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【金融】プライベート・エクイティとESG、業界世界最大フォーラムでの論点とは

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 2016年2月22日から25日までベルリンで開催されたプライベート・エクイティ業界の国際大会「SuperReturn International 2016」。日本ではまだプライベート・エクイティという言葉はそこまでは浸透していないかもしれませんが、資本市場の世界ではプライベート・エクイティは新たなアセットクラス(投資カテゴリー)として注目を集めてきています。プライベート・エクイティを日本のビジネスパーソンに馴染み深い言葉で表すと、ベンチャー・キャピタルであり、買収ファンドであり、再生ファンドであり、インフラファンドであり、このような株式公開企業ではない未公開企業を対象にした投資のことを総じてプライベート・エクイティと呼ばれています。英語ではPEと略されるのが一般的です。

ESG投資が大きく取り上げられた今年のフォーラム

 このプライベート・エクイティの世界にもESG投資という言葉登場し始めたのがここ数年のことです。ESG投資と言えば、一般的には株式市場への投資を念頭に議論されることが多く、最近では債券市場や不動産市場におけるESG投資のあり方も模索されてきていますが、ついにこの波がPEにも及び始めています。今回開催された「SuperReturn International 2016」では、22日に丸一日をかけて行う4つのサミットのうち、「ESGをPEに統合する」というテーマが1つに選ばれました。登壇者には、世界三大PEファンドの一角を占めるKKR社、スウェーデンの公的年金基金からAP2、AP3、アル・ゴア元米国副大統領がインパクト投資のために創設したジェネレーション・インベストメント・マネジメント社など欧米の錚々たるメンバーが揃いました。さらには、23日に開かれた全体集会での基調講演にはアル・ゴア氏と同じくジェネレーション・インベストメント・マネジメント創業者のデイビッド・ブラッド氏が務め、今年のPEフォーラムではESG色が色濃く打ち出されました。この背景には何があるのか、そしてどのような議論があったのでしょうか。

参加者の顔ぶれ:GP、LP、サービス・プロバイダー

 本題に入る前にこのフォーラムに集まった参加者のことに触れておきます。今年のイベントには約2,000人が参加。会場を見回した所、参加者の90%以上は欧米からの参加者で、中東・アフリカ地域やアジアからの参加者はほぼいませんでした。参加者の属性は主に、GP、LP、サービスプロバイダーの3種類に分かれます。GP(General partners)とは、投資ファンドを組成し投資先企業のマネジメントを行う企業のことです。よりイメージしやすい説明をすると、ベンチャー・キャピタルや買収ファンドと言われるファンド運営会社そのもののことです。

 PEからの投資リターンを上げるためには、株式公開市場で多いように投資をして待っていてもリターンは上がりません。PEは投資をした後に投資先企業の企業価値を上げ最終的に買収金額よりも高値で売却(エグジット)をすることでリターンを上げるものです。GPは投資をした後に企業価値を上げるための企業経営やオペレーションにまで深く関与し経営陣と二人三脚となって企業を成長していくという重要な役割を担っています。最近報道されているケースだと、シャープ社の買収に名乗りをあげた政府ファンドの産業革新機構はGPに該当します。

 LP(Limited partners)とはPEへの資金の出し手です。PEでは企業の株式をバイアウトするためかなり大きな資金力を必要とします。GPの自己資金だけでの資金では足りないことも多く、またGPとしてもリスク分散のために一つの企業に賭けるのではなく自己資金を分散投資したいという思惑もあります。そこで登場するのがLPです。LPとは所謂機関投資家で、保険会社、公的年金、企業年金などが主たる担い手です。中には富裕層や資産家ファミリーなどの資金もPEに流れていることも多く、資産家ファミリーの資産管理団体のことを業界では英語でファミリー・オフィスとも呼ばれています。LPは直接的には投資先企業との接点を持たず、GPを通じて間接的に投資先企業に関与することになります。LPがPEに関与する理由には、より高いリターン、アセットクラスの分散などが挙げられます。

