Sustainable Japan | 世界のサステナビリティ・ESG投資・SDGs

【金融】新段階を迎えるESG投資と機関投資家の迫力 〜PRI in Person 2019参加レポート〜

 ESG投資を推進する国際的な機関投資家団体「国連責任投資原則(PRI)」。毎年開催されているPRI年次総会「PRI in Person」が、今年は9月第2週にフランス・パリで開催された。この場には、PRIの署名機関が多数集結し、PRIの今後のビジョンや事業計画や理事選挙の案内とともに、ESG投資分野でのリーダー投資家たちが登壇するセッションが多数行われる。

 PRIの署名機関数は、2019年9月17日現在で世界2,515。世界を代表する、すなわち投資家として資本主義の担い手となる大手の年金基金、保険会社、運用会社、格付機関、インデックス開発会社の多くはすでにPRIに署名しているため、その場はさながら、世界の直接金融の担い手の総会のようになる。Sustainable Japanを運営する当社ニューラルも、PRI署名機関として、この年次総会に参加してきた。

 PRIの署名機関数は年々増加しているが、今年の開催地がESG投資の震源地でもある欧州となったことから、参加者数は1,200人を大きく超え、過去最大。日本からも、PRI署名機関数を中心に約60人が参加した。

2019年の特徴

 今年のPRI In Personの特徴は、気候変動とSDGsで多くの登壇セッションが用意されていたことにある。気候変動については、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の動きによるものが大きいと言える。TCFDは、上場企業が気候変動による財務リスクと財務機会を分析するよう要請しているだけでなく、もしくはそれ以上に、金融機関が投融資のリスクと機会、及びガバナンス体制や戦略を分析するようことが主眼にある。そのため、機関投資家が集うPRIでも、気候変動は大きな話題となっている。

 SDGsについては、PRIは、発足機関が、国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP FI)と国連グローバル・コンパクト(UNGC)という2つの国連機関の活動によるものであり、国連ミッションを意識する運営が行われている。そのため、SDGsが2015年に策定されて以降、SDGsの分野からどのように投資チャンスを見出し、投資パフォーマンスにつなげていくかについて積極的なナレッジ共有がなされている。今回のPRI in Personでも、大手の年金基金や運用会社から、数多くのナレッジが共有された。競争関係にある機関投資家が、ESG投資の分野では、業界全体を盛り上げるために、ナレッジを共有されていることは、特筆に値する減少と言える。

 また、PRIは2018年から署名機関の義務基準を引き上げ、署名機関の運用資産総額(AUM)の50%以上でESG投資をしなければいけないと決めた。つまり、例えばAUMが20兆円の機関投資家は、PRIからの査定を受けた上で、10兆円以上でESG投資をしていると認められなければならない。この基準をクリアできていない署名機関には、すでにPRIからイエローカードが宣言されており、クリアできないままでいると2020年にPRIからの「除名」が通告される。そのため、各署名機関は、運用している幅広いアセットクラス、すなわち上場株式以外でも、債券、不動産、プライベートエクイティ(PE)、ヘッジファンドでもESG投資を行い投資パフォーマンスを上げる手法探しに必死になっている。当然今回のPRI in Personでも、上場株式以外のアセットクラスでのESG投資についてナレッジ共有がなされた。

TCFD対応

 昨今、日本でも急激に注目を集めるTCFDに関するセッションでは、多くの企業にとって壁となっている「シナリオ分析」について、自主的に開示手法を編み出している先進企業や先進的な機関投資家が登壇した。日本からも年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の水野弘道理事兼CIOがパネルを務めた。

 今回のセッションを通じて多く出てきた声は、「TCFDの主目的は開示そのものではなく、投資家と企業の対話」「完璧な開示手法は存在していないので、各々で手法を創造していくことが重要」というもの。そのため、「正解」の手法を追い求めすぎて分析や開示を躊躇するよりも、自らできる範囲で実施しながら、投資家からのフィードバックを受け、進化させていくというのが基本スタンスとなっていた。それを象徴するように、TCFDについては「ジャーニー(旅)」という言葉が頻繁に飛び出し、一回限りの分析で終わるのではなく、ベターなものを追い求めていくプロセスとして理解されていた。

