
世界の水産物供給で、養殖の重要性が一段と高まっている。国連食糧農業機関(FAO)によると、2024年の世界の養殖による水生動物生産量は初めて1億tを超え、1億300万tとなった。漁業による漁獲量は約9,200万tで、水生動物生産量の53%を養殖が占めた。FAOは2034年までに、漁業と養殖を合わせた世界の水生動物生産量が2億1,400万tまで増加すると予測している。
その中で、欧州や北米、日本等で投資が続いてきたのが陸上養殖だ。特に注目されているのが、飼育水を処理して繰り返し利用する閉鎖循環式養殖システム(Recirculating Aquaculture System:RAS)である。
海面養殖では、海水温、赤潮、寄生虫、疾病、暴風等の自然環境に生産性が左右される。養殖魚の逃亡や、排泄物・残餌による海域への栄養塩負荷も課題となる。RASは魚を陸上の管理された環境へ移し、こうしたリスクを低減できる。一方、水循環、酸素供給、水質・水温を管理するため、電力、水処理設備、センサー、制御システム等への依存が高まる。
海外ではすでに数千t規模の商業生産が実現している。しかし、RASで魚を育てられることと、大規模な水産事業として継続的に利益を生み出せることは同じではない。オランダのキングフィッシュ・カンパニーは2026年上期に営業EBITDAを初めて黒字化した一方、その直前には大規模な財務再編を必要とした。米アトランティック・サファイアは生産成績を改善してきたものの、巨額の減損と損失を計上した。
RASの評価では、海面養殖との単純な比較ではなく、低減できるリスクと新たに生じる負荷の双方を見た上で、そのトレードオフが環境面と事業面の双方で合理的になる条件を見極めることが重要となる。
陸上養殖とRASの違いと新たなリスク
陸上養殖には複数の方式がある。地下水や海水等を施設へ取り込み、一度利用した水を排出する掛け流し式や流水式、一部を再利用する部分循環式等もある。RASはその中でも、固形物除去、生物ろ過、脱気、酸素供給、殺菌等を行い、飼育水の大部分を再利用する方式だ。
陸上養殖の強みは、生産環境を自然海域から切り離せることにある。海面養殖では海水温上昇、海洋熱波、赤潮、暴風等を制御できないが、陸上施設では水温、酸素濃度、流速等を管理できるため、気候変動適応の側面もある。その他にも例えば、アトランティックサーモンの養殖では、海面養殖でサケジラミ等の寄生虫が魚類福祉や死亡率、生産コストに影響する。陸上施設では病原体への曝露や養殖魚の逃亡を抑えやすく、排泄物や残餌も回収しやすい。
一方、RASでは、こうした陸上養殖の利点に加えて、飼育水を高度に循環させるため、電力、ポンプ、酸素供給、生物ろ過、センサー、制御システム等への依存がさらに高まる。循環設備や酸素供給が停止すれば、短時間で水質や溶存酸素が悪化する可能性がある。非常用発電、設備の冗長化、複数系統化、センサー監視、予備部品、専門人材等が必要となる。RASは、海洋リスクの一部をインフラリスクへ置き換える技術でもある。
また、RASの活用方法は、卵から出荷サイズまで全てを陸上で育てる「フルグロウアウト型」だけではない。アトランティックサーモンでは、稚魚からスモルト、さらに海水適応後のポストスモルトまでを陸上RASで育て、その後に海面養殖へ移す方式も導入されている。
サーモンは一般的に淡水で稚魚を育てた後、海水環境に適応するスモルト化を経て海面生け簀へ移される。陸上で育てる期間を延ばし、より大型のポストスモルトになってから海へ移せば、海面で過ごす期間を短縮できるため、サケジラミや海水温等の海洋環境リスクへの曝露期間を短くできる可能性がある。
陸上で育てる期間が長くなれば、その分だけRAS設備、電力、水処理等への依存も増える。2025年に公表されたアトランティックサーモンの比較研究では、約1kgまで陸上で育ててから海面へ移した群は、より小さい段階で直接海面へ移した群より死亡率が低かった。一方、最終重量では陸上育成による一貫した優位性はみられず、陸上育成群では性成熟率が高まり、成熟魚を除いた最終的な収穫量は、直接海面へ移した群が陸上育成群の約1.8倍となった。陸上での育成期間を延ばせば一律に生産成績が改善するわけではなく、海洋環境リスクへの曝露を減らす効果と、陸上設備への依存、生物学的な影響を合わせて、どの段階で海面へ移すかを判断する必要がある。
RASの環境性能
陸上養殖には気候変動適応の側面があり、特にRASでは取水量を抑えられることから、環境性能が高いと捉えられやすい。しかし、RASを採用していても実際のエネルギー消費量はまちまちであり、電源構成によっても環境負荷は大きく異なる。
例えば2020年に学術誌「Environmental Science & Technology」に掲載された研究が先行研究を含めて整理したRASの比較では、育成段階で魚1t当たりに使用する電力量は、スウェーデンの同じ施設で養殖したアフリカナマズとティラピアでそれぞれ771kWh、3,084kWh。中国のアトランティックサーモンで7,509kWh、カナダのホッキョクイワナで2万2,600kWhとなり、最大と最小では約29倍の差があった。
エネルギー消費量が大きければ電源構成の影響も大きい。2026年に公表されたアイスランドの陸上サーモン養殖のLCAでは、サーモン1t当たりの温室効果ガス排出量は1.4tだったが、電源構成を変えた感度分析では最大377%増加した。同研究は陸上養殖を対象としたもので、RAS単体での評価ではないものの、電源構成の与える影響の参考値となる。
