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【戦略】2023年に注目すべき最先端テクノロジー 〜WEFトップ10紹介〜

 世界経済フォーラム(WEF)は、今後3年から5年間で社会により良い影響を与える可能性のあるテクノロジーを毎年紹介している。上位10位のテクノロジーに関し、リスクと機会、社会に与える影響の展望を概説。11回目の2023年版は、20カ国、90名を超える専門家の視点がまとめられた。今年のランキングをみていこう。

最先端テクノロジートップ10

  1. フレキシブルバッテリー
  2. 生成AI
  3. 持続可能な航空燃料(SAF)
  4. デザイナー・ファージ
  5. メンタルヘルスを支えるメタバース
  6. ウェアラブル植物センサー
  7. 空間オミクス解析
  8. フレキシブル・ブレイン・マシン・インターフェイス
  9. 持続可能なコンピューティング
  10. AI主導のヘルスケア

1.フレキシブルバッテリー

 軽量で歪曲や伸縮可能なバッテリーであるフレキシブルバッテリーは、スマートウォッチやスマートグラス等のウェアラブルデバイス、電子ペーパー等のフレキシブル・エレクトロニクス、曲げられるディスプレイ等の開発が進んでいることから需要が増加中。市場規模は2022年から2027年までの間に2.4億米ドル(約350億円)に成長し、年間平均成長率は22.8%と予想されている。

 フレキシブルバッテリーは、グラフェンやカーボンファイバー、布等の炭素材料上にコーティングや印刷が可能で、多くの分野での応用が期待されている。医療分野では、医療従事者に患者の情報を無線で送信し、データ収集や遠隔監視等を行うこともできる。衣類にも組み込みが可能なため、衣類への冷暖房システム搭載等のアパレル分野での研究も進んでいる。

 研究開発に取り組む企業は、LG化学、サムスンSDI、アップル、ノキア、Front Edge Technology、STマイクロエレクトロニクス、Blue Spark Technologies、広州Fullriver Battery New Technology等。市場の需要が増加し続ける中での課題は、他のバッテリーと同様に安心安全な廃棄とリサイクルとした。

2.生成AI

 生成AIは、テキスト、プログラミング、画像、音声の生成に焦点が当てられているが、今後、医薬品の設計、建築、エンジニアリング等の様々な分野に応用できる可能性がある。米航空宇宙局(NASA)では、ロケットや宇宙で利用する機器を軽量化するためのAIシステム開発に取り組んでおり、開発時間を1/10に短縮し製品の性能を向上させた。

 研究分野では、実験モデルの改善、分析結果の飛躍的な向上によりブレイクスルーを促進することが期待されている。ビジネスの現場では、ChatGPT等の大規模言語モデルをベースとしたツールやAutoGPT等の自立型のアプリケーションを活用することで、生産性やアウトプットの質の向上に向けた活用が実践されている。

 期待が高まる一方で、課題も大きい。生成AIの学習データは、学習時の社会の慣習に基づくものであるため、偏りを緩和するような設計が必要となる。また、個人のプライバシーを尊重したデータ収集と学習を行い、アウトプット結果の基準やプロセスはユーザーにわかりやすく開示が重要。倫理的なガイドラインとガバナンス構造を定義し、AI開発者、学習データの提供者や作成者等に適切な著作権を与えることが必要とした。

3.持続可能な航空燃料(SAF)

 航空業界の二酸化炭素排出量は、世界の年間二酸化炭素排出量の2%から3%を占めており、2050年までの排出量は39Gtと予測されている。自動車等の地上の移動手段と比較して、航空機自体の買い替えコストが高いため、現在の航空インフラや設備に大規模な変更を加えない手段として、バイオマスや廃棄物等から生産されるSAFが登場した。

 2050年までに航空業界でのカーボンニュートラルを達成するには、燃料需要に占めるSAFの割合を現在の1%未満から、2040年までに13%以上にまで増加させる必要があり、最大400のSAF生産プラントが必要となる。国際業界団体の国際航空運送協会(IATA)の調査では、SAFの生産量は2022年には最低3億lと、2021年の約3倍になる見通し。

