【人権】グローバルで高まる人権デューデリジェンス義務化の動きと背景~差し迫る日本企業への対応要請~ 2019/12/23 体系的に学ぶ

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 ESGの気運が高まる昨今、「人権」は極めて重要な論点の一つとなってきている。日本では「人権」というと仰々しく、馴染みが薄いように感じる場合も少なくない。当然有する「所与のもの」として捉えられがちだ。しかし、実は昨今日本でも賛否両論の働き方改革も「労働者の人権」に関するテーマである等、現代の我々にも依然、関わりの深いテーマだと言える。

 ESG投資方針を掲げる機関投資家の増加に伴い、人権問題は事業会社にとって、従来型のレピュテーションリスクだけでなく、ダイベストメント等の財務上のリスクにもなった。そうした中、適切なリスク管理のため、人権デューデリジェンスは喫緊の課題として注目を集めている。

国連でも足並みの揃わなかった人権問題

 1776年アメリカ独立宣言や1789年フランス人権宣言、1948年の世界人権宣言と、人権は度重なる努力の末に獲得された。一方、人権は、政府や国際機関が取り扱うべき問題として、ビジネスの文脈で議論することは忌避される向きもあった。そのため1990年代に、規制の緩い発展途上国において、主に先進国を出自とする多国籍企業による人権侵害が横行していた際も、その対応については、2000年代後半まで国際社会で足並みの揃わない状態が続いていた。

 1960年代以降、先進各国は自国企業のグローバル展開の支援を推し進めてきた。事業展開先の途上国で人権問題や環境が発生しようとも、途上国には取り締まるだけの十分な国内法がない状態だった。また、そうした途上国の国際社会での発言力は弱く、先進国からの政治的プレッシャーにより、抑圧されてきた場合もあるとされる。

 当然、国連としても人権保障は重要なテーマであったものの、1966年に採択された2つの国際人権規約(自由権規約と社会権規約)は、未批准の国には法的拘束力がなく、人権が何者かに侵害された際に、提訴できる国際的な裁判手続きも一部の国を除いて整備されていない。1977年より、政府間ワーキンググループで検討されてきた多国籍企業に関する国連行動基準の草案も、国際社会で合意を得られぬまま、1993年の経済社会理事会の決議を以て事実上廃案となった。

 国家間での解決が困難な中、1990年代後半に立ち上がったのが人権NGO。ナイキの児童労働が糾弾される等、企業と人権NGOの対立構造が明確化された。企業側は、それまで国家に属すると考えられていた人権を、企業に転嫁しているとして激しく反対。より安価なサービス提供を市場が求めるのであれば、資本主義の下に、応えるのは当然だとした。

 依然大きな進展がないまま、人権問題論争は続いたものの、長きにわたる人権擁護キャンペーンや度重なる訴訟を受け、企業側も立場を改めるようになる。サプライヤーで発生した人権問題は自社の責任の範疇ではないと切り離していた企業等の中にも、一部CSRとして人権に取り組む姿勢が見えた。2000年には、当時のコフィー・アナン国連事務総長の提唱により国連グローバル・コンパクト(UNGC)が設立。2003年には国連人権委員会の「人権の促進と保護に関する小委員会」より「人権に関する多国籍企業および他の企業の責任に関する規範」を提出される等、好意的な動きもあった。しかし、それでも多くの先進国は同案に反対し、ついに合意には至らなかった。

時流の変化とジョン・ラギーの功労

 こうして白羽の矢が立ったのが、国連グローバル・コンパクトの設立に尽力したジョン・ラギー氏だった。国連人権委員会は2005年、同氏を特別代表として任命するよう、アナン事務総長に要請。国際的な枠組み形成に向けた同氏の取り組みが始まった。

 国際政治学者であったラギー氏は、法文書を巡る政府間交渉が長期化することを理解していた。事実、同時期に検討されていた「先住民族の権利に関する国際連合宣言」は、採択までに実に26年を費やしている。だからこそ同氏は、国際条約や国際慣習法等の国際基準による取り締まりは避け、既存の法的基準から導き出せることのみに注力し、ビジネスにおける人権の基盤の構築を急いだ。

 当時の企業は、人権尊重に関する責任が組み込まれておらず、明示的な方針を打ち出す必要があった。同氏は繰り返し、途上国各地のビジネスの現場に実際に赴き、幅広いステークホルダーとの対話を実施。これまで政府主導で議論を進めてきた人権問題に、積極的に企業を参与させた。こうして2008年に国連人権理事会に「保護、尊重及び救済の枠組」、通称「ラギーフレームワーク」が提出。全会一致で承認された。

