【レポーティング】有力機関が提唱した「ハイブリッド・メトリクス」とは何か。統合報告の新潮流 2020/10/10 体系的に学ぶ

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 昨今、サステナビリティ追求が、事業を強くし、企業価値を高めるという理解が進んだことで、サステナビリティ報告に関する議論も新たなフェーズに入ってきた。従来は、情報開示フレームワーク策定を、GRI、IIRC、SASBといったサステナビリティに関心を集めたNGOや企業の有志団体が牽引してきたのに対し、最近では既存の会計報告基準策定を担ってきたIFRS財団や証券監督者国際機構(ISOCO)が林立するフレームワークの統一の動きを開始。同時に、世界経済フォーラム(WEF)や欧州委員会も主導権争いに名乗りを上げている。

 サステナビリティ報告のフレームワークにおいて、情報開示を推奨する項目そのものをどう設計するかも重要だが、それ以上にクリティカルなテーマとなるのが「マテリアリティ」の位置づけた。マテリアリティは、企業にとって「重要」な項目に焦点を当てた開示を促す基礎的な概念だが、この「重要」が、企業財務の影響を求めるという点での「重要」を指すのか、企業財務には影響を与えずとも社会・環境という外部に対しインパクトを与えるという意味での「重要」を指すのかは、自明ではなく、数十年前から議論の対象となっている。最近では「ダイナミック・マテリアリティ」という概念も提唱され、マテリアリティの概念が複数あることを前提とし、動的なマテリアリティを前提にしようという考え方も強まってきている。

 そのような中、「サステナビリティ=企業価値」ということを強く信じ、企業財務に影響を与えるという意味でのマテリアリティを基にした変革を提唱する新たなプレーヤーが登場してきた。それが、ハーバード・ビジネス・スクール、エネル財団、FSG、Shared Value Initiativeの4団体が9月17日発表した「ハイブリッド・メトリクス」だ。副題には「ステークホルダー価値と株主価値と接続」とあり、ステークホルダー資本主義と株主資本主義を対立構造で語られる風潮の中で、ステークホルダー価値と株主価値を接続することを狙っている意欲的なアクションとなっている。

 ハイブリッド・メトリクスは、財務情報を非財務情報の統合を行うために、これまでのように財務と非財務を別々の指標として扱うのではなく、統合させた指標の活用を提唱している。例として挙げられているものには、

  • エネルギー:EBITDA/二酸化炭素排出量
  • 農業:EBITDA/農地面積
  • 小売:原価/廃棄物削減額
  • 紙・パルプ:売上/二酸化炭素固定量
  • 製薬:EBITDA/障害調整生命年
  • サービス:EBITDA/生活必要賃金以上の労働力割合
  • 化学:原材料費/リサイクル原材料重量
  • 金融:一人当たり売上/金融ウェルビーイング

 これらはいずれも、生産投入量に対する事業効率を測定し、同業種内での企業比較を可能にしようという考え方だ。そのため分子には財務指標を、分母には非財務指標を置いている点に大きな特徴がある。

 今回「ハイブリッド・メトリクス」に助言した専門家には、ESG投資研究の大家であるハーバード・ビジネス・スクールのジョージ・セラファイム教授の他に、世界経済フォーラム(WEF)のキャサリン・ブラウン・サステナブル・インパクト投資ヘッド、CeresのCEO、CECPの団体CEOとCEO・投資家フォーラムのCEO、FCLT GlobalのCEO、ブラックロックとアライアンス・バーンスタインの投資運用責任者も参加しており、投資家からの観点が強く打ち出されている。今回のレポートでは、投資家が、財務と非財務を統合させた効率指標を必要としていることを伺わせるとともに、企業に対しても、意思決定ツールとしてハイブリッド・メトリクスの活用を促した形だ。

 発表されたレポートの中では、サステナビリティを株主価値に接続することを阻害している要素についても整理し示した。その中には、事前に設定した長期的なマテリアリティが現実とならなかった場合に訴訟されるリスク(特に米国)の存在、監査法人が非財務データの監査をしたがらない慣行、投資家が企業経営者に短期指標で報酬設定する慣行、短期思考を助長する四半期決算の慣行等があり、制度面や事業慣行面でもハードルがあることにも言及した。

 では、このようなハードルもある中、ハイブリッド・メトリクスが示すような報告を企業が実施していくのであろうか。同レポートでは、企業のクラス分けとして、TCFDやSASB等のマテリアリティを重視したフレームワークを活用し、社会・環境のインパクトを測定しようとしている企業を「ステージ1」、その上にさらに先進的な企業として、社会・環境観点の共有価値を積極的に株主価値と関連させて説明している企業を「ステージ2」、さらには個別の財務指標の影響までも分析し明確に株主価値を説明している企業を「ステージ3」と定義。主要セクターで実際に大手企業をプロットしてみせた。

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 例えば消費財業界では、「月並み」の企業としてコルゲート・パーモリーブ、「ステージ1」をP&G、「ステージ2」をユニリーバとプロットした。また食品業界では、「月並み」の企業としてクラフト・ハインツ、「ステージ1」をネスレ、「ステージ2」をダノンとプロットした。

 上記の表で例示されている企業は、「月並み」クラスの企業であっても、日本では先進企業として紹介されることもある企業ばかりで、極めてハイレベルな比較となっている。しかしこのように、上位の企業であっても、さらにクラス分けがされてしまうほど、報告や情報開示のレベルは今でも進化し続けていることを示してくれている。

 同レポートの分析は、当然ここで終わりとはならない。投資家が多数参加した「ハイブリッド・メトリクス」のレポート作成では、当然、パフォーマンスの比較まで実施された。結果は、「月並み」企業と比べ、ステージ1から3の企業は、市場予測よりも実際の業績が上回る確率が高く、またステージ1の企業に比べ、ステージ2と3の企業は、市場予測のブレ幅が小さかった。このことから、執筆者たちは、ステージを上げることで、業績を高めるとともに、市場でのボラティリティを下げる効果があるという仮説を打ち立てている。

 ESG投資がメインストリームとなっても、投資家が財務指標へ注目しなくなるということではない。むしろ非財務指標の活用次第で、財務指標の意味を増幅できるということを、今回のレポートは示してくれているように思える。財務と非財務の統合というテーマは、叫ばれてからすでに長い時間が経過しているが、先進企業では常に在り方を探求し続けているようだ。

【参照ページ】Hybrid Metrics: Connecting Shared Value to Shareholder Value Executive Summary

著者プロフィール

夫馬 賢治

株式会社ニューラル CEO

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