
農林水産省は7月14日、農林水産分野における研究開発の重点事項をまとめた「農林水産研究イノベーション戦略2026」を発表した。同戦略は毎年策定されているが、今回は単なる年次更新ではなく、政策背景、重点技術、研究推進体制を大幅に組み替えた改訂となった。
【参考】【日本】農水省、農林水産研究イノベーション戦略2025発表。新品種開発や林業・水産業でも(2025年6月12日)
同文書は12ページから14ページに増え、本文量も約23%増加した。2025版が生産性向上と環境負荷低減を基本理念として幅広い技術の方向性を示していたのに対し、2026版は食料安全保障、経済安全保障、成長投資、規制対応、社会受容性を重視し、研究成果を実際の産業や地域に導入するまでの道筋を具体化した。
同戦略の前提状況では、第7期科学技術・イノベーション基本計画を背景に、農業エンジニアリングやフードテックが、国の安全保障と経済・社会の発展を支える技術領域として位置付けられた。また、ゲノム編集技術を「品種改良加速技術」と表現し、国家戦略技術として集中投資する方針を明確化。植物工場、陸上養殖、食品機械、新規食品について官民投資ロードマップを策定する方針も加わり、研究政策と国の成長戦略の結び付きが強化された。
技術体系については、2025版の農業中心の技術マップを、2026版では林業版と水産版を含む農林水産全体へ拡張した。詳細版は「農林水産技術カタログ」として再構成され、毎年の進捗管理を反映する形式に変更されている。技術の成熟だけでは社会実装は成立せず、関係法令や規制との整合が必要であることが明記された一方、先端技術の導入が規制改革を促す場合もあるとされた。スタートアップとのオープンイノベーションや大学との基礎・基盤研究も重視され、技術開発、制度整備、事業化を一体的に進める姿勢が強まった。
スマート農業では、広範な技術開発から、現場導入を意識した低コスト化、小型化、用途別開発へと重点が移った。衛星・ドローン画像の解析、農業用ドローン、農業機械の遠隔監視、水管理施設の監視といった技術は継続されたが、AIによる除草位置の認識、自動操舵トラクタと連動する除草システム、野菜・果樹の管理・収穫・選果を行うロボット、放牧牛の個体情報と連動した自動給餌などが新たに具体化された。鹿被害予測、ドローンによる防護柵点検、超音波によるサルの追払い、イノシシの遠隔捕獲といった鳥獣被害対策も追加された。一方、汎用アタッチメント、経営意思決定支援、コンバインと運搬・乾燥施設の連動、急傾斜地用小型ロボットなどの記述は削除または整理された。
新品種開発は、食料安全保障を支える政策手段として一段と重視された。「食料の安定供給に向けた優良品種育成方針」や気候変動等対応品種法案が取り上げられ、抽象的な育種目標から品目別の開発目標へと記述が具体化。水稲では高温登熟性、高温不稔耐性、胴割れ耐性、多収性、直播適性、病害虫抵抗性、高窒素利用効率、低メタン排出が示され、麦、大豆、いも類では穂発芽、病害虫、旱魃への耐性や加工適性が重視された。果樹や茶では、低温要求量の小さいモモ・日本なし、初霜害を回避する早生茶、熱帯・亜熱帯果樹の安定栽培が盛り込まれた。ゲノム編集についても、馬鈴薯等を対象に、遺伝子組換えを経ずに複数遺伝子を改変する技術として具体化されている。
環境負荷低減では、研究テーマの選択と再配置が行われた。低メタン産生牛の育種、牛の胃内微生物を制御する資材、乾田直播のメタン削減効果、バイオ炭の製造効率化、微生物付与による高機能化、高温に対応した施肥や保水性改善が新たに強調された。化学農薬対策では、綜合病害虫防除(IPM)、天敵、レーザー、超音波、振動による防除を継続し、ウリ科・ナス科植物のウイルス病に対するワクチンや、農薬削減による減収を防ぐ抵抗性品種を追加した。バイオスティミュラントは農薬低減から肥料低減の項目へ移され、土壌微生物の機能解明も独立して強化された。一方、二酸化炭素吸収能力を高めたDAC作物、家畜排泄物由来の一酸化二窒素削減、堆肥ペレットの低コスト化等は記載されなくなった。
AIとデータ利用では、利用場面が大幅に具体化した。水利施設の遠隔監視・自動操作、気象・土壌データに基づく圃場管理、栄養成分分布の可視化、可変施肥、地域や品目のデータを学習した農業特化AIが新たに示された。生成AIについては、継続使用による性能向上とハルシネーションへの注意を両立させ、地域特性に応じて利用する方針となった。農業情報を学習した生成AIをWAGRIのAPIから提供し、スタートアップによる生産管理アプリの開発につなげる構想も維持されている。
新市場の獲得では、フードテックと輸出が中心になった。2030年の農産物・食品輸出額を現行の約3倍にする目標を踏まえ、完全閉鎖型植物工場の自動収穫とAI環境管理、代替食品の安全性評価と低コスト化、AIによる品質制御、輸出向け野菜・果樹の品種開発、輸出先での追熟技術が追加された。動物用ワクチンでは、新しい創薬手法と免疫増強剤の開発が重視された。一方、発酵・冷凍・殺菌等の精密加工、公的研究施設の共用、日本食の健康・嗜好に関する科学的根拠の提示は記載から外れた。
林業では、炭素蓄積量と吸収源機能、生物多様性、AI林業機械、中大規模木造建築、改質リグニンの大規模製造、「木の酒」、ゲノムを利用したエリートツリーの早期選抜などが追加され、研究項目が拡充された。水産では陸上養殖が重点化され、ゲノム技術による育種、魚粉代替タンパク、藻類発酵飼料、ウナギ人工種苗の量産、魚体長や音響データを利用した資源評価、ブルーカーボンの貯留量計測が盛り込まれた。国際研究は、ASEANやアジアモンスーン地域での普及活動中心から、グローバルサウスにおけるレジリエント作物、AI・ICPによる土壌診断、パームバイオマスの資源化へと重点が移った。
研究基盤については、農研機構だけでなく、国際農研、森林研究・整備機構、水産研究・教育機構を含む4つの国立研究開発法人の役割と中長期目標が法人別に記載された。スタートアップ支援、大学との異分野融合、研究プラットフォームの政策課題に沿った再編も強化された。特に「先端技術の社会受容性の向上」が独立項目として新設され、ゲノム編集農水産物の実例を示しながら、「品種改良加速技術」という名称の普及を進める方針が示された。福島国際研究教育機構による先進農業、土壌環境、森林・水産資源の高付加価値化など、復旧・復興に資する研究も新たに加わった。
【参照ページ】農林水産研究イノベーション戦略2026を公表します
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