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【アメリカ】iPhoneロック解除事件、アップルの対応が示すGRの重要性

iphone5s

 アップル社に対しiPhoneのロック解除技術(バックドア)の作成を要求しいていた事件、FBI(連邦捜査局)は独自のルートでバックドアの作成方法を見出したとして連邦地方裁判所へ訴えを撤回させたことで、3月末アップル社とFBIは双方とも「勝利宣言」を出した。政府との関係構築(Government Relations)は欧米では昨今新たなステークホルダー・エンゲージメントとして注目されている分野。今回のアップル社の対応は、IT産業だけでなく、産業界全体に対して大きな波紋を広げた。

 2015年12月2日、カリフォルニア州サンバーナーディーノ市の障がい者福祉施設で、市職員が妻とともに銃を乱射し14人を殺害、その後の警察との銃撃戦で容疑者2人が死亡するという事件(サンバーナーディーノ銃乱射事件)が発生した。FBIは、Islamic State in Iraq and the Levant(ISIL)等のテロリスト集団との関係性を調べるため、アップルに対し、犯人が所有していたiPhone 5cのロック解除技術(バックドア)の作成を要求した。iPhoneは端末相互間の最新暗号技術で保護され、パスワード入力に10回失敗するとデータが消滅する機能が搭載されている。アップル社はこの要求を、「顧客データセキュリティを脅かす」として拒否。その後、司法省はカリフォルニア州リバーサイド連邦地方裁判所に申し立てを行い、2月16日同裁判所は、アップル社に対しFBIのロック解除要求に「妥当な技術支援」を協力するよう命令を出した。同日、アップル社のティム・クックCEOは、ホームページ上で声明を出し、「初めから我々はアップルがiPhoneのバックドアを作るというFBIの要求に反対してきた。我々はその行為が間違っており、危険な前例をつくることになると信じていたからだ。政府が要求を取り下げたことでアップルは協力する必要がなくなったが、今回のケースはそもそも当社に持ち込まれるべきでなかった」と拒否を貫く姿勢を示し、同裁判所に対して命令の取り消し申し立てを行った。2月19日、司法省はさらに同裁判所に申し立てを行い、アップル社の命令履行を要請した。

 司法省はアップル社へのロック解除要請の法的根拠として、1789年に確立した「全令状法(All Writs Act)」を持ち出している。全令状法を巡る政府当局と通信会社の争いは今回が初めてではなく、連邦最高裁判所は1977年の判決の中で、政府当局の要請に応じ通信会社は通信記録を政府当局に提出しなければならないと判断を下している。しかしながらアップル社は今回の事案について、1977年判決時の状況と異なり、アップル社はiPhoneデータをすでに保有しているわけではないとの反論を行った。

 そんな中、ニューヨーク州ブルックリン連邦地方裁判所でアップル社有利と見られる別の事案の判決が出た。この係争は、米麻薬取締局(DEA)とFBIが2014年6月、麻薬密売人から押収したiPhone 5sのロックを解除するため、アップル社に捜査協力を命じるよう同裁判所に求めていたというもの。同裁判所は2016年2月29日、政府は製品のセキュリティを弱めるようなソフトウェアの作成を強制できない、全令状法を今回の事案に政府が依拠することは合憲性に疑義が生じるとの判決を下した。その後、政府は上級裁判所に控訴した。
 
 そして3月28日事態が動いた。司法省は、サンバーナーディーノ銃乱射事件に関連し、iPhone 5cのロック解除を独自ルートで入手し、ロック解除ができたとして、アップルに解除への協力を求めていたリバーサイド連邦地方裁判所への訴訟の取り下げを申し入れたのだ。そして、冒頭で紹介したとおり、目標を達成した司法省は勝利宣言を出し、またバックドア作成を強要されずに済んだアップル社も勝利宣言を出した。事態が集結に向かうと思われた4月11日、司法省は、獲得したiPhone 5cのロック解除方法が、ニューヨーク麻薬捜査事件で押収したiPhone5sには通用できなかったとし、引き続きニューヨーク州の連邦控訴裁判所で争う構えを見せている。

