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【政府・レギュレーションの動向】「ESG(環境・社会・ガバナンス)法務」シリーズ 序論 2016/12/27 ESGコラム

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ESG(環境・社会・ガバナンス)法務」シリーズの連載について:QUICK ESG研究所

 世界の株式市場における大きな潮流として、特にこの2、3年は責任投資の拡大が目覚ましい。世界のアセットオーナーなどのイニシアチブであるPRI(Principles for Responsible Investment:国連責任投資原則)が取り組みを進めており、2015年4月、PRI署名機関の預かり資産残高(AuM:Asset under Management)は、全世界で運用されている機関投資家の資産総額の半分(59兆ドル)を超えた。これは、PRIが原則に掲げるESG投資がメインストリームへと発展したことを示す。投資先である企業は、ESG課題に対する投資家に向けた対応が今まで以上に重要となってきている。

 企業は、従来から国連グローバルコンパクトやCDPなどのイニシアチブに対応してきた。しかし、ESG課題の一部は法的な拘束力により、実践的なコンプライアンスマターとなっている。
(例えば、国内では環境基本法、労働基準法、雇用機会均等法および会社法などが該当。海外では英国の現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015)、仏国のエネルギー転換法(Energy Transition for Green Growth Act, 2015)および米国のドッド=フランク法による紛争鉱物規制(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act, 2010)など)

 機関投資家は、ESG課題を投資プロセスに取り入れる際、オポチュニティとリスクの両面から評価を行う。リスク面で最も直接的に影響するのは法制度への対応(コンプライアンス)であろう。しかしながら、企業にとっては、ESGを支える企業活動と法制度の関係が、必ずしも明確になっていない。

 今シリーズでは、日本弁護士連合会 弁護士業務改革委員会の「企業の社会的責任(CSR)と内部統制に関するプロジェクトチーム」(以下「CSRPT」)に所属する弁護士有志を中心に組織された「ESG(環境・社会・ガバナンス)法務研究会」のメンバーが、ESGに関連する法制度への企業の取り組み(コンプライアンス)の現状を解説し、企業が今後さらにどのように取り組みを進めるべきかを示すことを目的としている。

※本シリーズで示された意見は執筆者に属し、ESG研究所および日本弁護士連合会などの組織の見解を示すものではありません。

序論  ESG 課題のリスク面の重要性の高まり と企業、金融機関および機関投資家の法務対応策:ESG(環境・社会・ガバナンス)法務研究会/弁護士 高橋大祐

「ESG(環境・社会・ガバナンス)法務」シリーズ連載に当たって

 日本弁護士連合会 弁護士業務改革委員会の「企業の社会的責任(CSR)と内部統制に関するプロジェクトチーム」(以下「CSRPT」)(座長:齊藤誠弁護士)は、「CSRガイドライン」「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)」「海外贈賄防止ガイダンス(手引)」など様々なCSRに関わるガイドラインの策定を通じて、日本企業や企業に助言を行う弁護士に対し、コンプライアンスの実践を推奨してきた。

 金融機関および機関投資家(以下、「金融機関等」)は、従来財務評価を中心に企業価値評価を行ってきた。しかし、昨今はESG課題を投融資プロセスに取り入れ、オポチュニティとリスク両面から評価している。そのため、企業はESG課題に関する、特にリスク面の対処の必要性が急速に高まりつつある。

 例えば、コーポレートガバナンス・コードの導入、グローバルな非財務情報開示要求の強化などに対して、ESG課題への取り組みを誤った企業に対する法令違反・レピュテーションリスクは企業価値に重大な影響を及ぼすものとなりつつある。一連の企業不祥事に伴う金融機関の融資引上げ、機関投資家の株式売却も現実のものとなっている。企業は、特に金融機関等などのステークホルダーからの信頼や期待を維持するためにもESG課題のリスク面への対処が求められている。

 加えて、金融機関等の側も、日本版スチュワードシップ・コードの導入、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の責任投資原則への署名などにより、ESGに配慮した責任ある投融資が強く求められつつある。金融機関等は、投融資先企業に対して強い影響力を有していることからすれば、適切なエンゲージメント活動を通じて、投融資先企業に対し、ESG課題に適切に対処するように働きかけを行っていくことが強く期待されている。

