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【人権】世界で進む生活賃金(Living Wages)設定の取り組み〜最低賃金だけでは不十分〜

【人権】世界で進む生活賃金(Living Wages)設定の取り組み〜最低賃金だけでは不十分〜 1

 世界的なインフレの影響もあり、日本でも労働賃金の上昇が継続的に実施されている。中央最低賃金審議会は7月24日、2024年度の最低賃金の目安を全国平均で時給1,054円に引き上げすることを決定した。また、日本労働組合総連合会は7月3日、2024年春闘の結果、賃上げ率の平均が5.1%だったことを報告した。

 一方で、経済協力機構(OECD)によれば、日本の実質賃金は2024年4月時点で25ヶ月連続で下落している一方、2022年4月以降の消費者物価総合指数の上昇率は2%を超える水準に達している。企業が最低賃金の条件を満たした給与を支払っていても、労働者の生活が改善されず不安定な状態になる可能性がある。

 最低限の生活の維持を基にした報酬は「生活賃金(Living Wages)」と呼ばれ、世界で議論と取り組みが加速している。生活賃金は労働者の基本的な生活を保障し、貧困を削減するための重要な概念となる。生活賃金とは何か、注目されている背景や取り組みについてみていこう。

生活賃金とは何か


 
 生活賃金とは、労働者とその家族がその国の状況に応じた人間らしい生活を送るために必要な賃金水準のこと。食費、住居費、教育費、医療費等、生活に必要な費用を考慮した通常の労働時間中に行われる労働賃金について算出される。

 生活賃金は、世界人権宣言の第25条や国際人権A規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)等の国際的な人権ルールにも設定されており、経済指標の1つではなく、労働者の人権と尊厳を守るための重要な概念となる。

生活賃金と最低賃金の違い


 最低賃金は、雇用主が労働者に支払わなければならない最低限の給与のこと。法律で定められており、労働者の最低限の生活を保証することが目的。

 日本の最低賃金は、中央最低賃金審議会から示される引上げ額の目安を参考にしつつ、公益代表、労働者代表、使用者代表の各同数の委員で構成される最低賃金審議会において議論の上、都道府県労働局長が決定している。

 生活賃金と最低賃金の違いをまとめると、生活賃金は最低賃金よりも包括的な概念であり、法的拘束力がないため企業が自主的に導入することが求められている。

生活賃金最低賃金
対象労働者とその家族労働者
目的人間らしい生活を送れるようにすること最低限の生活保障
算出方法生活に必要な費用を考慮労働者の生計費、賃金、通常の事業の賃金支払能力
法的拘束力なしあり

生活賃金が注目される背景

 多くの国で最低賃金制度が実現されているが、その賃金水準が労働者とその家族が人間らしい生活を送るために必要な生活費をカバーできていない可能性がある。そのため、最低賃金だけではなく生活賃金という概念を導入することが重要だと考えられている。

 世界の人口の約半分の約35億人が労働者であり、そのうち約40%が正規雇用だが、6億6,400万人の労働者がワーキングプアである。1日2.15米ドル未満で生活する最貧困層の労働者数は2023年に約100万人増加、1日3.65米ドル未満で生活する中程度の貧困層の労働者数は840万人増加した。

【参考】【国際】ILO、2024年雇用見通し「悪化」予測。インフレによる生活水準の低下も継続(2024年1月12日)

 世界の実質賃金は、2006年から2022年まで上昇傾向にあり、特に開発途上国で急速に上昇してきた。しかし、2022年からの世界的なインフレにより、実質賃金は減少に転じている。

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(出所)ILO「Global Wage Report 2022–23

 高所得国では、労働生産性が向上しても実質賃金が上昇しない傾向が続いている。1999年以降、労働生産性は年間1.2%、実質賃金は年間0.6%成長しており、年々2つの指標の格差が拡大。新型コロナウイルス・パンデミックにより労働生産性が低下したにも関わらず、格差は拡大し続けている。

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(出所)ILO「Global Wage Report 2022–23

生活賃金の現状と課題

 生活賃金の導入は、すでに国際レベルや各国レベルで生活賃金に関するイニシアチブが立ち上がり、取り組みが進められている。英国では、労組や宗教団体、非営利組織などが結成した非営利団体Living Wage Foundationや政府の取り組みにより、地域別の生活賃金が算定され、賃金が上昇してきた。

 持続可能な貿易イニシアティブ(IDH)や世界大手企業のサプライチェーン・インクルージョン・イニシアチブ「Business for Inclusive Growth(B4IG)」でも生活賃金に関する取り組みが呼びかけられ、2023年7月には国連グローバル・コンパクト(UNGC)が、国連持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向け、企業に9つの具体的ゴールを掲げたイニシアチブ「Forward Faster」を発足した。

