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【金融】PRI、責任投資の今後20年を展望。受益者リターンとシステムレベルリスクを中核に

【金融】PRI、責任投資の今後20年を展望。受益者リターンとシステムレベルリスクを中核に 2

 国連責任投資原則(PRI)は4月、責任投資の今後を展望する報告書「The future of responsible investing」を発表した。同報告書は、2027年から2030年までの次期戦略策定に向けたインプットとして、アセットオーナーを中心に組成したプロジェクト「Future of Responsible Investing(FoRI)」の議論と提言を整理したもの。責任投資の目的を、受益者に対する長期的・継続的・安定的な投資リターンの創出に改めて結び付けるとともに、気候変動、自然、人口動態、地政学、AI等のシステムレベルリスクに対し、投資家がどのように対応すべきかを論じている。

 PRIの6原則は2006年4月、ニューヨーク証券取引所で発足しており、2026年は発足20年の節目にあたる。今回の報告書が見据えるのは次の20年という時間軸。署名機関は5,000機関以上、運用資産残高(AUM)は2025年の年次報告時点で139.6兆米ドルに達している。責任投資はもはや周辺的な活動ではない。

 一方この間、ESGを巡っては、米国を中心とする政治的反発、グリーンウォッシュ懸念、用語のマーケティング利用、規制の分断が同時に進行してきた。本報告書の最大の特徴は、こうした環境下で、責任投資の正当性を価値観や社会的善意に置くのではなく、受託者責任と長期的な投資リターンの観点から改めて整理している点にある。

 この整理は、PRI自身の組織改革とも軌を一にしている。PRIは2026年の報告フレームワーク刷新で、署名機関が回答する指標を従来の大規模な設問群から大幅に削減し、スコアリングも新基準で再出発させた。全署名機関に同じプロセスを課す「大きなテント」型の運営から、投資家ごとの状況と野心に応じたパスウェイを認める差別化型へ転換した。FoRI報告書が示す「全ての投資を責任投資に」「システムレベルリスクへ」という二つの方向性は、この組織改革と同じ文脈と捉えることができる。次期戦略の策定期と重なるタイミングで、アセットオーナーの視点をPRIの将来戦略に反映させるための基礎資料と位置づけられる。

責任投資の目的を受益者リターンに再接続

 FoRIプロジェクトでまず重要なのは、責任投資の目的を、アセットオーナーの視点から改めて整理した点だ。これは、PRIの従来の責任投資の考え方を置き換えるものではなく、責任投資が何のために存在するのかを、受益者に対する責任の観点から再確認したものと位置付けられる。

 FoRIは、アセットオーナーにとって責任投資の中核的な目的は、受益者のために投資リターンを継続的かつ安定的に生み出すことを支援することにあると整理。ここで責任投資は、倫理的投資や社会貢献投資としてではなく、長期的な投資リターンと受託者責任の枠組みの中で説明されている。ガバナンス、環境、社会、経済の各要素は、受益者の最善の利益のために行動するというアセットオーナーの義務の一部として扱われる。

 その上で、責任投資は、倫理や社会貢献等、社会的に望ましいテーマに資金を振り向けること自体を目的化するものではないと言及。むしろ長期リターンの源泉となる経済・社会・環境システムが損なわれれば、アセットオーナーのポートフォリオ全体にも影響が及ぶという認識に基づいていると説明した。責任投資は「ESGを重視するか否か」という価値観の問題ではなく、長期投資家が受益者リターンを守るためにどのようなリスクと機会を考慮すべきかという、投資実務の問題として扱われるものとした。

今後の責任投資に関する2つの方向性

 同報告書は、今後の責任投資の姿について、大きな方向性を2つ示した。一つ目は、「全ての投資を、責任投資にすること」だ。これは、責任投資を特定の商品、専門部署、ESG担当者の仕事として扱うのではなく、全てのアセットオーナーと運用会社の投資活動における基盤的な実務にするという考え方だ。

 PRIは、過去20年間の発展により、サステナビリティやガバナンス関連要素を投資判断やスチュワードシップに統合するアクションは、すでに投資業界で広く採用されていると整理。これからの責任投資は、選択肢や専門領域の一つではなく、CIO(最高投資責任者)、ポートフォリオマネージャー、投資チーム全体の基礎的な能力と規律になるとの見方を示した。

