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【水口教授のヨーロッパ通信】企業年金とESG投資 2016/10/04 ESGコラム

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 欧州では規模の大きい公的年金が責任投資を積極的に推進してきた。たとえばオランダの公務員年金であるABPやスウェーデンの国民年金AP Fonden、英国の環境庁年金基金などである。日本でも昨年、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が責任投資原則(PRI)に署名した。では企業年金はどうだろうか。日本ではキッコーマン企業年金基金とセコム企業年金基金の2つがPRIに署名しているが、企業年金全体を見ると、必ずしも責任投資やESG投資が広く浸透しているという感じはしない。企業年金もESG投資を実践すべきなのか。もしそうだとしたら、それはなぜか。英国の事例を参考に考えていくことにしたい。

1.企業年金の仕組みと特徴

 最初に公的年金と企業年金の違いを確認しておこう。日本では、20歳以上の全国民を対象にした国民年金(基礎年金)と、民間企業の従業員や公務員を対象にした厚生年金保険が公的年金である。これらは基本的には、現役世代の拠出で老齢世代の給付を賄う「賦課方式」の仕組みをとっているが、過去からの一定の積立金があり、それをGPIFと各共済組合が運用している。

 これに対して企業年金は、企業が従業員のために拠出して行う年金である。勤続年数や給与水準に応じて給付額が決まる確定給付制度と、一定の拠出額を基にした運用成果に応じて給付額が決まる確定拠出制度がある。確定給付制度には、確定給付企業年金法に基づく確定給付企業年金と、同法附則に基づく厚生年金基金があり、前者はさらに基金型と規約型に分かれている。これらは、本質的には退職給付の一種である。いわゆる退職一時金は企業内部で積み立て、退職時に一時金として支払うが、企業年金は外部に積み立てて年金として支給するのである。企業が任意に設定する制度なので、企業年金のある企業もあれば、ない企業もある。企業年金連合会の資料によれば、2016年8月1日時点で厚生年金基金の数は199件、確定給付企業年金は基金型643件と規約型13,044件の合計13,687件である。

 企業年金の掛け金を払うのは企業だが、その会計上の性質は賃金の後払いと考えられているので、積立金に対する権利は従業員や受給権者などの加入者にある。したがって運用側には加入者に対する受託者責任がある。また、確定給付制度では、退職給付債務に比べて年金資産が少ない積立不足の場合、母体企業の貸借対照表に負債として計上する必要がある。

 公的年金と企業年金を比べると、運用者が受託者責任を負う点、また、毎期の年金支給のために一定のキャッシュフローは必要だが、基本的には長期的な視野で運用すべき点は共通である。一方、違いの1つは資金規模である。企業年金は規模のばらつきが大きく、資金規模の小さな基金も多い。また、本来長期的な視野で運用すべき資金であるにも関わらず、毎年の運用状況が母体企業の財務諸表に影響し得る点も、企業年金の特徴である。加入者が同一企業およびグループ企業の関係者などに限られ、比較的同質的であるという特徴もある。これらの点がESG投資の現状に影響している可能性がある。

 なお、英国の年金制度は、国家年金(State Pension)、職域年金(Occupational Pension)、個人年金(Personal Pension)の三層構造になっている。このうち国家年金は国民全員が一定の年齢になると毎月一定額の年金を受け取れる仕組みである。また、職域年金は雇用者が従業員のために設立するもので、従業員の拠出に対して雇用者が一定額の上乗せをする。これは年金法の改正によって自動加入方式(Automatic enrolment)となり、被雇用者は誰もが必ず加入することになった。自前で年金制度を用意できない中小企業などのために、NEST(National Employment Savings Trust)などの受け皿となる年金も用意されている。この職域年金の一種として各地の地方自治体職員のための地方公務員年金があり、これが公的年金に分類されている。一方、民間企業が設立する職域年金が、英国における企業年金である。