4.デザイナー・ファージ

 生物内に共生する細菌、古細菌、ウイルス等の微生物群はマイクロバイオームと呼ばれており、生物の健康維持に重要な役割を果たしている。デザイナー・ファージとは、細菌に感染するウイルスであるファージが持つ遺伝情報を工学的に制御し、マイクロバイオームに感染させ働きを変化させること。人間の健康や農業の生産性を向上させることができるようになりつつある。

 ファージは基本的に1つの細菌にしか感染しないため、複雑なマイクロバイオーム内の個々の細菌を対象に制御が可能であり、特定の薬剤に対する反応を敏感にしたり、治療用の分子を生産すること等が可能となる。

 デザイナー・ファージの治療例として、全身に小さな血栓が出現し、脳、心臓、腎臓などの重要臓器への血液の流れを妨げる重篤な病気である溶血性尿毒症症候群(HUS)に対し、デザイナー・ファージのアプローチを行った結果、HUSの原因となる大腸菌が大幅に現象し、HUSの症状が緩和されることがわかった。米食品医薬品局(FDA)から希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)として指定され、臨床試験に進む予定。

 また、世界保健機関(WHO)のワンヘルス・アプローチに沿って、家畜の成長促進、植物病害の治療、食料サプライチェーンにおける危険な細菌の排除を目的とした飼料用サプリメントとしても設計されている。

5. メンタルヘルスを支えるメタバース

 過剰なスクリーンタイムやSNS等の利用により幸福感が下がることで各国がメンタルヘルス対策に追われている。解決策の1つとして仕事上でも社会上でも交流が可能なデジタル空間であるメタバースが注目されている。

 米保健福祉省(HHS)の2022年12月の調査では、米国の成人の21%にあたる5,290万人が過去1年間に精神疾患を患い、15%にあたる3,790万人が過去1年間に薬物依存症となり、7%が両方の疾患を抱えている。米疾病予防管理センター(CDC)の調査では、米国の自殺者の割合は、2020年から2021年にかけて4%増加した。

 DeepWell Digital Therapeutics(DTx)による治療用ゲームコンテンツ製作や、Ninja Theoryと英ケンブリッジ大学の「The Insight Project」等、メンタルヘルスの治療にはゲームのプラットフォームも既に活用されており、メタバースでの治療も期待されている。

6.ウェアラブル植物センサー

 国連食糧農業機関(FAO)の調査では、2050年の世界人口に必要な食料生産量は現在から70%増加させる必要がある。農業分野におけるイノベーションを実現させ、世界の食料安全保障を改善しなくてはならない。作物の収穫効率を改善する解決策として、ウェアラブル植物センサーがある。

 作物の成長と土壌環境のモニタリングは、センサーを搭載したドローンやトラクター等により大規模なモニタリングを容易に実施できるようになった。さらなる生産性向上のためには、植物の状態をより高精度にモニタリングする必要がある。そこで、植物自体にセンサーを設置し、温度、湿度、水分量、栄養状態を継続的にモニタリングすることで、水、肥料、農薬の使用を最小化し、収穫量を最大化することが可能。

 課題は、センサーの設置やメンテナンスコストが高く、収集したデータ分析に専門的な知識が必要なこと。また、植物にセンサーを装着することが長期的に植物の成長にどう影響するかの調査も必要となる。

7.空間オミクス解析

 人体には約37.2兆個の細胞が、断層的かつ空間的に配置され多数の機能を生み出しているが、細胞1つ1つが分子レベルでどのような状態なのか、どのように相互作用し機能しているのかについての詳細はわかっていない。

 空間オミクス解析では、細胞が配置されている空間情報を含めて解析が可能なため、細胞同士の働きやより詳細な情報を把握することが可能となり、アルツハイマー病等の病気のメカニズムの理解や新たな治療法の発見が期待されている。

 国際コンソーシアム「ヒト細胞アトラス(HCL)」は英ウェルカム・サンガー研究所、理化学研究所、スウェーデンのカロリンスカ研究所、米マサチューセッツ工科大学とハーバード大学が設立したゲノム研究を行うブロード研究所等が参加し2017年10月に発足。世界中の研究者が空間オミクス解析を活用し、生物学的プロセスの研究を行っている。