 GPIFの水野CIOは、気候変動については対応しなければいけないものという基本的な考えを披露した上で、投資運用を外部委託することが法律で定められているGPIFとしては、TCFDについては企業以上に運用会社とのエンゲージメントが重要になっているという状況を説明した。直近でGPIFが発表した投資ポートフォリオの気候変動分析をまとめたレポートでは、パリ協定で合意された2℃ではなく、それよりも気温が上昇してしまう「3℃シナリオ」になっていることにも言及し、運用会社に対し一層の対応を促していく考えを示していた。

 さらに水野CIOは、欧米と異なり、日本では金融機関の声がなかなか企業に届かないという非常に特殊なビジネス環境にあることを伝えた上で、GPIFは、サプライチェーンの上位にいる日本製鐵、トヨタ自動車、日立製作所等の企業を巻き込みながら、取引先からの影響力も重視しながら、日本の産業界全体への認識浸透を図っていっているという現状も説明した。

 気候変動については、複数のセッションが開催され、オーストラリアの年金基金からは、オーストラリアの現政権が石炭推進派という逆風の中でも、気候変動を意志を持って進める苦労話が出ていた。また、PRIも運営メンバーとなっている機関投資家の低炭素推進イニシアチブ「Climate Action 100+」の現状報告もあり、中国やタイ等のアジア各国でも、積極的にエンゲージメントを進めていると伝えた。特にエネルギー関連の国営企業に対する対話を活発化させており、今までは対話に出てこなかった経営幹部が対話に現れるようになったり、具体的なアクションが生まれてきているという成果を披露した。

SDGs

 SDGsについては、投資機会をいかに見出していくかのナレッジがシェアされていた。実際に、PRIやPRIの署名機関としては、SDGsは、投資における機会とリスクを把握するために参照するための課題集と位置づけており、日本で言われるような「経済リターンだけでなく、環境インパクトや社会インパクトを追求する」ような状況にはなっていない。そのため、ESG投資運用においても、経済合理性を生み出しやすい課題については言及されることが多いが、経済合理性が生み出しにくいテーマに対しては話題が少なくなる。

 「SDGsが投資リターンにつながるか」というテーマにおいても、先進的なESG投資家は「はい」と回答するものの、内容は実際には金融リスクとして表明化しつつある気候変動に言及することがほとんど。飢餓、教育アクセス、医療アクセス、貧困等のテーマでは、機関投資家は経済合理性の高いビジネスモデルが出てくるのを待っているという状況といえる。

 但し、国債投資の分野では、異なる雰囲気があった。国債投資では、各国の中央政府の政策やマクロ指標が信用リスク判断の材料となるが、ESGの中で、考慮されているものには、SやGが多く、Eを考慮することは少なかったと登壇者は口にしていた。それよりも、貧困、紛争、教育等の社会課題が社会不安につながりやすく、結果的に国債のプライシングとの相関があるという分析結果が紹介されていた。もっとも、Eについても、近年の気候変動インパクトの増大により、E要素が国債プライシングに反映されるようになってきているという意見も出ていた。

 株式でも債券でも、SDGsという課題集から、高いリターンを出すための投資分野を発掘するために見る動きだけでなく、ポートフォリオがどの課題のリスクに対しエクスポージャーを追っているかを分析する意義も指摘された。質疑応答の中で、会場から、「戦略的アセットアロケーション(SAA)ではなく、『戦略亭リスクアロケーション(SRA)』という言葉を使うべき」という意見が出、登壇者が大きくうなずく一幕もあった。

アセットクラス

 機関投資家の中でも昨今、パッシブ運用のシェアが高まりを見せる中、パッシブ運用でESG投資をどのように実行するかにも注目が集まっている。今回のセッションでも、運用資産総額(AUM)の大きい機関投資家ほど、他の投資家のエンゲージメントに「フリーライド」しようとする問題があるとして、運用会社のアクティブオーナーシップの重要性が強調された。同課題はPRIのディスカッションペーパーでも指摘されている。

【参考】【国際】PRI、パッシブ運用でのESG投資に関するディスカッションペーパー公表。意見募集開始

 また、パッシブというとルールベースでの投資が想起されるため、アセットオーナーのコストに対する意識が強い点にも言及。運用会社のスチュワードシップ遵守に係るコストへの厳しい姿勢が、ESG投資戦略の妨げになっている場合があるとした。アセットオーナーに対して、パッシブ運用であっても、ベンチマーク選定や戦略策定時にESG観点が考慮される等、アクティブ要素も持ち得ることの理解が求められた。