 一連の流れにより、市民の自由、安全、プライバシーに関する議論が米国およびそれ以外の国でも巻き起こっている。アップル社は、これまで同様に捜査上の法的処置に協力し続ける一方、一般の人々に対するデータの安全性の確保とプライバシーの保護は当然の責務だと信じており、ある事のために別の事を犠牲にするのは人々や国々をより大きなリスクに曝すことになるとコメントしている。さらにデータに対する脅威や攻撃が、より頻繁に、より高度化されたものになっている現状を踏まえ、自社製品の安全性を向上させる努力を続けることも明言している。アップル社がロック解除協力拒否を貫いている姿勢には、すでにマイクロソフト、フェイスブック、ヤフー、ツイッター、リンクトイン、グーグル、アマゾン、シスコシステムズ等大手IT関連企業が賛意を表明している。一方、治安関連組織や諜報関連機関はFBIを応援している。これまで伝えられているように、プライバシーと国家権力の整合性に関する論点もある。しかしながら、同時に、企業は政府というひとつのステークホルダーとどのように向き合っていくのかという命題も投げかけている。GRの観点において、企業には戦略が要求される時代となった。

【参照記事】 Apple declares victory in battle with FBI, but the war continues
【参照記事】Apple v the FBI: why the 1789 All Writs Act is the wrong tool
【参照記事】FBI finds method to hack gunman’s iPhone without Apple’s help
【アップル社声明文】A Message to Our Customers

 アップル社に対しiPhoneのロック解除技術(バックドア)の作成を要求しいていた事件、FBI(連邦捜査局)は独自のルートでバックドアの作成方法を見出したとして連邦地方裁判所へ訴えを撤回させたことで、3月末アップル社とFBIは双方とも「勝利宣言」を出した。政府との関係構築(Government Relations)は欧米では昨今新たなステークホルダー・エンゲージメントとして注目されている分野。今回のアップル社の対応は、IT産業だけでなく、産業界全体に対して大きな波紋を広げた。

 2015年12月2日、カリフォルニア州サンバーナーディーノ市の障がい者福祉施設で、市職員が妻とともに銃を乱射し14人を殺害、その後の警察との銃撃戦で容疑者2人が死亡するという事件(サンバーナーディーノ銃乱射事件)が発生した。FBIは、Islamic State in Iraq and the Levant(ISIL)等のテロリスト集団との関係性を調べるため、アップルに対し、犯人が所有していたiPhone 5cのロック解除技術(バックドア)の作成を要求した。iPhoneは端末相互間の最新暗号技術で保護され、パスワード入力に10回失敗するとデータが消滅する機能が搭載されている。アップル社はこの要求を、「顧客データセキュリティを脅かす」として拒否。その後、司法省はカリフォルニア州リバーサイド連邦地方裁判所に申し立てを行い、2月16日同裁判所は、アップル社に対しFBIのロック解除要求に「妥当な技術支援」を協力するよう命令を出した。同日、アップル社のティム・クックCEOは、ホームページ上で声明を出し、「初めから我々はアップルがiPhoneのバックドアを作るというFBIの要求に反対してきた。我々はその行為が間違っており、危険な前例をつくることになると信じていたからだ。政府が要求を取り下げたことでアップルは協力する必要がなくなったが、今回のケースはそもそも当社に持ち込まれるべきでなかった」と拒否を貫く姿勢を示し、同裁判所に対して命令の取り消し申し立てを行った。2月19日、司法省はさらに同裁判所に申し立てを行い、アップル社の命令履行を要請した。

 司法省はアップル社へのロック解除要請の法的根拠として、1789年に確立した「全令状法(All Writs Act)」を持ち出している。全令状法を巡る政府当局と通信会社の争いは今回が初めてではなく、連邦最高裁判所は1977年の判決の中で、政府当局の要請に応じ通信会社は通信記録を政府当局に提出しなければならないと判断を下している。しかしながらアップル社は今回の事案について、1977年判決時の状況と異なり、アップル社はiPhoneデータをすでに保有しているわけではないとの反論を行った。

