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【戦略】波紋広がる中国・習近平総書記の「共同富裕」政策 〜思想の背景とその影響〜

 習近平中国共産党中央委員会総書記が8月17日に中国共産党中央財経委員会での演説の中で提唱した「共同富裕」政策。その後、中国の大手企業も相次いで呼応する声明を出したことが大きな波紋を呼んでいる。「共同富裕」とは何かをあらためてみていこう。

「共同富裕」とは?

 「共同富裕」とは、もともとは、1950年代に毛沢東氏が社会平和を目指して揚げたスローガン。しかし、その後、第2世代最高指導者の鄧小平氏は、一部の人が先に金持ちになれるような経済発展に重点を置き、「共有富裕」は後から来るものと主張していた。

 ところが2017年、習近平主席は2期目のスタートを切った党大会での演説では、この言葉を中心に据え、2021年になりさらに本格的に提唱し始めた。このスローガンはその後、共産党の優先事項への忠誠を示す方法として、国家機関や民間企業に採用されている。

中国の貧困・格差の現状と「共通富裕」の役割

 習近平国家主席が「共同富裕」を提唱する主な背景は、中国で拡大している貧富の差にある。クレディ・スイスの調査によると、中国の上位1%の人々が、中国の富の約30%を保有している。さらに、中国の上位20%の富裕層は、下位20%の貧困層の10倍以上の収入を得ている。この差は、米国やドイツ、フランスなどの欧州諸国よりも大きく、2015年以降、その差は縮まっていない。

 過去10年間で極度の貧困状態にある人の数は劇的に減少し、中国のジニ係数(0から1までの不平等度を表す指標)は0.47(国連が定めた国際的な不平等基準の警戒ラインである0.40を上回っている)だが、中国の人口の約半分にあたる6億人以上の人々が、年収12,000元(約20万円)以下で生活している。一方で、急速な経済成長と市場原理に基づく改革は、莫大な富を生み出し、ブルームバーグが発表した「世界の富豪500人ランキング」では、中国には81人のビリオネアがおり、これは米国に次ぐ世界最多である。

 中間所得を増やすために、政府は低所得の農村人口、都市部に住む出稼ぎ農村労働者、そして高齢者の大半の30%を、このカテゴリーに入れたいと考えており、成し遂げるには低賃金労働者の所得を上げ、違法な収入源を禁止して所得格差を縮めることが重要ということが強調されている。

「共同富裕」とは?

 共同富裕には、主に「寄付」、「補償」、「課税」の3つのアプローチがあり、貧富の格差を是正することを目的としている。

寄付

 習近平氏の発表以降、巨額の寄付金が慈善活動に実査に投じられていることが分かる。例えば、スマートフォンメーカー「シャオミ」の創業者兼CEOの雷軍氏は、保有する自社株144億元分(2450億円)を、貧困撲滅のために設立された「シャオミ財団」と「雷軍財団」に譲渡。他にもTikTokを開発したByteDanceの創業者である張一鳴氏は、教育基金設立のために5億元(85億円)の私財を投じた。電子商取引のPinduoduo(拼多多)の創業者である黄崢氏は、母校に1億米ドルを寄付している。

 また、Pinduoduoは8月下旬、農業技術と食料安全保障の研究を目的とした100億元(1700億円)規模の「農業イニシアチブ」を立ち上げた。他にもテンセント・ホールディングスは、2025年までに総額1,000億元(1.7兆円)を投資し、農村地域の活性化と低所得者の賃金引き上げによる共同繁栄を実現する計画を発表した。

補償・福利厚生

 福利厚生面では、国内に2億人いるといわれるギグワーカーの待遇を改善する動きがみられる。例えば、電子商取引大手のJD.comは、配達員の健康保険などの福利厚生を拡充。STO Expressをはじめとする宅配会社5社は、8月末に宅配便を1個届けるごとに0.1元(1.7円)のボーナスを提供することを発表した。Eコマース大手のアリババ・グループ・ホールディングは、2025年までに1,000億元を投じて、ギグワーカーや中小企業の雇用を支援・促進すると述べている。

課税

 「共同富裕」の税制改革では、地方政府の賦課金を改善し、国全体の税制における所得税や固定資産税などの直接税の割合を引き上げることに重点が置かれている。

 中国の直接税と間接税の比率は約3:7。間接税は主に商品価格に上乗せされ、最終的には消費者の負担となるため、実際の富裕層の税負担は貧困層よりも低く、貧富の格差が拡大していると指摘されている。それに間接税の割合を減らすことで企業の負担を軽減することにもつながる。