 もう一つは、「責任投資をシステムレベルリスクに対応する方向へ発展させること」だ。PRIは、サステナビリティ課題が相互に結び付き、個別企業や個別アセットのリスクに留まらず、資本市場全体や経済・社会システム全体に影響を及ぼす可能性が高まっていると指摘。例えば気候変動は、農業生産性、水資源、移住、インフラ、保険、財政、地政学等に波及し得る。自然資本や生物多様性の劣化も、原材料調達、食品価格、サプライチェーン、健康、地域社会の安定等に影響を与える。こうしたリスクは、個別企業分析だけでは十分に把握できず、分散投資やヘッジ等の従来型のリスク管理だけでも対応が難しい。

 ここで重要なのが、システムレベルリスクという概念だ。システムレベルリスクは、個別企業・個別資産を超えて、ポートフォリオ全体や金融・経済・社会・環境システムに影響するリスクを指す広い概念。その中には、市場全体に影響し分散投資だけでは回避しにくいシステマティックリスクと、システムの相互依存を通じて連鎖的な機能不全を引き起こすシステミックリスクが含まれる。

 このうち、システミックリスクは、金融システムや実体経済の構造そのものに起因し、広範な市場参加者に影響を及ぼすリスクを指す。システマティックリスクは、市場全体に影響するため、個別銘柄選択や分散投資では回避しにくいリスクを指す。気候変動、自然資本の劣化、地政学的分断、人口動態、技術変化等は、いずれも個別企業の財務指標やESGスコアだけでは把握できず、分散投資やヘッジ等の従来型リスク管理でも対応が難しい。

 この発想の背後にあるのは、市場全体に分散投資する年金基金等のユニバーサルオーナーにとって、リターンの大半は個別銘柄選択ではなく市場全体の動向で決まるため、システム全体の健全性こそが受益者利益の源泉という考え方だ。長く学術的・先進的な議論に留まってきたこの理論を、PRIが次期戦略に向けた議論の土台に置きつつあることが、本報告書の本質的な新しさだ。

今後20年のテーマ別優先課題

 アセットオーナーが今後20年間に重視すべきテーマとしては、気候変動の緩和と適応、自然と生態系サービスへの依存・インパクト、人口動態変化、労働・賃金・教育・労働力移行、地政学、平和、民主的制度、AI、デジタルインフラ・ガバナンス等を挙げた。従来のESGテーマの範囲を超え、マクロ経済、社会制度、技術基盤、政治秩序に関わる課題を含んでいる。

 とりわけ注目すべきは、地政学、民主的制度、AI、デジタルインフラ・ガバナンスが責任投資の優先テーマとして明示されている点だ。責任投資は従来、気候変動、人権、労働安全衛生、取締役会構成、腐敗防止等を中心に発展してきた。しかし、今後の投資環境では、地政学的分断、サプライチェーンの再編、デジタルインフラへの依存、AIによる産業構造変化、情報空間の分断、民主的制度の脆弱化等が、長期投資家にとって無視できないリスク要因になる。PRIがこれらを責任投資の文脈で扱っていることは、ESGの射程が「企業の非財務情報」から「投資リターンを支える社会システムの健全性」へと拡張していることを示す整理である。

 また報告書は、優先課題を固定的なリストではなく、動的に特定・更新するプロセスの必要性を強調。投資業界、学術ネットワーク、その他のステークホルダーの多様な視点を取り入れ、投資家の地域的な知見とPRIのグローバルな政策・投資家知見を組み合わせ、アセットオーナーのCEOやCIO等の意思決定者の視点を統合するとしている。例えばAIガバナンスや地政学リスクも、数年前には主要論点ではなかったことも踏まえ、重要課題は資本市場、政策、科学、社会の変化に応じて入れ替わり続けるという前提に立つ整理となった。

サステナブル金融システムに関する構造的課題

 構造的な優先課題としては、グローバル金融システムのレジリエンスと長期志向、エマージング市場におけるサステナブルファイナンス、民間インセンティブと公共的な移行目標の整合、資本市場における外部性の価格付け、市場規範・マンデート・説明責任の再設計、投資家責任・スチュワードシップ権限・パフォーマンスベンチマークの明確化、年金制度や金融システムの構造・規制変化等が挙げられた。

 これらの構造的課題は、個別企業のESG改善とは性質が異なる。例えば、外部性の価格付けは、炭素価格、自然資本、汚染、労働、人権等に関する政策や市場設計に関わる。パフォーマンスベンチマークのあり方は、短期的な相対リターンを追求する運用会社の行動を左右する。マンデートの設計は、運用会社がどの程度の時間軸で、どのようなリスクを考慮し、どのようなエンゲージメントを行うかを決める。スチュワードシップ権限の明確化は、パッシブ運用の拡大や指数運用の普及の中で、投資家が資本配分だけでなく議決権行使や企業対話を通じて、どのように市場全体のリスクに対応するかに関わる。責任投資の主戦場が、個別投資家や個別企業の努力から、市場の設計そのものに移っていくという見立てである。

