
オランダ・ユトレヒト大学の研究チームは8月13日、大西洋南北熱塩循環(AMOC)の崩壊リスクについて、従来重視されてきた世界平均気温の上昇幅だけでなく、気温上昇が進む速度が重要との研究結果を発表した。学術誌Nature Climate Changeに掲載された。
【参考】【国際】パリ協定目標達成でも4~5度上昇の「ホットハウス・アース」リスク。欧米研究者論文(2018年8月11日)
AMOCは、気候システムのティッピング要素の一つとされる。AMOCが崩壊する世界平均気温の上昇幅は、従来4℃程度、不確実性を考慮すると1.4℃から8℃と推定されてきた。しかし研究チームは、AMOCの安定性は特定の気温ではなく、放射強制力が変化する速度にも左右されるため、単一の気温上昇幅を閾値として扱うことには限界があるとした。
研究では、全球気候モデル「Community Earth System Model(CESM)」を用い、産業革命前の大気中二酸化炭素濃度284.7ppmから、年間0.5ppm、2.5ppm、5.0ppmの3つの速度で二酸化炭素濃度を上昇させるシミュレーションを実施。参考として、米マウナロア観測所での2015年から2025年の二酸化炭素濃度上昇速度は年平均2.6ppmだった。
その結果、二酸化炭素濃度を年間2.5ppmと5.0ppmで増加させた場合、AMOCはそれぞれ世界平均気温が2.02℃、1.99℃上昇した段階で崩壊を開始。一方、年間0.5ppmの緩やかな増加では、世界平均気温が5.5℃上昇してもAMOCは安定した状態を維持した。緩やかなシナリオでの気温上昇速度は10年間当たり平均0.03℃で、現在観測されている気温上昇速度や将来予測される気温上昇速度の約10分の1だった。
研究チームは、この違いについて、気温上昇によるAMOCの弱体化が年から数十年の時間尺度で生じる一方、AMOCを安定化させる海洋側の調整には数百年を要するためと分析した。気温上昇が十分に緩やかな場合には、北大西洋の海面付近と海洋内部の水温や密度が相互に調整する時間を確保できる。また、蒸発量の増加や、海氷面積の縮小に伴う融解水の流入減少等により大西洋が高塩分化し、AMOCを不安定化させる作用を抑制することも確認された。
一方、急速な気温上昇では、海面付近の海水が大西洋内部より速く軽くなり、深層への海水循環経路が閉じる。AMOCが弱まると、北大西洋上層に淡水が蓄積し、塩分移流フィードバックが強まることで、さらにAMOCの弱体化が進み、崩壊につながるとした。研究チームは、このように気温上昇速度が一定水準を超えることで発生する現象を、気温上昇の絶対水準によるティッピングとは異なる「速度誘起型」のAMOCティッピングと位置付けた。
既存のRCPシナリオを用いた分析でも、AMOCはRCP2.6では回復した一方、RCP4.5とRCP8.5では崩壊。崩壊開始時の世界平均気温上昇幅は、それぞれ2.19℃と2.78℃だった。研究チームは、二酸化炭素だけでなくメタンやエアロゾル等を含む放射強制力の経路もAMOCの挙動に影響するとした。
研究チームは、AMOC崩壊リスクの評価では、従来の「何℃まで上昇すれば崩壊するか」という気温上昇幅の閾値を、気温上昇速度の閾値で補完する必要性を指摘。CMIP6モデルの指標では、将来予測される気温上昇速度の下でAMOCは約2.5℃の気温上昇で崩壊を始める可能性があり、この水準には2060年頃に到達し得るとした。
仮にAMOCが2060年に2.5℃の気温上昇で崩壊を始める場合、気温上昇速度の閾値は10年間当たり約0.29℃となり、予測されている10年間当たり0.27℃から0.36℃の気温上昇速度とも整合。研究チームは、AMOC崩壊リスクを抑えるため、温室効果ガス排出量を可能な限り速やかに削減し、気温上昇速度を抑えることが極めて重要と結論付けた。
【参照ページ】Failure to track a stable AMOC state under rapid climate change
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