 空間オミクス技術の市場規模は2021年には2.3億米ドル(約330億円)、2030年には5.9億米ドル(約850億円)と推定されている。英科学誌ネイチャー・メソッズの2021年「メソッド・オブ・ザ・イヤー」にも選出され、急速に普及している。

8.フレキシブル・ブレイン・マシン・インターフェイス

 脳が発する電気信号をセンサーが検知し、ハードウェアに送信することで機械を制御するブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)の技術が進化している。癲癇患者への治療や、義肢と神経をつなぎ神経への入出力を補完する神経補綴に活用されている。

 BMIの課題は、機械に利用されている材料が硬いものが多く、患者に長期的な傷跡を残したり、大きな不快感が生じる可能性があること。電極を脳内に埋め込んだ場合には、時間の経過とともに位置がずれることで精度が低下する。頭蓋骨の外部に電極を設置する場合には、患者への負担は少ないが得られるデータ精度が著しく低い。

 これらの課題を解決するため、柔軟性のある生体材料上に処理を埋め込んだ回路であるフレキシブルBMIが開発された。脳への負担が少なく、精度を高める事が可能であり、米国ではFDAの承認を受けた臨床試験を実施中。心臓ペースメーカー等の他の埋め込み型の器具への展開も検討されている。今後、長期的な健康への影響の調査、データ活用に関するプライバシーと倫理的な使用に関するガイドラインの設計等が必要となる。

9.持続可能なコンピューティング

 データセンターの世界の消費電力に占める割合は1%と推定されており、今後もデータセンターの需要は増え続けていく。複数の最先端技術が組み合わされることで今後10年間でデータセンターのカーボンニュートラル化が大きく前進すると予想されている。

 1つ目の技術は、効率的な熱管理。水や誘電体冷却材にサーバーを直接浸漬させて冷却する液浸技術の研究開発が進んでいる。日本でもKDDI、三菱重工業、NECネッツエスアイが2023年2月、液体でIT機器を冷却する液浸冷却装置の実験に成功している。また、廃熱の有効活用も進んでおり、ストックホルム市では、データセンターからの廃熱を家庭用暖房に利用するプロジェクトを実施している。

【参考】【日本】KDDI、三菱重工、NECネッツエスアイ、サーバー冷却消費電力の94%削減に成功。液浸冷却(2023年3月8日)

 2つ目は、AIによるリアルタイムでのエネルギー使用状況の分析と最適化。Deepmindが開発した技術によりグーグルのデータセンターにおけるエネルギー消費量を最大40%削減することができた。

 3つ目は、インフラ技術のモジュール化。例えば、クラウドコンピューティング、エッジコンピューティングを組み合わせ処理を分散させることでエネルギー消費量を最適化することが可能。半導体上で動作する新しいコンピューティング技術や、作業量に比例してエネルギーを最適化する技術開発も進んでいる。

10.AI主導のヘルスケア

 新型コロナウイルス・パンデミックの初期に、世界中の多くの病院が業務過多となり医療崩壊の危機が発生した。対策としてAIや機械学習を活用し、パンデミックの予測や業務効率化に取り組むチームが官民それぞれに設立された。

 例えば、患者に対し空いている適切な医療施設をAIが提案することで診療の待機時間を大幅に改善した事例がある。発展途上国では、医療サービスに必要なインフラや人材が不足していることが多いため、インド政府はプライバシー保護対策を実施した上で遠隔地での医療を支援できるようにし、医療施設の不足に対処している。

 AIを活用した医療サービスの提供には、データやプライバシー保護対策、質の高いデータ収集に加え、AIを活用できるスキルを持った人材の確保等が必要となる。大量の健康と福祉に関する個人データを管理するシステムが必要となるため、法的、倫理的な枠組みを設計する必要もある。

【参照ページ】From Generative AI to Sustainable Aviation Fuel: The Top 10 Emerging Technologies of 2023

