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【戦略】SSBJで変わるサステナビリティDX ~データ・業務・保証からAXまで~

【戦略】SSBJで変わるサステナビリティDX ~データ・業務・保証からAXまで~ 3

 サステナビリティ基準委員会(SSBJ)の開示基準の法定開示への導入と第三者保証の制度化により、日本企業のサステナビリティ情報の作り方が変わろうとしている。変化するのは、温室効果ガス排出量等を保存するデータベースだけではない。どの時点で情報を収集し、実測できない情報をどう見積り、誰がレビュー・承認し、後に新たな情報を得た際にどう更新し、第三者保証にどの証拠を提示するかという、情報の作成・管理を担う業務プロセス全体が見直しの対象となる。

 金融庁は2026年2月、東証プライム市場上場企業のうち、過去5事業年度末の平均時価総額が1兆円以上の企業にSSBJ基準に準拠した開示を段階的に義務付ける制度を整備した。平均時価総額3兆円以上の企業は2027年3月期から先行適用される。平均時価総額5,000億円以上1兆円未満の企業については、金融審議会報告で2029年3月期からの適用が適当と整理されている。2026年7月には改正金融商品取引法が成立し、一定の企業へのサステナビリティ情報の第三者保証義務と、保証業務実施者の登録制が盛り込まれた。

 SSBJ基準自体がDXや特定のITシステムの導入を要求しているわけではない。しかし、サステナビリティ関連財務情報と財務諸表との繋がりを示し、双方で用いるデータや仮定を可能な限り整合させることを求める。情報には実測値だけでなく、合理的な見積り、将来予測、バリューチェーンから取得する第三者情報、経営者の判断も含まれる。こうした情報を継続的に作成し、更新し、保証可能な状態にする情報作成・管理プロセスの再設計が、サステナビリティDXの主要な課題となる。

SSBJで変わるサステナビリティ情報の作り方

 SSBJ基準は、サステナビリティ関連財務情報について、「関連性」と「忠実な表現」を基本的な質的特性とし、比較可能性、検証可能性、適時性、理解可能性を補強的な質的特性としている。忠実な表現には、完全性、中立性、正確性が含まれる。

 ここでいう正確性は、全ての数値が実測値であり、誤差がゼロであることではない。サステナビリティ情報には合理的な見積りや概算が不可欠となる。SSBJ基準は、見積値を用いる場合、その見積りが明確に識別され、適切なプロセスを選択・適用していることを重視する。また、検証可能性を高める方法として、見積値や概算値を作成するために用いたインプットと計算方法を示すことや、取締役会等がレビューし合意した情報を提供することを挙げている。

 企業が管理すべき対象は最終的な数値だけではない。電力・燃料使用量、調達量等の元データ、排出係数、算定方法、前提、推計ロジック、対象範囲、取得元、レビュー・承認者等まで含め、数値が変わった場合にも理由を後から説明できる状態が重要になる。

 一方、SSBJ基準は全ての情報を完全に定量化することまでは求めていない。サステナビリティ関連リスク・機会による予想される財務的影響について、影響を区分して識別できない場合や測定の不確実性が高すぎる場合、さらに一定の場合には必要なスキル、能力または資源がない場合、定量情報を提供せず、理由と定性的な情報を示すことも認めている。

 そのためDXの観点でも、全てを機械的に数値化することではなく、どこまで実測し、どこから見積りを用い、どの判断を経営者が行ったかを区別して管理することが重要になる。

期中データと合理的な見積りをどう組み合わせるか

 SSBJ時代のDXでは、全ての情報を決算日時点で実測・確定することだけを目標にするのではなく、期中のデータ収集、合理的な見積り、確定後の更新を組み合わせる設計が必要となる。

 金融庁が2025年6月の金融審議会で紹介した欧州企業の開示事例では、期末後の早い時期にサステナビリティ情報を開示するため、一部で推計が利用されていた。エレベーター大手KONEでは活動データを四半期毎に収集し、第4四半期分を第3四半期のデータに基づいて推定。独バイエルでも、一部指標で最後の2カ月分を推計していた。データ報告のない拠点について、従業員数等に基づいて推計する例もあった。

 これらはEU基準に基づく事例のため、日本企業はSSBJ基準に従って推計方法の合理性や重要性を判断する必要がある。但し、期中に一定頻度でデータを取得することで、決算後の未確定期間を合理的に推計するという考え方は参考になる。