 一方、運用会社に対しては、透明性の確保が求められた。金融商品の複雑性と透明性はトレードオフにはなるが、アセットオーナーが自身の保有リスクを正確に把握できるようにし、長期的な価値創出の観点での対話を行うことの重要性を強調した。

人工知能(AI)とESG投資

 ビッグデータ的になりやすいESG投資では、データ分析のためのAI(人工知能)活用も生まれてきている。同セッションでは、2018年の上半期時点で、AIの活用は、グローバルのプライベートエクイティ(PE)ファンドの投資ポートフォリオの12%を占めるまでに成長していると発表された。一方で、倫理上の課題も指摘されており、昨今ではAIが機械学習の結果、人種差別的な判断を下すことや、機械学習に利用されるデータとプライバシー等、様々な課題を抱えていることにも言及。今後、企業はもちろん、政策決定者も同分野へのキャッチアップが必要だと強調した。

 ヘッジファンドとAI投資の活用についても議論があった。ヘッジファンド業界は、長きにわたり財務データに基づくモデリングを行ってきたがESG観点を組み入れる余地はまだまだあると指摘。その上で、企業の取り組みに関する複雑かつ非構造的なデータの中から、ノイズを排除し、シグナルを見つける必要があるとした。議論の中では、データの標準化が一つの争点として挙げられ、標準化によりESGデータのセクター間比較を容易になるが、標準化されることで失われた情報の中にこそ重要な情報が眠っているという声も出た。また、機械学習が過度に期待されていることに警鐘を鳴らす場面もあった。AIを活用しても未来を確実に予測できるわけではなく、AIは、非線形で複雑な関係性を読み解き、迅速に結果を算出するためツールにすぎないという話もあった。

 今後のヘッジファンドとESG投資については、株式選定においてはESGが組み込まれていくと予測しつつも、商品先物や株価指数先物等の広範な金融商品に分散投資する運用会社にとっては、ESGの組み入れは難しいのではないかという意見が出た。一方、人間とAIが協働することで、市場で明らかになっていないリスクを事前に特定することも可能なのではないかと期待も出た。

プラスチック汚染

 昨今、国際的に話題となるプラスチック汚染に関するセッションもあり、同分野で著名なエレン・マッカーサー財団の金融プロジェクト・ヘッドや、小売企業大手カルフール、化学大手INEOS、パリ市の廃棄物処理業者が登壇した。プラスチックの供給過剰や不要論も叫ばれる中、カルフールやINEOSは、製品の再設計に向けた技術開発が課題として挙げた。また、自社従業員のマインドセット変革はもちろん、利用する顧客のマインドセット変革も重要となることから、企業単体ではなく、バリューチェーン全体での対話と協力の重要性を強調した。

 興味深かったのは、パリ市の廃棄物処理公社からの観点。廃棄プラスチックの分別施設は、設備投資額が大きいため、頻繁に更新することが困難。しかし、消費財メーカーやマーケティング企業が次々と新種のプラスチックを投入してしまい、分別施設側の対応が間に合わないという。また、分別方法の変更で対応しようにも、すでに習慣化した消費者の行動を変えるには非常に長い時間を要することが課題視された。これを受けて、改めてバリューチェーン上の協働の必要性が強調され、パネル全員が同意していた。

その他のテーマ

 今回は個別セッションではなく、全体会合の中でも、ESGに関する課題のメッセージを伝える場が多く、PRIが気候変動以外にも、多様な課題への考慮を呼びかける姿が象徴的だった。3日間の会のオープニングでは、ブラジルで発生したヴァーレの尾鉱ダム崩壊の映像を流し、エンディングでは元現代奴隷で現在は活動家として活躍している2人の当事者がプレゼンテーションを行い、サプライチェーン上で発生している現代奴隷、強制労働、ヒューマントラフィッキングに対し参加者に認識向上を求めていた。

