
ウォーターポジティブを掲げてきた企業の水目標が、実績を示す段階に入った。マイクロソフトは2026年7月、2025会計年度に世界全体で1,400万m3を超える水を還元し、初めて同年度の取水量を上回ったと発表した。一方、同社は、世界全体の還元量が取水量を上回るだけでは十分ではなく、今後は操業する流域で取水量を上回る水を回復することへ重点を移すと説明している。
グーグルも2026年に公表した環境報告書で、2025年に約77億ガロン(約2,900万m3)を還元したと発表した。水プロジェクトは97流域の165件に拡大し、還元量は同年の淡水消費量の78%に相当した。同社は2030年までに、オフィスとデータセンターで消費する淡水量の120%を平均して還元する目標を掲げている。
背景には、AI利用の拡大に伴うデータセンター投資と、冷却に用いる水への関心の高まりがある。水を用いた冷却は電力消費を抑えられる場合がある一方、蒸発による水消費を伴う。空冷や水を使用しない冷却方式も、気候条件によっては電力消費とのトレードオフが生じる。企業には、世界全体の還元量だけでなく、データセンターごとの水源、水ストレス、冷却方式、季節別の水消費を説明することが求められる。
両社の取り組みは、水利用効率の改善や流域回復への資金投入を拡大するものだ。しかし、同じウォーターポジティブという言葉を用いていても、何を基準量とし、どの地域で還元し、どの便益を成果として認めるかは企業ごとに異なる。企業全体の還元量が取水量や消費量を上回ったという数字だけでは、操業する地域の水問題が改善したかは判断できない。
統一定義がないまま広がったウォーターポジティブ
ウォーターポジティブには、企業横断で一律に適用される単一の国際基準や認証制度はない。一般には、企業が事業で利用する水を上回る便益を社会や自然環境へ生み出すことを意味するが、対象範囲や算定方法は各社で異なる。
マイクロソフトは2020年に、2030年までに水ストレスのある流域へ、自社が世界全体で消費する水量を上回る水を戻す方針を発表した。2025会計年度の実績では、世界全体の還元量と取水量を比較して節目を示しているが、同社自身が次の課題を流域単位の回復と位置付けている。
グーグルは、オフィスとデータセンターで消費する淡水量の120%を平均して還元することを目標としている。これに対しメタ・プラットフォームズは、2030年までに、操業する流域で消費量を上回る水を回復する方針を掲げる。水ストレスの高い地域では消費量の200%、中程度の地域では100%を回復する目標を設定した。
メタ・プラットフォームズは、支援する水回復プロジェクトについても、操業で消費する水源との水文学的な繋がりを求め、還元量を独立第三者が検証するとしている。また、施設内での水利用の最小化、操業流域での水回復、取水量やプロジェクト実績の開示を、ウォーターポジティブ目標を支える三つの柱に位置付けた。
グローバル合計だけでなく、操業流域、水ストレス、水源との関係、第三者検証を目標設計に組み込んでいる点で、メタ・プラットフォームズの方針は流域単位の水スチュワードシップにより近い。但し、これは目標の設計に関する評価であり、各流域で実際に水環境の改善を達成したかは、今後の実績開示を通じて検証する必要がある。
これらの違いは単なる表現上の差ではない。ある企業は取水量、別の企業は消費量を基準とし、還元先も世界全体、操業地域、水ストレス流域等に分かれる。直接操業だけを対象とする目標もあれば、オフィスとデータセンター等、対象施設を限定する目標もある。同じ「100%還元」でも、分母、対象施設、地理的範囲が違えば、その意味と達成難易度は変わる。
取水量と消費量は何が違うのか
取水量は、報告期間中に河川、地下水、水道等から事業活動のために取り入れた水の総量を指す。これに対し消費量は、取り入れた水のうち、排水として水環境や第三者へ戻らなかった量を指す。蒸発した水、製品に含まれた水、別の流域や海へ移された水等が該当する。
例えば、工場が100万m3を取水し、使用後に70万m3を処理して水環境へ排出した場合、単純化すれば取水量は100万m3、消費量は30万m3となる。取水量を基準とする目標は、消費量を基準とする目標より数量上の基準が大きくなりやすい。但し、取水量を上回る水を別の地域で還元しても、取水した流域の水不足が改善するとは限らない。分母の大きさだけで目標の厳しさや環境上の効果を比較することはできない。
また、取水量を削減しても、消費割合が高まれば流域へ戻る水が減る可能性がある。反対に、取水量が大きくても、適切に処理した水の多くを水環境へ戻す工程では、消費量は相対的に小さくなる。企業の水利用を把握するには、取水量だけでなく、消費量、排水先、排水量、水質を一体で見る必要がある。