 同枠組みが承認されたことで、同氏は次のステップとして、枠組みを実施するための原則の策定を提唱。国連人権理事会は2011年6月、国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)も全会一致で承認されるに至った。以来UNGPの実行をテーマとし、翌2012年より毎年ジュネーブで国連ビジネスと人権フォーラムが開催されている。

NAP策定と英国現代奴隷法の登場

 国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)は、各国に対し、ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)の策定を求めた。さらに、サプライチェーン上での人権侵害の発生を防止するための推奨事項として、人権デューデリジェンス実施も記載された。

 デューデリジェンスというと、買収時の対象企業チェックが想起されるが、人権デューデリジェンスは、買収時のみならずガバナンス観点から自社内やサプライチェーンに対し、実施されることが多い。各国は、自国法人へのガバナンス強化の促進を、推奨事項として求められるようになった。

 世界に先んじて動き出した英国は2013年、世界初の国別行動計画(NAP)を策定した。同国は、人身取引、強制労働、性的搾取等は、現代における奴隷制度だと問題視。NAPに基づく国家の人権保護義務の履行として、2015年3月には「Modern Slavery Act 2015 (現代奴隷法)」を制定した。

 同法の対象となったのは、英国で事業を展開し、世界で売上高3600万ポンド(約50億)を超える英国内外の企業。事業とサプライチェーンにおける「奴隷と人身取引」に関連する人権デューデリジェンスのプロセスを「奴隷と人身取引声明」の中に記載することが要請された。英国法でありながら、英国内外の企業が対象となったことから、世界的に大きな反応を引き起こした。

英国以外の欧州の反応

 英国の取り組みを受け、各国が国別行動計画(NAP)を策定に取り組むようになる。2013年にオランダ、2014年にフィンランド、デンマーク、スペイン、2015年にリトアニア、スウェーデン、ノルウェー、コロンビア、2016年にスイス、イタリア、米国、ドイツ、2017年にフランス、ポーランド、ベルギー、チリ、チェコ、アイルランド、2018年にルクセンブルグ、スロベニア、2019年にケニアが国別行動計画(NAP)を公表してきた。2019年時点でEU加盟国の半数以上が対応済み。やはり欧州の動き出しの早さが目立った。

 さらに欧州では、国内法で人権デューデリジェンスの実施を義務化する流れも巻き起こっている。ただし、欧州でも各国で進捗状況には差があり、「推奨事項」とは異なり「義務化」には依然高いハードルがあると言える。

フランス

 フランスは2017年に「企業注意義務法」を制定。従業員5,000人以上のフランス企業および従業員10,000人以上の外国企業を対象に、自社の事業活動に伴う人権リスクを特定し、防止するための計画の公表を求めた。同法では、子会社や関連会社による環境破壊や人権侵害についても親会社の責任を問うことが定められた。

 仏NGOのSherpaは2018年、対象企業80社以上の情報開示状況を調査したが、多くの企業が人権に関して非常に簡潔な記述しかしておらず、同法の重要性が反映されていないと指摘。同NGOは2019年2月、フランス大手企業に対し企業注意義務法の遵守に向けたガイダンスを発行した。

オランダ

 オランダは2019年5月、「児童労働デューディリジェンス法」を制定。1年に2回以上同国市場に製品やサービスを提供する全ての企業を対象に、サプライチェーン上における児童労働の問題の特定、防止、評価を義務化する。

 同法は2020年1月1日より施行され、対象企業は同年7月1日までに、全てのサプライチェーンにわたる人権デューデリジェンスの実施を宣言する声明を規制当局に宛てに提出しなければならない。また、児童労働が想定される場合には、防止するための行動計画を作成しなければならない。企業は必要に応じて規制当局と共同で検討することも可能。

ドイツ

 ドイツは2016年に国別行動計画を策定し、2018年以降、一定規模以上の企業の人権デューデリジェンス実施状況を確認するとした。確認事項としては「人権方針」「実際、潜在的な人権侵害の特定のための手続」「潜在的な悪影響を回避するための措置およびこれらの措置の有効性のレビュー」「報告」「苦情処理メカニズム」を挙げている。

 また同国政府は、ドイツ国内で500人以上の従業員を有する企業の50%が2020年までに人権デューデリジェンスの確認事項を導入することを目標として設定。50%を達成できなかった場合には、法規制を検討するとした。

イタリア

 イタリア政府は、国別行動計画に基づき、企業の人権デューデリジェンスを導入を検討するため、既存の法律の見直しを約束。2021年1月に施行が予定される、EUの紛争鉱物(スズ、タンタル、タングステン、金等)輸入業者に対する、 人権デューデリジェンス義務化への支持を表明した。

