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【金融】世界のESG投資額はなぜ把握できなくなったか。GSIR 2024が示す統計の断絶

【金融】世界のESG投資額はなぜ把握できなくなったか。GSIR 2024が示す統計の断絶 1

 世界のESG投資額は、現在いくらなのか。この問いに、単一の数字で答えることは難しくなっている。世界のESG投資額の統計を集計している国際団体のGSIA(Global Sustainable Investment Alliance)は、2023年公表のESG投資の統計報告書「Global Sustainable Investment Review(GSIR)2022」で、世界のサステナブル投資運用資産額を30.3兆米ドルと集計した。しかし、2025年11月公表の最新版「GSIR 2024」では、同じ意味での世界総額を示さなかった。地域毎の定義、規制、調査方法及びデータ提供状況の差が拡大し、世界のサステナブル投資ユニバースを集計するための十分なデータを確保できなくなったためだ。

【参考】【金融】世界のESG投資統計「GSIR 2022」ESG投資比率25%。定義変更で時系列比較不可能に(2023年12月2日)

 GSIR 2024は代わりに、モーニングスターのファンド開示データを用い、責任投資またはサステナブル投資のアプローチを開示するファンド資産を16兆7,540億米ドルと算出した。但し、これは世界のESG投資総額ではない。欧州、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、日本に籍を置くファンドのうち、目論見書等の規制上の提出書類で、該当する投資アプローチを明示した資産に限られる。年金基金等のアセットオーナーが直接運用する資産や、運用会社の個別運用口座等は含まれていない。

 したがって、GSIR 2022の30.3兆米ドルとGSIR 2024の16兆7,540億米ドルを比較し、「世界のESG投資額が減少した」と判断することはできない。今回重要なのは、金額そのものよりも、従来の世界総額を算出する統計基盤が維持できなくなったという事実である。本稿では、GSIR 2024を基に、サステナブル投資統計がなぜ把握しづらくなったのか、16兆7,540億米ドルが何を示し、何を示していないのかを解説する。

GSIR 2024で「世界総額」が消えた

 GSIR 2022の30.3兆米ドルは、米国、日本、カナダ、オーストラリア及びニュージーランドの地域団体による調査と、欧州の業界統計を統合した数字だった。但し、2022年版の資産額は、日本を除き2021年12月末時点で、日本は2022年3月末時点。地域毎に調査方法も異なり、GSIAは当時から、利用可能な地域データをベストエフォートで統合したものと説明していた。

 GSIR 2024では、この方法による世界総額の算出を断念した。背景には、米国と欧州から従来と同じ運用資産額データを得られなくなったことに加え、市場や規制の急速な変化によって、サステナブル投資の定義と調査方法の乖離が広がったことがある。特に、GSIR 2022のサステナブル投資資産の74%を占めていた米国と欧州から、従来と同じ調査データを得られなかった影響が大きい。

 そこでGSIAは、地域団体の調査を補う共通データとして、モーニングスターが保有するファンドの規制開示情報を採用。これにより各地域を同じ方法で比較できるようになった一方、対象資産と測定対象は大幅に変わることとなった。

調査対象は124兆米ドルから約62兆米ドルへ

 最も大きな変化は、調査対象となる資産の範囲だ。GSIR 2022の調査対象は約124兆米ドルで、世界の投資可能市場の約58%をカバーしていた。運用会社が運営するファンドだけでなく、機関投資家向けの個別運用口座、年金基金、保険会社等のアセットオーナーが直接運用する資産も含まれていた。

 一方、GSIR 2024で用いたモーニングスターの対象ファンド市場は61兆6,770億米ドルで、投資可能市場の約30%。オープンエンド型ファンド、上場投資信託(ETF)、マネー・マーケット・ファンド、ファンド・オブ・ファンズ、フィーダー・ファンド等の集合投資ファンドが中心となる。アセットオーナーの直接運用資産と運用会社の個別運用口座が除外されたことで、調査範囲は50%以上縮小した。

