【インタビュー】味の素グループは、なぜサステナビリティボンドで資金を調達したのか? 2021/12/25事例を見る

【インタビュー】味の素グループは、なぜサステナビリティボンドで資金を調達したのか? 1

 12月7日、栄養分野の重要な国際会議「東京栄養サミット2021」が日本政府の主催で開催された。栄養サミット(Nutrition for Growth Summit)は、2013年にロンドンで第1回会議、2017年にマニラで第2回会議が行われ、今回が第3回目の開催。日本政府は2013年時の発足にも尽力し、満を持しての東京開催となった。

 初日の会合には、日本政府から岸田文雄首相、アントニオ・グテーレス国連事務総長、デイビッド・パルパス世界銀行総裁、テドロス・アダノム世界保健機関(WHO)事務局長、チュー・ドンユィ国連食糧農業機関(FAO)事務局長、そして各国の大統領、首相、大臣がスピーチを行う中、唯一食品企業を代表して登壇したのが味の素グループの西井孝明社長だった。

 味の素グループは11月4日、今回の東京栄養サミットに向け、栄養改善の具体的な目標となる「栄養コミットメント」を発表している。同社は、2020-2025中期経営計画の中で、2030年の具体的なアウトカム目標として「10億人の健康寿命の延伸」を掲げているが、今回さらにその実現に向けた道筋となる詳細目標を4つの方面から宣言していた。

  1. 生活者との豊富な接点を活かし、うま味によるおいしい減塩の実践を支援
    • 7億人の生活者との接点を活かして、うま味による減塩の認知を高め、より多くの人びとがおいしさを損なうことなく減塩を実践できるように支援します。
  2. 健康に役立つ製品の提供により、生活者の健康増進に貢献
    • 味の素グループ栄養プロファイリングシステム(ANPS)を製品開発に活用します。そして、おいしさを大切にしつつ、栄養価値を高めた製品の割合を2030年度までに60%に増やします。
    • 栄養価値を高めた製品のうち、「おいしい減塩」「たんぱく質摂取」に役立つ製品を、2030年度までに年間4億人に提供します。
    • アミノ酸の生理機能・栄養機能を活用し、2030年度までに、健康に貢献する製品の利用機会を2020年度と比べて2倍に増やします。
  3. 健康や栄養改善に役立つ情報の提供により、生活者の意識・行動変容を支援
    • 健康と栄養改善に役立つ情報や実践しやすく食習慣の改善につながるメニュー・レシピを提供し、おいしく栄養バランスの良い食事の実践と健康的な生活を支援します。
  4. 従業員の栄養リテラシー向上
    • 職場での健康的な食事の提供、栄養教育、健康診断、産育休制度を推進し、全従業員の健康維持・増進を図ります。
    • 2025年度までに、従業員向けの栄養教育をのべ10万人に対し実施します。

 今回の東京栄養サミットは、「コミットメント会議」言われるほど、各ステークホルダーからのコミットメントが重視されていた。食品関連企業でもすでに26社が具体的なコミットメントを公式登録しているが、開催国となった日本の企業からのコミットメント登録は、味の素グループだけだった。西井社長は、スピーチの中で、「妥協なき栄養」という同社の栄養へのアプローチを強調するとともに、「10億人の健康寿命の延伸」を広く世界に発信していた。

 それに先駆け味の素グループは10月21日、同社として初となるサステナビリティボンドを100億円発行している。同社の社債発行は実に4年7ヶ月ぶり。グリーンボンドやソーシャルボンドなどを含めたESG債(サステナブルボンド)としても今回が初となった。発行条件では、年限は7年。信用格付はS&PでA+。利率は0.130%という好条件だった。

 サステナビリティボンドは、環境プロジェクトを資金使途に限定する「グリーンボンド」と、同じく社会プロジェクトに限定する「ソーシャルボンド」の双方の特性を持ち、社会と環境の双方を資金使途として設定している。そこでも、味の素(株)は、社会では「健康・栄養」をテーマに据え、環境分野の「気候変動」と並ぶ重要性を掲げていた。

 味の素グループのサステナビリティボンド発行の背景には、どんな議論があったのか。同社のグローバル財務部の小林佳世・財務戦略グループ長、味の素フィナンシャル・ソリューションズ㈱財務部の米岡義剛氏、サステナビリティ推進部の中村恵治・環境グループシニアマネージャー、グローバルコミュニケーション部の矢崎久美子・レポーティンググループ長に話を伺った。

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(左) 矢崎久美子氏
(中左)中村恵治氏
(中右)小林佳世氏
(右) 米岡義剛氏

今回の資金使途はなんでしょうか?