 そもそもESG課題の対処は、従来はCSRやSRI、すなわち企業・金融機関等の法的責任を超えた社会的責任としての自主的な取組みとして議論されることが多かった。現在、これらの課題が「ESG」という概念を通じて論じられることが多くなった背景には、ESG課題の対処の一部が法的義務に引き上げられつつあることやESG課題が企業価値を毀損するリスクとして認識されるようになってきた。ESG課題は、企業の自主的な取組みとしてとらえるだけでは不十分で、法的観点からの対応が必要となってきた。

 このような経緯・背景をふまえ、日弁連CSRPTでは、現在、ESG課題のリスク要因に関して、法務の視点から、検討を行っている。本連載では、金融法務・コンプライアンス・CSRを専門とする弁護士有志において、「ESG(環境・社会・ガバナンス)法務研究会」を組織した上、QUICK  ESG研究所の協力を得て、弁護士の視点から、各専門分野におけるESG課題のリスク要因と企業・金融機関等の対応策について、議論を行うものである。各回の論稿は、ESG(環境・社会・ガバナンス)法務研究会での議論をふまえたものであるが、基本的に各弁護士の文責に帰するものであり、弁護士会や所属事務所の意見を示すものではないことに留意されたい。

 ESG(環境・社会・ガバナンス)法務研究会の創立メンバーは以下の通りであるが、今後さらに関係者の参加を募っていく予定である。

委員:弁護士森原憲司、弁護士鈴木仁史、弁護士齊藤誠、弁護士金昌浩、弁護士工藤靖、弁護士中野竹司、弁護士竹内朗、弁護士高橋大祐(順不同)

 ESG(環境・社会・ガバナンス)法務シリーズは、弁護士の視点から、各専門分野におけるESGリスクと企業・金融機関等の対応策について、議論を行うものである。

 今回は、本シリーズの序論として、ESG課題のリスク面の対処について、法務の視点から分析する意義について、解説する。具体的には、以下の通り企業・金融機関等の関係者が一般的に有するであろう疑問に答える形で議論する。

  1. 何故ESGと法務が関係するのか
  2. 何故ESG課題が企業価値に対するリスクとなるのか
  3. 何故企業・金融機関等はESG課題のリスク面の対処が求められているのか
  4. 企業および金融機関等は、ESG課題の対処のためにどのような法的・実務的対応が可能か

1. 何故ESGと法務が関係するのか

 従来CSR(企業の社会的責任)やSRI(社会的責任投資)という視点で論じられていた企業、金融機関等の取組みは、現在は、ESGという視点で議論されることが多くなってきた。このようなESGの概念のメインストリーム化の背景には、世界の機関投資家の受託者責任にのっとった責任投資の広がりやPRIの拡大が、その要因である[1]

 CSR(企業の社会的責任)は法的責任と対置されるものであり、従来CSRやSRIについては、法的責任を超える自主的な任意の取り組みととらえられることが多かった。しかし、従来自主的取り組みであったCSR調達に関しても、欧米ではサプライチェーンの透明性確保を義務付ける規制が導入されるなど、法的義務ないしそれに比類する義務にまで引き上げられつつある。

 また、企業ガバナンスが環境・社会課題とも密接関連する課題として認識されてきているところ、ガバナンスについては会社法改正やコーポレートガバナンス・コードの導入を通じて、その強化や透明性の確保が法的義務にも要求されるようになっている。

 以上からすれば、ESG課題は企業の自主的な任意の取り組みとして対処すれば十分なものとはいえない状況となっている。ESGに関連する国内外の法規制の動向や実務影響を十分に理解した上で、ESGの企業価値に対する影響を分析し、企業や金融機関等としての対処策を法的観点から検討することが重要である。そのため、ESGは「法務」と密接に関連しているといえる。