【参考】【国際】WBCSD、B4IGとEquity Action Imperativeを統合、新イニシアチブ設立。格差是正 (2024年1月14日)
【参考】【国際】国連グローバル・コンパクト、「Forward Faster」開始。9つの具体目標。企業賛同受付開始(2023年7月27日)

 生活賃金に関する取り組みが進められているが、課題は多い。ビジネスの国連持続可能な開発目標(SDGs)推進国際NGOのWorld Benchmarking Alliance(WBA)は2024年7月、世界大手2,000社を対象とした社会観点でのランキング「ソーシャル・ベンチマーク」を初めて公表した。

【参考】【国際】WBA、社会観点企業評価のソーシャル・ベンチマーク2024発表。日本企業も大半が10点未満(2024年7月3日)

 ソーシャル・ベンチマークの結果では、調査対象2,000社のうち、労働者に生活賃金の水準の給与を支払っている企業は4%しかなく、目標として掲げているのは1%未満。60%以上が賃金情報を開示しているが、法的に定められている最低賃金に関連した情報であり、ほとんどの国では生活賃金を大幅に下回っている。
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(出所)WBA「ソーシャル・ベンチマーク」

 また、ILOは通常の1週間の労働時間を48時間以内、残業時間を含めて60時間以内と定義している。今回の調査では、企業の40%以上がILOの基準を超えないよう宣言しているにも関わらず、2つの最低基準を満たした企業は3%しかなかった。

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(出所)WBA「ソーシャル・ベンチマーク」

 生活賃金と労働時間はソーシャル・ベンチマークスコアで最も低いスコア。ILOが労働時間に関するガイダンスを国、企業に提示しているにも関わらずパフォーマンスが低いと酷評。企業に対して、生活賃金の支払いと過度な労働時間の防止に取り組むことを求めた。

 生活賃金への取り組みが進まない課題として、国内事情や低い生産性等の低賃金の根本原因への対策不足、各国の賃金関連法との関連の軽視、生活賃金の算定方法の乱立等がある。そこで、UNGC、IDH、WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)等は2024年2月、ILOに対し、生活賃金の国際規範を強化するよう要請する共同声明を発表した。

 同声明では、ILOに対して「人権基準に沿った生活賃金の標準的な定義の策定」「生活賃金を推定するために使用できる、科学的根拠に基づく透明性のある生活賃金を推定するための方法論の合意された基準の開発」「企業向けの生活賃金実行ロードマップに関するガイダンスの策定」の3つを求めた。

【参考】【国際】UNGC等、ILOに生活賃金ルールで主導的役割要請。2月19日からILO生活賃金専門家会合開催(2024年2月19日)

 これを受けて、ILO理事会は2024年3月、2月19日から23日まで開催されたILO賃金政策専門家会合で合意された生活賃金に関する合意を支持する決議を採択。生活賃金の定義、ILOの生活賃金推計原則、生活賃金に関する賃金設定プロセスの概要を定義した。

 ILOの生活賃金推計原則や賃金設定プロセスでは、企業に対して、まず、国・地域ごとの状況を考慮した上で、労働者・使用者団体との協議等の社会的対話を通し、データに基づく生活賃金の水準決定を求めている。また、賃金設定のプロセスや証拠となるデータを公開、透明性を確保した上で賃金設定を行い、最低賃金から生活賃金への段階的進歩の促進を行うべきとした。

 加えて自社だけではなく、サプライチェーン全体で生活賃金が支払われるように、取引先企業と協力しサプライチェーンにおける労働者の権利の尊重と、労働条件の改善に努めることを求めた。

【参考】【国際】ILO理事会、生活賃金設定に関する考え方承認。議論が大きく前進(2024年3月24日)

日本の状況と企業に求められること


 経済協力開発機構(OECD)は7月9日、世界の労働市場の見通しを分析した報告書の2024年版を発表した。同報告書によれば、日本の実質賃金は2024年4月時点で25ヶ月連続で下落し、2022年4月以降の消費者物価総合指数の上昇率は2%を超える水準に達している。企業が最低賃金の条件を満たした給与を支払っていても、労働者の生活が改善されず不安定な状態になる可能性がある。

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(出所)OECD「OECD Employment Outlook 2024 – Country Notes: Japan」

 また、日本労働組合総連合会の連合リビングウェイジが2021年12月に公開したデータでは、全都道府県別で必要な生活賃金に対し最低賃金は不足しており、日本の労働者に対しても今後向き合う必要がある。

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(出所)日本労働組合総連合会「2021連合リビングウェイジ報告書」

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鈴木靖幸

株式会社ニューラル サステナビリティ研究所

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