2.受託者責任としてのESG投資

 下記の表は、英国のPRI署名機関のうち、企業年金に分類されているもののリストである。世界全体でのPRIへの署名機関は2016年8月20日時点で1557機関あり、そのうち運用機関が1026、アセットオーナーの署名は317である。国別に見てアセットオーナーの署名が一番多いのが英国で、44機関が署名している。そこで、その中から企業年金に分類されている機関を抜き出した。

 もっとも、この分類は各機関の自己申告に基づくので、大学教員の年金であるUSSやロンドン大学を中心とする大学職員の年金のSAUL、英国国教会の年金理事会なども含まれている。これらを除くと民間企業の企業年金の署名は、BT年金基金やマークス・アンド・スペンサーの年金基金など8機関である。

 なぜ彼らは責任投資をしているのだろうか。BBC年金基金は公表した責任投資方針の中で次のように記している。「基金の資産の長期的な価値を守り、高めていく上で環境、社会、ガバナンスに関わる戦略が重要な役割を果たすと信じている」。つまりESG要因の考慮は財務的に重要だというのである。

 この種の主張に対して日本では、「環境や社会の要素を加味したファンドのパフォーマンスが通常の投資を上回ると実証されているのか」といった懐疑論が提起されることが多い。特に企業年金の場合、母体企業への影響の懸念から慎重になる面があるかもしれない。だがここには、「ESG投資とは、いわゆる「非財務」要因を加味して投資先を選別した特殊なファンドを買うこと」だというある種の固定観念があるのではないか。これに対してBBC年金基金の責任投資方針は、「個々の投資先の選択、保有、売却にあたって社会、環境、倫理の要素を考慮する責任は運用機関に委ねている」と述べている。つまり彼らにとってのESG投資とは、ESG要因を加味した特定のファンドに投資することだけでなく、通常の投資の一環としてESG要因を考慮することでもあるのだろう。また、議決権行使と倫理や環境に関するエンゲージメントについてはハーミーズに委託するとしている。

 日本ではESG情報のことを「非財務」情報と呼ぶことが多いが、この呼び名もミスリーディングである。英国の法制委員会(Law Commission)は、2014年に公表した報告書『投資仲介機関の受託者責任(Fiduciary Duties of Investment Intermediaries)』の中で、ESG要因の中には財務的なリスクやリターンに関わるものと、それ以外の理由で考慮されるものがあり、前者は財務的要因(financial factor)であるとしている。そして財務的要因としてのESG要因は、投資意思決定において「考慮してもよい」のではなく、「考慮すべき」だと述べている。個々のESG要因が財務的に重要かどうかの判断は時間軸の取り方にも依存するので一概には言えない。だが、長期的視野に立つ企業年金にとって、ある範囲のESG要因は、本来考慮すべきことと言えるのではないか。

3.ユニバーサル・オーナーとしてのESG投資

 BT年金基金は「サステナビリティ方針」と題した文書の中で、次のように記している。

 「ユニバーサル・オーナーとして、我々の投資の価値は経済全体と密接に結びついている。基金の長期的な価値を守り、高めるとともに、リスクを削減するために、規制当局や政府とエンゲージメントすることによって市場全体の水準を引き上げていくことは、受益者の利益に適うことである。我々はまた、自らのリーダーとしての位置づけを認識しており、英国最大の確定給付企業年金の1つとしてこの地位を活用していく」。

 ユニバーサル・オーナーとは、資金規模が大きく、幅広い銘柄に分散投資している投資家を指す。この場合、ポートフォリオ全体のパフォーマンスは経済全体の動向に関わるので、企業活動の基盤となる社会や環境全般を考慮することが合理的な選択となり得る。英国法制委員会の報告書でも、十分に分散されたポートフォリオのパフォーマンスは経済全体から影響を受けるので、個々の企業ではなく経済全体への影響を財務的要因とみなせる場合があると述べている。この点は公的年金でも、企業年金でも変わらない。