アセットオーナーの3つの主要手段と5つのアクション

 アセットオーナーが使える主要な手段としては、資本配分、エンゲージメント、フィールド・ビルディングの3つを示した。資本配分には、運用会社の選定、ポートフォリオ構築、セクター配分等が含まれる。エンゲージメントには、企業との対話、運用会社との対話、政策当局との対話、協働エンゲージメント等が含まれる。フィールド・ビルディングには、市場の期待、規範、基準、データ、能力構築、研究支援等を通じて、責任投資の実務基盤を整えるアクションが含まれる。

 その上で、取るべき具体的なアクションとして5つの機会を挙げた。

  1. 共通利益に関する発信の強化
  2. CEO・CIOの関与の強化
  3. 運用会社への資金配分に関する透明性の向上
  4. 政策エンゲージメントの拡大
  5. 資本配分を通じたイノベーション支援

 共通利益に関する発信の強化では、個別に活動しがちなアセットオーナーが中核課題について見解とベストプラクティスを共有すれば、運用会社、サービスプロバイダー、政策当局、発行体への影響力を高めることができるとした。

 CEO・CIOの関与の強化に関しては、責任投資がESG専門部署だけの活動に留まる限り、投資判断、運用会社評価、マンデート設計、資本配分には十分に組み込まれないと指摘。FoRIの議論では、アセットオーナーのCIOが責任投資の優先課題により積極的かつ可視的に関与する価値と、責任投資部門と投資チームの間でメッセージを整合させる必要性を訴えた。

 運用会社への資金配分に関する透明性の向上では、アセットオーナーが、運用会社の選定・不選定の理由を明確にフィードバックすることで、運用会社に対して責任投資実務を統合するシグナルの明示になると分析。これにより、ESG評価やスチュワードシップ方針が形式的な整備ではなく、実際の投資判断、運用プロセス、企業対話に責任投資を組み込む動機付けになるとした。

 政策エンゲージメントの拡大では、気候変動政策、エネルギー政策、自然資本政策、労働政策、デジタル規制、金融規制等が、投資リターンの前提条件を形成すると説明。アセットオーナーは、金融市場政策に限らず、広範な政策領域で長期投資家の観点から対話する立場にあると強調した。

 資本配分を通じたイノベーション支援では、ブレンデッドファイナンス等の革新的な金融手法を通じた新興市場への資本供給とイノベーション促進の可能性に言及。リスク回避だけでなく、移行に向けた資金動員への結び付きとしての責任投資の役割を示した。

PRIに期待されるイネーブラーとしての役割

 PRI自身の役割については、アセットオーナーのアクションを支援する「成果志向のイネーブラー」としての機能強化が、FoRIから提案された。具体的には、アセットオーナーの声の増幅、実効性のある協働の場の提供、透明性ある政策エンゲージメント、投資家教育と能力開発、スチュワードシップの支援、責任投資エコシステム全体の強化を挙げた。

 アセットオーナーの声を増幅するためには、PRIの戦略、政策提言、ガバナンスにおいて、CIO、経営陣、理事会メンバー等の視点をより正式に取り入れることを提案。責任投資担当者だけでなく、投資意思決定の中核を担う人々が議論に参加することにより、責任投資を投資プロセスの中心に移すことができるとした。また、アセットオーナー同士が経験を共有し、主要課題について議論するフォーラムの役割も担う。

 協働の場については、単なる会議や情報交換ではなく、具体的な成果に繋がる設計が求められているとし、協働イニシアチブ、ガイダンス、ツール開発、政策機会等、明確な成果物を伴う形での場づくりを提案した。さらに、地域、テーマ、野心レベルに応じたワーキンググループを形成し、アセットオーナーが優先課題を提案し、共同で設計・主導できる仕組みも示された。

 政策エンゲージメントについては、透明性と説明責任を重視。PRIは規制当局や国際機関との関係を有しているが、政策提言が特定の少数の声に偏っていると見られれば、正当性が損なわれるとした。署名機関がPRIの政策ポジションを提案・形成・支持する明確なプロセスや、共同声明・規制意見提出へのオプトインモデルが提案された。また、地域ごとの文脈や文化的感度を考慮しながら、グローバルな視点を反映する必要があるとした。

 投資家教育と能力開発については、責任投資の対象がより技術的・専門的になり、システムレベル課題が増える中で、複雑なサステナビリティ枠組みを、財務的に重要な概念に翻訳すること、ESG専門家だけでなくCIO、投資チーム、取締役会、エマージング市場のステークホルダー向けの学習支援が必要とした。