 SSBJ基準には、前報告期間に開示した見積値について、その期間に存在していた状況を示す新たな情報を後に入手した場合、原則として比較情報を更新し、更新後の数値、従来値との差異、更新理由を開示する仕組みもある。金融庁も、前年度の有価証券報告書で見積りにより算定した数値の確定値が判明した場合、差異を半期報告書に記載できる制度を整備。月次や四半期等で基礎データを取得し、どの時点の情報から推計したかを残し、確定後の更新まで追跡できる仕組みが、DXの対象となる。

スコープ3でデータ精度と推計プロセスをどう両立するか

 この問題が最も顕著なのがスコープ3の温室効果ガス排出量だ。スコープ1、2では、自社の燃料・電力使用量等から比較的直接的に算定できる情報が多い。一方、スコープ3ではサプライヤー、物流会社、販売先、製品使用等のバリューチェーン情報に依存し、一次データを全て取得できるとは限らない。

 SSBJ気候関連開示基準は、スコープ3の測定で利用するデータについて、直接測定したデータを推計データより優先し、一次データがある場合には二次データより優先する考え方を示している。しかし実務では二次データや推計の利用が残るため、一次データの比率を高めながら、推計を再現可能な形で管理することも必要となる。

 金融庁は2026年2月、スコープ3の定量情報について、差異が生じる要因、推論過程、社内の開示手続等を一般に合理的と考えられる範囲で具体的に記載している場合、虚偽記載等の責任を負うものではないとする考え方を企業内容等開示ガイドラインに明示した。

 同ガイドラインでは従来から、将来情報について前提、仮定、推論過程等を合理的な範囲で具体的に説明していれば、実際の結果と異なっただけで直ちに虚偽記載等の責任を負うものではないとの考え方が示されている。背景には、虚偽記載等の責任を懸念して企業が積極的な開示を避ければ、有価証券報告書の開示内容が横並びで定型的になりかねないという問題意識がある。

 サステナビリティ情報では、将来情報に加え、スコープ3のように企業の支配が及ばない第三者のデータや見積りに依存する情報も多い。この特性を踏まえ、2026年2月には、従来のセーフハーバーの考え方がスコープ3定量情報にも明示的に広げられた。

 一方、スコープ3では推論過程や社内手続の説明自体が制度対応の重要な要素となる。今後、それらが企業固有の判断やデータ品質を理解できる情報となるのか、形式的な記載へ収斂するのかは、制度適用後の焦点となる。

 企業には、一次データを取得できる領域を広げつつ、取得できない領域では推計方法、排出係数、データソース、判断理由を管理する対応が求められる。

同時開示と二段階開示で変わる業務設計

 サステナビリティDXでは、情報をいつ作るのかも重要となる。金融庁は、SSBJ基準の適用開始年度と翌年度について、SSBJ基準に従って記載すべき情報を有価証券報告書に記載せず、翌期の半期報告書の提出期限までに訂正報告書で開示する「二段階開示」を認めた。

 パブリックコメントでは二段階開示の永続化や延長を求める意見も出たが、金融庁は、対象企業が対応状況を把握し、リソースを確保するまでに時間を要することを考慮し、適用開始初年度と翌年度の2年間としたと説明している。金融庁は実務も具体化し、SSBJ基準に基づく情報の一部を第一段階の有価証券報告書に記載し、残りを訂正報告書で追加する方法や、訂正報告書から有価証券報告書の記載箇所を相互参照する方法も一定条件で認めている。

 制度検討過程では、財務情報と非財務情報の同時開示を可能にするデータ管理プラットフォームの開発がコンサルティング会社やSaaS企業で世界的に進んでいるとして、日本企業も同時開示に向けて取り組む必要があるとの委員意見も出た。一方、事業報告と有価証券報告書という複数の開示実務や株主総会前開示との関係等、日本固有の制度上の制約も指摘された。

 企業側では、どの情報をいつ確定させ、どこまで見積りを利用し、どの段階で経営者のレビュー・承認を得るかという開示カレンダーを設計する必要がある。年度終了後に各部門や海外拠点へExcel等を配布して回収する方法だけでは、財務情報と近い時期の開示には対応しにくい。期中からデータを取得し、異常値や欠損を確認する仕組みが重要になる。

第三者保証で変わるデータ管理と内部統制

 さらに大きな変化が第三者保証だ。国際監査・保証基準審議会(IAASB)の国際サステナビリティ保証基準「ISSA 5000」は、2026年12月15日以後開始する期間のサステナビリティ情報に対する保証業務に原則適用される。日本公認会計士協会も2026年3月、ISSA 5000と整合する「サステナビリティ保証業務実務指針5000」を公表した。