還元量はどのように算定されるのか
企業が支援する水プロジェクトには、地下水や帯水層の涵養、湿地・河川の回復、農業用水の効率化、水道管の漏水削減、再生水利用、水質改善、安全な水へのアクセス整備等がある。このうち、還元量としてm3換算されるのは、水量便益を定量化できる活動である。水質改善や水へのアクセス、生態系回復については、水量とは別の成果指標で示す必要がある。
水量面の便益を定量化する方法として広く参照されているのが、国際環境NGOの世界資源研究所(WRI)等が策定したガイドライン「容積測定水ベネフィット会計(VWBA)」だ。2025年に公表されたVWBAの第2版では、地域の水課題の把握、プロジェクトの選定、便益の定量化、実施と追跡、主張の伝達までを6段階で整理している。但し、VWBAは原則ベースの任意ガイダンスであり、企業をウォーターポジティブと認証する基準ではない。
例えば、水道管の改修によって従来失われていた年間100万m3の漏水を削減した場合、改修がなければ失われていたと考えられる水量を便益として推計する。農業用水の効率化では、従来の灌漑方法と導入後の取水量や消費量との差を測る。湿地回復や地下水涵養では、プロジェクトがなかった場合を基準に、増加した水量や保持された水量を算定する。
算定結果は、直接測定値だけで構成されるとは限らない。降雨量、蒸発量、土壌、作物、設備効率等を用いたモデルや仮定に依存する場合もある。そのため、還元量を示す際には、ベースライン、計測期間、モデル、使用した係数、推計誤差を開示しなければ、数字の比較可能性は確保できない。
ここで重要なのは、水プロジェクトへの資金提供と、自社の操業による水への影響を解消することは同じではないという点だ。企業が水不足の改善に繋がるプロジェクトを支援しても、事業拠点とは異なる流域で実施されていれば、事業拠点が利用する河川や地下水の状態は改善しない。その還元量を自社の水利用と単純に差し引けば、企業全体の帳尻は合っても、負荷が発生した地域には水不足が残る。
一つのプロジェクトを複数企業が共同で支援している場合、各社がプロジェクト全体の還元量をそれぞれ自社の成果として計上すれば、同じ便益が重複して主張される。企業の資金がなくても実施される予定だった事業では、企業によって追加的に生じた便益がどの部分かも確認する必要がある。各社の資金、現物支援、プロジェクトへの関与等に応じた成果の配分、便益を計上する期間、プロジェクト終了後の効果の持続性も論点となる。
水還元では流域と時期の一致が重要
温室効果ガスは、炭素会計上、排出場所にかかわらず二酸化炭素換算量として集計できる。カーボンクレジットにも追加性、永続性、リーケージ等の品質差はあるが、排出と削減は地球全体の気候に作用する。これに対し、水の影響は地域性が強い。同じ100万m3でも、水が豊富な地域と渇水地域、雨季と乾季、表流水と地下水では意味が異なる。
水に余裕のある流域で100万m3を還元し、水ストレスの高い別の流域で100万m3を消費した場合、世界全体の合計では差し引きゼロになる。しかし、後者の流域で水を利用する住民、農業、生態系にとって水不足は解消されない。世界全体の還元量は、企業が支援した水量便益の総量を示すが、地域へのインパクトを示すには、施設と水源、還元プロジェクトを流域単位で対応させなければならない。
同じ流域にあるというだけで十分とも限らない。上流と下流、表流水と地下水、異なる帯水層では、水文学的な繋がりが弱い場合がある。企業が利用する水源とプロジェクトが改善する水系との関係を確認し、還元活動が操業による負荷へ実際に作用するかを示す必要がある。
時期の一致も必要だ。年間の還元量が消費量を上回っていても、還元が雨季に集中し、取水が乾季に集中していれば、水需要が高まる時期の不足は残る。地下水涵養では、地表から浸透した水が帯水層へ到達し、利用可能になるまで時間を要する場合もある。年間合計だけでなく、季節別の取水・消費・還元量、地下水位、河川流量等を確認する必要がある。
さらに、水量、水質、安全な水へのアクセス、生態系回復は、それぞれ異なる便益だ。水質改善や給水設備の整備は重要だが、企業が取水する水源の量を増やすとは限らない。複数の便益を一つの体積へ集約せず、何がどの地域で改善したかを分けて示すことが求められる。
国際的な枠組みは流域単位へ