 ただし、ここでいう「法務」とは、法務部が担当してきた企業活動の法令違反の有無に関する判断や裁判などの法的手続の対応のみを意味するものではない。後述の通り、ESG課題の対処にあたっては、国内の適用法令のみならず、ソフトロー・海外規制・国際基準の潜在的影響も十分考慮する必要がある。また、企業活動の金融機関等・取引先・従業員・消費者・地域住民などのステークホルダーに対する影響や対応についても考慮する必要がある。そのため、ESG課題の対処とそのファイナンスにかかわる「法務」は、法務部のみならず、CSR、広報、IR、人事、調達、財務、事業部など企業の様々な部署に関連しているものだ。本シリーズも法務関係者のみならず、ESGに関心を有する企業・金融関係者を広く読者として対象としている。

2. 何故ESG課題が企業価値に対するリスクとなるのか

 ESG課題への対処が企業のパフォーマンスを向上させるものであるであるか否かは様々な分析・評価がなされているものの必ずしも肯定的な結論は出ていない。しかし、企業が対処を誤った場合、法令違反・レピュテーションリスクが顕在化し、企業価値を毀損させる事態につながりかねないことは、近時の企業不祥事の事例からも明らかである。

 企業価値を評価する指標の一つとして株価を例にすると、東芝は、2015年4月に不正会計問題が発覚して以降,株価が下落し続けた。ガバナンスに対する不信が不正会計の問題以上に投資家・消費者などのステークホルダーからの信頼を失う要因となったと思われる。2015年7月に第三者委員会から報告がなされたものの,その独立性・中立性にも疑問が提起され,不祥事の根本的な原因解明もなされていないことにつき厳しい批判も受けている。

 また、ワタミは、2012年2月に女性従業員過労死自殺問題に対する会社側の対応をめぐる批判を受けて以降、2015年末ころまで株価の下落の傾向が止まらなかった。本問題に関する創業者の不適切な発言や会社の対応がメディアにおいて厳しく批判され,「ブラック企業」というレッテルをはられ,従業員・消費者・投資家などのステークホルダーからの信頼も失う結果となった。2015年12月に当該問題の法的解決するにあたっても,創業者および会社が「懲罰的慰謝料」を支払う和解に応じたのは,これ以上の社会的批判を抑える必要があったからと思われる。

 このような一連の企業不祥事の事例から理解できるのは、投資家および消費者などのステークホルダーの信頼を大きく裏切るような行為を行った場合には,法令違反による行政処分や罰則にとどまらず、企業価値を大きく毀損する危険性があることだ。このような企業不祥事の際のステークホルダーの信頼確保の重要性の観点から、日本弁護士連合会「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」(2010年7月発表)や日本取引所自主規制法人「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」(2016年2月発表)が発表されている。

3. 何故企業・金融機関等はESG課題のリスク面の対処が求められているのか

 2015年3月、金融庁は、企業の持続的成長と中長期的な企業価値の向上のためのガバナンス体制強化を目的として、コーポレートガバナンス・コードを発表した。コーポレートガバナンス・コードは、基本原則2で株主以外のステークホルダーとの適切な協働を規定していることをはじめ、その各原則において企業に対しESG課題の対処を要求している。特に補充原則2-3は「取締役会は,サステナビリティー(持続可能性)を巡る課題への対応は重要なリスク管理の一部であると認識し,適確に対処」すべきであると規定しているところ,これは,ESG課題のリスク面への対処がリスクマネジメントの重要分野であることを明記したものにほかならない。取締役がESG課題のリスク面の対処を誤り、企業価値を毀損させた場合には、善管注意義務違反として株主代表訴訟が提起され、損害賠償責任を負わされることにもなりかねない。

 海外に目を向けると、環境・社会課題に関しても、サプライチェーン全体を通じてESG課題に関する対処や情報開示を義務付ける法規制が急速に導入されている。2013年に開始された米国紛争鉱物規制、2014年に採択されたEU非財務情報開示指令、2015年に採択された英国現代奴隷法などがその例だ。例えば、CSR調達のルール化やESGの概念の普及の背景には、2011年国連ビジネスと人権指導原則採択を通じて、CSRの概念にパラダイムシフトが生じたことがある。人権に関連する課題をESGの要素として焦点を当てることにより、従来法令遵守を超える課題(Beyond Compliance)としてとらえられていたものを、法令遵守の課題そのもの(Legal Compliance Issue)として位置づけを大きく変更したものである。指導原則は企業にそのサプライチェーンを通じて影響力を行使し、人権侵害を防止することにより、サプライチェーンに対して責任を持つことを要求している。日本政府も2016年11月にビジネスと人権に関する国別行動計画を今後策定することを発表している[2]