 また、同じくオープニングでは、SDGsへの関心が高いと言われるミレニアル世代の若者のインタビューを集めた映像も放映。加えて、機関投資家と企業CFO対話の時間も2コマあり、CFO自身がサステナビリティについて語ることが求められる時代になったことを印象づけた。

 PRI in Personの2020年の開催地は東京。東京開催は、PRIの日本オフィスである「PRIジャパン」が数年前から働きかけを続けついに来年結実することとなった。会場には、世界各国からESG投資の担い手たちが集まってくる。日本が「ESG投資の先進国」として映るか、「ESG投資の後進国」として映るか。どちらの印象を与えることとなるのか。日本の関係者に残された猶予期間はあと1年間しかない。

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 ESG投資を推進する国際的な機関投資家団体「国連責任投資原則(PRI)」。毎年開催されているPRI年次総会「PRI in Person」が、今年は9月第2週にフランス・パリで開催された。この場には、PRIの署名機関が多数集結し、PRIの今後のビジョンや事業計画や理事選挙の案内とともに、ESG投資分野でのリーダー投資家たちが登壇するセッションが多数行われる。

 PRIの署名機関数は、2019年9月17日現在で世界2,515。世界を代表する、すなわち投資家として資本主義の担い手となる大手の年金基金、保険会社、運用会社、格付機関、インデックス開発会社の多くはすでにPRIに署名しているため、その場はさながら、世界の直接金融の担い手の総会のようになる。Sustainable Japanを運営する当社ニューラルも、PRI署名機関として、この年次総会に参加してきた。

 PRIの署名機関数は年々増加しているが、今年の開催地がESG投資の震源地でもある欧州となったことから、参加者数は1,200人を大きく超え、過去最大。日本からも、PRI署名機関数を中心に約60人が参加した。

2019年の特徴

 今年のPRI In Personの特徴は、気候変動とSDGsで多くの登壇セッションが用意されていたことにある。気候変動については、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の動きによるものが大きいと言える。TCFDは、上場企業が気候変動による財務リスクと財務機会を分析するよう要請しているだけでなく、もしくはそれ以上に、金融機関が投融資のリスクと機会、及びガバナンス体制や戦略を分析するようことが主眼にある。そのため、機関投資家が集うPRIでも、気候変動は大きな話題となっている。

 SDGsについては、

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 ESG投資を推進する国際的な機関投資家団体「国連責任投資原則(PRI)」。毎年開催されているPRI年次総会「PRI in Person」が、今年は9月第2週にフランス・パリで開催された。この場には、PRIの署名機関が多数集結し、PRIの今後のビジョンや事業計画や理事選挙の案内とともに、ESG投資分野でのリーダー投資家たちが登壇するセッションが多数行われる。

 PRIの署名機関数は、2019年9月17日現在で世界2,515。世界を代表する、すなわち投資家として資本主義の担い手となる大手の年金基金、保険会社、運用会社、格付機関、インデックス開発会社の多くはすでにPRIに署名しているため、その場はさながら、世界の直接金融の担い手の総会のようになる。Sustainable Japanを運営する当社ニューラルも、PRI署名機関として、この年次総会に参加してきた。

 PRIの署名機関数は年々増加しているが、今年の開催地がESG投資の震源地でもある欧州となったことから、参加者数は1,200人を大きく超え、過去最大。日本からも、PRI署名機関数を中心に約60人が参加した。

2019年の特徴

 今年のPRI In Personの特徴は、気候変動とSDGsで多くの登壇セッションが用意されていたことにある。気候変動については、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の動きによるものが大きいと言える。TCFDは、上場企業が気候変動による財務リスクと財務機会を分析するよう要請しているだけでなく、もしくはそれ以上に、金融機関が投融資のリスクと機会、及びガバナンス体制や戦略を分析するようことが主眼にある。そのため、機関投資家が集うPRIでも、気候変動は大きな話題となっている。

 SDGsについては、

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 ESG投資を推進する国際的な機関投資家団体「国連責任投資原則(PRI)」。毎年開催されているPRI年次総会「PRI in Person」が、今年は9月第2週にフランス・パリで開催された。この場には、PRIの署名機関が多数集結し、PRIの今後のビジョンや事業計画や理事選挙の案内とともに、ESG投資分野でのリーダー投資家たちが登壇するセッションが多数行われる。