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 世界経済フォーラム(WEF)は、今後3年から5年間で社会により良い影響を与える可能性のあるテクノロジーを毎年紹介している。上位10位のテクノロジーに関し、リスクと機会、社会に与える影響の展望を概説。11回目の2023年版は、

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 世界経済フォーラム(WEF)は、今後3年から5年間で社会により良い影響を与える可能性のあるテクノロジーを毎年紹介している。上位10位のテクノロジーに関し、リスクと機会、社会に与える影響の展望を概説。11回目の2023年版は、20カ国、90名を超える専門家の視点がまとめられた。今年のランキングをみていこう。

最先端テクノロジートップ10

  1. フレキシブルバッテリー
  2. 生成AI
  3. 持続可能な航空燃料(SAF)
  4. デザイナー・ファージ
  5. メンタルヘルスを支えるメタバース
  6. ウェアラブル植物センサー
  7. 空間オミクス解析
  8. フレキシブル・ブレイン・マシン・インターフェイス
  9. 持続可能なコンピューティング
  10. AI主導のヘルスケア

1.フレキシブルバッテリー

 軽量で歪曲や伸縮可能なバッテリーであるフレキシブルバッテリーは、スマートウォッチやスマートグラス等のウェアラブルデバイス、電子ペーパー等のフレキシブル・エレクトロニクス、曲げられるディスプレイ等の開発が進んでいることから需要が増加中。市場規模は2022年から2027年までの間に2.4億米ドル(約350億円)に成長し、年間平均成長率は22.8%と予想されている。

 フレキシブルバッテリーは、グラフェンやカーボンファイバー、布等の炭素材料上にコーティングや印刷が可能で、多くの分野での応用が期待されている。医療分野では、医療従事者に患者の情報を無線で送信し、データ収集や遠隔監視等を行うこともできる。衣類にも組み込みが可能なため、衣類への冷暖房システム搭載等のアパレル分野での研究も進んでいる。

 研究開発に取り組む企業は、LG化学、サムスンSDI、アップル、ノキア、Front Edge Technology、STマイクロエレクトロニクス、Blue Spark Technologies、広州Fullriver Battery New Technology等。市場の需要が増加し続ける中での課題は、他のバッテリーと同様に安心安全な廃棄とリサイクルとした。

2.生成AI

 生成AIは、テキスト、プログラミング、画像、音声の生成に焦点が当てられているが、今後、医薬品の設計、建築、エンジニアリング等の様々な分野に応用できる可能性がある。米航空宇宙局(NASA)では、ロケットや宇宙で利用する機器を軽量化するためのAIシステム開発に取り組んでおり、開発時間を1/10に短縮し製品の性能を向上させた。

 研究分野では、実験モデルの改善、分析結果の飛躍的な向上によりブレイクスルーを促進することが期待されている。ビジネスの現場では、ChatGPT等の大規模言語モデルをベースとしたツールやAutoGPT等の自立型のアプリケーションを活用することで、生産性やアウトプットの質の向上に向けた活用が実践されている。

 期待が高まる一方で、課題も大きい。生成AIの学習データは、学習時の社会の慣習に基づくものであるため、偏りを緩和するような設計が必要となる。また、個人のプライバシーを尊重したデータ収集と学習を行い、アウトプット結果の基準やプロセスはユーザーにわかりやすく開示が重要。倫理的なガイドラインとガバナンス構造を定義し、AI開発者、学習データの提供者や作成者等に適切な著作権を与えることが必要とした。

3.持続可能な航空燃料(SAF)

 航空業界の二酸化炭素排出量は、世界の年間二酸化炭素排出量の2%から3%を占めており、2050年までの排出量は39Gtと予測されている。自動車等の地上の移動手段と比較して、航空機自体の買い替えコストが高いため、現在の航空インフラや設備に大規模な変更を加えない手段として、バイオマスや廃棄物等から生産されるSAFが登場した。

 2050年までに航空業界でのカーボンニュートラルを達成するには、燃料需要に占めるSAFの割合を現在の1%未満から、2040年までに13%以上にまで増加させる必要があり、最大400のSAF生産プラントが必要となる。国際業界団体の国際航空運送協会(IATA)の調査では、SAFの生産量は2022年には最低3億lと、2021年の約3倍になる見通し。