国連グローバル・コンパクトのCEO Water MandateとWater Resilience Coalitionが策定したPositive Water Impact(PWI:旧Net Positive Water Impact)は、水ストレス流域において、企業によるプラスの貢献が、同じ流域で自社が及ぼす水関連のマイナス影響を上回ることを目指している。企業レベルで方針を掲げつつ、実施と評価は事業サイトと流域単位で行い、水の利用可能性、水質、アクセスの三つの側面を扱う。
PWIの検証・主張プロセスも発展途上にある。正式な達成主張を行う際の検証は強く推奨されているものの、現時点では義務ではない。また、現行の枠組みは主に直接操業を対象とし、バリューチェーンへの適用ガイダンスは2026年後半の公表を予定している。国際的な枠組みも、企業全体や製品のウォーターポジティブを一律に認証する段階には至っていない。
科学に基づく目標ネットワーク(SBTN)の淡水目標も、企業全体で一律の削減率を置くのではなく、流域ごとの環境流量や地下水の状態を踏まえて目標水準を決める。重要なのは、企業が何%削減したかだけでなく、河川や帯水層が生態系と地域社会の需要を支えられる状態にあるかだ。
Alliance for Water Stewardship(AWS)のAWS Standardも、事業サイトと周辺流域を対象とし、地域の水課題、水収支、水質、ガバナンス、ステークホルダーとの協働を評価する。2026年に公表されたVersion 3.0では、流域全体を見る考え方と企業レベルの報告との接続を強化した。AWS認証は、対象サイトが水スチュワードシップの基準を満たしたことを示すものであり、企業全体がウォーターポジティブであることを自動的に認証するものではない。
これらはウォーターポジティブの統一基準ではない。しかし、世界全体の還元量だけではなく、水ストレスのある流域を優先し、操業による影響と地域での成果を対応させるという方向性は共通している。
還元の前に回避・削減を置く
信頼性の高い水戦略では、外部プロジェクトによる還元を最初の手段にしてはならない。新規工場やデータセンターでは、立地段階で水ストレス、将来の渇水リスク、地域需要、水源、排水能力を評価する。操業開始後は、工程改善、漏水防止、循環利用、再生水利用等によって取水量と消費量を削減する。その上で残る影響に対し、同じ流域での回復活動を組み合わせる順序が基本となる。
外部プロジェクトで大量の還元量を確保できれば、施設内で削減可能な水消費を維持してよいという構造では、水利用効率の改善が遅れる。還元は操業削減を代替するものではなく、回避、削減、再利用を補完する手段として位置付ける必要がある。
水に関する環境主張は段階を分ける
企業による水の環境主張を検証するため、本稿では、プロジェクトの実施、水量の均衡、流域へのインパクトという三つの段階に分けて整理する。
最も限定的なのは、「特定の流域で水プロジェクトを支援し、年間100万m3の水量便益を生み出した」といった活動実績の主張だ。この場合、企業はプロジェクトの所在地、算定方法、自社の貢献に対応する成果を示せばよく、自社の水利用による影響を解消したことまでは意味しない。
次に、「世界全体の還元量が取水量を上回った」等、水利用量と還元量を比較する主張がある。この主張を成立させるには、取水量または消費量のどちらを分母としたか、対象施設、期間、還元量の算定範囲を示す必要がある。但し、世界全体で数値が均衡していても、操業する各流域で水への影響が解消されたとは限らない。
最も強いのが、「ウォーターポジティブになった」「水への影響をプラスに転換した」という環境アウトカムの主張だ。こうした表現は、単に還元量が基準量を上回っただけでなく、負荷が生じた流域で、水量、水質、生態系や地域社会の状態が改善したとの印象を与える。そのため、事業拠点と還元地の水文学的な関係、季節別の水収支、追加性、成果の持続性、地域のステークホルダーへの影響まで示す必要がある。
企業は、水プロジェクトの成果を公表することと、企業や製品を包括的に「ウォーターポジティブ」と表現することを区別すべきだ。主張が強くなるほど、必要となる地理的範囲、算定根拠、検証、環境アウトカムの証拠も強くなる。
「ウォーターポジティブ」は環境主張として成立するか
ウォーターポジティブを直接規制する国際共通制度は、現時点では確立していない。一方、消費者向けの環境主張に対する規制は強化されている。EUの消費者エンパワーメント指令は2026年9月27日から適用が開始され、認定された優れた環境性能によって立証できない一般的な環境主張を禁止する。将来の環境性能に関する主張にも、明確で客観的、公開され、検証可能な目標、詳細で現実的な実施計画、独立した第三者による定期的な検証等を求める。