さらにエネルギー以外に関しても、飼料生産に伴う環境影響は無視できない。スウェーデンの商業RASを対象とした研究結果では、ティラピアのエネルギー需要を除き、対象とした環境影響の67%から98%を飼料生産が占めていた。
水に関しても、飼育水を繰り返し使うRASでは取水量を減らせるが、水質維持や汚泥除去等のため、新たな水の補給と排水が必要となる。魚が排出するアンモニアは生物ろ過によって処理されるが、硝酸や溶解性有機物等は循環水中に蓄積するためだ。循環率を高める場合、脱窒等の追加設備が必要となり、設備とエネルギーへの依存が高まる場合もある。
特に、排泄物や残餌に由来する固形物を汚泥として回収できることは、海域への栄養塩負荷を抑えやすいRASの強みである。一方、回収した汚泥を肥料等として利用できなければ、廃棄処理が必要となる。RASの環境性能は、水循環率だけでなく、年間取水量、取水源となる流域や地下水の状態、排水中の窒素・リン、汚泥の処理方法を合わせて評価しなければならない。
食料安全保障と魚類福祉
食料安全保障の観点では、国内での養殖により自給率を高めることだけでなく、飼料の海外依存度についても留意しなければならない。陸上養殖によって最終的な魚の生産地を国内へ移しても、飼料原料の輸入依存が残れば、食料供給リスクは残り続けることになる。
RASでも魚を生産する主要な物質投入は飼料である。飼料転換効率(FCR)を改善し、魚1kgを生産するために必要な魚粉、魚油、大豆、穀物等を減らすことや、代替タンパク質の活用等も含めて対応を進めていく必要がある。
但し、FCRだけでは天然魚資源への依存度までは分からない。水産養殖管理協議会(ASC)の「Farm Standard」では、養殖魚を生産するために魚粉・魚油原料として使用する餌魚への依存度を示す餌魚依存率(FFDR)も採用している。飼料についても、一つの指標だけでなく、魚粉・魚油の使用量や原料の由来まで確認する必要がある。
魚類福祉についても、RASを採用しているからといって海面養殖より優れているわけではない。RASでは、安定した水温や酸素濃度を維持し、寄生虫、捕食者、極端な海況から魚を守れることは利点となる一方、高額な設備投資を回収するため飼育密度を高めれば、疾病拡大、水質悪化、ストレス等のリスクが高まる。死亡率だけでなく、飼育密度、外傷、疾病、成長、行動、水質等を組み合わせて確認する必要がある。
海外事例に見るRASの現状
海外RASの商業化で注目されるのが、オランダでイエローテール・キングフィッシュを生産するキングフィッシュ・カンパニーだ。2026年上期には販売量を前年同期比13%増の1,470tまで伸ばし、営業EBITDAは前年同期の250万ユーロ(約4.5億円)の赤字から、20万ユーロ(約3,600万円)の黒字となり、上期として初めて黒字化した。FCRも1.74から1.56へ改善した。但し、その直前には大規模な財務再編を行い、約4,900万ユーロ(約87億円)の転換社債を全額株式へ転換した。また2025年には、関税環境と米ドル安を理由に北米向け鮮魚販売を停止している。
より厳しい結果となったのが、米フロリダ州でアトランティックサーモンRASを運営するアトランティック・サファイアだ。2025年には1億1,500万米ドル(約180億円)の減損を計上し、純損失は1億9,130万米ドル(約290億円)となった。2026年上期には生産成績が改善したものの、平均販売価格は依然として生産コストを大幅に下回り、会社は継続企業として存続する能力に重大な疑義を生じさせる重要な不確実性があると明記した上で、追加の資金調達を進めている。
RASの事業性は、年産能力や水循環率だけでは判断できない。設備稼働率、FCR、死亡率、平均出荷重量、生産コスト、販売単価、キャッシュフロー等の実績を継続的に見る必要がある。加えて設備依存度の高いRASでは、立地条件も競争力を左右する。低炭素で価格の安定した電力、十分な水源、適切な排水先、物流網、消費市場への近接性を同時に確保できるかが重要となる。施設そのものの性能だけでなく、どこで運営するかまで含めて環境性能と事業性を評価する必要がある。
日本でも同じ事業性の検証が始まる
日本でも陸上養殖は広がっている。水産庁によると、2026年1月1日時点の陸上養殖業の届出件数は808件。2024年度の届出対象となる陸上養殖業の出荷数量は6,907tだった。一方、帝国データバンクによると、2024年度の養殖事業者では「減益」と「赤字」を合わせた割合が63.6%に達し、陸上養殖でも電気料金上昇等による減益・赤字事例がみられた。
静岡県小山町でアトランティックサーモンをRAS生産するプロキシマーシーフードでは、商業生産が拡大する一方、なお生産量を計画水準まで引き上げている途上にある。2026年第2四半期の平均出荷重量は2.56kg。水槽容量を確保するため小型魚を先行して出荷したことが影響した。設備を稼働させるだけでなく、魚を市場価値の高いサイズまで育てながら生産量を引き上げられるかが事業性を左右する。
三重県津市では、ピュアサーモンジャパンが年産1万tの大型RASを建設しており、総事業費は約700億円。初回収穫は2028年を予定する。大型RASでは施設完成後も、魚を販売可能なサイズまで育て、設備稼働率を高めるまで電力、人件費、保守費、金利等が先行する。
水産物供給を一つの方式に集約しない
RASは、海水温、赤潮、寄生虫、疾病等の海洋環境に由来するリスクを低減し、生産条件を人為的に制御できる一方、電力、水処理設備、飼料、専門人材、資本への依存を高める。環境リスクをなくす技術ではなく、海洋環境に由来するリスクの一部を、陸上で管理するインフラリスクへ置き換える技術と捉える方がRASの実態に近い。
