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【エネルギー】環境政策の盲点(2) 〜自動車の燃費規制は省エネに寄与するのか?〜

自動車

最近、自動車購入の際に、燃費を重視する消費者が増えてきています。2月4日付の日経新聞も「<消費者の目>低価格・低燃費志向に」という内容を報じました。消費者の行動が変化してきたことの背景には、環境意識の高まりもありますが、それ以外にも経済的な側面についても考慮する必要がありそうです。

経済的側面としては、昨今、米国のシェールガス革命に端を発し原油価格が下落していますが、ガソリンの出費を抑えたいというニーズは少なくありません。こういった経済的理由を背景に、家計に優しい燃費の良い車が選ばれているというわけです。そして、これに呼応し政府も、自動車の燃費を改善するため、1987年に燃費規制を法整備しました。車の重量ごとに燃費改善の達成目標を設定し、それをクリアするよう自動車メーカー各社へ要求したのです。この燃費規制は今日に至るまで数回に渡り改訂され、日本の自動車の燃費改善に貢献してきたと言われています。最近では、エコカー減税なども導入され、日本政府は自動車が与える環境負荷の削減に取り組みつづけています。

ところで、この自動車燃費規制は本当に省エネルギーに寄与しているのでしょうか。環境政策検証の第2弾は、この自動車燃費規制の効果がテーマです。ここで、再度登場して頂くのは、前回「【エネルギー】環境政策の盲点(1) 〜電気料金の段階制は省エネに寄与するのか?〜」で紹介した米ボストン大学ビジネススクール伊藤公一朗助教授。伊藤氏は、米シカゴ大学ジェームズ・M・サリー助教授と共著で、論文「The Economics of Attribute-Based Regulation: Theory and Evidence from Fuel-Economy Standards」(製品属性に基づく規制の経済学:燃費基準からの理論と証拠)を発表し、日本の自動車燃費規制の経済学的な検証を行っています。この論文を基に規制の実態に迫ります。

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伊藤 公一朗(いとう・こういちろう)

米ボストン大学助教授

宮城県仙台市生まれ。仙台一高、京都大学経済学部卒業。ブリティッシュ・コロンビア大学修士課程、カリフォルニア大学バークレー校博士課程修了(Ph.D)。スタンフォード大学経済政策研究所研究員を経て、2013年よりボストン大学ビジネススクール助教授。専門は、環境・エネルギー経済学、産業組織論、公共経済学。

段階制の自動車燃費規制

まず、現在の日本の燃費規制が採用されるに至った理由から見ていきましょう。省エネルギー政策である燃費規制の目的は、もちろん燃費を向上させることです。単純に考えれば、すべての車種に対して一律に同じ燃費規制値を課せば、各社の努力により燃費改善が実現されそうですが、一律燃費規制は最終的には採用されませんでした。背景には、政治的な理由と経済的な理由がありました。

政治的な理由としては、一律の燃費規制が大型車の購買層の負担増に繋がってしまうことが挙げられます。一律に規制値が設けられた場合、重量の関係で大型車の燃費改善は非常に厳しいものとなります。もともと軽い小型車は燃費が良いのに対し、重い大型車は燃費が悪いため、一律の数値を目指すには大型車にはより多くの改善が要求されてしまうからです。燃費改善にかけた費用は当然自動車の価格に反映されます。結果、大型自動車は値上がりする可能性が高くなります。所有する車の大きさと所得は正の相関を持つことが統計的に明らかになっており、大型車の価格上昇は高所得層への負担を大きくするのです。つまり、所得層に応じて燃費改善、すなわち環境改善への負担を衡平にしようとすると、必然的に一律規制は不適切となります。

経済学からも同じことが言えます。経済学から規制を考える際には、社会全体で最小の費用で効果を出すという「規制の経済学」の基本原理があります。この原則に基づくと、同じコストをかけるのであれば、全ての車種の規制を一律に設定するよりも、重い車種も軽い車種も現状の燃費から均一に一定程度改善することのほうが大きな効果が得られます。逆に、一律の規制値を設ける方法では、社会全体の費用が必要以上にかかってしまうというわけです。

そこで、どの車種でも、規制達成費用が均一となる方法として採択されたのが階段状の燃費規制です。一定範囲の自動車重量ごとに規制値を設け、改善にかかる費用をできる限り均一にし、結果として社会全体の費用を最小に抑えることが、この政策の狙いというわけです。

日本の自動車燃費規制
(図1. 日本の自動車燃費規制)

2008年には燃費規制が強化され、規制値が高まっただけでなく、階段を構成する自動車の重量範囲も狭くなり、より段の細かい燃費規制が出来上がりました。

環境負荷を上げるインセンティブ

ところが、伊藤氏は、この階段状の燃費規制には抜け穴があるということを明らかにしました。そもそも政策の出発点は、環境への配慮にありました。そしてこれを達成するには企業がより燃費の良い自動車を生産する必要がありますが、図1を元に検証してみると、企業は別の方法で規制を克服できることがわかります。

