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【インタビュー】シチズン、現場主導のCSVが実現。担当者が語る工夫と苦労

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 シチズン時計。日本では非常によく知られている国産時計メーカーだ。同社の前身「尚工舎時計研究所」は1918年に創業、シチズンは英語で「市民」を表す名詞。「市民に親しまれるように」という願いを込めて、尚工舎時計研究所の創業者であり社長であった山崎亀吉氏と親交の厚かった後藤新平・東京市長(当時)が命名した。同社はその後、時計で培った精密加工技術を活かし製品ラインナップを拡大、今では幅広く電子機器や電子部品の製造メーカーとしても知られている。

 2016年5月現在、シチズンは、ホールディングス制を採用しており、シチズンホールディングス株式会社のもとに、シチズン時計株式会社、シチズンマシナリー株式会社、シチズン電子株式会社など事業会社が置かれている。そのため、同社のCSR体制としては、ホールディングス会社の中にCSR室が置かれており、各事業会社のCSR委員会との連絡窓口機能も果たしている。同社は「シチズングループCSR報告書」を毎年発表しており、環境会計、化学物質管理、ダイバーシティ、労働慣行、コミュニティ支援、コーポレートガバナンスなどESG情報が記載されている。この報告書作成の実務作業もシチズンホールディングスのCSR室が担っている。

CITIZEN L Ambiluna

 今年3月スイス・バーゼルで開催された世界的な時計の祭典「BASEL WORLD 2016」の場で、シチズン時計社から新しいコンセプトのレディス向け腕時計が発表された。「CITIZEN L Ambiluna(シチズン エル アンビリュナ)」と名付けられたこの新しいラインナップでは、時計業界で初めてカーボンフットプリントを公開、さらにDRCコンフリクトフリーを宣言するものとなった。このように、時計デザインとしての表面的な美の追求だけでなく、内面の美として社会・環境への配慮を強く打ち出すという時計業界における画期的なブランドを打ちたて、バーゼルの場でも海外の報道関係者から高い評価を博した。この商品プロジェクトの過程では、時計ではじめてカーボンフットプリントの第三者認証取得の取り組みや、関係各部門に対しCSRに関するより深い理解をもとめるなど商品企画部門が率先するという奮闘がなされていた。シチズン時計にとって「CSV(共有価値の創造)」とも言えるこの取り組みの影には、担当者の壮大な努力があった。

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 CSVという考え方は、すでに日本でも広く浸透してきているが、実際に形にしていくことに難しさを感じる企業は少なくない。同社ではこれまで商品企画とCSRが協力することは基本的になかったという。そのような中、シチズン時計はどのようにしてCSVを強く意識した製品の発表にまで漕ぎつけることができたのか。今回の取材で、シチズン時計社で商品企画を担当した櫻井沙織氏と宮川花菜氏、企画立案当時にシチズンホールディングス社CSR室で企画をサポートした山田富士子氏から、当時の状況や具体的なプロセスを伺った。

そもそも企画はどのような発端で生まれたのですか?

山田氏:

 シチズングループにとっての事業と一体となったCSRは、2013年にCSR室主導の経営層向けCSRセミナーを実施したことから始まりました。当時はちょうどドッド・フランク法の紛争鉱物の問題などが話題となっていました。同じ頃、人権課題に関して何か具体的に取り組めないかとCSR室から時計事業部に対しコーズ・マーケティングの提案した時期と重なります。その結果、2013年末より当社の主力レディス時計ブランドの「クロスシー」の売上の一部を国際NGOプランの「Because I am a Girl」キャンペーンに寄付し、途上国の女の子の教育支援を行うことになりました。これが、社内におけるCSVに向かう第一歩になったと思います。

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 それと平行して、2013年度~2015年のCSR報告書においてCSVの可能性ついてを社長メッセージの中で発信しました。社長メッセージは対外的な意味がありましたが、社内の意識醸成という意味もありました。また、CSVを知ってから、私自身が考えるようになったことですが、「社会課題の解決とシチズンの社名の親和性」についてを常にイメージするようになりました。その実現には、シチズンホールディングスとシチズン時計が連携することが必須だと感じており、このことが事業とCSRを結びつけるファクターになったのだと思っています。

櫻井氏:

 商品企画としては別の課題感を持っていました。2014年春に「Beauty is Beauty」をコンセプトとするレディスブランド「CITIZEN L」をリターゲティングしようとしていました。「CITIZEN」は男性腕時計のイメージが強いので、女性向け腕時計を強化したいという目的がありました。しかし、デザイン性といった表面的な美しさについてはこれまでも取り組んできたのですが、真の美しさをどう社会に発信するのか、時計として何ができるのかを考えたときに、具体的にどうするのかで悩んでいました。そんなときに偶然山田さんから、紛争鉱物や二酸化炭素排出量の明記など社会課題を事業の中で解決するCSVという方法があるという提案を受けたんです。