 これは集計額が小さくなっただけではない。年金基金、保険会社等の大規模な長期投資家が、実際にどのような責任投資を行っているかを、共通データでは十分に捉えられなくなったことを意味する。

運用実務から規制上の開示の測定へ

 何をもって責任投資・サステナブル投資を実施していると判断するかも変わった。従来のGSIRは、地域団体が運用会社やアセットオーナーに調査票を送り、どの資産で、どの投資アプローチを採用しているかを回答してもらう方式だった。自己申告ではあるものの、投資家が実践していると回答した運用手法を集計していた。

 モーニングスターの集計は、ファンドの目論見書等の規制上の提出書類に、責任投資・サステナブル投資アプローチの採用が明示されているかを確認する。実際の投資判断でESG要素を考慮していても、書類に記載がなければ集計されない。一方、開示されている手法が、ポートフォリオ全体でどの程度深く実装されているかを測る統計でもない。

 つまり、従来は主に「投資家が何を実践していると回答したか」を測っていたのに対し、今回は「ファンドが規制書類で何を開示しているか」を測っている。GSIR 2024は両者を併載したことで、運用実務と開示データが一致しない問題を可視化した。

地域毎の開示制度が数字を左右

【金融】世界のESG投資額はなぜ把握できなくなったか。GSIR 2024が示す統計の断絶 2 (出所)GSIA「Global Sustainable Investment Review 2024 – Data Annex」の図表4「FIGURE 4 Percentage of assets disclosing use of R&SI Approaches by Region, 2018-2024 (USD Billion)」をもとにニューラル加工

 共通手法を採用しても、各地域の開示規制が異なれば、数字は単純比較できない。欧州ではEUサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)等を背景に、ファンド単位のサステナビリティ情報開示が進展。2024年には、欧州の対象ファンド資産17兆6,890億米ドルのうち、責任投資・サステナブル投資アプローチを開示する資産が14兆3,450億米ドルとなり、地域内の81%を占めた。

 一方、米国では対象ファンド市場約40兆5,000億米ドルのうち1兆6,020億米ドルで4%。日本では約1兆4,700億米ドルのうち220億米ドルで1.5%だった。GSIAは、米国と日本の低い比率が、欧州より包括的なファンド開示規制を欠くことを反映しており、両国の投資家がESG要素を大幅に考慮していないことを必ずしも意味しないと注意を促している。

 同じモーニングスターの方法を用いれば集計方法は統一できる。しかし、開示義務が統一されていなければ、結果は投資実務だけでなく、地域毎の規制制度や開示慣行の差を強く反映する。

16兆7,540億米ドルは何を示しているのか

 モーニングスターの共通手法では、一つ以上の責任投資・サステナブル投資アプローチを開示したファンド資産は、2024年末時点で16兆7,540億米ドル。対象ファンド市場61兆6,770億米ドルの27%に相当する。同じ方法で遡及集計した2022年は11兆2,740億米ドル、24%であり、2年間で5兆4,800億米ドル、49%増加した。

 但し、これは責任投資の実践や実体経済へのインパクトが49%拡大したことを意味しない。開示義務の導入・拡充、既存ファンドによる記載の追加、新商品の設定、運用資産価格の上昇等も金額を押し上げる。16兆7,540億米ドルは、対象地域のファンド市場で、責任投資・サステナブル投資アプローチの採用を規制書類上で確認できた資産額であり、脱炭素等への新規資金供給額ではない。

 地域別では、欧州が14兆3,450億米ドルで、16兆7,540億米ドルの86%を占める。米国は1兆6,020億米ドルで10%、カナダは4,200億米ドルで3%、オーストラリア及びニュージーランドは3,660億米ドルで2%、日本は220億米ドルで約0.1%だった。