同指令は「ウォーターポジティブ」を名指しで禁止しておらず、温室効果ガスのオフセットに基づく製品のカーボンニュートラル主張に対する禁止規定が、そのまま水還元へ適用されるわけではない。しかし、「使う量以上の水を返している」「水への影響をプラスにした」といった表現は、受け手に企業や製品が水環境へ与える負荷を解消したとの印象を与える可能性がある。
特に、企業レベルの水プロジェクトを根拠に、特定の商品やサービスを「ウォーターポジティブ」と表示する場合には注意が必要だ。商品が利用する原料、生産拠点、バリューチェーンの水影響と、還元プロジェクトとの関係が示されなければ、企業の環境投資を商品の属性へ置き換えた主張になり得る。
企業全体の世界合計で還元量が取水量を上回っただけで、全ての流域で水への影響を解消したかのように示せば、主張と実態の間に乖離が生じる。反対に、「2025年度の世界全体の集計で、算定した還元量が取水量を上回った」「対象流域で消費量の100%に相当する水量便益を創出した」等、対象期間、地理的範囲、分母、便益の種類を限定して示せば、主張の内容を検証しやすくなる。
企業に求められる開示
ウォーターポジティブを掲げる企業は、少なくとも、基準量が取水量か消費量か、対象が直接操業のみかバリューチェーンも含むか、世界全体か施設・流域単位か、どの期間を対象とするかを明示する必要がある。
還元側についても、プロジェクトの所在地と事業拠点との水文学的な関係、水量・水質・アクセス・生態系のどの便益を計上したか、ベースラインと追加性、複数の資金提供者間での成果配分、便益の発生時期と継続期間、算定方法、推計誤差、第三者検証の範囲を示す必要がある。企業全体の集計値とともに、水ストレスの高い主要流域について施設別の実績を示すことも重要になる。
ウォーターポジティブは、水利用効率の改善だけでは対応できない流域の共通課題へ企業資金を動かす契機になり得る。一方、世界全体の還元倍率だけが競われれば、負荷が生じた場所と便益が生じた場所の不一致を覆い隠す可能性がある。
今後の焦点は、企業がウォーターポジティブか否かという二者択一ではない。どの施設が、どの水源から、どの時期に、どれだけの水を取り入れ、消費し、どの流域で何を改善したのかを示せるかである。企業の水目標は、強い名称を掲げる段階から、流域単位の環境アウトカムと検証可能な主張を示す段階へ移りつつある。
【参照ページ】Responsibly building the AI future
【参照ページ】Our 2026 Environmental Report
【参照ページ】Operating sustainably
【参照ページ】Microsoft will replenish more water than it consumes by 2030
【参照ページ】2026 Google Water Stewardship Project Portfolio
【参照ページ】Advancing Water Stewardship in Our Data Center Communities
【参照ページ】Corporate Water Disclosure Glossary
【参照ページ】Volumetric Water Benefit Accounting 2.0: Guidance for Implementing, Evaluating, and Claiming Volumetric Water Benefits of Water Stewardship Projects
【参照ページ】Positive Water Impact(PWI)
【参照ページ】Implementing Net Positive Water Impact: Technical Guidance
【参照ページ】Freshwater targets
【参照ページ】AWS Standard
【参照ページ】Directive (EU) 2024/825 on Empowering Consumers for the Green Transition
【参照ページ】Questions & Answers: EU’s Empowering Consumers for the Green Transition Directive
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菊池尚人
チーフコンサルタント 兼 事業開発室長
2016年新卒から10年コンサルティング業界に従事。2019年より現職。
大手企業・金融機関向けESG戦略・投資アドバイザリーのリードに加え、 サステナビリティ経営に関する研修講師、Sustainable Japan編集も務める。