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 そこから相互でいろんな話をしました。グローバル企業や有名ブランドのCSVの事例を具体的に教えて頂きました。CSVに詳しい方の話を聞きに行く機会を提供してくださったときに、その方からエシカル・ファッションに詳しいファッション・ジャーナリストの生駒芳子さんを紹介して頂きました。生駒さんにブランドアドバイザーになって頂き、どういうものが現在の女性に刺さるエシカルやサステナブルなのかという話をしていただきました。元々のエシカルに関するイメージは少し真面目すぎる、地味、ボランティアのようなものだったたんですけど、生駒さんは、そうではなく、エシカルやサステナブルはもっとかっこいい新しいライフスタイルなんだ、時計が現代女性のエンパワーメントにつながる新たなお守りのようなものになるといいね、と教えて下さいました。

山田氏:

 そしてこの生駒さんとの出会いが、新たな出会いを呼んでいきました。

櫻井氏:

 生駒さんからは国内外で活躍されている建築家の藤本壮介さんを紹介して頂きました。建築は一番サステナビリティを考えなければいけない分野だと思うんです。一度造ったものを壊すということは、建築では簡単にできない。藤本さんは自然と建築の融合ということを追求されている方でした。社外の人と組む時計のクリエイティブというと普通はファッションデザイナーの方とコラボレーションするというのが一般的なんですが、そうではなく、エシカルやサステナブルという考え方を造形として取り組まれている藤本さんにデザインをお願いすることにしました。「CITIZEN L」の時計にはもともとシチズンが開発していたエコ・ドライブという光発電の技術を搭載しているのですが、それもサステナブルという考え方から生まれたアイデアです。

新しい考え方を社内で理解してもらうのは容易でしたか?

櫻井氏:

 そこは山田さんが2013年から実施されて啓蒙活動が本当に実を結んだと思います。私たちがその提案を社内会議で行った際にはすでにCSVやコーズ・マーケティングという考え方がある程度理解されていたんです。

山田氏:

 実はCSVの実現にあたってはCSR室もアクションを起こしていました。「CITIZEN L」の企画と同時並行のかたちで、従業員向けにCSVセミナーを開催しました。もともとCSR報告書の中で、CSVというキーワードに反応した従業員から、「CSVについて知りたい」という声が集まっていたという理由もあります。このセミナーには、時計事業に関わる技術部門、調達部門、生産部門をはじめグループ企業、開発R&D部門からも多数参加がありました。外部講師によるセミナーでは、多岐にわたる事例をはじめ、組織を越えたグループディスカッションなど、CSVが一部門のものでなく全社的な取組みであると伝わる工夫も取り入れました。CSR室の役割は社内への「種まき」だと思って活動しました。

櫻井氏:

 商品企画としてはCSR室がバックアップしてくださる環境に合わせて動きました。関連部署に説明に回る際に、エシカルやサステナブルが一時的なトレンドだと思われないようにするために、CSR報告書のトップメッセージで発信していた「市民に愛され、市民に貢献する」という企業理念や、シチズンが1976年に開発した光発電技術(現在のエコ・ドライブ)などの歴史から、みんなが誇りを持てる取り組みだということを説明して回りました。

山田氏:

 オフィスのフロア移動も大きかったと思います。それまでホールディングスのCSR室と時計事業の商品企画とはフロアが離れていたのですが、このタイミングの直前に偶然、同じフロアになりました。CITIZEN Lのリターゲティングは公式プロジェクトの発令などなく動いていたのですが、お互いの動きがよく見えるようになりました。

櫻井氏:

 構想が大きくなっていくことを感じたので、実は企画の初期に、トップダウンで進めて頂かないと難しいという話を上長に相談しました。ですが、上長からは、逆に大きな動きだからこそ、本当にやりたいことはこれなんだというボトムアップのアプローチのほうがうまくいくんじゃないかという話がありました。ですので、公式なプロジェクト発令や大々的にやりますというメッセージはありませんでした。もちろん、途中には自分たちで関係者に全部説明して回らなければならないという大変さはあったのですが、結果的にそのやり方で良かったなといま思います。

山田氏:

 全社的なCSR部門では、事業会社の業務や生産現場に直接助言することは難しく、今回の取り組みは商品企画主導だからこそ実現できたのだと思います。規模が比較的小さかったことが功を奏したのかもしれません。

櫻井氏:

 そうかもしれません。今回の取り組みもシチズン時計の一(イチ)ブランドという規模で実施しました。これが初めからシチズングループ全体でとなっていたら難しかったかもしれません。

上層部の理解が得られてからは動きは早かったですか?