スイス

 スイスでは2015年、Responsible business initiativeが企業による人権デューデリジェンスの義務化を同国憲法に記載することを求めた。同国政府は、イニシアチブを拒否し、反対提案を採択している。

ベルギー

 ベルギーでは2019年4月、市民社会団体が、 企業の人権デューデリジェンス実施を義務化する法制度の制定を求めたパブリックコメントを提出した。

ルクセンブルク

 ルクセンブルクでは2018年3月、NGO16団体が同国に本社を置く企業を対象とする注意義務の導入を求めたイニシアチブを創設した。同年、同国政府は企業の人権責任を強化するイニシアチブの支援を約束した。

スウェーデン

 スウェーデンでは2018年5月、公共管理局が、人権デューデリジェンスの法的義務化の可能性の検討を推奨するレポートを発表。2019年5月には、ビジネスと人権に関するワーキンググループCONCORDが政府に対し、同法の可能性の調査を求めた。

オーストリア

 オーストリアでは、企業の社会的責任に関するネットワークNeSoVe等、市民社会から人権デューデリジェンスの法的義務化が要請。2018年7月には、アパレルセクターの社会的責任に関する法案のドラフトが提出された。

フィンランド

 フィンランドでは2018年9月、企業や労働組合、市民社会等140団体が人権デューデリジェンスの法的義務化を求めるキャンペーンを実施した。同国政府は2019年6月、人権デューデリジェンスに関する国内法の採択を目標に実施しているとし、EUにおける同法の推進にもコミットするとした。

デンマーク

 デンマークでは2019年1月、同国3政党が高リスク産業の企業における人権デューデリジェンス実施に関する法制度の導入を求める声明を国会に提出した。同声明はノボノルディスクやデンマーク労働総同盟、デンマーク消費者評議会、NGO100団体等に支持されている。

ノルウェー

 ノルウェーでは2019年1月、ノルウェー開発環境フォーラムが人権デューデリジェンス方の必要性を強調したパブリックコメントを議会の司法委員会に提出した。同国政府は2018年8月、倫理情報に関する潜在的な法律を調査する専門委員会を設立。また、司法委員会ではノルウェー現代奴隷法の制定について議論した。

欧州以外の反応

 アメリカ・カリフォルニア州では2010年に、同州内で事業を行う世界売上1億米ドル以上の小売・製造業企業に、サプライチェーン上での強制労働、児童労働、奴隷制度、人身売買を排除する取組みの開示を義務付ける州法が成立。2012年から施行されている。

 オーストラリアでも2018年に現代奴隷法が成立。2019年1月1日から施行さており、年間売上1億豪ドル(約84億円)以上のオーストラリア法人と、年間売上1億豪ドル以上の海外法人が有するオーストラリア現地法人に対し、毎年政府に現代奴隷ステートメントを提出することを義務付けている。

機関投資家の受託者責任と人権

 法規制の強化に伴い、フィデューシャリー・デューティ(受託者責任)の観点から、金融機関も人権に対する積極的な取り組み姿勢を見せている。契機となったのは、前述のラギー氏が奔走していた2006年。アナン国連事務総長は、機関投資家を中心とした投資コミュニティに対し、イニシアチブを提唱。投資意思決定プロセスにESG観点(環境、社会、コーポレートガバナンス)を組み込むべきだとする国連責任投資原則(PRI)が発足した。

 人権については、ESGのうち、S(社会)やガバナンス(G)に相当する。サプライチェーンの複雑性が高い食品業界や、国家の利権が絡み政治との結びつきが強くなる資源採掘業界では、特に人権問題が起こりやすい。受託者責任が求められる金融機関としては、集団的エンゲージメントを行うことで、投資先の透明性を担保。投資家の理解を促進すると共に、投資家の声を反映できるようにする必要がある。

 PRIは、毎年開催している年次総会「PRI in Person」で過去5年間、気候変動と並んで人権を主要テーマとして取り扱ってきた。近年、新しい領域として人工知能(AI)に関連した人権問題も注目を集める。PRI in Person 2019でも、AIの進化と活用シーンの拡大に伴う課題が議論される等、その重要性が伺える。

【参考】【金融】新段階を迎えるESG投資と機関投資家の迫力 〜PRI in Person 2019参加レポート〜

 具体的には、特定の個人情報を基にAIが分析、学習した結果、差別的な結論を導き出すことが危惧されている。英金融行動監視機構(FCA)2018年、発行体が顧客の人種や民族を特定可能な情報を取得することに懸念を表明。複数の金融機関が自主的にデータ削除を行うに至っている。2019年11月には、Apple Cardの与信アルゴリズムに性差別疑惑がかけられた。