4.デザイナー・ファージ

 生物内に共生する細菌、古細菌、ウイルス等の微生物群はマイクロバイオームと呼ばれており、生物の健康維持に重要な役割を果たしている。デザイナー・ファージとは、細菌に感染するウイルスであるファージが持つ遺伝情報を工学的に制御し、マイクロバイオームに感染させ働きを変化させること。人間の健康や農業の生産性を向上させることができるようになりつつある。

 ファージは基本的に1つの細菌にしか感染しないため、複雑なマイクロバイオーム内の個々の細菌を対象に制御が可能であり、特定の薬剤に対する反応を敏感にしたり、治療用の分子を生産すること等が可能となる。

 デザイナー・ファージの治療例として、全身に小さな血栓が出現し、脳、心臓、腎臓などの重要臓器への血液の流れを妨げる重篤な病気である溶血性尿毒症症候群(HUS)に対し、デザイナー・ファージのアプローチを行った結果、HUSの原因となる大腸菌が大幅に現象し、HUSの症状が緩和されることがわかった。米食品医薬品局(FDA)から希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)として指定され、臨床試験に進む予定。

 また、世界保健機関(WHO)のワンヘルス・アプローチに沿って、家畜の成長促進、植物病害の治療、食料サプライチェーンにおける危険な細菌の排除を目的とした飼料用サプリメントとしても設計されている。

5. メンタルヘルスを支えるメタバース

 過剰なスクリーンタイムやSNS等の利用により幸福感が下がることで各国がメンタルヘルス対策に追われている。解決策の1つとして仕事上でも社会上でも交流が可能なデジタル空間であるメタバースが注目されている。

 米保健福祉省(HHS)の2022年12月の調査では、米国の成人の21%にあたる5,290万人が過去1年間に精神疾患を患い、15%にあたる3,790万人が過去1年間に薬物依存症となり、7%が両方の疾患を抱えている。米疾病予防管理センター(CDC)の調査では、米国の自殺者の割合は、2020年から2021年にかけて4%増加した。

 DeepWell Digital Therapeutics(DTx)による治療用ゲームコンテンツ製作や、Ninja Theoryと英ケンブリッジ大学の「The Insight Project」等、メンタルヘルスの治療にはゲームのプラットフォームも既に活用されており、メタバースでの治療も期待されている。

6.ウェアラブル植物センサー

 国連食糧農業機関(FAO)の調査では、2050年の世界人口に必要な食料生産量は現在から70%増加させる必要がある。農業分野におけるイノベーションを実現させ、世界の食料安全保障を改善しなくてはならない。作物の収穫効率を改善する解決策として、ウェアラブル植物センサーがある。

 作物の成長と土壌環境のモニタリングは、センサーを搭載したドローンやトラクター等により大規模なモニタリングを容易に実施できるようになった。さらなる生産性向上のためには、植物の状態をより高精度にモニタリングする必要がある。そこで、植物自体にセンサーを設置し、温度、湿度、水分量、栄養状態を継続的にモニタリングすることで、水、肥料、農薬の使用を最小化し、収穫量を最大化することが可能。

 課題は、センサーの設置やメンテナンスコストが高く、収集したデータ分析に専門的な知識が必要なこと。また、植物にセンサーを装着することが長期的に植物の成長にどう影響するかの調査も必要となる。

7.空間オミクス解析

 人体には約37.2兆個の細胞が、断層的かつ空間的に配置され多数の機能を生み出しているが、細胞1つ1つが分子レベルでどのような状態なのか、どのように相互作用し機能しているのかについての詳細はわかっていない。

 空間オミクス解析では、細胞が配置されている空間情報を含めて解析が可能なため、細胞同士の働きやより詳細な情報を把握することが可能となり、アルツハイマー病等の病気のメカニズムの理解や新たな治療法の発見が期待されている。