GPにとってのESGとは価値創造と価値保全

 「ESGをPEに統合する」サミットで数多くあった発言は、「ESG投資は我々にとって特別ではない。通常のバリュークリエイションの話で当たり前の話だ」というものです。例えば、英国に本社を置き欧米で知名度の高いGP、BC Partnersは、「PEではリスク管理が非常に重要。幅広いリスクを想定するためにESGの要素も考慮しはじめた。」と回答、同社にとってのESG投資とは、価値創造(Value Creation)よりもむしろ価値保全(Value Preservation)の意味で行っていることを強調していました。全体を通しても、PEの世界でESGを「倫理的」と位置づける議論は皆無で、ESGは価値創造もしくは価値保全のために行うものと語られていることが印象的でした。また、PEの世界では、一つの企業に賭けている投資金額割合が大きい(エクスポージャーが大きい)ため、投資先企業の不祥事などは大きなダメージとなることが多いため、リスクマネジメントではなく価値保全という言葉を敢えて用いたがっている様子でした。

 価値創造のためにESGを行うというGPも数多くありました。英国を本拠地にインパクト投資を手がけているBridges Ventures社は、環境・社会の観点から課題を探っていくことで新たな有望な投資先ベンチャー企業を見つけられると発表。また、米国に本社を置く世界的なバイアウト・ファンドのTPG Capital社からは、社会(ソーシャル)は新たな投資機会を見出すために、環境(エンバイロンメンタル)はコスト削減のためと整理し取り組んでいるとの情報共有がありました。KKR社からは、社会課題から投資分野を見つけ出す大きな取組として、中国での食品サプライチェーン問題に目をつけ、大きな投資を行っているとの共有もありました。

LPはESG投資の推進者だがオペレーションには依然苦戦

 それではLPサイドはどうでしょうか。LPからは、PEにおけるESG投資の動向についてはLPの動きによるものが大きいのではないかとの意見が多く出ました。特に最近、受託者責任に関する考え方が大きく変わり、法的にもESG投資が後押しされるようになったことを「ニューノーマル」と呼称、中国の習近平国家主席が謳う中国の新たな経済状態「新常態(英語でニューノーマル)」と重ねる表現も出ていました。とりわけ、LPがGPを選ぶ際のデューデリジェンスとして、単にESGに関するチェックリストを用いて評価するだけでなく、深く議論を重ねていかなければ結果が出ないという意見が印象的でした。

 一方で、LPにとってESG投資の確立が容易ではないという情報共有もありました。大きな原因としては、ESGを理解しないGPの教育、GPの実績を評価するためのフレームワークの未整備、フレームワークを作り上げるのに十分なデータが依然存在しない、などが挙がられていました。あれもこれもKPI設定できないため、マテリアリティを特定しながらKPI設定を行っているものの、現場はまだ手探り状態のようです。国連責任投資原則(PRI)の投資チームも会場から質問を上げ、「どのようなデータが整備されていたら嬉しいか?我々もその声を反映していきたい」と意見を求めましたが、登壇者からは明確な回答は出ていませんでした。また、ガバナンスの問題も挙げられており、特に賄賂防止に関しては、賄賂に関する意識が低い経営者は信頼が置けずそもそも投資できないとの意見もありました。

 GP及びLPの双方からは地域特性に関する共通見解もありました。PEにおけるESG統合の試みは、北欧が最も進んでおり、次いでその他ヨーロッパ、大きく離れて米国という位置づけが出ていました。北欧の進展についてはなんとなく文化的な背景があってというように流されていました。一方、なぜ米国の見解がそうなっているのかについては、アル・ゴア氏が興味深い見解を示していたので後ほど紹介します。

最もヒートアップしたESG投資を巡るディベート

 「ESGをPEに統合する」サミットで、ひときわ盛り上がったのが、「ESGは非常に多くの関心を集めているが真の影響力を持つ力は欠けているか?」とのテーマで賛成派と反対派に分かれて闘ったディベートでした。一線の実務家を集めて敢えてディベートという舞台を用意するという粋な試みは欧米でのフォーラムの面白みかもしれません。「真の影響力を持ちうる」側にはKKR社と世界的な労働組合機関であるUNI Global Union。「まだ真の影響力は持っていない」側にはBridge Ventures社とInstitutional Investors Roundtable社。もちろん、賛成派と反対派の設定は主催者が事前に役割をお願いしたものであって企業のスタンスや登壇者の意見を反映しているわけではありません。それでも、KKRと労働組合機関を同じチームとしてしまう図らいはあっぱれでした。