 ここでは二つの比率を区別する必要がある。欧州の81%、米国の4%、カナダの31%、オーストラリア及びニュージーランドの57%、日本の1.5%は、各地域のファンド市場に占めるR&SI開示資産の割合である。一方、86%、10%、3%、2%、約0.1%は、5地域のR&SI開示資産16兆7,540億米ドルに占める地域別構成比となる。

日本で表れた「運用実態と開示の分断」

 調査方法による差が最も顕著に表れたのが日本だ。JSIFの2024年調査では、調査対象となった運用資産8兆6,000億米ドルのうち、少なくとも一つの責任投資・サステナブル投資アプローチを採用すると回答した資産は5兆4,610億米ドルで、64%だった。

 一方、モーニングスターが日本籍ファンドの規制書類を確認した結果では、対象資産約1兆4,700億米ドルのうち、アプローチを開示した資産は220億米ドル、1.5%に留まった。両者のR&SI資産額には約250倍の差がある。

 JSIF調査とモーニングスターでは対象資産が異なる上、日本ではファンド目論見書等で投資アプローチを詳細に開示する制度が欧州ほど包括的ではない。GSIAはこの状況を「開示と実務の分断(disclosure vs practice disconnect)」と表現した。日本の1.5%という数字だけを見て、国内の責任投資が極めて限定的と判断することはできない。

「ESG投資」が指す対象自体が一つではない

 統計を分かりにくくするもう一つの要因は、「ESG投資」が異なる目的と手法を包含していることだ。GSIA、国連責任投資原則(PRI)、CFA協会は、責任投資のアプローチを、スクリーニング、ESGインテグレーション、テーマ投資、スチュワードシップ、インパクト投資の5つに整理。GSIRではスクリーニングを3種類に分け、以下の7区分で集計している。

1. ネガティブスクリーニング(Negative/exclusionary screening)  特定の業種、企業、国、発行体、製品または事業活動等を投資対象から除外する手法。武器、たばこ等の製品だけでなく、人権侵害、腐敗、重大な環境問題等の企業行動や不祥事を除外基準とする場合もある。

2. ポジティブスクリーニング(Positive/best-in-class screening)  同業他社と比較して、ESGパフォーマンスや評価が一定水準以上の企業、発行体またはプロジェクトを選定する手法。「ベスト・イン・クラス」とも呼ばれる。

3. 規範に基づくスクリーニング(Norms-based screening)  国連、国際労働機関(ILO)、経済協力開発機構(OECD)等が定める国際規範に照らし、最低限の基準を満たさない企業や発行体を除外する手法。

4. ESGインテグレーション型(ESG integration)  投資分析及び意思決定プロセスにESG要素を継続的かつ体系的に組み込み、リスク調整後リターンの改善を目指す手法。

5. サステナビリティテーマ投資型(Thematic investing)  クリーンエネルギー、気候変動対策、水、サーキュラーエコノミー、持続可能な農業等、特定の長期的な構造変化やテーマへの投資機会を獲得する手法。

6. インパクト投資型(Impact Investing)  財務的リターンとともに、意図した測定可能なポジティブな環境・社会インパクトを生み出すことを目的とする投資。

7. エンゲージメント・スチュワードシップ型(Corporate Engagement & Stewardship)  議決権行使、企業との対話、株主提案、協働エンゲージメント等、投資家としての権利と影響力を用い、顧客及び受益者の長期的価値を保護・向上させる手法。

 GSIRシリーズでは従来、企業との対話、議決権行使、株主提案等を「エンゲージメント・議決権行使型(Corporate engagement and shareholder action)」と表現してきた。GSIR 2022で示されたGSIA、PRI、CFA協会の統一定義では、これらを包含する上位概念として「Stewardship」を採用。GSIR 2024でも同じ定義を維持し、スチュワードシップを「Corporate Engagement and shareholder action」と説明している。今回のモーニングスター集計では「Corporate Engagement & Stewardship」という名称を使用した。したがって、エンゲージメント・議決権行使型とスチュワードシップ型は、別々の手法として扱うものではない。