 「ユニバーサル」と言えないような小規模な企業年金には、この論理は厳密には当てはまらないかもしれない。しかし、ある程度の規模で、中長期的な観点から分散投資している企業年金ならば成り立ち得る論理ではないだろうか。

4.母体企業の環境・社会配慮との整合性

 英国の大手スーパーであるマークス・アンド・スペンサーは、サステナビリティへの先進的な取組みで知られる。同社には「プランA」と名付けた包括的な環境・社会プログラムがあり、ホームレスの就労支援や気候変動対策、食品廃棄物削減など幅広い活動をしている。法定開示書類である戦略報告書の中では、「持続可能な価値の創造」と題して、環境・倫理基準への先進的な取組みを通して消費者が信頼するブランドを構築し、競争優位を生んでいると説明されている。

 そのような同社は、年金基金もPRIに署名しており、PRIを通じて公表している透明性報告書(transparency report)の中で責任投資方針の概要について次のように記している。「企業の長期的な財務的リターンはその企業の戦略、環境、社会、ガバナンスのパフォーマンスに結びついていると信じている。理事会はすべての運用機関に、投資先企業の主要なESGリスクに対するマネジメントをきちんと評価し、問題がある場合には積極的にエンゲージメントすることを期待していると伝えている。この点について運用機関の行動を定期的にモニタリングし、四半期ごとにESG要因を考慮した影響の例を報告するよう求めている」。

 ここでは、本体の企業のサステナビリティに対する理解が、年金基金の投資方針にも反映していることがわかる。マークス・アンド・スペンサーと並んでサステナビリティの先進企業として名高いユニリーバの場合はどうだろうか。

 ユニリーバは英国ではなく、オランダのアセットオーナーとしてPRIに署名している。同社の年金基金のウエブページには「責任投資」と題したページがあり、次のように記されている。「これ(責任投資)は、投資のアプローチをESG課題に関する我々の考えに整合させるために組み込んでいる手続きを表す言葉である。我々は、環境と社会に関するリスクと機会のよいマネジメントが事業の長期的な成功に貢献するものと信じている」。

 このようにユニリーバの年金基金も、ESG投資を採用し、そのことを対外的にも表明している。日本でもCSRや統合経営に熱心な企業は多い。自社がSRIインデックスに採用されたことを報告書で記載するケースもよく目にする。そのような企業の姿勢を従業員も共有しているとすれば、その従業員を受益者とする当該企業の年金基金がESG投資を採用するのは、自然な流れのようにも思える。

 こうして見てくると、企業年金がESG投資をすべき理由はいくつもある。GPIFの後に続き、今後、日本でもより多くの企業年金がESG投資へと踏み出すことを期待したい。

表 PRIに署名した英国の企業年金一覧

署名機関

運用資産額(百万ポンド)

運用資産額(百万円)

Universities Superannuation Scheme – USS(大学教員年金スキーム)

47,871

6,462,585

BT Pension Scheme(BT年金スキーム)

43,000

5,805,000

BP Pension Fund(BP年金基金)

20,344

2,746,440

Shell Contributory Pension Fund(シェル年金基金)

14,358

1,938,330

Aviva Staff Pension Trustee Ltd.(アビバ職員年金信託)

13,933

1,880,955

BBC Pension Trust Limited(BBC年金信託)

12,911

1,742,985

Marks & Spenser Pension Scheme(マークス・アンド・スペンサー年金スキーム)

8,881

1,198,935

Royal Mail Pension Plan(ロイヤル・メール年金プラン

6,471

873,585

Superannuation Arrangements of the University of London (SAUL)(ロンドン大学職員年金制度)

2,371

320,085

Church of England Pensions Board(英国国教会年金理事会)

1,864

251,640

Barclays Bank UK Retirement Fund(バークレイ銀行退職基金)

不明

 

1ポンド=135円で換算。
出典:PRIホームページを基に筆者作成。

(10月7日)掲載内容に一部誤りがありましたので、訂正しました。

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QUICK ESG研究所 特別研究員 / 高崎経済大学経済学部 教授 水口剛

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