 KKRからは実際にすでに投資実績から多くの社会的インパクトや環境インパクトが具体的な数字を伴って計測されていることをUNI Global Unionからは雇用という社会ファクターも考慮されてきているという評価がありました。反対者側は、インパクト投資とは何か、インパクトとは何かという定義論でまだ実績が十分ではないということを主張しようとしていましたが苦しく、結果的に会場投票では反対派が勝利していました。そして、途中では会場から急に革新的な質問も飛び出し、空気が変わる一幕もありました。「PEファンドは結局買収したあとに人員削減を行って企業価値を上げているだけではないか。雇用削減のどこがいいのか」。反対派からは反論として「雇用の固定化が良いわけではなく、新たな産業を育成し雇用を移していくことが資本主義経済にとっては重要。実際にPEは新業界での雇用創出を実現している」とヒートアップしていました。雇用の問題をESGとしてどう扱うか、多くの論点が残っているように感じました。

アル・ゴア氏率いるジェネレーション・インベストメント・マネジメント

 アル・ゴア氏とデービッド・ブラッド氏のジェネレーション・インベストメント・マネジメント社の基調講演内容にも触れておきましょう。アル・ゴア氏はクリントン政権時代の副大統領であり、2000年の大統領選挙に出馬して僅差で負けてしまったことでも有名ですが、最近では「不都合な真実」という気候変動の脅威を論じる著者を執筆した論客としても知られています。政治の世界で生きてきたゴア氏は、2004年に金融機関でキャリアを持つブラッド氏らとともにジェネレーション・インベストメント・マネジメント社を設立、投資の世界にも関わるようになりました。

 彼は同社の設立背景について、「副大統領を務めていた時、毎週インテリジェンス部門(政府情報部門)からの情報共有を受けていた。様々な情報を集め大局的な見地から判断することの重要性を痛感していた。私は投資の世界では素人だが、大局的な見方を持つことの重要性を投資の世界に持ちこむことができると考えた」と説明しました。そこで金融機関のベテランであるブラッド氏と意見が一致し、同社の設立に至ったと言います。

 司会者からは「これだけ重要だというESGがまだ浸透しないのはなぜなのか?」と良い質問がありました。ゴア氏は、「今までにESGとは社会責任のために行う、ネガティブスクリーニングであるという概念が染み付いてしまっている。人々の概念の変える教育は簡単ではない。」と回答、長期的投資が最大リターンを上げることをより伝えていきたいと語りました。

PE業界の大きな転換期。Co-Investmentという新たな手法の影響は

 最後にESGとは直接は関係がないかもしれませんが、今年のSuperReturn Internationalで大きな話題に上がっていたことを3つ紹介して終わりにします。ひとつは、米国のQE縮小(テーパリング)、世界的な資源安・株価低迷、中国の経済成長失速などマクロ的な経済変化です。PEに与える影響としては、米国のQEが縮小することで金利が上昇しデッドファイナンスが難しくなっていること、IPO市場が低迷してエグジットが難しくなっていることなどが挙げられていました。一方で、スタートアップ企業も同様にデットファイナンスが難しくなっている状況下であり、その結果としてスタートアップ経営陣からPEのエクイティ・ファイナンスに寄せられる期待が大きくなっているというプラスの評価もありました。