 また、富裕層は複数の家を持っていることが多いため、固定資産税を上げることによって所得配分に役立つだけでなく、住宅市場の価格を調整することも可能。金融当局関係者によると、固定資産税を試験的に徴収する都市を年内に発表するとのことだが、全国的な固定資産税の導入はまだ先のようだ。

 他には相続税を課すことを提案する専門家もいる。一部の国では最大50%の相続税が課せられている一方、中国には現在相続税がなく、全国人民代表大会の立法課題にも含まれていない。相続税は、富の分配を調整し、若者の自活を促すためにも重要であるため、今後の税改革において注目されるであろう。

 実際には税制の改革はすでに行われてもいる。例えば、2018年の改革では、所得分配を調整し、中間所得層を拡大するために、所得税の基準額を月3,500元(6万円)から5,000元(8.5万円)に引き上げている。また同年、子供の教育、継続教育、重病の治療、高齢者の介護、さらには住宅ローンの利子や家賃などについて、課税所得からの特別追加控除を追加した。これにより、住民のニーズに応じた負担軽減が図られている。

その他の政府の措置

 共同富裕の概念は、公共サービスへのアクセスにも及ぶ。実際、教育、高齢者介護、医療などの公共サービスの民営化は後退し、政府はこれらのサービス提供者の間で包括性と手頃な価格の役割を強調し、価格を厳しく監視している。

教育

 中国は、学校のカリキュラムに沿って家庭教師を提供している企業は、株式公開や上場企業から資本を調達したりすることができないと発表し、教育テック業界に新たな制約を課した。また、学校のカリキュラムに沿って家庭教師を提供する企業が、海外の資本から投資を受けることも禁止している。また、教育水準の均等化を図るため、優秀な教師を学校間でローテーションさせる制度を強化することを発表した。学生内でも小学1年生と2年生は筆記試験を受けられず、小学校高学年や中学生の成績公開や順位付も禁止されている。

【参考】【中国】共産党と政府、営利型の学習塾事業を全面禁止。教育内容も検閲。宿題の量も縮減(2021年8月3日)

医療

 中国は、医療費をより安価にするキャンペーンの一環として、公立病院が提供する医療サービスの価格を改革している。しかし、不動産や教育技術等の分野に対する他の規制とは異なり、この改革では価格を全面的に引き下げることは求めていない。むしろ、医療費が全体的に急激に上昇するのを防ぎ、さまざまな医療サービスの適切な価値を反映させることを目的としている。

 2018年からは、公立病院向けの医薬品集中調達プログラムを開始し、ジェネリックメーカーに激しい競争価格での契約の入札を強制し、薬代を90%以上下げた例もある。現在5回目を迎えたこのプログラムは、医療費を数十億円削減しており、3回目以降は年間ベースで539億元(9167億円)が削減されたと述べている。改革計画の中で、小児医療、看護、高度な手術、中国伝統医学などのサービスは、実際には「低評価」であり、政策的なインセンティブが必要であると述べており、これらの分野では価格の引き上げが可能であることを示している。

金融市場

 共同富裕の発表により、金融市場にも影響が出ており、特に株式を売却する動きが強まっている。今年2月以降、規制当局が電子決済業者、不動産開発業者、家庭教師会社(教育に熱心な中国では13兆円規模の膨大な産業)、ゲーム産業等を対象に規制を強化したことで、中国企業の時価総額評価額は1兆米ドルも消失。ゲーム業界は、昨年には440億米ドルの収益を上げた巨大かつ高収益な市場だったが、現在、子供たちが週に3時間以上オンラインゲームをすることを禁止する新しい規制が誕生したことで、ゲーム業界も市場成長においての課題を抱えてきている。

【参考】【中国】政府、未成年者のオンラインゲーム時間を大幅に制限。違反事業者には重い処罰(2021年8月31日)

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 習近平中国共産党中央委員会総書記が8月17日に中国共産党中央財経委員会での演説の中で提唱した「共同富裕」政策。その後、中国の大手企業も相次いで呼応する声明を出したことが大きな波紋を呼んでいる。「共同富裕」とは何かをあらためてみていこう。

「共同富裕」とは?