 PRIの署名機関数は、2019年9月17日現在で世界2,515。世界を代表する、すなわち投資家として資本主義の担い手となる大手の年金基金、保険会社、運用会社、格付機関、インデックス開発会社の多くはすでにPRIに署名しているため、その場はさながら、世界の直接金融の担い手の総会のようになる。Sustainable Japanを運営する当社ニューラルも、PRI署名機関として、この年次総会に参加してきた。

 PRIの署名機関数は年々増加しているが、今年の開催地がESG投資の震源地でもある欧州となったことから、参加者数は1,200人を大きく超え、過去最大。日本からも、PRI署名機関数を中心に約60人が参加した。

2019年の特徴

 今年のPRI In Personの特徴は、気候変動とSDGsで多くの登壇セッションが用意されていたことにある。気候変動については、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の動きによるものが大きいと言える。TCFDは、上場企業が気候変動による財務リスクと財務機会を分析するよう要請しているだけでなく、もしくはそれ以上に、金融機関が投融資のリスクと機会、及びガバナンス体制や戦略を分析するようことが主眼にある。そのため、機関投資家が集うPRIでも、気候変動は大きな話題となっている。

 SDGsについては、PRIは、発足機関が、国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP FI)と国連グローバル・コンパクト(UNGC)という2つの国連機関の活動によるものであり、国連ミッションを意識する運営が行われている。そのため、SDGsが2015年に策定されて以降、SDGsの分野からどのように投資チャンスを見出し、投資パフォーマンスにつなげていくかについて積極的なナレッジ共有がなされている。今回のPRI in Personでも、大手の年金基金や運用会社から、数多くのナレッジが共有された。競争関係にある機関投資家が、ESG投資の分野では、業界全体を盛り上げるために、ナレッジを共有されていることは、特筆に値する減少と言える。

 また、PRIは2018年から署名機関の義務基準を引き上げ、署名機関の運用資産総額(AUM)の50%以上でESG投資をしなければいけないと決めた。つまり、例えばAUMが20兆円の機関投資家は、PRIからの査定を受けた上で、10兆円以上でESG投資をしていると認められなければならない。この基準をクリアできていない署名機関には、すでにPRIからイエローカードが宣言されており、クリアできないままでいると2020年にPRIからの「除名」が通告される。そのため、各署名機関は、運用している幅広いアセットクラス、すなわち上場株式以外でも、債券、不動産、プライベートエクイティ(PE)、ヘッジファンドでもESG投資を行い投資パフォーマンスを上げる手法探しに必死になっている。当然今回のPRI in Personでも、上場株式以外のアセットクラスでのESG投資についてナレッジ共有がなされた。

TCFD対応

 昨今、日本でも急激に注目を集めるTCFDに関するセッションでは、多くの企業にとって壁となっている「シナリオ分析」について、自主的に開示手法を編み出している先進企業や先進的な機関投資家が登壇した。日本からも年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の水野弘道理事兼CIOがパネルを務めた。

 今回のセッションを通じて多く出てきた声は、「TCFDの主目的は開示そのものではなく、投資家と企業の対話」「完璧な開示手法は存在していないので、各々で手法を創造していくことが重要」というもの。そのため、「正解」の手法を追い求めすぎて分析や開示を躊躇するよりも、自らできる範囲で実施しながら、投資家からのフィードバックを受け、進化させていくというのが基本スタンスとなっていた。それを象徴するように、TCFDについては「ジャーニー(旅)」という言葉が頻繁に飛び出し、一回限りの分析で終わるのではなく、ベターなものを追い求めていくプロセスとして理解されていた。

 GPIFの水野CIOは、気候変動については対応しなければいけないものという基本的な考えを披露した上で、投資運用を外部委託することが法律で定められているGPIFとしては、TCFDについては企業以上に運用会社とのエンゲージメントが重要になっているという状況を説明した。直近でGPIFが発表した投資ポートフォリオの気候変動分析をまとめたレポートでは、パリ協定で合意された2℃ではなく、それよりも気温が上昇してしまう「3℃シナリオ」になっていることにも言及し、運用会社に対し一層の対応を促していく考えを示していた。