 二つめは、米国大統領選挙の影響です。トランプ氏の勝利確率は極めて低いというのが数々の登壇者の意見でした。

 三つめは、Co-Investmentの動きについてです。Co-InvestmentというのはPEの新たな形態で、LPが直接投資先企業へ出資する手法のことを言います。LPとしてはCo-Investmentを採用することでGPに払う手数料を削減できるメリットがあります。最近では、カリフォルニア州公務員退職年金基金(カルパース)がGPに支払ってきたフィーを公表し、GPに対して手数料の削減圧力を強めています。フォーラム内では、カルパースとテレビ会議システムを用いて遠隔登壇したカリフォルニア州教職員退職年金基金(カルスターズ)からもやんわり手数料を過大視する発言が出ていました。一方で、GPサイドからはCo-Investmentの動きに関して、特定のLPだけがCo-Investmentに切り替えたがるのは他のLPとの間に不当な手数料の差ができてしまいわがままな行為だ、LPには直接出資し投資先企業とコミュニケーションするだけの実力はまだない、といった声も多く出ていました。Co-Investmentの動きはPEスキームの全体像を変えてしまうインパクトを持ちうるため、海外での今後の動向には注視が必要です。

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 2016年2月22日から25日までベルリンで開催されたプライベート・エクイティ業界の国際大会「SuperReturn International 2016」。日本ではまだプライベート・エクイティという言葉はそこまでは浸透していないかもしれませんが、資本市場の世界ではプライベート・エクイティは新たなアセットクラス(投資カテゴリー)として注目を集めてきています。プライベート・エクイティを日本のビジネスパーソンに馴染み深い言葉で表すと、ベンチャー・キャピタルであり、買収ファンドであり、再生ファンドであり、インフラファンドであり、このような株式公開企業ではない未公開企業を対象にした投資のことを総じてプライベート・エクイティと呼ばれています。英語ではPEと略されるのが一般的です。

ESG投資が大きく取り上げられた今年のフォーラム

 このプライベート・エクイティの世界にもESG投資という言葉登場し始めたのがここ数年のことです。ESG投資と言えば、一般的には株式市場への投資を念頭に議論されることが多く、最近では債券市場や不動産市場におけるESG投資のあり方も模索されてきていますが、ついにこの波がPEにも及び始めています。今回開催された「SuperReturn International 2016」では、22日に丸一日をかけて行う4つのサミットのうち、「ESGをPEに統合する」というテーマが1つに選ばれました。登壇者には、世界三大PEファンドの一角を占めるKKR社、スウェーデンの公的年金基金からAP2、AP3、アル・ゴア元米国副大統領がインパクト投資のために創設したジェネレーション・インベストメント・マネジメント社など欧米の錚々たるメンバーが揃いました。さらには、23日に開かれた全体集会での基調講演にはアル・ゴア氏と同じくジェネレーション・インベストメント・マネジメント創業者のデイビッド・ブラッド氏が務め、今年のPEフォーラムではESG色が色濃く打ち出されました。この背景には何があるのか、そしてどのような議論があったのでしょうか。

参加者の顔ぶれ:GP、LP、サービス・プロバイダー

 本題に入る前にこのフォーラムに集まった参加者のことに触れておきます。今年のイベントには約2,000人が参加。会場を見回した所、参加者の90%以上は欧米からの参加者で、中東・アフリカ地域やアジアからの参加者はほぼいませんでした。参加者の属性は主に、GP、LP、サービスプロバイダーの3種類に分かれます。GP(General partners)とは、投資ファンドを組成し投資先企業のマネジメントを行う企業のことです。よりイメージしやすい説明をすると、ベンチャー・キャピタルや買収ファンドと言われるファンド運営会社そのもののことです。

 PEからの投資リターンを上げるためには、株式公開市場で多いように投資をして待っていてもリターンは上がりません。PEは投資をした後に投資先企業の企業価値を上げ最終的に買収金額よりも高値で売却(エグジット)をすることでリターンを上げるものです。GPは投資をした後に企業価値を上げるための企業経営やオペレーションにまで深く関与し経営陣と二人三脚となって企業を成長していくという重要な役割を担っています。最近報道されているケースだと、シャープ社の買収に名乗りをあげた政府ファンドの産業革新機構はGPに該当します。