 そんな中、ニューヨーク州ブルックリン連邦地方裁判所でアップル社有利と見られる別の事案の判決が出た。この係争は、米麻薬取締局(DEA)とFBIが2014年6月、麻薬密売人から押収したiPhone 5sのロックを解除するため、アップル社に捜査協力を命じるよう同裁判所に求めていたというもの。同裁判所は2016年2月29日、政府は製品のセキュリティを弱めるようなソフトウェアの作成を強制できない、全令状法を今回の事案に政府が依拠することは合憲性に疑義が生じるとの判決を下した。その後、政府は上級裁判所に控訴した。
 
 そして3月28日事態が動いた。司法省は、サンバーナーディーノ銃乱射事件に関連し、iPhone 5cのロック解除を独自ルートで入手し、ロック解除ができたとして、アップルに解除への協力を求めていたリバーサイド連邦地方裁判所への訴訟の取り下げを申し入れたのだ。そして、冒頭で紹介したとおり、目標を達成した司法省は勝利宣言を出し、またバックドア作成を強要されずに済んだアップル社も勝利宣言を出した。事態が集結に向かうと思われた4月11日、司法省は、獲得したiPhone 5cのロック解除方法が、ニューヨーク麻薬捜査事件で押収したiPhone5sには通用できなかったとし、引き続きニューヨーク州の連邦控訴裁判所で争う構えを見せている。

 一連の流れにより、市民の自由、安全、プライバシーに関する議論が米国およびそれ以外の国でも巻き起こっている。アップル社は、これまで同様に捜査上の法的処置に協力し続ける一方、一般の人々に対するデータの安全性の確保とプライバシーの保護は当然の責務だと信じており、ある事のために別の事を犠牲にするのは人々や国々をより大きなリスクに曝すことになるとコメントしている。さらにデータに対する脅威や攻撃が、より頻繁に、より高度化されたものになっている現状を踏まえ、自社製品の安全性を向上させる努力を続けることも明言している。アップル社がロック解除協力拒否を貫いている姿勢には、すでにマイクロソフト、フェイスブック、ヤフー、ツイッター、リンクトイン、グーグル、アマゾン、シスコシステムズ等大手IT関連企業が賛意を表明している。一方、治安関連組織や諜報関連機関はFBIを応援している。これまで伝えられているように、プライバシーと国家権力の整合性に関する論点もある。しかしながら、同時に、企業は政府というひとつのステークホルダーとどのように向き合っていくのかという命題も投げかけている。GRの観点において、企業には戦略が要求される時代となった。

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【参照記事】Apple v the FBI: why the 1789 All Writs Act is the wrong tool
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【アップル社声明文】A Message to Our Customers

 アップル社に対しiPhoneのロック解除技術(バックドア)の作成を要求しいていた事件、FBI(連邦捜査局)は独自のルートでバックドアの作成方法を見出したとして連邦地方裁判所へ訴えを撤回させたことで、3月末アップル社とFBIは双方とも「勝利宣言」を出した。政府との関係構築(Government Relations)は欧米では昨今新たなステークホルダー・エンゲージメントとして注目されている分野。今回のアップル社の対応は、IT産業だけでなく、産業界全体に対して大きな波紋を広げた。

 2015年12月2日、カリフォルニア州サンバーナーディーノ市の障がい者福祉施設で、市職員が妻とともに銃を乱射し14人を殺害、その後の警察との銃撃戦で容疑者2人が死亡するという事件(サンバーナーディーノ銃乱射事件)が発生した。FBIは、Islamic State in Iraq and the Levant(ISIL)等のテロリスト集団との関係性を調べるため、アップルに対し、犯人が所有していたiPhone 5cのロック解除技術(バックドア)の作成を要求した。iPhoneは端末相互間の最新暗号技術で保護され、パスワード入力に10回失敗するとデータが消滅する機能が搭載されている。アップル社はこの要求を、「顧客データセキュリティを脅かす」として拒否。その後、司法省はカリフォルニア州リバーサイド連邦地方裁判所に申し立てを行い、2月16日同裁判所は、アップル社に対しFBIのロック解除要求に「妥当な技術支援」を協力するよう命令を出した。同日、アップル社のティム・クックCEOは、ホームページ上で声明を出し、「初めから我々はアップルがiPhoneのバックドアを作るというFBIの要求に反対してきた。我々はその行為が間違っており、危険な前例をつくることになると信じていたからだ。政府が要求を取り下げたことでアップルは協力する必要がなくなったが、今回のケースはそもそも当社に持ち込まれるべきでなかった」と拒否を貫く姿勢を示し、同裁判所に対して命令の取り消し申し立てを行った。2月19日、司法省はさらに同裁判所に申し立てを行い、アップル社の命令履行を要請した。