 日本でも同年12月、東京大学大学院情報学環・学際情報学府の大澤昇平特任准教授が、特定国籍に対する差別的なツイートで非難された。同氏は限られたデータにAIが適合し過ぎた結果である「過学習」を原因と主張した。事実、無数の変数が想定される中、限られたデータから人種や国籍、性別による相関関係を説明することは危険だ。だからこそ、差別的解釈は当然、社会的に容認されない結果となった。

 欧米の機関投資家では、すでに著しい人権侵害を犯しているとみなされる企業からの投資引揚げ(ダイベストメント)の動きも出ている。基準には、国連グローバル・コンパクトが参照されることが多いが、細かい判断は機関投資家が各々案件毎に個別判断している。人権ダイベストメントをする機関投資家は広がりを見せており、株価にも影響を与えるようになってきている。

 このように人権に関わる課題は、広がりを見せているため、金融機関としても投資先の緩い管理体制を看過できない状況にある。一方、事業会社としても、人権は自社のリスク管理上、見逃すことのできないテーマ。人権ポリシーの策定はもちろん、見落としのないよう、人権デューデリジェンスの徹底が求められてきている。

日本企業に馴染みの薄い「人権」と対策

 政府や規制当局を含む国家、事業会社、金融機関と、グローバルで人権問題がホットなテーマとなる一方、日本において人権意識は、依然高いとは言えない。一般財団法人企業活力研究所の調査報告書「新時代の『ビジネスと人権』のあり方に関する調査研究報告書」によると、商品・サービスの購入・利用時に「社会への影響」を重視する割合は、欧米の4割に対し、日本は2割。国内市場からの要請が強くないため、日本企業の腰も重いのが実状だ。

 しかし、グローバルでサプライチェーン全体の人権配慮が求められる中、「馴染みが薄い」という言い訳も通用しない。一般社団法人ザ・グローバル・アライアンス・フォー・サステイナブル・サプライチェーン(ASSC;アスク)も、実際の取り組み例を基に日本企業が陥りがちな人権デューデリジェンスに関する多くの課題を指摘している。

 同団体は、日本企業は、人権に関する取り組みを所与のものとして受け入れているため、欧州企業と比べ「そもそも企業における人権とは何か」の検討が甘いと分析。機関投資家は「人権がどのように企業に影響するか」に関するエビデンスベースの説明を求めるため、漫然と対応するのではなく、自社における意義の検討が必要となるとした。

 たとえば「責任ある企業行動に関するOECDデューデリジェンス・ガイダンス(OECD Due Diligence Guidance for Responsible Business Conduct)」では、人権デューデリジェンスの意義を「負の影響を予測、防止または軽減させること」だとしている。さらに「特定された全ての影響に同時に対処することが不可能な場合、負の影響の深刻性や発生可能性に基づいて、措置を講じる優先順位を決定すべきである」とも記載されており、自社における人権に関して検討する必要性が強調されている。

 一方ASSCは、本腰を入れて取り組む場合でも、全ての二次サプライヤーに対し人権デューデリジェンスを行うのは、コスト観点からも現実的ではないという見解も示している。NGOや市民社会等のステークホルダーと継続的な対話が重要になると言及。対話に基づきステークホルダーが二次サプライヤーの人権モニタリングを行うことで、企業のみでは不可能な広範なリスクのマネジメントを実現できるという。海外先進事例としては、ユニリーバが挙がる。同社はオックスファムと協働で、二次サプライヤーとの継続的な対話を行い人権デューデリジェンスに関するレポートも発行している。

日本企業の行方

 2020年は、PRI in Personやオリンピックの東京開催、日本版スチュワードシップ・コードの見直し等、企業および機関投資家にとって大きな動きが求められる年となる。また、UNGPの国別行動計画も日本版の検討も進められており、人権デューデリジェンスについても、ますます多くの企業の対応に世界中の関心が集まってくる。

【参考】人権と数字
【参考】新時代の「ビジネスと人権」のあり方に関する調査研究報告書
【参考】ビジネスと人権に関する国別行動計画およびその他法的メカニズムの比較考察
【参考】正しいビジネス――世界が取り組む「多国籍企業と人権」の課題
【参考】責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス
【参考】ASSC特別セミナー2019「ASSC流人権デューディリ最前線」ASSC下田屋氏資料

著者プロフィール

菊池 尚人

株式会社ニューラル 事業開発室長

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