 LP(Limited partners)とはPEへの資金の出し手です。PEでは企業の株式をバイアウトするためかなり大きな資金力を必要とします。GPの自己資金だけでの資金では足りないことも多く、またGPとしてもリスク分散のために一つの企業に賭けるのではなく自己資金を分散投資したいという思惑もあります。そこで登場するのがLPです。LPとは所謂機関投資家で、保険会社、公的年金、企業年金などが主たる担い手です。中には富裕層や資産家ファミリーなどの資金もPEに流れていることも多く、資産家ファミリーの資産管理団体のことを業界では英語でファミリー・オフィスとも呼ばれています。LPは直接的には投資先企業との接点を持たず、GPを通じて間接的に投資先企業に関与することになります。LPがPEに関与する理由には、より高いリターン、アセットクラスの分散などが挙げられます。

GPにとってのESGとは価値創造と価値保全

 「ESGをPEに統合する」サミットで数多くあった発言は、

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ESG投資が大きく取り上げられた今年のフォーラム

 このプライベート・エクイティの世界にもESG投資という言葉登場し始めたのがここ数年のことです。ESG投資と言えば、一般的には株式市場への投資を念頭に議論されることが多く、最近では債券市場や不動産市場におけるESG投資のあり方も模索されてきていますが、ついにこの波がPEにも及び始めています。今回開催された「SuperReturn International 2016」では、22日に丸一日をかけて行う4つのサミットのうち、「ESGをPEに統合する」というテーマが1つに選ばれました。登壇者には、世界三大PEファンドの一角を占めるKKR社、スウェーデンの公的年金基金からAP2、AP3、アル・ゴア元米国副大統領がインパクト投資のために創設したジェネレーション・インベストメント・マネジメント社など欧米の錚々たるメンバーが揃いました。さらには、23日に開かれた全体集会での基調講演にはアル・ゴア氏と同じくジェネレーション・インベストメント・マネジメント創業者のデイビッド・ブラッド氏が務め、今年のPEフォーラムではESG色が色濃く打ち出されました。この背景には何があるのか、そしてどのような議論があったのでしょうか。

参加者の顔ぶれ:GP、LP、サービス・プロバイダー

 本題に入る前にこのフォーラムに集まった参加者のことに触れておきます。今年のイベントには約2,000人が参加。会場を見回した所、参加者の90%以上は欧米からの参加者で、中東・アフリカ地域やアジアからの参加者はほぼいませんでした。参加者の属性は主に、GP、LP、サービスプロバイダーの3種類に分かれます。GP(General partners)とは、投資ファンドを組成し投資先企業のマネジメントを行う企業のことです。よりイメージしやすい説明をすると、ベンチャー・キャピタルや買収ファンドと言われるファンド運営会社そのもののことです。

 PEからの投資リターンを上げるためには、株式公開市場で多いように投資をして待っていてもリターンは上がりません。PEは投資をした後に投資先企業の企業価値を上げ最終的に買収金額よりも高値で売却(エグジット)をすることでリターンを上げるものです。GPは投資をした後に企業価値を上げるための企業経営やオペレーションにまで深く関与し経営陣と二人三脚となって企業を成長していくという重要な役割を担っています。最近報道されているケースだと、シャープ社の買収に名乗りをあげた政府ファンドの産業革新機構はGPに該当します。

 LP(Limited partners)とはPEへの資金の出し手です。PEでは企業の株式をバイアウトするためかなり大きな資金力を必要とします。GPの自己資金だけでの資金では足りないことも多く、またGPとしてもリスク分散のために一つの企業に賭けるのではなく自己資金を分散投資したいという思惑もあります。そこで登場するのがLPです。LPとは所謂機関投資家で、保険会社、公的年金、企業年金などが主たる担い手です。中には富裕層や資産家ファミリーなどの資金もPEに流れていることも多く、資産家ファミリーの資産管理団体のことを業界では英語でファミリー・オフィスとも呼ばれています。LPは直接的には投資先企業との接点を持たず、GPを通じて間接的に投資先企業に関与することになります。LPがPEに関与する理由には、より高いリターン、アセットクラスの分散などが挙げられます。