 司法省はアップル社へのロック解除要請の法的根拠として、1789年に確立した「全令状法(All Writs Act)」を持ち出している。全令状法を巡る政府当局と通信会社の争いは今回が初めてではなく、連邦最高裁判所は1977年の判決の中で、政府当局の要請に応じ通信会社は通信記録を政府当局に提出しなければならないと判断を下している。しかしながらアップル社は今回の事案について、1977年判決時の状況と異なり、アップル社はiPhoneデータをすでに保有しているわけではないとの反論を行った。

 そんな中、ニューヨーク州ブルックリン連邦地方裁判所でアップル社有利と見られる別の事案の判決が出た。この係争は、米麻薬取締局(DEA)とFBIが2014年6月、麻薬密売人から押収したiPhone 5sのロックを解除するため、アップル社に捜査協力を命じるよう同裁判所に求めていたというもの。同裁判所は2016年2月29日、政府は製品のセキュリティを弱めるようなソフトウェアの作成を強制できない、全令状法を今回の事案に政府が依拠することは合憲性に疑義が生じるとの判決を下した。その後、政府は上級裁判所に控訴した。
 
 そして3月28日事態が動いた。司法省は、サンバーナーディーノ銃乱射事件に関連し、iPhone 5cのロック解除を独自ルートで入手し、ロック解除ができたとして、アップルに解除への協力を求めていたリバーサイド連邦地方裁判所への訴訟の取り下げを申し入れたのだ。そして、冒頭で紹介したとおり、目標を達成した司法省は勝利宣言を出し、またバックドア作成を強要されずに済んだアップル社も勝利宣言を出した。事態が集結に向かうと思われた4月11日、司法省は、獲得したiPhone 5cのロック解除方法が、ニューヨーク麻薬捜査事件で押収したiPhone5sには通用できなかったとし、引き続きニューヨーク州の連邦控訴裁判所で争う構えを見せている。

 一連の流れにより、市民の自由、安全、プライバシーに関する議論が米国およびそれ以外の国でも巻き起こっている。アップル社は、これまで同様に捜査上の法的処置に協力し続ける一方、一般の人々に対するデータの安全性の確保とプライバシーの保護は当然の責務だと信じており、ある事のために別の事を犠牲にするのは人々や国々をより大きなリスクに曝すことになるとコメントしている。さらにデータに対する脅威や攻撃が、より頻繁に、より高度化されたものになっている現状を踏まえ、自社製品の安全性を向上させる努力を続けることも明言している。アップル社がロック解除協力拒否を貫いている姿勢には、すでにマイクロソフト、フェイスブック、ヤフー、ツイッター、リンクトイン、グーグル、アマゾン、シスコシステムズ等大手IT関連企業が賛意を表明している。一方、治安関連組織や諜報関連機関はFBIを応援している。これまで伝えられているように、プライバシーと国家権力の整合性に関する論点もある。しかしながら、同時に、企業は政府というひとつのステークホルダーとどのように向き合っていくのかという命題も投げかけている。GRの観点において、企業には戦略が要求される時代となった。

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 アップル社に対しiPhoneのロック解除技術(バックドア)の作成を要求しいていた事件、FBI(連邦捜査局)は独自のルートでバックドアの作成方法を見出したとして連邦地方裁判所へ訴えを撤回させたことで、3月末アップル社とFBIは双方とも「勝利宣言」を出した。政府との関係構築(Government Relations)は欧米では昨今新たなステークホルダー・エンゲージメントとして注目されている分野。今回のアップル社の対応は、IT産業だけでなく、産業界全体に対して大きな波紋を広げた。