小林氏

 今回のサステナビリティボンドの発行に当たり、当社では、「サステナビリティボンド・フレームワーク」を策定しました。その中で説明しているのですが、資金使途としては、「食の健康と課題解決への貢献」がソーシャルテーマ、「気候変動への適応とその緩和」がグリーンテーマとなっています。

 より具体的には、「食の健康と課題解決への貢献」では、アイルランドのニュアルトラ社の株式取得資金となります。ニュアルトラ社は、食事に制限のある方を主な対象とした高エネルギー・高たんぱく医療食品の一種であるオーラルニュートリションサプリメントを開発し、英国とアイルランドで販売。今後、当社の食品・アミノサイエンス事業で培った「おいしさ設計技術」などを、ニュアルトラ社のサプリメントに適用していくことで、味やバラエティの改善を目指し、これにより消費者のQOL向上につなげていきます。

 「気候変動への適応とその緩和」は、2つあります。まず、当社のタイ法人であるタイ味の素社にカンペンペット工場でのバイオマスコジェネレーション設備を導入すること。そして世界で初めてオンサイトでのアンモニア自製化技術の実現を目指すつばめBHB社を、東京工業大学の細野秀雄教授らとともに共同設立するための出資金です。

 バイオマスコジェネレーションは、すでにタイでも導入実績がありますが、当社ではアジアでの事業も大きく、今後アジアでの温室効果ガス削減は重要なテーマです。今回のバイオマスコジェネレーションでは、燃料を籾殻とすることで、燃料のサステナビリティにも考慮しています。タイでのアクションを象徴的な事例として扱い、アジアの他の地域にも同様の施策を広げていきたいと考えています。

 一方、つばめBHB社は、再生可能エネルギー電力を活用し、水電解して生成した水素を基にアンモニアをオンサイトで製造する計画を進めています。実現すれば、アンモニアの輸送からの温室効果ガスを削減できるとともに、ゼロエミッション型のエネルギー源としても利用することができます。

日本でも企業が気候変動対策を強化する動きが顕著になってきましたが、その中で味の素グループに関しては、「10億人の健康寿命の延伸」という社会分野で、かなり具体的な定量目標を定めたことに注目しています。どのように設定したのですか?

中村氏

 当社グループの各国での売上データと、どの方が繰り返し当社の製品を購入していただいているかというデータを掛け合わせると、当社グループの製品を日常的に買っていただいている方が、現在世界でおおよそ7億人いることがわかっています。それを基準に2030年までに10億人にまで増やすことを目標として掲げた形です。

それにしてもかなり具体的な目標値ですよね。これを立てようと思った背景は?

中村氏

 当社では、2017年度から2019年度までの中期経営計画の中で、「当社グループ調味料による肉・野菜の摂取量」を2020年度目標の一つとして発表しました。しかし、株主から、この目標の当社への財務インパクトがわかりづらいという指摘があり、よりフィットする目標KPIが必要だという議論になりました。

 その中で、健康がもたらす具体的な指標に「障害調整生存年数(DALYs)」というものがあることを知り、インパクトの解像度を上げる方向性がみえてきました。

 その後、経営陣で、金銭価値がよいのか、相応しい社会的インパクト指標がいいのか等、かなり協議を重ねた結果、最終的に「10億人の健康寿命の延伸」となりました。

味の素グループは気候変動でも早くから目標を掲げてきましたよね?

中村氏

 当社では創業理念でもある「健康づくり」が当社の強みやイノベーションの源泉だと考えています。一方で、商品を作るためにたくさんの農作物原材料も活用していますので、世界の食料システムそのものが健全でなければ、事業が継続できないと考えています。そのため、気候変動の緩和・適応もあわせて目標として設定しています。

2021年は、国連食料システムサミット(UNFSS)があり、COP26でも食料や農業は大きな議題となりました。食品業界を取り巻く環境はどのような状況ですか?

中村氏

 食品業界は、概ね、スコープ3の排出量が全体の4分の3を占める業界です。当社の目標でも、スコープ1とスコープ2は2030年度までに2018年度比で、50%削減の目標値ですが、スコープ3では、SBTi(科学的根拠に基づく削減目標イニシアチブ)の基準に従い2018年度比で24%削減としています。

 しかし決して簡単ではありません。例えば、当社グループの主力商品の「味の素」では、原材料のタピオカスターチ(キャッサバでんぷん)やさとうきびの生産で、肥料を1%減らすだけでも大変です。サプライヤーとの関係構築が非常に多くのカギを握ると考えています。

今回は味の素グループとして4年7ヶ月ぶりの起債となりましたよね。

小林氏

 通常の当社の社債発行サイクルでいうと、実際には次の起債は数年先の予定でした。ですので、今までとは大きく違うスタイルとなりました。

 背景には、全社でサステナビリティに関するアクションを強化する中、ファイナンスとしてもなにかできないかという思いがありました。特に、2020年度から2022年度の今の中期経営計画の中で、実現したいと考えていましたので、明確に当社としての方針や目標を公言できるタイミングを模索したところ、結果的に今回のタイミングとなりました*。

[編者注:2021年の「CDP気候変動」でも味の素グループはAリストに入っている]

非常に変化の激しい食品業界。今後もサステナビリティボンドのような形での起債は続いていきますか?

小林氏

 当社が掲げている2030年のアウトカム目標を達成していくためには、従来とは違う形での投資が必要になってくると思っています。そのような投資への資金調達では、サステナブルファイナンスを積極的に活用していきたいと考えています。

聞き手:夫馬 賢治(株式会社ニューラル CEO)

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