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ESG投資が大きく取り上げられた今年のフォーラム

 このプライベート・エクイティの世界にもESG投資という言葉登場し始めたのがここ数年のことです。ESG投資と言えば、一般的には株式市場への投資を念頭に議論されることが多く、最近では債券市場や不動産市場におけるESG投資のあり方も模索されてきていますが、ついにこの波がPEにも及び始めています。今回開催された「SuperReturn International 2016」では、22日に丸一日をかけて行う4つのサミットのうち、「ESGをPEに統合する」というテーマが1つに選ばれました。登壇者には、世界三大PEファンドの一角を占めるKKR社、スウェーデンの公的年金基金からAP2、AP3、アル・ゴア元米国副大統領がインパクト投資のために創設したジェネレーション・インベストメント・マネジメント社など欧米の錚々たるメンバーが揃いました。さらには、23日に開かれた全体集会での基調講演にはアル・ゴア氏と同じくジェネレーション・インベストメント・マネジメント創業者のデイビッド・ブラッド氏が務め、今年のPEフォーラムではESG色が色濃く打ち出されました。この背景には何があるのか、そしてどのような議論があったのでしょうか。

参加者の顔ぶれ:GP、LP、サービス・プロバイダー

 本題に入る前にこのフォーラムに集まった参加者のことに触れておきます。今年のイベントには約2,000人が参加。会場を見回した所、参加者の90%以上は欧米からの参加者で、中東・アフリカ地域やアジアからの参加者はほぼいませんでした。参加者の属性は主に、GP、LP、サービスプロバイダーの3種類に分かれます。GP(General partners)とは、投資ファンドを組成し投資先企業のマネジメントを行う企業のことです。よりイメージしやすい説明をすると、ベンチャー・キャピタルや買収ファンドと言われるファンド運営会社そのもののことです。

 PEからの投資リターンを上げるためには、株式公開市場で多いように投資をして待っていてもリターンは上がりません。PEは投資をした後に投資先企業の企業価値を上げ最終的に買収金額よりも高値で売却(エグジット)をすることでリターンを上げるものです。GPは投資をした後に企業価値を上げるための企業経営やオペレーションにまで深く関与し経営陣と二人三脚となって企業を成長していくという重要な役割を担っています。最近報道されているケースだと、シャープ社の買収に名乗りをあげた政府ファンドの産業革新機構はGPに該当します。

 LP(Limited partners)とはPEへの資金の出し手です。PEでは企業の株式をバイアウトするためかなり大きな資金力を必要とします。GPの自己資金だけでの資金では足りないことも多く、またGPとしてもリスク分散のために一つの企業に賭けるのではなく自己資金を分散投資したいという思惑もあります。そこで登場するのがLPです。LPとは所謂機関投資家で、保険会社、公的年金、企業年金などが主たる担い手です。中には富裕層や資産家ファミリーなどの資金もPEに流れていることも多く、資産家ファミリーの資産管理団体のことを業界では英語でファミリー・オフィスとも呼ばれています。LPは直接的には投資先企業との接点を持たず、GPを通じて間接的に投資先企業に関与することになります。LPがPEに関与する理由には、より高いリターン、アセットクラスの分散などが挙げられます。

GPにとってのESGとは価値創造と価値保全

 「ESGをPEに統合する」サミットで数多くあった発言は、「ESG投資は我々にとって特別ではない。通常のバリュークリエイションの話で当たり前の話だ」というものです。例えば、英国に本社を置き欧米で知名度の高いGP、BC Partnersは、「PEではリスク管理が非常に重要。幅広いリスクを想定するためにESGの要素も考慮しはじめた。」と回答、同社にとってのESG投資とは、価値創造(Value Creation)よりもむしろ価値保全(Value Preservation)の意味で行っていることを強調していました。全体を通しても、PEの世界でESGを「倫理的」と位置づける議論は皆無で、ESGは価値創造もしくは価値保全のために行うものと語られていることが印象的でした。また、PEの世界では、一つの企業に賭けている投資金額割合が大きい(エクスポージャーが大きい)ため、投資先企業の不祥事などは大きなダメージとなることが多いため、リスクマネジメントではなく価値保全という言葉を敢えて用いたがっている様子でした。

