
経済協力開発機構(OECD)は7月28日、「生涯学習」の指標枠組開発に関する概念的基礎を提案した文書を公表した。現在の生涯学習関連データが、対象年齢範囲の狭さ、縦断的な追跡調査の欠如、労働市場に対するパフォーマンス測定への過度な重点化、非公式な学習の不十分な測定という課題を抱えていることを踏まえ、対応策を示した。
OECDは、AIによる雇用構造の変化、人口高齢化、技能需要の変動、社会的分断等の課題に対応するには、生涯学習が不可欠としているである。しかし、現在の国際統計は、学校教育の修了状況や成人の職業訓練への参加を断片的に把握するにとどまり、生涯にわたる学習の連続性を十分に捉えていない。そこで、学習を学校教育の延長としてではなく、人生のあらゆる段階と生活領域で生じるものとして捉え直し、実態を把握する新たな測定枠組みの方向性を示した。
具体的には、まず、生涯学習を「生涯的」と「生活全域的」という二つの軸で整理。生涯的な軸は幼児期から高齢期までの時間的連続性を表し、生活全域的な軸は学校、職場、家庭、地域、市民活動、デジタル空間など学習が行われる多様な場を表す。この2つが交差する空間に、一つひとつの「学習の発生」をデータ点として位置付ける。個人の学習履歴はそれらの累積で形成され、学習によって得られた能力や資格などの近接的成果が、雇用、健康、社会参加、ウェルビーイングといった長期的成果へつながるという概念を打ち出した。
その上で、測定枠組みの中心に、「需要」「供給」「調整」という相互に関連する3本柱を設定した。需要は、現在の能力と、仕事や生活、社会参加、個人的目標の達成に必要な能力との差を表し、個人レベルだけでなく、企業・地域社会などの組織レベル、さらに国家・社会レベルにも存在する。個人が必要性を自覚していなかったり、時間、費用、情報不足などのために学習意思へ転換できなかったりする「潜在的需要」も重視される。特に低学歴層、移民、非正規労働者、子ども、高齢者の需要は表明されにくいため、参加者だけでなく非参加者についても、動機、態度、障壁、生活上の制約を測定する必要があるとした。
供給は、社会に存在する学習機会のこと。同文書は、供給主体を、学校・大学・職業教育機関などの「正規教育」、企業内訓練や徒弟制度などの「雇用主」、失業者訓練や移民支援などの「福祉政策」、図書館、NGO、文化団体、地域活動などの「市民社会」という4つの制度的クラスターに整理した。各国の生涯学習制度の違いは、単純な教育予算の大小ではなく、どのクラスターが発達しているか、それらが相互に接続されているかによって生じる。北欧諸国のように教育、福祉、雇用が統合された制度もあれば、各機関が別々の用語、資格、財源で活動し、利用者にとって経路が分断されている国もある。
調整は、需要と供給を結び付ける中核的機能のこと。学習機会が豊富でも、人々がその存在を知らず、費用を負担できず、資格が相互に承認されなければ参加には結び付かない。調整が解決すべき問題には、情報の非対称性、企業による汎用的技能への過少投資、学習が生む社会的便益が市場価格に反映されない外部性、教育・雇用・福祉行政の分断等がある。そのため、資格枠組み、既修得学習の認定、積み上げ可能なマイクロクレデンシャル、職業案内、訓練補助、所得保障、労使政府の協議、AIを利用した学習・キャリア案内などを組み合わせる必要性を説いた。早期の教育上の有利・不利が後の参加機会を累積的に左右する「マタイ効果」を断ち切ることも、調整政策の重要な役割となる。
需要の設定主体については、国家主導型は公平な基礎教育や大規模なリスキリングを実施しやすい一方、地域差や個人の希望を見落としやすい。企業主導型は短期的な技能不足への対応には優れるが、就業していない人や経済的価値が低いとみなされた人、文化・市民参加・幸福のための学習を軽視する可能性がある。個人主導型も、本人に時間、資金、情報、学習経験がなければ、責任を個人へ転嫁する結果になり得る。そのため、複数の方式を組み合わせ、個人、組織、国家の需要の不一致を調整することを提唱した。
供給の状況についても、従来の「正規教育・非正規教育・インフォーマル学習」という3区分は、既修得能力の認定、短期資格、オンライン講座、職場学習、生成AIとの対話等により境界が曖昧になっていると課題を提起。そこで、学習の構造化・資格化の程度を示す「形式化」と、対面からオンラインまでの「デジタル化」の2次元で学習を配置することを提案した。これにより、大学のオンライン・マイクロクレデンシャル、非公式経験を資格として認定する仕組み、YouTubeやチャットボットによる自己学習などを連続的に把握できるようになる。但し、デジタル化はアクセスを拡大する一方、アルゴリズムによる情報の偏り、デジタル格差、プライバシー侵害を生むため、利用量だけでなく利用形態や公平性も測定しなければならないとした。
学習成果の評価では、資格、直接的な技能測定、職務上の技能使用とミスマッチ、参加動機と障壁、職場の学習文化、個人や家庭の幸福、社会的結束や持続可能性といった複数の方法を組み合わせるべきとした。資格は能力を社会に伝えるシグナルとして有効だが、実際のスキルと一致するとは限らない。PISAやPIAACの直接評価は比較可能性が高いものの、測定対象が限定される。したがって、一つの指標で学習価値を決めるのではなく、スキル獲得などの短期成果と、健康、社会移動、市民参加などの長期成果との関係を追跡する必要があるとした。
データの用途も、研究、政策設計、実際の調整を区別。研究には因果関係を検証できる長期データが必要であり、政策設計には補助制度や訓練政策の効果を評価する情報が必要となる。一方、調整には、学習需要と機会のミスマッチを迅速に発見する、より即時性の高い情報が求められる。現在の統計は事後的な診断には使えても、リアルタイムの調整には適さない。そのため、横断調査、縦断調査、行政記録、学習プラットフォームのデータを、匿名化や本人同意などの保護措置を前提として統合することを提案した。
具体的には、生徒の学習到達度調査(PISA)、国際成人力調査(PIAAC)、成人教育調査等の対象年齢を若年層と70歳以上に広げ、動機、障壁、非公式学習、AI利用、職場文化、市民活動を測る設問を追加すること、PISAとPIAACを接続して青年期から成人期まで追跡すること、教育・雇用・福祉の行政データの定義を国際的に標準化することを提案した。また、学位、短期資格、職場能力、非公式に獲得したスキルを本人が管理できる「スキル・パスポート」やデジタル学習記録を整備し、調査データ、行政記録、プラットフォームデータを統合する構想も示した。
OECDは、まずOECD加盟国のうち5カ国から10か国で新しい調査項目、行政データの標準化、データ連携を試行し、その結果を比較検証したうえで国際展開していく考え。
【参照ページ】A Conceptual Foundation for the Development of a Lifelong Learning Measurement Framework
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