 日本の法定保証で用いる基準については、企業会計審議会サステナビリティ情報保証部会が検討を進めている。2026年7月の第2回会合では、同部会の意見書で保証基準等の策定のあり方を取りまとめた上で、日本公認会計士協会の実務指針5000等を基礎に、金融庁が関係者と調整して国内の保証基準等を策定する方向が示された。保証水準は限定的保証とし、合理的保証への移行は行わない方針も示された。一方、保証範囲については、金融審議会報告で、当初2年間はスコープ1、2の温室効果ガス排出量、ガバナンス、リスク管理に限定し、3年目以降は国際動向等を踏まえて検討すると整理されている。

【参考】【日本】金融庁、2027年3月までにSSBJ保証基準策定へ。国際基準との整合性重視(2026年5月28日)

 同部会に示された意見書の骨子では、サステナビリティ情報には、定性情報、見積り情報、将来情報、自社の統制が及ばない第三者情報等、財務情報と比べて相対的に不確実性が高い情報が含まれるため、その特性を踏まえた適切な保証手続を立案・実行することが重要とされた。

 保証実務を巡っては、作成者側の委員から、見積りや将来情報に関する虚偽表示リスクへの対応が過度に保守的にならないよう制度趣旨を整理すべきとの意見が出た。一方、監査側の委員からは、企業負担への配慮だけでなく、第三者保証の質を確保することが資本市場の信頼向上に繋がるとの意見も出た。合理的な見積りを前提とするSSBJ基準と、保証の信頼性を実務上どのように両立するかは、制度運用後の焦点となる。

 例えば、データ入力者と承認者の分離、算定方法や排出係数の変更承認、前年値から大きく変化した場合の確認、証憑へのリンク、修正前後の値と理由の保存等を通常業務に組み込むことが考えられる。年度末に保証のための証拠を集めるのではなく、情報作成・管理の段階から証跡を残す。

 統制の深さも情報の性質に応じて変える必要がある。自社メーター等から取得するスコープ1、2と、サプライヤー情報や推計を含むスコープ3では、誤りの発生要因や企業が統制できる範囲が異なる。重要性や不確実性、データ取得経路に応じて、入力チェック、承認、証憑保存、例外処理を設計することになる。

開示データを経営にどう繋げるか

 こうした対応をSSBJ専用の開示業務として閉じるか、経営情報として利用するかによってDXの意味は変わる。SSBJ基準の結論の背景では、企業が財務諸表の作成、ビジネスモデルの運用、戦略策定、サステナビリティ関連リスク・機会の管理にすでに用いている情報は、過大なコストや労力をかけず利用可能な情報とみなされる考え方が示されている。

 サステナビリティ情報を、企業がすでに持つ経営情報と接続して活用することもDXの対象となる。温室効果ガス排出量であれば、エネルギー管理、購買、物流、製品、設備投資等と関係し、人的資本では人事システム、財務的影響では経営計画や予算管理との接点が生じる。

 2025年6月の金融審議会でも、スコープ3の把握を調達、物流、製品設計、ビジネスモデルを見直す機会とし、開示を単なるコストセンターとしてではなく事業機会に繋げるべきだとの委員意見が出た。開示のために取得した情報を経営判断へ繋げるというDXの方向を示している。

 例えば役員報酬に気候関連KPIを用いる場合、SSBJ開示とは異なる基準年や組織範囲で排出量を算定すれば、同じ企業について複数の排出量指標が存在することになる。用途毎に異なる定義が必要な場合もあるが、その差を説明できなければ、経営管理と外部開示の整合性は低下する。そのため、サステナビリティ、経理、法務、内部監査、データ管理等の機能で、算定方法や基礎データの整合性を確保することが必要となる。

【参考】【戦略】ESG連動役員報酬は再設計の段階へ ~反ESG圧力とSSBJ開示に耐えうるKPIの条件~

 重要なのは、全てのデータを一つのシステムに統合することではなく、同じ基礎情報がどの用途に、どの定義で使われているかを把握できることだ。元データを作成・管理する部門が品質に責任を持ち、サステナビリティ部門が開示基準への変換と全体整合を担う等、データ所有者や承認者の役割を整理することもDXの対象となる。