上図は、燃費規制で制定された重量ごとの燃費達成基準を表した図です。燃費達成基準は、2008年に強化され、規制値が高まるとともに、同時に階段を構成する自動車の重量範囲も狭くなり、より段の細かい燃費規制が出来上がりました。

新基準でも旧基準でも、政策の骨子は変わっていません。自動車の重量が軽くなるほど燃費規制が厳しくなり、自動車の重量が重くなるほど燃費規制は緩くなっています。この制度の下で、企業が基準を達成するためには2つの選択肢があります。1つは燃費を改善する、すなわち図の上の方に進むことで、基準値をクリアする方法で、これは燃費規制の目的に則したものです。もう1つは、燃費をそのままに車の重量を重くして規制をクリアする、すなわち図の右の方に進むという方法です。後者を選択すると、基本的に車は重くなるほど燃費が悪くなりますので、環境にはマイナスのダメージを与えるものとなります。

それでは、実際に企業はどちらを選択しているのでしょうか。国土交通省が公開している自動車燃費一覧というデータをこの階段状の環境規制値のデータと照らし合わせてみた結果が以下の図2と3です。

燃費規制値と自動車の分布1
(図2. 燃費規制値と自動車の分布 <政策変更前>)

燃費規制値と自動車の分布2
(図3. 燃費規制値と自動車の分布 <政策変更後>)

図2は、2008年の燃費規制強化前の燃費基準と実際の車種の出現頻度を表したものです。多くの車種は規制が緩くなるギリギリの点に綺麗に集中していることがお分かり頂けると思います。しかし、これはたまたまそうであったのかもしれません。そこで、2008年の燃費規制強化後にどのようになったかを図3で見ていきましょう。結果は同じく、規制が緩くなるギリギリの点に車種の出現頻度が移動しました。ここから言えることは明確です。企業は意図的に図の右の方に進める対応をしているということです。事実、計量経済学に基づく統計によると、市場における10%の車に平均110キロの重量増加が発生しているといいます。これは本来の目的である「環境への配慮」とは逆の効果を生み出していることになります。

社会全体への負担の増加

この規制により、社会は2つのコストを背負っています。

1. 重量増加により、環境へ悪影響を大きくしていることによる損失
2. 重量増加により、自動車事故時の死亡率を高めてしまうことによる損失

実はこの政策は日本だけでなく、アメリカやヨーロッパ、中国といった世界の四大自動車市場においても採用されており、その被害総額は計り知れません。少なくともこれらのうち、2点目だけでも自動車市場全体で約1000億円の損失が発生すると伊藤氏は算出しています。そこで、伊藤氏は代替点を提案しています。

コンプライアンス・トレーディング(規制達成値取引制度)

1つ目は、2012年よりアメリカにて採用されている「コンプライアンス・トレーディング(規制達成値取引制度)」です。コンプライアンス・トレーディングの基本的発想はCO2の排出権取引と同じです。つまり、全ての車種に一律に規制値を設定し、その規制値を上回る燃費を達成できた企業は余剰達成分を他の企業と取引できるということです。このシステムを現状の階段状の燃費規制に組み込むことによるメリットは次の2点です。

1. 全ての車種に同じ規制値が課せられるため、重量を増加させるインセンティブを生み出さない
2. 余剰達成分が取引できるため、全ての車種にとって規制達成にかかる費用が均一化される

この施策のメリットは上記の通りですが、最大の問題は日本では企業間の取引が制度的に認められていないことにあります。適切な競争が行われるような制度設計を整えることは当然必要ですが、環境への負担軽減という目的を達成するためには近い将来、検討するべき政策デザインだと伊藤氏は総括しています。

段階制が抱える問題点

今回は、燃費規制の段階制の問題点を検証しました。繰り返しになりますが、問題は段階制であって、燃費規制そのものではありません。実際に日本は燃費規制によって、大きな燃費改善を実現しました。制度面で優れていた点は、頻繁に基準値改訂を行って達成基準を厳しくしていき、そしてその達成基準の設定においてトップランナー方式を導入した点です。トップランナー方式とは、達成基準を決める際に、市場に出ている最も優れた燃費性能を実現している車種の燃費をもとに、新達成基準を算出するという手法です。どんどん厳しくなる燃費規制によって、全体的に燃費改善が成し遂げられました。問題は段階制なのです。

前回に引き続き環境政策の盲点について深掘りすることで、一見して効果のあるように見える政策も目的に反する結果を生んでいる可能性があることをご紹介しました。近年、環境が抱える問題は地域や社会を巻き込みながら地球規模のレベルまで大きくなってきています。打ち出した施策の目的は何であるかを明確にした上で、適切に効果測定を行い、改善を図る。こうしたPDCAサイクルを回す速度の向上はグローバル化したビジネスにおいてだけでなく、切迫した環境政策にも求められることだと言えるでしょう。

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菊池尚人

株式会社ニューラル サステナビリティ研究所研究員

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