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【人権】英国現代奴隷法、日本企業はどう対応するべきか~下田屋毅氏の欧州CSR最新動向~ 2016/07/13 体系的に学ぶ

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 英国で、2015年3月に、現代の奴隷制を防止する法律である「Modern Slavery Act 2015 (現代奴隷法)」が、制定された。この法案は企業に、サプライチェーン上の奴隷制を特定し、根絶するための手順の報告を求めるものだ。現代の奴隷制という言葉を聞いて「奴隷なんて過去のことで、自分には全然関係のない話」と感じている人が大半ではないだろうか?

 しかしながら、英国には現代には奴隷制度が存在しているとされ、人身取引、強制労働、性的搾取等は大きな社会問題として認識しており、これに対応する形で、デイビッド・キャメロン首相が、「現代の奴隷制の根絶において、英国が世界をリード」することを表明、法案成立に向けて動き、世界で初めて現代奴隷制を規制する法律として制定されたのである。

 既にこの法令に則って行動が起こされているが、英国企業の状況を踏まえて日本企業がどのように対応していけばよいのかを以下お伝えしたい。

世界の奴隷労働の実態

 世界において現代の奴隷労働を含む強制労働の実態はどのようになっているのだろうか。
国際労働機関(ILO)の推定によると、全世界で2100万人*1が、強制労働、人身取引、借金のかたによる労働など、奴隷のような環境で働いているとされている。被害者の90%(1870万人)は民間経済、即ち企業活動により搾取されており、そのうちの68%(1420万人)は、農業、建設業、家内労働、製造業におけるものだ。そしてこれら企業は、強制労働からの搾取により年間1500億ドルの不法利益をあげているとされている。

 今回法制化した英国内においては、英国内務省は、2013 年時点で約1 万 3000 人が奴隷状態に置かれていると見積もっている。英国では、BBCなどのメディアも取り上げてこの現代の奴隷制について社会問題として認識している。

 英国には東欧諸国などから、良い仕事があると騙されて連れて来られ、奴隷労働をさせられている人が多数いるとされている。これらの人々は最初の話と違う職業に就かされ、当該の東欧の国からの交通費や会社の寮費などに関して借金を背負わされ、パスポートなどの身分証明書を取り上げられ、会社の寮にて脅迫されながら、ほぼ逃げられない状況で、工場などで働かされている。*2 事例としては、リトアニアの男性が、英国で週350ポンドの収入と住宅付きの良い仕事があると話をされ英国にやって来たら、話とは違う仕事(放し飼いの鶏を捕まえる仕事)で、斡旋業者(人身取引業者)には、仕事紹介料とリトアニアからのバス代、そして割り当てられた汚く狭い部屋の家賃を請求され、あっという間に借金を抱えた。また暴力や脅しを受け、たびたび賃金の未払いで飢えに苦しむこともあった。これらの現代の奴隷労働者が取り扱った鶏肉は、英国全土の大手企業やスーパーマーケットに卸されていたという。

 また英紙ガーディアンの調査*3では、2014年6月のタイの漁船での奴隷制が取り上げられ報道されている。これは欧米の大手スーパーマーケットのサプライチェーン上で発生しており、その奴隷労働が行われていた漁船が捕獲したエビが店頭で販売されていたことが発覚し消費者に衝撃を与えた。これら労働者はタイの近隣国であるミャンマーやカンボジアから人身取引業者に良い仕事があると騙されて連れてこられ、無報酬の上、漁船上では食料もろくに与えられず、殴打、拷問、そして処刑されることもあるなど、奴隷のように扱われていたことが労働者の証言から明らかになっている。

 米国カリフォルニア州で、米国の小売業者(コストコ)に対して、タイのサプライヤー(CPフーズ)が製造したエビの販売差し止め命令を求めて法的要求が提出された。コストコとCPフーズは、エビのサプライチェーンでの奴隷労働の疑いで訴訟問題に直面している。この訴訟は、ラベルに「奴隷労働に汚染された製品」と表示しないかぎり販売をすることができないよう求めている。

 マレーシアのエレクトロニクス産業で行なわれた調査によると、奴隷労働に相当する状況が見つかった。仕事の仲介業者を通して海外の仕事を得た労働者は、その仲介業者に借金を作ることになり、パスポートや身分証明書を取り上げられ、低賃金の職から抜け出せなくなり、自分の国に帰ることも出来ない状況でいる。