 さらに水野CIOは、欧米と異なり、日本では金融機関の声がなかなか企業に届かないという非常に特殊なビジネス環境にあることを伝えた上で、GPIFは、サプライチェーンの上位にいる日本製鐵、トヨタ自動車、日立製作所等の企業を巻き込みながら、取引先からの影響力も重視しながら、日本の産業界全体への認識浸透を図っていっているという現状も説明した。

 気候変動については、複数のセッションが開催され、オーストラリアの年金基金からは、オーストラリアの現政権が石炭推進派という逆風の中でも、気候変動を意志を持って進める苦労話が出ていた。また、PRIも運営メンバーとなっている機関投資家の低炭素推進イニシアチブ「Climate Action 100+」の現状報告もあり、中国やタイ等のアジア各国でも、積極的にエンゲージメントを進めていると伝えた。特にエネルギー関連の国営企業に対する対話を活発化させており、今までは対話に出てこなかった経営幹部が対話に現れるようになったり、具体的なアクションが生まれてきているという成果を披露した。

SDGs

 SDGsについては、投資機会をいかに見出していくかのナレッジがシェアされていた。実際に、PRIやPRIの署名機関としては、SDGsは、投資における機会とリスクを把握するために参照するための課題集と位置づけており、日本で言われるような「経済リターンだけでなく、環境インパクトや社会インパクトを追求する」ような状況にはなっていない。そのため、ESG投資運用においても、経済合理性を生み出しやすい課題については言及されることが多いが、経済合理性が生み出しにくいテーマに対しては話題が少なくなる。

 「SDGsが投資リターンにつながるか」というテーマにおいても、先進的なESG投資家は「はい」と回答するものの、内容は実際には金融リスクとして表明化しつつある気候変動に言及することがほとんど。飢餓、教育アクセス、医療アクセス、貧困等のテーマでは、機関投資家は経済合理性の高いビジネスモデルが出てくるのを待っているという状況といえる。

 但し、国債投資の分野では、異なる雰囲気があった。国債投資では、各国の中央政府の政策やマクロ指標が信用リスク判断の材料となるが、ESGの中で、考慮されているものには、SやGが多く、Eを考慮することは少なかったと登壇者は口にしていた。それよりも、貧困、紛争、教育等の社会課題が社会不安につながりやすく、結果的に国債のプライシングとの相関があるという分析結果が紹介されていた。もっとも、Eについても、近年の気候変動インパクトの増大により、E要素が国債プライシングに反映されるようになってきているという意見も出ていた。

 株式でも債券でも、SDGsという課題集から、高いリターンを出すための投資分野を発掘するために見る動きだけでなく、ポートフォリオがどの課題のリスクに対しエクスポージャーを追っているかを分析する意義も指摘された。質疑応答の中で、会場から、「戦略的アセットアロケーション(SAA)ではなく、『戦略亭リスクアロケーション(SRA)』という言葉を使うべき」という意見が出、登壇者が大きくうなずく一幕もあった。

アセットクラス

 機関投資家の中でも昨今、パッシブ運用のシェアが高まりを見せる中、パッシブ運用でESG投資をどのように実行するかにも注目が集まっている。今回のセッションでも、運用資産総額(AUM)の大きい機関投資家ほど、他の投資家のエンゲージメントに「フリーライド」しようとする問題があるとして、運用会社のアクティブオーナーシップの重要性が強調された。同課題はPRIのディスカッションペーパーでも指摘されている。

【参考】【国際】PRI、パッシブ運用でのESG投資に関するディスカッションペーパー公表。意見募集開始

 また、パッシブというとルールベースでの投資が想起されるため、アセットオーナーのコストに対する意識が強い点にも言及。運用会社のスチュワードシップ遵守に係るコストへの厳しい姿勢が、ESG投資戦略の妨げになっている場合があるとした。アセットオーナーに対して、パッシブ運用であっても、ベンチマーク選定や戦略策定時にESG観点が考慮される等、アクティブ要素も持ち得ることの理解が求められた。

 一方、運用会社に対しては、透明性の確保が求められた。金融商品の複雑性と透明性はトレードオフにはなるが、アセットオーナーが自身の保有リスクを正確に把握できるようにし、長期的な価値創出の観点での対話を行うことの重要性を強調した。