 価値創造のためにESGを行うというGPも数多くありました。英国を本拠地にインパクト投資を手がけているBridges Ventures社は、環境・社会の観点から課題を探っていくことで新たな有望な投資先ベンチャー企業を見つけられると発表。また、米国に本社を置く世界的なバイアウト・ファンドのTPG Capital社からは、社会(ソーシャル)は新たな投資機会を見出すために、環境(エンバイロンメンタル)はコスト削減のためと整理し取り組んでいるとの情報共有がありました。KKR社からは、社会課題から投資分野を見つけ出す大きな取組として、中国での食品サプライチェーン問題に目をつけ、大きな投資を行っているとの共有もありました。

LPはESG投資の推進者だがオペレーションには依然苦戦

 それではLPサイドはどうでしょうか。LPからは、PEにおけるESG投資の動向についてはLPの動きによるものが大きいのではないかとの意見が多く出ました。特に最近、受託者責任に関する考え方が大きく変わり、法的にもESG投資が後押しされるようになったことを「ニューノーマル」と呼称、中国の習近平国家主席が謳う中国の新たな経済状態「新常態(英語でニューノーマル)」と重ねる表現も出ていました。とりわけ、LPがGPを選ぶ際のデューデリジェンスとして、単にESGに関するチェックリストを用いて評価するだけでなく、深く議論を重ねていかなければ結果が出ないという意見が印象的でした。

 一方で、LPにとってESG投資の確立が容易ではないという情報共有もありました。大きな原因としては、ESGを理解しないGPの教育、GPの実績を評価するためのフレームワークの未整備、フレームワークを作り上げるのに十分なデータが依然存在しない、などが挙がられていました。あれもこれもKPI設定できないため、マテリアリティを特定しながらKPI設定を行っているものの、現場はまだ手探り状態のようです。国連責任投資原則(PRI)の投資チームも会場から質問を上げ、「どのようなデータが整備されていたら嬉しいか?我々もその声を反映していきたい」と意見を求めましたが、登壇者からは明確な回答は出ていませんでした。また、ガバナンスの問題も挙げられており、特に賄賂防止に関しては、賄賂に関する意識が低い経営者は信頼が置けずそもそも投資できないとの意見もありました。

 GP及びLPの双方からは地域特性に関する共通見解もありました。PEにおけるESG統合の試みは、北欧が最も進んでおり、次いでその他ヨーロッパ、大きく離れて米国という位置づけが出ていました。北欧の進展についてはなんとなく文化的な背景があってというように流されていました。一方、なぜ米国の見解がそうなっているのかについては、アル・ゴア氏が興味深い見解を示していたので後ほど紹介します。

最もヒートアップしたESG投資を巡るディベート

 「ESGをPEに統合する」サミットで、ひときわ盛り上がったのが、「ESGは非常に多くの関心を集めているが真の影響力を持つ力は欠けているか?」とのテーマで賛成派と反対派に分かれて闘ったディベートでした。一線の実務家を集めて敢えてディベートという舞台を用意するという粋な試みは欧米でのフォーラムの面白みかもしれません。「真の影響力を持ちうる」側にはKKR社と世界的な労働組合機関であるUNI Global Union。「まだ真の影響力は持っていない」側にはBridge Ventures社とInstitutional Investors Roundtable社。もちろん、賛成派と反対派の設定は主催者が事前に役割をお願いしたものであって企業のスタンスや登壇者の意見を反映しているわけではありません。それでも、KKRと労働組合機関を同じチームとしてしまう図らいはあっぱれでした。

