
インドネシア政府は10月24日、シンガポール向け天然ガス輸出の一部を国内発電向けに振り替えた。シンガポールで深刻化するヘイズ公害で火災に関与したインドネシア企業への責任追及が進む中、インドネシア側は自国への批判に反発し、閣僚がシンガポール向けの天然ガス輸出停止の可能性にも言及。環境汚染への対応と資源供給を巡る緊張が重なっている。
ヘイズの発生源となっているのは、スマトラ島やカリマンタンの森林・土地火災。シンガポール国家環境庁(NEA)は10月18日、カリマンタンから煙が流入し、スマトラでも煙が確認されたと発表。同日午後6時の24時間大気汚染指数(PSI)は109~192で「不健康」の水準だった。風向きや降雨によって濃度が変動するため、火災発生地から離れた都市でも生活や屋外活動への影響が続く。
背景には、パーム油やパルプ資源を生産するための土地開発と泥炭地の管理問題がある。泥炭地は大量の炭素を蓄積する一方、排水や開墾で乾燥すると火災に弱くなる。ASEANも、泥炭地火災を越境煙害の主要因と位置付けている。森林や湿地の劣化は、生物多様性や炭素貯留機能の損失に加え、煙による健康被害を国境の外へ広げる。消火だけでなく、土地利用と水管理の改善が問われる問題だ。
これを受け、シンガポール政府は企業への法執行を強めている。NEAは10月16日、スマトラの火災に関してインドネシアの7社に越境煙害汚染法(THPA)第9条に基づく予防措置通知を送付。10月19日にはカリマンタンの3社を加えた。対象企業には、所有・占有する土地での消火や延焼防止、焼却活動の停止、再発防止を含む行動計画の提出を求めた。
また10月23日には、別途シンガポール登録企業10社に対し、同法第10条に基づく情報・書類の提出要求を発表。対象にはアジア・パルプ・アンド・ペーパー関連会社、ウィルマー・インターナショナル、ファースト・リソーシズ等が含まれた。火災現場の事業者だけでなく、国境をまたぐサプライチェーンの把握にも踏み込んだ。
2014年制定のTHPAは、国外での行為がシンガポールの煙害につながった場合も対象とする。所定の違反については、煙害が生じた日数に応じて1日当たり最大10万シンガポールドルの罰金を科し、該当する有罪判決での罰金総額の上限を200万シンガポールドルとする規定がある。一方、国外の土地管理や企業の関与を立証するには、現地の証拠や情報へのアクセスが重要になる。制度の存在と、責任を立証して処罰する実効性には隔たりがある。
さらにシンガポールのシャンムガム国家安全保障担当調整相は、企業が協力を拒む場合、規制上の手段を通じ、収益や資金調達、投資家からの評価にも働きかける意向も表明。関係企業への融資について銀行がリスクを管理しているかを、金融通貨庁(MAS)が監督することにも言及した。シンガポール取引所も、上場農業関連企業7社に火災との関係などの情報を求めている。
これに対し、インドネシアのプラボウォ・スビアント大統領は10月21日、警察、検察、森林省等に火災への企業関与を徹底捜査するよう指示。証拠に基づき、違反企業の事業許可取り消しも辞さない姿勢を示した。その一方で、インドネシアを侮辱する国々に対し、時期が来れば関係企業を明らかにする趣旨を表明。特定国を名指ししたものではないが、火災の責任を巡り、国外企業との関係にも焦点を当てた。
10月22日には、インドネシアのバフリル・エネルギー鉱物資源相が、インドネシアを尊重しない国へのエネルギー輸出を停止する可能性を検討すると表明。国名は挙げず、天然資源の国内利用を優先する大統領の方針と結び付けた。そして、10月24日、インドネシアからシンガポールへのパイプライン供給の約9%に相当する天然ガスの供給削減を開始した。具体的には、ナトゥナから日量1,500万立方フィート、スマトラから同1,600万立方フィートの計3,100万立方フィートを削減する。削減分は国内の発電用に振り分けるという。但し、供給削減について、石油・ガス上流事業監督機関SKKミガスは、国内電力需要への対応と説明しており、ヘイズ問題への報復措置とは公式に位置付けていない。
シンガポールのエネルギー市場庁(EMA)は、今回の削減が自国の1日当たりガス需要の2%未満に相当すると説明し、代替調達等の備えを強調した。同国は発電の約95%を天然ガスに依存し、インドネシアのシェアは約30%。輸入事業者は供給障害について契約上の救済手段を追求する見通し。
ASEANは2030年に向け、越境煙害のない地域を目指す枠組みの下で、火災予防、持続可能な土地・泥炭地管理、法執行などを進めている。しかし、責任追及が国家間の威信や資源輸出を巡る対立に転じれば、証拠共有や消火協力を難しくするおそれがある。今後の焦点は、関与企業の責任を証拠に基づいて明らかにできるか、泥炭地管理の改善を実行できるか、そして環境問題への対応を安定した地域協力につなげられるかにある。
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