示することにコミットしなければ、反対票を投じよ。3年目は実際にそのような目標を導入し開示していなければ、反対票を投じよ」と述べている。つまり3年計画で「科学的根拠のある目標(Science Based Target)」を導入することを求めているのである。

 社会問題の分野では、「S4」(社会問題の第4項目)で「取締役レベルでの女性比率の低さに取り組む戦略がなく、取締役会における女性比率が25%以下の場合、指名委員会の委員長の再任に反対票を投じよ」と述べ、「S6」では「英国内の下請け企業の従業員も含めて、従業員の1人でも『生活可能な賃金(Living Wage)』を下回る賃金である場合、取締役の報酬の提案に反対票を投じよ」と記している。「生活可能な賃金」の水準に関しては、解説の中で、Living Wage Foundationが提示したロンドンで1時間当たり9.4ポンド、ロンドン以外では1時間当たり8.25ポンドという数字が示されている。

 コーポレートガバナンスの分野では、「G19」(コーポレートガバナンスの第19項目)で、「1人の取締役の報酬総額が自社の国内従業員の平均賃金の100倍を超える場合、それを正当化する特別な事情がない限り、取締役の報酬の方針に反対票を投じよ」と述べている。100倍という基準自体は、容認する格差として大きすぎるようにも思えるが、それでも経営トップと従業員との賃金格差の問題に踏み込んだことは特筆に値するだろう。

 さらに「G20」では、「取締役に対する長期インセンティブ・プラン(Long Term Incentive Plan: LTIP)が給与の300%を超える場合には反対票を投じよ」と述べている。長期インセンティブ・プランは、長期的視野に立った経営を促すという意味でよいものというイメージがあるが、実はFTSE350の企業のLTIPによる支払いは2000年から2013年の間に250%以上増加しており、これはその間の株主利益の増加に比べ5倍の速さだったとの解説が付されている。LTIPの支払いと株主利益との間に相関はないというのである。

 このように『The Red Line Voting』の各項目は1つ1つがよく考えられており、具体的なESG投資の手引きになっている。実際には単に株主総会で反対票を投じるだけでなく、事前に運用受託機関を通じて議決権行使方針が伝えられ、エンゲージメントが始まることが期待される。ESG投資の裾野を広げる試みとして注目したい。

【関連資料】
The Red Line Voting

【関連サイト】
Association of Member Nominated Trustees

QUICK ESG研究所 特別研究員 / 高崎経済大学経済学部 教授 水口剛

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