 KKRからは実際にすでに投資実績から多くの社会的インパクトや環境インパクトが具体的な数字を伴って計測されていることをUNI Global Unionからは雇用という社会ファクターも考慮されてきているという評価がありました。反対者側は、インパクト投資とは何か、インパクトとは何かという定義論でまだ実績が十分ではないということを主張しようとしていましたが苦しく、結果的に会場投票では反対派が勝利していました。そして、途中では会場から急に革新的な質問も飛び出し、空気が変わる一幕もありました。「PEファンドは結局買収したあとに人員削減を行って企業価値を上げているだけではないか。雇用削減のどこがいいのか」。反対派からは反論として「雇用の固定化が良いわけではなく、新たな産業を育成し雇用を移していくことが資本主義経済にとっては重要。実際にPEは新業界での雇用創出を実現している」とヒートアップしていました。雇用の問題をESGとしてどう扱うか、多くの論点が残っているように感じました。

アル・ゴア氏率いるジェネレーション・インベストメント・マネジメント

 アル・ゴア氏とデービッド・ブラッド氏のジェネレーション・インベストメント・マネジメント社の基調講演内容にも触れておきましょう。アル・ゴア氏はクリントン政権時代の副大統領であり、2000年の大統領選挙に出馬して僅差で負けてしまったことでも有名ですが、最近では「不都合な真実」という気候変動の脅威を論じる著者を執筆した論客としても知られています。政治の世界で生きてきたゴア氏は、2004年に金融機関でキャリアを持つブラッド氏らとともにジェネレーション・インベストメント・マネジメント社を設立、投資の世界にも関わるようになりました。

 彼は同社の設立背景について、「副大統領を務めていた時、毎週インテリジェンス部門(政府情報部門)からの情報共有を受けていた。様々な情報を集め大局的な見地から判断することの重要性を痛感していた。私は投資の世界では素人だが、大局的な見方を持つことの重要性を投資の世界に持ちこむことができると考えた」と説明しました。そこで金融機関のベテランであるブラッド氏と意見が一致し、同社の設立に至ったと言います。

 司会者からは「これだけ重要だというESGがまだ浸透しないのはなぜなのか?」と良い質問がありました。ゴア氏は、「今までにESGとは社会責任のために行う、ネガティブスクリーニングであるという概念が染み付いてしまっている。人々の概念の変える教育は簡単ではない。」と回答、長期的投資が最大リターンを上げることをより伝えていきたいと語りました。

PE業界の大きな転換期。Co-Investmentという新たな手法の影響は

 最後にESGとは直接は関係がないかもしれませんが、今年のSuperReturn Internationalで大きな話題に上がっていたことを3つ紹介して終わりにします。ひとつは、米国のQE縮小(テーパリング)、世界的な資源安・株価低迷、中国の経済成長失速などマクロ的な経済変化です。PEに与える影響としては、米国のQEが縮小することで金利が上昇しデッドファイナンスが難しくなっていること、IPO市場が低迷してエグジットが難しくなっていることなどが挙げられていました。一方で、スタートアップ企業も同様にデットファイナンスが難しくなっている状況下であり、その結果としてスタートアップ経営陣からPEのエクイティ・ファイナンスに寄せられる期待が大きくなっているというプラスの評価もありました。

 二つめは、米国大統領選挙の影響です。トランプ氏の勝利確率は極めて低いというのが数々の登壇者の意見でした。

 三つめは、Co-Investmentの動きについてです。Co-InvestmentというのはPEの新たな形態で、LPが直接投資先企業へ出資する手法のことを言います。LPとしてはCo-Investmentを採用することでGPに払う手数料を削減できるメリットがあります。最近では、カリフォルニア州公務員退職年金基金(カルパース)がGPに支払ってきたフィーを公表し、GPに対して手数料の削減圧力を強めています。フォーラム内では、カルパースとテレビ会議システムを用いて遠隔登壇したカリフォルニア州教職員退職年金基金(カルスターズ)からもやんわり手数料を過大視する発言が出ていました。一方で、GPサイドからはCo-Investmentの動きに関して、特定のLPだけがCo-Investmentに切り替えたがるのは他のLPとの間に不当な手数料の差ができてしまいわがままな行為だ、LPには直接出資し投資先企業とコミュニケーションするだけの実力はまだない、といった声も多く出ていました。Co-Investmentの動きはPEスキームの全体像を変えてしまうインパクトを持ちうるため、海外での今後の動向には注視が必要です。

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