人工知能(AI)とESG投資

 ビッグデータ的になりやすいESG投資では、データ分析のためのAI(人工知能)活用も生まれてきている。同セッションでは、2018年の上半期時点で、AIの活用は、グローバルのプライベートエクイティ(PE)ファンドの投資ポートフォリオの12%を占めるまでに成長していると発表された。一方で、倫理上の課題も指摘されており、昨今ではAIが機械学習の結果、人種差別的な判断を下すことや、機械学習に利用されるデータとプライバシー等、様々な課題を抱えていることにも言及。今後、企業はもちろん、政策決定者も同分野へのキャッチアップが必要だと強調した。

 ヘッジファンドとAI投資の活用についても議論があった。ヘッジファンド業界は、長きにわたり財務データに基づくモデリングを行ってきたがESG観点を組み入れる余地はまだまだあると指摘。その上で、企業の取り組みに関する複雑かつ非構造的なデータの中から、ノイズを排除し、シグナルを見つける必要があるとした。議論の中では、データの標準化が一つの争点として挙げられ、標準化によりESGデータのセクター間比較を容易になるが、標準化されることで失われた情報の中にこそ重要な情報が眠っているという声も出た。また、機械学習が過度に期待されていることに警鐘を鳴らす場面もあった。AIを活用しても未来を確実に予測できるわけではなく、AIは、非線形で複雑な関係性を読み解き、迅速に結果を算出するためツールにすぎないという話もあった。

 今後のヘッジファンドとESG投資については、株式選定においてはESGが組み込まれていくと予測しつつも、商品先物や株価指数先物等の広範な金融商品に分散投資する運用会社にとっては、ESGの組み入れは難しいのではないかという意見が出た。一方、人間とAIが協働することで、市場で明らかになっていないリスクを事前に特定することも可能なのではないかと期待も出た。

プラスチック汚染

 昨今、国際的に話題となるプラスチック汚染に関するセッションもあり、同分野で著名なエレン・マッカーサー財団の金融プロジェクト・ヘッドや、小売企業大手カルフール、化学大手INEOS、パリ市の廃棄物処理業者が登壇した。プラスチックの供給過剰や不要論も叫ばれる中、カルフールやINEOSは、製品の再設計に向けた技術開発が課題として挙げた。また、自社従業員のマインドセット変革はもちろん、利用する顧客のマインドセット変革も重要となることから、企業単体ではなく、バリューチェーン全体での対話と協力の重要性を強調した。

 興味深かったのは、パリ市の廃棄物処理公社からの観点。廃棄プラスチックの分別施設は、設備投資額が大きいため、頻繁に更新することが困難。しかし、消費財メーカーやマーケティング企業が次々と新種のプラスチックを投入してしまい、分別施設側の対応が間に合わないという。また、分別方法の変更で対応しようにも、すでに習慣化した消費者の行動を変えるには非常に長い時間を要することが課題視された。これを受けて、改めてバリューチェーン上の協働の必要性が強調され、パネル全員が同意していた。

その他のテーマ

 今回は個別セッションではなく、全体会合の中でも、ESGに関する課題のメッセージを伝える場が多く、PRIが気候変動以外にも、多様な課題への考慮を呼びかける姿が象徴的だった。3日間の会のオープニングでは、ブラジルで発生したヴァーレの尾鉱ダム崩壊の映像を流し、エンディングでは元現代奴隷で現在は活動家として活躍している2人の当事者がプレゼンテーションを行い、サプライチェーン上で発生している現代奴隷、強制労働、ヒューマントラフィッキングに対し参加者に認識向上を求めていた。

 また、同じくオープニングでは、SDGsへの関心が高いと言われるミレニアル世代の若者のインタビューを集めた映像も放映。加えて、機関投資家と企業CFO対話の時間も2コマあり、CFO自身がサステナビリティについて語ることが求められる時代になったことを印象づけた。

 PRI in Personの2020年の開催地は東京。東京開催は、PRIの日本オフィスである「PRIジャパン」が数年前から働きかけを続けついに来年結実することとなった。会場には、世界各国からESG投資の担い手たちが集まってくる。日本が「ESG投資の先進国」として映るか、「ESG投資の後進国」として映るか。どちらの印象を与えることとなるのか。日本の関係者に残された猶予期間はあと1年間しかない。

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