 「共同富裕」とは、もともとは、1950年代に毛沢東氏が社会平和を目指して揚げたスローガン。しかし、その後、第2世代最高指導者の鄧小平氏は、一部の人が先に金持ちになれるような経済発展に重点を置き、「共有富裕」は後から来るものと主張していた。

 ところが2017年、

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 習近平中国共産党中央委員会総書記が8月17日に中国共産党中央財経委員会での演説の中で提唱した「共同富裕」政策。その後、中国の大手企業も相次いで呼応する声明を出したことが大きな波紋を呼んでいる。「共同富裕」とは何かをあらためてみていこう。

「共同富裕」とは?

 「共同富裕」とは、もともとは、1950年代に毛沢東氏が社会平和を目指して揚げたスローガン。しかし、その後、第2世代最高指導者の鄧小平氏は、一部の人が先に金持ちになれるような経済発展に重点を置き、「共有富裕」は後から来るものと主張していた。

 ところが2017年、

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 習近平中国共産党中央委員会総書記が8月17日に中国共産党中央財経委員会での演説の中で提唱した「共同富裕」政策。その後、中国の大手企業も相次いで呼応する声明を出したことが大きな波紋を呼んでいる。「共同富裕」とは何かをあらためてみていこう。

「共同富裕」とは?

 「共同富裕」とは、もともとは、1950年代に毛沢東氏が社会平和を目指して揚げたスローガン。しかし、その後、第2世代最高指導者の鄧小平氏は、一部の人が先に金持ちになれるような経済発展に重点を置き、「共有富裕」は後から来るものと主張していた。

 ところが2017年、習近平主席は2期目のスタートを切った党大会での演説では、この言葉を中心に据え、2021年になりさらに本格的に提唱し始めた。このスローガンはその後、共産党の優先事項への忠誠を示す方法として、国家機関や民間企業に採用されている。

中国の貧困・格差の現状と「共通富裕」の役割

 習近平国家主席が「共同富裕」を提唱する主な背景は、中国で拡大している貧富の差にある。クレディ・スイスの調査によると、中国の上位1%の人々が、中国の富の約30%を保有している。さらに、中国の上位20%の富裕層は、下位20%の貧困層の10倍以上の収入を得ている。この差は、米国やドイツ、フランスなどの欧州諸国よりも大きく、2015年以降、その差は縮まっていない。

 過去10年間で極度の貧困状態にある人の数は劇的に減少し、中国のジニ係数(0から1までの不平等度を表す指標)は0.47(国連が定めた国際的な不平等基準の警戒ラインである0.40を上回っている)だが、中国の人口の約半分にあたる6億人以上の人々が、年収12,000元(約20万円)以下で生活している。一方で、急速な経済成長と市場原理に基づく改革は、莫大な富を生み出し、ブルームバーグが発表した「世界の富豪500人ランキング」では、中国には81人のビリオネアがおり、これは米国に次ぐ世界最多である。

 中間所得を増やすために、政府は低所得の農村人口、都市部に住む出稼ぎ農村労働者、そして高齢者の大半の30%を、このカテゴリーに入れたいと考えており、成し遂げるには低賃金労働者の所得を上げ、違法な収入源を禁止して所得格差を縮めることが重要ということが強調されている。

「共同富裕」とは?

 共同富裕には、主に「寄付」、「補償」、「課税」の3つのアプローチがあり、貧富の格差を是正することを目的としている。

寄付

 習近平氏の発表以降、巨額の寄付金が慈善活動に実査に投じられていることが分かる。例えば、スマートフォンメーカー「シャオミ」の創業者兼CEOの雷軍氏は、保有する自社株144億元分(2450億円)を、貧困撲滅のために設立された「シャオミ財団」と「雷軍財団」に譲渡。他にもTikTokを開発したByteDanceの創業者である張一鳴氏は、教育基金設立のために5億元(85億円)の私財を投じた。電子商取引のPinduoduo(拼多多)の創業者である黄崢氏は、母校に1億米ドルを寄付している。

 また、Pinduoduoは8月下旬、農業技術と食料安全保障の研究を目的とした100億元(1700億円)規模の「農業イニシアチブ」を立ち上げた。他にもテンセント・ホールディングスは、2025年までに総額1,000億元(1.7兆円)を投資し、農村地域の活性化と低所得者の賃金引き上げによる共同繁栄を実現する計画を発表した。

補償・福利厚生

 福利厚生面では、国内に2億人いるといわれるギグワーカーの待遇を改善する動きがみられる。例えば、電子商取引大手のJD.comは、配達員の健康保険などの福利厚生を拡充。STO Expressをはじめとする宅配会社5社は、8月末に宅配便を1個届けるごとに0.1元(1.7円)のボーナスを提供することを発表した。Eコマース大手のアリババ・グループ・ホールディングは、2025年までに1,000億元を投じて、ギグワーカーや中小企業の雇用を支援・促進すると述べている。