手法別金額は合計できない

【金融】世界のESG投資額はなぜ把握できなくなったか。GSIR 2024が示す統計の断絶 3 (出所)GSIA「Global Sustainable Investment Review 2024 – Data Annex」の図表5「FIGURE 5 Responsible & Sustainable Investment Approaches, 2018 – 2024 (USD Billions)」

 2024年の手法別開示資産額では、企業エンゲージメント・スチュワードシップが14兆8,320億米ドルで、R&SIアプローチを一つ以上開示する資産の89%と最大だった。ESGインテグレーションは13兆9,100億米ドルで83%、ネガティブスクリーニングは12兆3,980億米ドルで74%、規範に基づくスクリーニングは10兆5,250億米ドルで63%、ポジティブスクリーニングは3兆1,430億米ドルで19%、テーマ投資は2,850億米ドルで2%、インパクト・コミュニティ投資は1,220億米ドルで1%だった。

 但し、一つのファンドは複数の手法を併用できる。例えば、特定業種を除外し、残った企業をESG分析し、保有後にエンゲージメントを行うファンドは、ネガティブスクリーニング、ESGインテグレーション、スチュワードシップの全てに計上される。そのため、手法別金額を合計しても市場全体の規模にはならない。16兆7,540億米ドルは、複数手法の重複を除いた資産額である。

 また、ESGインテグレーションは投資リスク・リターン分析の手法であり、必ずしも環境・社会上の成果を直接目的としない。スチュワードシップも、顧客・受益者の長期的価値を守る活動を含む。これらと、測定可能な環境・社会インパクトを意図するインパクト投資を、同じ「ESG投資額」として扱う場合には、投資目的の違いに注意する必要がある。

GSIR 2024をどう読むべきか

 現在のESG投資統計は、少なくとも、責任投資アプローチを実際に採用する運用資産、アプローチを規制書類で開示するファンド資産、サステナビリティ上の成果を投資目的とする商品、投資によって実体経済に生じた環境・社会上の成果を区別して読む必要がある。GSIR 2024の16兆7,540億米ドルが主に測っているのは、二つ目の規制開示を行うファンド資産である。

 企業にとっても、「ESG投資市場が16.8兆米ドルある」という数字だけでは、投資家の期待を判断できない。投資家がESG要素をリスク・リターン分析に用いているのか、議決権行使やエンゲージメントを重視しているのか、具体的な環境・社会成果を求めているのかによって、企業に問われる情報とアクションは異なる。

 今後、世界のサステナブル投資市場を再び把握するには、地域毎のファンド開示制度を整合させるだけでなく、年金基金、保険会社、政府系ファンド等の直接運用資産と、運用会社の個別運用口座を含む市場全体の実務を捉える仕組みが必要となる。さらに、投資アプローチの採用額、商品の投資目的、運用成果、実体経済へのインパクトを分けて測定しなければならない。GSIA自身も、今後の報告でデータ範囲を拡張するための協力を求めている。

 GSIR 2024は、世界のESG投資額が30.3兆米ドルから16兆7,540億米ドルへ減少したことを示す報告書ではない。責任投資が一部の専門的な投資実務から、金融市場全体で考慮される要素へ移行する一方、地域毎の規制、定義、対象資産及び測定方法が分かれ、従来の「世界のESG投資総額」という指標を維持できなくなったことを示している。何をESG投資として数えているのかを確認しなければ、数字を解釈できない時代に入ったと言える。

【参照ページ】Global Sustainable Investment Review 2024 – Main Report 【参照ページ】Global Sustainable Investment Review 2024 – Data Annex 【参照ページ】Global Sustainable Investment Review 2022 【参照ページ】Definitions for Responsible Investment Approaches

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菊池尚人

チーフコンサルタント 兼 事業開発室長

2016年新卒から10年コンサルティング業界に従事。2019年より現職。 大手企業・金融機関向けESG戦略・投資アドバイザリーのリードに加え、 サステナビリティ経営に関する研修講師、Sustainable Japan編集も務める。

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