 またFIFAサッカー・ワールドカップの開催を2022年に控えたカタールでは、建設現場での外国人出稼ぎ労働者の人権侵害、女性の家事労働者の強制労働・人身取引、肉体・性的な暴力などの虐待が報告されている。このような現代の奴隷労働によって準備が行われているワールドカップ・カタール大会のスポンサーは、既に非難にさらされるなど関係する企業への風当たりは強くなっている。

日本における現代奴隷制

 実は日本でも現代の奴隷制があると指摘されている。オーストラリアの国際人権NGOウォーク・フリー財団の2016年の報告書では、日本では29万人が現代の奴隷制下にあると見積もっている*4。また、米国務省の2016年人身取引の実態をめぐる報告書*5では、日本は、強制労働、性的搾取の人身取引の被害者の供給・通過国であるとされ、また「外国人技能実習制度」についても指摘されており、この制度が特に現代の奴隷制度を助長するものとして国際社会から見られている。東京オリンピック・パラリンピックを4年後の2020年に控え、建設準備等の労働力不足を、東南アジアの国々からこの制度の活用により労働力を補う計画がなされており、これら労働者を適正な形で雇用する制度となるのか国際的に注目されている。

現代奴隷法2015の要求事項

 この英国現代奴隷法2015では、対象企業に「奴隷と人身取引に関する声明」を会計年度に1度発行することを求めている。企業のサプライチェーン上に、強制労働や人身取引などの人権侵害の有無やリスクを確認させ根絶することを目的としている。対象は英国で活動する企業で、世界での売上高3600万ポンド(約50億)を超える企業で、英国と英国外の1万2千社が対象となっており、この中には英国法人を持つ多くの日本企業が含まれている。そして2016年3月末以降に会計年度が終了している企業は、2016年4月1日からこの法律に則った対応が義務付けられている。

 この法令の要求事項で特徴的なのは、この「奴隷と人身取引に関する声明」を当該企業のウェブサイトで公開することが義務付けられ、しかも企業のウェブサイトのトップページに目立つようにリンクを貼らなくてはならないとされているところである。

 この英国現代奴隷法2015*6によると、現代における奴隷の定義は次のように大きく3つに分けられている。① 奴隷・隷属・強制労働、② 人身取引、③ 搾取(性的搾取、臓器提供の強制等)

 また該当する企業は、「奴隷と人身取引声明」の中に以下の内容を含むこととされている。

  1. 構造:組織の構造と事業内容及びサプライチェーン
  2. 方針:奴隷と人身取引に関連する方針(既存の関連する方針も活用)
  3. デューディリジェンスのプロセス:事業とサプライチェーンにおける「奴隷と人身取引」に関連する人権デューディリジェンスのプロセス
  4. リスクの評価と管理:事業とサプライチェーンのどこに奴隷と人身取引のリスクがあるか、また、そのリスクに対して評価し、管理するために講じるステップ
  5. パフォーマンス指標(モニタリング) :奴隷と人身取引が業務とサプライチェーン上で起こっていないことを確認する方法の有効性と、その行動のパフォーマンス評価指標による測定(モニタリング)
  6. 研修:奴隷と人身取引に関する研修のスタッフへの提供

 また、もし奴隷と人身取引に関して、企業がその内容を確認するステップを踏んでいない場合には、その手立てをしていないことを声明に書かなければならないとしている。

 この英国現代奴隷法は、企業が法令順守をしなかった場合には、無制限の罰金が科せられるとしているが、この法令の興味深いところは、実際にはその罰則により企業に取り組みをさせるという仕組みでないところである。ちなみに英国政府は、対象企業が「奴隷と人身取引に関する声明」に関して要求事項を満たしているかについては確認しないとしている。

 この法令が求めている仕組みは、英国において市民社会、NGOのプレッシャーが強いことを利用して、企業に透明性を強要し、市民社会、NGO、大学の研究者などがWeb上の声明を精査するという市民社会の監視の目を使用するところである。

 また、当該企業は他社の声明と比較することにより、それぞれの企業がお互いにどのように実施しているのか、何をする必要があるのかなどを相互に理解して、次のステップに活用させることができる。これらにより、各産業でこの問題を真剣に取り組みをさせることを考えている。