AXでサステナビリティ情報の作成・管理はどう変わるか

 この延長線上に、AIトランスフォーメーション(AX)がある。日本政府は2026年7月、バーティカルAI等を含む「戦略17分野における『主要な製品・技術等』の官民投資ロードマップ」を決定した。策定過程のロードマップ案では、バーティカルAIについて、業務効率化にとどまらず「AIを軸とした経営改革(AX)」を促進する方向が示された。経済産業省も同年4月、AXの進展とデータ活用の重要性を踏まえてデジタルスキル標準を改訂し、「データマネジメント」類型を新設した。

【参考】【日本】政府、AI基本計画(第2期)を閣議決定。AIの先の社会変革に主眼(2026年7月15日)

 政府のAX政策がSSBJ対応を直接対象としているわけではない。しかし、請求書や証憑から活動量を抽出する、異なる形式のサプライヤー情報を整理する、前年から大きく変化した数値を抽出する、開示文章と定量データの矛盾を検知する、保証で必要な証拠を社内文書から検索する等、サステナビリティ情報の作成業務にはAIを活用できる領域がある。

 一方、AIが抽出した数値には元証憑が必要で、AIが分類・要約した情報には人によるレビューが必要となる。どのモデルを用い、どのデータを入力し、どの出力を採用・修正したのかというログも新たな証跡になり得る。機密性の高い事業データや未公表情報を扱う場合には、アクセス権限や外部サービスへのデータ送信も統制対象となる。

 AXはデータ管理を代替するものではない。信頼できるデータ、責任者、証跡、承認フロー等をSSBJ対応の中で整備することが、将来AIをサステナビリティ業務や経営管理へ組み込む基礎となる。

今後の焦点

 SSBJ対応を従来のサステナビリティ報告に法定開示項目を追加する作業と捉えれば、データ収集と確認の負担が増えるだけになりかねない。一方、情報作成・管理プロセスまで見直せば、制度対応を企業内の情報管理や業務を再設計する契機にできる。

 期中データを取得し、必要に応じて合理的に見積り、推論過程を記録し、レビュー・承認を経て、後に新しい情報が得られれば更新し、第三者が証跡まで検証できる。その情報を開示だけでなく、調達、製品、設備投資、リスク管理等の意思決定にも利用する。一連の業務を繋げることが、SSBJ時代のサステナビリティDXとなる。

 その先ではAIによる自動化や分析も広がるが、AIを導入するほど、基礎データの品質と情報作成・管理過程を説明できるガバナンスが重要になる。SSBJ対応を開示部門の追加業務で終わらせるのか、サステナビリティ情報を継続的に取得・検証し、経営にも利用できる情報基盤へ変えるのか。制度対応とDX、AXをどう繋げるかが、今後の企業実務の焦点となる。

【参照ページ】「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」等の公布及びパブリックコメントの結果について 【参照ページ】金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」報告の公表について 【参照ページ】金融商品取引法及び資金決済に関する法律の一部を改正する法律案 説明資料「企業のサステナビリティ情報の開示・保証」 【参照ページ】サステナビリティ開示ユニバーサル基準「サステナビリティ開示基準の適用」 【参照ページ】サステナビリティ開示テーマ別基準第1号「一般開示基準」 【参照ページ】金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第7回)議事録 【参照ページ】比較情報を更新するかどうかの判断 【参照ページ】サステナビリティ開示テーマ別基準第2号「気候関連開示基準」 【参照ページ】金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(第3回)事務局説明資料 【参照ページ】「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(案)等に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方 【参照ページ】Understanding the International Standard on Sustainability Assurance 5000 【参照ページ】サステナビリティ保証業務実務指針5000「サステナビリティ情報の保証業務に関する実務指針」及び「公開草案に対するコメントの概要及び対応」の公表について 【参照ページ】企業会計審議会第2回サステナビリティ情報保証部会議事録 【参照ページ】【戦略】ESG連動役員報酬は再設計の段階へ ~反ESG圧力とSSBJ開示に耐えうるKPIの条件~ 【参照ページ】日本成長戦略本部/日本成長戦略会議 【参照ページ】戦略17分野における「主要な製品・技術等」の官民投資ロードマップ(案) 【参照ページ】デジタルスキル標準ver.2.0(DSSver.2.0)を公表します

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菊池尚人

チーフコンサルタント 兼 事業開発室長

PwCコンサルティングを経て、2019年より現職。コンサルティング業務に10年間従事。 大手企業・金融機関向けに、国内外の政策・市場・企業動向に関する継続モニタリングやテーマ別リサーチ、ESG・サステナビリティ戦略策定、研修を提供。 Sustainable Japanの編集も務め、サステナビリティ経営に関する国内外の動向を分析・発信している。

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