課税

 「共同富裕」の税制改革では、地方政府の賦課金を改善し、国全体の税制における所得税や固定資産税などの直接税の割合を引き上げることに重点が置かれている。

 中国の直接税と間接税の比率は約3:7。間接税は主に商品価格に上乗せされ、最終的には消費者の負担となるため、実際の富裕層の税負担は貧困層よりも低く、貧富の格差が拡大していると指摘されている。それに間接税の割合を減らすことで企業の負担を軽減することにもつながる。

 また、富裕層は複数の家を持っていることが多いため、固定資産税を上げることによって所得配分に役立つだけでなく、住宅市場の価格を調整することも可能。金融当局関係者によると、固定資産税を試験的に徴収する都市を年内に発表するとのことだが、全国的な固定資産税の導入はまだ先のようだ。

 他には相続税を課すことを提案する専門家もいる。一部の国では最大50%の相続税が課せられている一方、中国には現在相続税がなく、全国人民代表大会の立法課題にも含まれていない。相続税は、富の分配を調整し、若者の自活を促すためにも重要であるため、今後の税改革において注目されるであろう。

 実際には税制の改革はすでに行われてもいる。例えば、2018年の改革では、所得分配を調整し、中間所得層を拡大するために、所得税の基準額を月3,500元(6万円)から5,000元(8.5万円)に引き上げている。また同年、子供の教育、継続教育、重病の治療、高齢者の介護、さらには住宅ローンの利子や家賃などについて、課税所得からの特別追加控除を追加した。これにより、住民のニーズに応じた負担軽減が図られている。

その他の政府の措置

 共同富裕の概念は、公共サービスへのアクセスにも及ぶ。実際、教育、高齢者介護、医療などの公共サービスの民営化は後退し、政府はこれらのサービス提供者の間で包括性と手頃な価格の役割を強調し、価格を厳しく監視している。

教育

 中国は、学校のカリキュラムに沿って家庭教師を提供している企業は、株式公開や上場企業から資本を調達したりすることができないと発表し、教育テック業界に新たな制約を課した。また、学校のカリキュラムに沿って家庭教師を提供する企業が、海外の資本から投資を受けることも禁止している。また、教育水準の均等化を図るため、優秀な教師を学校間でローテーションさせる制度を強化することを発表した。学生内でも小学1年生と2年生は筆記試験を受けられず、小学校高学年や中学生の成績公開や順位付も禁止されている。

【参考】【中国】共産党と政府、営利型の学習塾事業を全面禁止。教育内容も検閲。宿題の量も縮減(2021年8月3日)

医療

 中国は、医療費をより安価にするキャンペーンの一環として、公立病院が提供する医療サービスの価格を改革している。しかし、不動産や教育技術等の分野に対する他の規制とは異なり、この改革では価格を全面的に引き下げることは求めていない。むしろ、医療費が全体的に急激に上昇するのを防ぎ、さまざまな医療サービスの適切な価値を反映させることを目的としている。

 2018年からは、公立病院向けの医薬品集中調達プログラムを開始し、ジェネリックメーカーに激しい競争価格での契約の入札を強制し、薬代を90%以上下げた例もある。現在5回目を迎えたこのプログラムは、医療費を数十億円削減しており、3回目以降は年間ベースで539億元(9167億円)が削減されたと述べている。改革計画の中で、小児医療、看護、高度な手術、中国伝統医学などのサービスは、実際には「低評価」であり、政策的なインセンティブが必要であると述べており、これらの分野では価格の引き上げが可能であることを示している。

金融市場

 共同富裕の発表により、金融市場にも影響が出ており、特に株式を売却する動きが強まっている。今年2月以降、規制当局が電子決済業者、不動産開発業者、家庭教師会社(教育に熱心な中国では13兆円規模の膨大な産業)、ゲーム産業等を対象に規制を強化したことで、中国企業の時価総額評価額は1兆米ドルも消失。ゲーム業界は、昨年には440億米ドルの収益を上げた巨大かつ高収益な市場だったが、現在、子供たちが週に3時間以上オンラインゲームをすることを禁止する新しい規制が誕生したことで、ゲーム業界も市場成長においての課題を抱えてきている。

【参考】【中国】政府、未成年者のオンラインゲーム時間を大幅に制限。違反事業者には重い処罰(2021年8月31日)

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