現代奴隷法に関するガイドライン

 この「奴隷と人身取引に関する声明」について、具体的にどのように発行していくのかということだが、英国政府が、2015年10月29日にこの「奴隷と人身取引に関する声明」についてのガイドラインである「Transparency in Supply Chains A practical guide(サプライチェーンの透明性: 実践ガイド)」*7を発行し取り組みを促している。このガイドラインは、Ethical Trading Initiative(ETI)やAnti-Slavery International、British Retail Consortium(BRC)など現代奴隷法の制定に携わったNGOや関連団体が、このガイドラインの作成にも携わっている。英国の現代の奴隷制の根絶を担当する英内務省がこのガイドラインを発行し、ガイドラインには、企業がどのようにこの現代奴隷法に対応すればよいのかが詳細に書かれている。

 また別途、人権NGOの「コア(Core)」が中心となり、「Beyond Compliance: Effective Reporting Under the Modern Slavery Act(コンプライアンスを超えて:現代奴隷法下の効果的な報告)」*8というガイドラインを2016年3月16日に発行しNGO・市民社会の視点から、その重要性を訴えている。

 またStronger Togetherという英国のイニシアティブが、現代における奴隷制を企業のサプライチェーンから排除するためのツールを作成し提供している。多くのツールは英国をベースとする内容だが、グローバル・サプライチェーンに関するツールについて2016年6月に発行している*9

奴隷と人身取引に関する声明に取り組むためのステップ

 2016年6月末時点での「奴隷と人身取引に関する声明」を発行している企業は、確認されている中で、340社が挙げられ、人権NGOの「コア」が中心で確認を行い、ビジネス・人権資料センターのウェブサイトにリンクを掲載している*10

 コアとビジネス・人権資料センターは、2016年3月時点で、企業が発行した「奴隷と人身取引に関する声明」について、次の点に着目していた。

  1. 声明に企業の取締役が署名しているか
  2. 声明のリンクが企業のトップページの分かりやすいところにあるか
  3. 法令の中で要求している6つの分野が記載されているか

 法令の中で記載を義務付けているか、あるいは推奨している上記3つの内容を発行済のそれぞれの企業の声明を確認した上で、その有無を掲載していた。現在は企業の声明へアクセスできるリンクを掲載しているのみに留まっているが、この上記3つの点においては、市民社会側が注目している点として引き続き企業が声明を作成する上で考慮が必要な部分と言える。

 上記を踏まえた上で、この現代奴隷法2015に則って進めていく上で、企業は以下のステップを踏むことが望まれている。

1. 企業が、最初の年にサプライチェーンの全てを確認して現代の奴隷制があるかを確認することはほぼ不可能であるとされている。その上で、
➢ まず企業が自社とサプライチェーン上での奴隷制の問題を仮定して方針を作成すること。
➢ またどのようにこの現代の奴隷制に取り組んでいくのかを含む今後のプランを立てること。多くの事を実施することを最初の年に企業に求めてはいない。

2. 2年目は、この声明で表明した現代の奴隷制に取り組むプランに沿って、専門家を巻き込んで、どこに問題があるのかを確認していく。
➢ 現代の奴隷制の影響を受けているのは誰か。
➢ それらを特定、実行し、問題がないかを確認していく。

3. ガイダンスには、毎年ステップアップしなければならないと記載されている。
➢ 自社が立てたプランを実行して、毎年ステップアップすることが期待されている。
➢ プランを実行しないことや、進展がないことは許されていない。

 このように英国では現代奴隷法の法制化に伴い、企業がサプライチェーン上における現代の奴隷制を確認の上、根絶する取り組みを既に始めている。これらを踏まえ日本企業は、英国現代奴隷法を足掛かりにして、日本国内外のサプライチェーン上に現代の奴隷制がないことを確認する計画を建てるなど、「ビジネスと人権」に関する認識を深め行動を起こすことが求められている。

【参考】
1.国際労働機関(ILO): 21 million people are now victims of forced labour, ILO says
2.Stronger Together, Tackling Modern Slavery (video)
3.Guardian: Revealed: Asian slave labour producing prawns for supermarkets in US, UK (2014)
4. Walk Free Foundation Global Slavery Index
5. 米国務省、2016年人身売買報告書
6. Modern Slavery Act 2015
7. Transparency in Supply Chains A practical guide
8. Beyond Compliance: Effective Reporting Under the Modern Slavery Act
9. Stronger Together: Toolkit Tackling Modern Slavery in Global Supply Chains – A toolkit for businesses to address risks in their global supply chains (June 2016)
10. Modern Slavery Act Statement Registry

サステイナビジョン 代表取締役 下田屋毅

(ロンドン在住CSR/サステナビリティ・トレーナー)

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