 スチュワードシップに関しては、投資家が既存イニシアチブに接続しやすくする役割をPRIに期待。気候変動、自然、人権、労働、デジタルガバナンス等の分野に、多数のイニシアチブやフレームワークがすでに存在することを踏まえ、PRIがすべてを主導するのではなく、重複を減らし、投資家、政府、NGO、企業を繋ぐ場を提供し、地域やテーマに応じた自主的なサブグループを可能にすることが重要とした。

 責任投資エコシステム全体の強化では、TNFDやISSB等のネットワーク・基準との相互運用性、サステナビリティ指標のデータ標準化、保証・検証ツール、エマージング市場のインフラと能力強化、銀行や多国間開発機関等との協働を論点として挙げた。

PRIの6原則は変更せず、解釈ガイダンスを重視

 一方で、同報告書はPRIの6原則について、現時点で変更する便益は限定的と整理した。FoRIの参加者は、現在の6原則がしばしばプロセス重視に狭く解釈されていることを認めつつも、システムレベルリスクやシステマティックリスクを扱う柔軟性があると評価。原則自体を改定するのではなく、責任投資の進化した目的を既存の原則を通じてどのように実現するかを説明するガイダンスを作成することを推奨した。

企業のサステナビリティ担当者への示唆

 今回の報告書は、企業のサステナビリティ担当者にとって、投資家対応の前提が変化していることを示している。従来の投資家対応は、ESG評価機関の設問への回答、統合報告書やサステナビリティレポートの整備、主要KPIの開示が中心になりがちだった。しかしアセットオーナーの関心がシステムレベルリスクに広がると、企業への期待も変わる。

 具体的には、温室効果ガス排出量削減目標の設定有無ではなく、移行計画が資本配分、研究開発、設備投資、サプライチェーン、製品ポートフォリオ、政策提言と整合しているか。生物多様性保全活動の有無ではなく、事業が依存する生態系サービス、原材料調達、土地利用、水ストレス、地域社会への影響をどう把握しているか。AIやデジタルインフラでは、データガバナンス、サイバーセキュリティ、アルゴリズムの透明性、人権への影響、労働移行が論点となり得る。「良いアクションをしている」ことではなく、「重要なシステムリスクと事業上の財務影響をどう把握し、どのような戦略・KPI・ガバナンスで対応しているか」を示す必要がある。

 投資家が政策エンゲージメントや市場規範づくりを重視するほど、企業自身の政策関与も監視対象になる。気候変動対応を掲げながら業界団体を通じて逆方向の政策ロビー活動を行っていれば、移行計画の信頼性は損なわれる。自然資本や人権でも、企業単独のアクションだけでなく、業界標準、調達慣行、データ基盤、認証制度、政策との整合性が問われる。

 同報告書は、ESG対応を「開示義務対応」や「評価改善」に閉じるリスクを提示していると言える。特に日本企業では、SSBJ基準への対応が始まる中、開示制度への準拠は重要だが、それだけではアセットオーナーの関心に応えたことにならない。投資家が見るのは、開示の有無ではなく、その企業がどのような長期リスクを認識し、事業モデルをどう調整し、資本配分をどう変え、政策・市場・サプライチェーンにどう関与しているかだ。

 日本市場は、PRIにとってアセットオーナー署名の主要な成長市場の一つであり、国内でもアセットオーナー・プリンシプルの策定以降、年金基金や保険会社の運用高度化が政策課題になっている。FoRIが提示した「CIOの関与」「運用会社選定の透明性」「マンデート設計」という論点は、日本のアセットオーナー改革の文脈にそのまま接続し得る。

 さらに、同報告書は責任投資の世界が一枚岩ではないことにも付言。アセットオーナーの規模、投資信念、マンデート、地域、受益者構成によって実践は異なるとした。企業側も投資家を一括りにせず、長期保有のアセットオーナー、アクティブ運用会社、パッシブ運用会社、指数提供会社、ESG評価機関のそれぞれのインセンティブと期待を区別する必要がある。

 責任投資は、ESGというラベルの拡大ではなく、長期投資家が受益者利益を守るために、社会・環境・金融システムの変化にどう向き合うかという議論に移っている。企業としても、サステナビリティを評価改善や開示対応に留めず、長期的な事業レジリエンスと資本市場への説明責任に統合していくことが求められている。

【参照ページ】The future of responsible investing

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菊池尚人

チーフコンサルタント 兼 事業開発室長

2016年新卒から10年コンサルティング業界に従事。2019年より現職。 大手企業・金融機関向けESG戦略・投資アドバイザリーのリードに加え、 サステナビリティ経営に関する研修講師、Sustainable Japan編集も務める。

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