櫻井氏:

 上層部の理解が得られても実際に動くのは現場なのでいろいろありました。各部署に出向いて相手に極力負荷がかからないよう、「ここだけお願いします!」というように説明して回りました。おそらく、「全てのサプライヤーからEICCテンプレート(紛争鉱物報告テンプレート)をもらって欲しい」とだけ言っていたら誰も動いてくれなかったと思います。そのため、商品企画のほうで紛争鉱物対象物質と部材の対応表をつくり、さらに部材ごとのサプライヤーを把握した上で、さらに確認が漏れているサプライヤーがないか教えていただけると助かります、というように調達を担当している技術部門に伝えていきました。ある程度こちらで知ることができることはわかった上で伝えていきました。

 こうしてある程度実務が回るとわかった状態で、時計事業の役員が集う経営会議にかけ、新ブランドではDRCコンフリクトフリーなどを謳うという承認を仰ぎました。それでもそこでストップがかかりました。今はできているけれども今後どれくらいの負荷がかかるのかがわからないという理由でした。それでも諦めず、負荷がそれほど大きくないのだということを説明して回りました。同時にメリットも伝えていきました。これまでのスイスのバーゼルワールドでの発表は、新たなムーブメントの開発など技術的なものが主だったのですが、新たなコンセプトそのものを発表できるという話題性を伝えました。最終的には、反対していた役員にも、不可能なことではないということを理解して頂くことができました。

二酸化炭素排出量の公開はどのような内容だったのですか?

山田氏:

 環境に関してはCSR室とは別に環境マネジメント室が担当しています。ですので、まずは商品企画から環境マネジメント室へ正式な依頼をするところからスタートしました。

櫻井氏:

 環境マネジメント室の方々には本当に尽力していただきました。今回、カーボンフットプリントの算出に関しては、一般社団法人産業環境管理協会のカーボンフットプリントプログラムに参加し第三者認証を受けました。この認証を受けるには製品カテゴリごとに「カーボンフットプリント製品種別基準(CFP-PCR:Carbon Footprint of Products – Product Category Rule)」算出方法」が必要でしたが、業界団体である日本時計協会の環境委員会で、ここ数年かけて検討してきたCFP-PCRが、昨年ちょうど登録されたところでした。そういう意味では幸運でした。しかし、最初のPCRはエコ・ドライブタイプを想定していなかったため、時計他社のご協力も得て短期間にPCRを改定し、今回のモデルにも適応できるものとしました。そのPCRにしたがい各モデルごとカーボンフットプリントを算出し、その検定を受ける過程でも環境マネジメント室には大きな負荷をかけたのですが、これまでの部門の取り組み成果を発揮できる機会だということで積極的にサポートしてくれました。

バーゼルで発表した時の反応はどうでしたか?

櫻井氏:

 メディアの反応がとても良かったです。ヨーロッパやアジアからのライターさんの感想を聞いてみたのですが、特に女性のライターさんからデザインだけでなくコンセプトについても好反応が得られました。デザインについても、生駒さんや藤本さんのアドバイスにより良い意味で今までのシチズンのイメージとは違った非常に斬新な時計を作ることができました。

 メイン商品の時計は6万7,000円なんですが、エシカルで、漆を使っていて、手作業でひとつひとつ作っているという説明したあとでのメディアの方の反応は「6万7,000円って安いよね!」というものでした。

販売に向けてのお考えを聞かせて頂けますか?

木下氏:

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 今回の「CITIZEN L」は、シチズン時計のレディス商品の強化を狙う位置づけがあります。これまで国内ではクロスシーというブランドがあり、中価格帯と言われる3万円から10万円では売上ナンバーワンを確立している、20代から30代の女性には浸透しているブランドがありますが、今後は30代以上の女性やもともと海外ブランド嗜好の方、また、時計を持っていない方にもシチズンを新たにアプローチしたいと考えています。「CITIZEN L」はグローバルブランドとして展開していきます。「CITIZEN L」はもともと2012年からヨーロッパとアジア向けのブランドとして立ち上げられ、その後北米、そして今回満を持して日本でデビューさせるものとなります。エシカル消費者の多いヨーロッパに対してはもともとエシカルという側面を考慮していたのですが、今回のCITIZEN L Ambilunaの発表であらためてエシカルを強く出すプロモーションをかけていきます。

商品プロフィール

 今回発表されたCITIZEN L Ambiluna(シチズン エル アンビリュナ)コレクションは、今年秋に販売が開始される。同コレクションは3シリーズで展開しており、世界限定1,000個で販売予定のCITIZEN L Ambiluna(シチズン エル アンビリュナ)は、オリジナル西陣テキスタイルバングルとクラッチバックとの一式セットで18万円(税別)。通常モデルのCITIZEN L Ambilunaは6万7,000円(税別)と4万2,000円~4万5,000円(税別)の二種類ある。それぞれ3色。

■CITIZEN L Ambiluna限定モデル

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■CITIZEN L Ambiluna通常モデル(67,000円)

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■CITIZEN L Ambiluna通常モデル(42,000-45,000円)

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聞き手:夫馬 賢治(株式会社ニューラル サステナビリティ研究所所長)
撮影協力:綿貫 知哉

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