 2015年12月2日、カリフォルニア州サンバーナーディーノ市の障がい者福祉施設で、市職員が妻とともに銃を乱射し14人を殺害、その後の警察との銃撃戦で容疑者2人が死亡するという事件(サンバーナーディーノ銃乱射事件)が発生した。FBIは、Islamic State in Iraq and the Levant(ISIL)等のテロリスト集団との関係性を調べるため、アップルに対し、犯人が所有していたiPhone 5cのロック解除技術(バックドア)の作成を要求した。iPhoneは端末相互間の最新暗号技術で保護され、パスワード入力に10回失敗するとデータが消滅する機能が搭載されている。アップル社はこの要求を、「顧客データセキュリティを脅かす」として拒否。その後、司法省はカリフォルニア州リバーサイド連邦地方裁判所に申し立てを行い、2月16日同裁判所は、アップル社に対しFBIのロック解除要求に「妥当な技術支援」を協力するよう命令を出した。同日、アップル社のティム・クックCEOは、ホームページ上で声明を出し、「初めから我々はアップルがiPhoneのバックドアを作るというFBIの要求に反対してきた。我々はその行為が間違っており、危険な前例をつくることになると信じていたからだ。政府が要求を取り下げたことでアップルは協力する必要がなくなったが、今回のケースはそもそも当社に持ち込まれるべきでなかった」と拒否を貫く姿勢を示し、同裁判所に対して命令の取り消し申し立てを行った。2月19日、司法省はさらに同裁判所に申し立てを行い、アップル社の命令履行を要請した。

 司法省はアップル社へのロック解除要請の法的根拠として、1789年に確立した「全令状法(All Writs Act)」を持ち出している。全令状法を巡る政府当局と通信会社の争いは今回が初めてではなく、連邦最高裁判所は1977年の判決の中で、政府当局の要請に応じ通信会社は通信記録を政府当局に提出しなければならないと判断を下している。しかしながらアップル社は今回の事案について、1977年判決時の状況と異なり、アップル社はiPhoneデータをすでに保有しているわけではないとの反論を行った。

 そんな中、ニューヨーク州ブルックリン連邦地方裁判所でアップル社有利と見られる別の事案の判決が出た。この係争は、米麻薬取締局(DEA)とFBIが2014年6月、麻薬密売人から押収したiPhone 5sのロックを解除するため、アップル社に捜査協力を命じるよう同裁判所に求めていたというもの。同裁判所は2016年2月29日、政府は製品のセキュリティを弱めるようなソフトウェアの作成を強制できない、全令状法を今回の事案に政府が依拠することは合憲性に疑義が生じるとの判決を下した。その後、政府は上級裁判所に控訴した。
 
 そして3月28日事態が動いた。司法省は、サンバーナーディーノ銃乱射事件に関連し、iPhone 5cのロック解除を独自ルートで入手し、ロック解除ができたとして、アップルに解除への協力を求めていたリバーサイド連邦地方裁判所への訴訟の取り下げを申し入れたのだ。そして、冒頭で紹介したとおり、目標を達成した司法省は勝利宣言を出し、またバックドア作成を強要されずに済んだアップル社も勝利宣言を出した。事態が集結に向かうと思われた4月11日、司法省は、獲得したiPhone 5cのロック解除方法が、ニューヨーク麻薬捜査事件で押収したiPhone5sには通用できなかったとし、引き続きニューヨーク州の連邦控訴裁判所で争う構えを見せている。

 一連の流れにより、市民の自由、安全、プライバシーに関する議論が米国およびそれ以外の国でも巻き起こっている。アップル社は、これまで同様に捜査上の法的処置に協力し続ける一方、一般の人々に対するデータの安全性の確保とプライバシーの保護は当然の責務だと信じており、ある事のために別の事を犠牲にするのは人々や国々をより大きなリスクに曝すことになるとコメントしている。さらにデータに対する脅威や攻撃が、より頻繁に、より高度化されたものになっている現状を踏まえ、自社製品の安全性を向上させる努力を続けることも明言している。アップル社がロック解除協力拒否を貫いている姿勢には、すでにマイクロソフト、フェイスブック、ヤフー、ツイッター、リンクトイン、グーグル、アマゾン、シスコシステムズ等大手IT関連企業が賛意を表明している。一方、治安関連組織や諜報関連機関はFBIを応援している。これまで伝えられているように、プライバシーと国家権力の整合性に関する論点もある。しかしながら、同時に、企業は政府というひとつのステークホルダーとどのように向き合っていくのかという命題も投げかけている。GRの観点において、企業には戦略が要求される時代となった。

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