 一方、機関投資家をはじめとする金融機関等の側でも、2015年9月にGPIFが国連責任投資原則に署名したことなどを契機として、ESGに配慮した投資が拡大している。加えて、2014年2月に,機関投資家が責任ある投資を行うための諸原則として日本版スチュワードシップ・コードが金融庁より発表され、多くの機関投資家がこのコードの受け入れを表明している。日本版スチュワードシップ・コードの原則4は、機関投資家に対し、中長期的視点から投資先企業の持続的成長を促すために、投資先企業との建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)を行うことを要求している。

4. 企業および金融機関等は、ESG課題対処のためにどのような法的・実務的対応が可能か

 ESG課題のリスク面の対処にあたっての大きな問題は、企業が取り組むべきESG課題は極めて多岐にわたっていることだ。例えば、CSRに関する国際規格であるISO26000においても、ガバナンス・人権・労働・環境・公正な事業慣行・コミュニティ参画および開発などの企業が対処すべき中核主題は多く、これらの中核主題に関連する具体的な課題はさらに多岐にわたっている。このような企業がESG課題のリスク面に効果的に対処するためには,リスクの高い分野に関して重点的に対処する「リスクベース・アプローチ」が有効であり、この点は企業開示実務におけるマテリアリティの視点とも共通している。

 リスクベース・アプローチの前提としては、ESG課題のリスク面を適切に評価する必要がある。そのリスク評価にあたっては、企業活動の法令違反の有無のみを判断する従来のコンプライアンス思考を脱却する必要がある。ソフトロー・海外規制・国際基準の潜在的影響を考慮しつつ、企業活動が他のステークホルダーに対してどのような影響を与えるのかについて、ステークホルダーや外部専門家との対話を通じて、評価していく必要がある。例えば、このようなプロセスについては、国連ビジネスと人権指導原則が企業に対し要求している「人権デュー・ディリジェンス」を参考とすることも有益である。

 金融機関等においても、投資先企業の非財務情報を有効に活用しつつ,対象企業がステークホルダーに配慮した行動をとっているか,ESG課題に負の影響を及ぼしていないかを評価する必要がある。また、対象投資先企業がESG課題のリスク面を適切に管理するために透明性の高いガバナンス態勢を整えているかについても検証する必要がある。その上で、投資先企業に対するエンゲージメント活動、議決権行使、ESG課題に関するリスク面が極めて高い企業の投資先からの排除などの影響力の行使を通じて、投資先企業がESG課題を適切に対処するように働きかけを行っていくことが重要だ。

 以上の通り、企業がどのようにESG課題のリスク面を評価・対処しその状況を非財務情報として開示すべきか、金融機関および投資家がどのように非財務情報を取得・活用しつつ、投融資先企業のESG課題のリスク面を評価し、影響力を行使していくべきかが重大な課題となっている。しかし、日本では、これらの論点について具体的な議論が十分に行われているとは言い難い。本ESG(環境・社会・ガバナンス)法務シリーズでは、専門の弁護士において、より具体的に、各分野におけるESG課題のリスク面と企業・金融機関等の対応策について、議論を行っていく予定である。

◇執筆者プロファイル:弁護士 高橋 大祐氏
 真和総合法律事務所パートナー弁護士。法学修士(米・仏・独・伊)。企業・金融機関に対し、グローバルコンプライアンス・CSR/ESGリスクマネジメント・危機管理に関する案件に対応するほか、社内規程整備・社内研修などの内部統制システム構築支援も担当。日弁連弁護士業務改革委員会CSRと内部統制プロジェクトチーム副座長のほか、早稲田大学日米研究所招聘研究員、ジェトロアジア経済研究所研究会外部委員、上智大学法学部非常勤講師なども務める。

【関連リンク】
[1]【PRI・CDP活動報告】PRI:7300兆円の資産運用に適用される原則
[2]2016 United Nations Forum on Business and Human Rights, Statement by Ambassador Mitsuko SHINO(在ジュネーブ国際機関日本政府代表部)

ESG(環境・社会・ガバナンス)法務研究会 弁護士 高橋大祐

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