海外事例が示しているのは、その置き換えが技術的に可能であることと、経済的に合理的であることは別だという点だ。魚を安定して育てられても、高い設備稼働率を維持し、生産コストを販売価格以下へ下げ、投下資本を回収できなければ事業としては成立しない。反対に、海洋環境リスクが高く、低炭素で安定した電力や水を確保でき、消費市場に近い場所では、RASを選択する合理性が高まる可能性がある。
そのため、水産物供給の将来像を海面養殖かRASかという二者択一で考える必要はない。天然資源を適切に管理する漁業、海面養殖、RAS、掛け流し等を含む他の陸上養殖、無給餌の貝類・海藻養殖を、それぞれ異なる環境条件、投入資源、事業リスクに応じて組み合わせることが、水産物供給全体のレジリエンスに繋がる。
RASが有望な選択肢となるかは、陸上でリスクを管理するコストに見合うだけの環境面・供給面・経済面の価値を生み出せる場所と魚種を見極められるかにかかっている。
【参照ページ】SOFIA 2026: Global fisheries and aquaculture production reaches new highs
【参照ページ】A guide to recirculation aquaculture
【参照ページ】Preliminary first half year 2026 financial results
【参照ページ】A major milestone for The Kingfish Company
【参照ページ】Integrated Annual Report for 2025
【参照ページ】Interim Consolidated Financial Statements for the First Half 2026
【参照ページ】Improved light regimes and feed for large smolt
【参照ページ】Performance and welfare of Atlantic salmon, Salmo salar L. post-smolts in recirculating aquaculture systems: Importance of salinity and water velocity
【参照ページ】Long term effects of smolt and post-smolt production strategy on mortality, growth, sexual maturation and melanized focal changes in farmed Atlantic salmon (Salmo salar L.)
【参照ページ】Recirculating Aquaculture Is Possible without Major Energy Tradeoff: Life Cycle Assessment of Warmwater Fish Farming in Sweden
【参照ページ】Assessing the potential environmental impacts of land-based salmon farming in Iceland through life cycle assessment
【参照ページ】Waste treatment in recirculating aquaculture systems
【参照ページ】ASC Farm Standard
【参照ページ】Fish Welfare in Recirculating Aquaculture Systems (RAS): The Imperative for Environmental Enrichment (EE)
【参照ページ】Q1 2026 and preliminary FY 2025 results
【参照ページ】陸上養殖業の届出について
【参照ページ】「水産養殖業者」の倒産・休廃業解散動向(2025年1-8月)
【参照ページ】Proximar Seafood Q2 2026: Strong biological performance and positive growth outlook
【参照ページ】Pure Salmon Japan – under construction
【参照ページ】Baker McKenzie Advises on Pure Salmon Japan’s Landmark Salmon Farming Aquaculture Project in Japan
【参照ページ】Cflow secures major contract with Pure Salmon
無料会員に登録すると、
有料記事の「閲覧チケット」を毎月1枚プレゼント。
登録後、すぐにご希望の有料記事の閲覧が可能です。
無料登録してチケットを受け取る
【無料会員向け】有料記事の閲覧チケットの詳細はこちら
または
有料会員プランで
企業内の情報収集を効率化
- 2000本近い最新有料記事が読み放題
- 有料会員継続率98%の高い満足度
- 有料会員の役職者比率46%
有料会員プランに登録する
菊池尚人
チーフコンサルタント 兼 事業開発室長
PwCコンサルティングを経て、2019年より現職。コンサルティング業務に10年間従事。
大手企業・金融機関向けに、国内外の政策・市場・企業動向に関する継続モニタリングやテーマ別リサーチ、ESG・サステナビリティ戦略策定、研修を提供。
Sustainable Japanの編集も務め、サステナビリティ経営に関する国内外の動向を分析・発信している。