 国際コンソーシアム「ヒト細胞アトラス(HCL)」は英ウェルカム・サンガー研究所、理化学研究所、スウェーデンのカロリンスカ研究所、米マサチューセッツ工科大学とハーバード大学が設立したゲノム研究を行うブロード研究所等が参加し2017年10月に発足。世界中の研究者が空間オミクス解析を活用し、生物学的プロセスの研究を行っている。

 空間オミクス技術の市場規模は2021年には2.3億米ドル(約330億円)、2030年には5.9億米ドル(約850億円)と推定されている。英科学誌ネイチャー・メソッズの2021年「メソッド・オブ・ザ・イヤー」にも選出され、急速に普及している。

8.フレキシブル・ブレイン・マシン・インターフェイス

 脳が発する電気信号をセンサーが検知し、ハードウェアに送信することで機械を制御するブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)の技術が進化している。癲癇患者への治療や、義肢と神経をつなぎ神経への入出力を補完する神経補綴に活用されている。

 BMIの課題は、機械に利用されている材料が硬いものが多く、患者に長期的な傷跡を残したり、大きな不快感が生じる可能性があること。電極を脳内に埋め込んだ場合には、時間の経過とともに位置がずれることで精度が低下する。頭蓋骨の外部に電極を設置する場合には、患者への負担は少ないが得られるデータ精度が著しく低い。

 これらの課題を解決するため、柔軟性のある生体材料上に処理を埋め込んだ回路であるフレキシブルBMIが開発された。脳への負担が少なく、精度を高める事が可能であり、米国ではFDAの承認を受けた臨床試験を実施中。心臓ペースメーカー等の他の埋め込み型の器具への展開も検討されている。今後、長期的な健康への影響の調査、データ活用に関するプライバシーと倫理的な使用に関するガイドラインの設計等が必要となる。

9.持続可能なコンピューティング

 データセンターの世界の消費電力に占める割合は1%と推定されており、今後もデータセンターの需要は増え続けていく。複数の最先端技術が組み合わされることで今後10年間でデータセンターのカーボンニュートラル化が大きく前進すると予想されている。

 1つ目の技術は、効率的な熱管理。水や誘電体冷却材にサーバーを直接浸漬させて冷却する液浸技術の研究開発が進んでいる。日本でもKDDI、三菱重工業、NECネッツエスアイが2023年2月、液体でIT機器を冷却する液浸冷却装置の実験に成功している。また、廃熱の有効活用も進んでおり、ストックホルム市では、データセンターからの廃熱を家庭用暖房に利用するプロジェクトを実施している。

【参考】【日本】KDDI、三菱重工、NECネッツエスアイ、サーバー冷却消費電力の94%削減に成功。液浸冷却(2023年3月8日)

 2つ目は、AIによるリアルタイムでのエネルギー使用状況の分析と最適化。Deepmindが開発した技術によりグーグルのデータセンターにおけるエネルギー消費量を最大40%削減することができた。

 3つ目は、インフラ技術のモジュール化。例えば、クラウドコンピューティング、エッジコンピューティングを組み合わせ処理を分散させることでエネルギー消費量を最適化することが可能。半導体上で動作する新しいコンピューティング技術や、作業量に比例してエネルギーを最適化する技術開発も進んでいる。

10.AI主導のヘルスケア

 新型コロナウイルス・パンデミックの初期に、世界中の多くの病院が業務過多となり医療崩壊の危機が発生した。対策としてAIや機械学習を活用し、パンデミックの予測や業務効率化に取り組むチームが官民それぞれに設立された。

 例えば、患者に対し空いている適切な医療施設をAIが提案することで診療の待機時間を大幅に改善した事例がある。発展途上国では、医療サービスに必要なインフラや人材が不足していることが多いため、インド政府はプライバシー保護対策を実施した上で遠隔地での医療を支援できるようにし、医療施設の不足に対処している。

 AIを活用した医療サービスの提供には、データやプライバシー保護対策、質の高いデータ収集に加え、AIを活用できるスキルを持った人材の確保等が必要となる。大量の健康と福祉に関する個人データを管理するシステムが必要となるため、法的、倫理的な枠組みを設計する必要もある。

【参照ページ】From Generative AI to Sustainable Aviation Fuel: The Top 10 Emerging Technologies of 2023

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