今年8月30日、環境省主催「気候変動適応情報プラットフォーム開設記念シンポジウム」が東京のイイノホールで開催されました。昨年12月のCOP21パリ協定で世界各国が気候変動対策に尽力することを掲げた今、日本政府がどのような対応を行っていくかに内外の関心が集まっています。今回のシンポジウムは山本公一環境大臣の開会挨拶から始まり、環境省や国立環境研究所の考え方の発表や、地方自治体や農林水産省、国土交通省がどのような検討を開始しているかの報告がありました。
あらためて今回のシンポジウムのタイトルには、「気候変動適応情報プラットフォーム」という言葉が含められています。副題は、『「適応」が創造する未来 気候変動にどう備えるか』となっています。私自身も最初は意にも止めなかったのですが、環境省からの発表を聞き、その真意を掴むことができました。キーワードは「適応」です。そして気候変動の文脈において「適応」と対になる言葉は「緩和」です。気候変動と言えば一般的に人々が想像するのは「緩和」でしょう。COP21パリ協定でも、気温上昇を産業革命前(と比べて2℃未満に抑えるという、いわゆる「2℃目標」が掲げられ、気候変動を緩和、抑制する取り組みが始まると受け止められました。
では、「適応」とは何でしょうか。適応とは、気温上昇が起こることを前提とし、それに伴い生じる環境変化や社会変化に対応できる社会づくり、国づくりを進めていくというものです。今後世界では少なからず気温が上昇していきます。人類社会が総力を挙げ、パリ協定で定めた目標が達成できたとしても、2℃ほどは上昇するということです。たかが2℃と思われるかもしれませんが、この2℃は地球環境には大きは変化をもたらします。そして現在もすでに影響は出始めています。シンポジウムのタイトルともなった「気候変動適応情報プラットフォーム」は前日の8月29日に環境省がオープンしました。ここには今後、気温上昇によって影響を受ける様々な内容が集約されていきます。農作物への影響、洪水、台風、伝染病。気温上昇は本当に様々な領域に影響を与えていきます。今回はシンポジウムの内容をもとに、気温上昇がもたらす影響や動き始めた国の対策を見ていきます。
気温上昇は確かに起こっている
(出所)「適応策を通じた新しい日本社会像の構築」気候変動適応情報プラットフォーム開設記念シンポジウム
シンポジウムの中でとても印象的だったシーンのひとつが、国立環境研究所の住明正・理事長が講演の中で、「地球温暖化は確かに起こっている」と強調して話していたことでした。実は研究者の間でもここ十年ほどの間に「地球温暖化など起こっていない」という様々な説が誕生しており、地球温暖化そのものを否定する考え方も少なくありませんでした。住氏は講演の中で、有力だった地球温暖化否定説も、その後の実証的な研究が行われた結果、根拠がないことがわかり、今や研究者の間でも「地球温暖化が確かに起こっている」ということ認めざるを得なくなっていると強調していました。
なぜ「適応」なのか
(出所)「我が国の気候変動の影響への適応に向けて」気候変動適応情報プラットフォーム開設記念シンポジウム
環境省の鎌形浩史・地球環境局長も、講演の中で地球温暖化は実際に起こっていることを踏まえ、「適応」していくことの重要性を訴えていました。上の図は、将来の気温上昇の予測と予想される影響を示しています。ここには、パリ協定で決まった「2℃目標」をなんとか達成できたとしても、「北極海氷やサンゴ礁が非常に高いリスクにさらされる」と記されています。1℃上昇に留まったとしても天候への影響があることも示されています。すなわち、今後世界は地球温暖化抑制への努力を続けたとしても、気温上昇という現実は直視しなければならないということです。
(出所)「我が国の気候変動の影響への適応に向けて」気候変動適応情報プラットフォーム開設記念シンポジウム
環境省はすでに有識者を集めた検討会を開き、気候変動の影響を受けやすい領域を特定し始めています。国は、上の表の中で特に赤く囲まれている「水稲」「果樹」「病害虫」「動植物の個体変動」「河川洪水」「高潮・高波」「熱中症や死亡リスク」が特に適応対策が待ったなしの分野として定めています。例えば果樹においては、りんご栽培に適する産地が北に移ってしまうため、長野県や青森県でのりんご栽培が難しくなっていくことや、米の農地当たり生産高が減少していくため暑さに強い品種改良が求められることなどが挙げられています。
(出所)「適応策を通じた新しい日本社会像の構築」気候変動適応情報プラットフォーム開設記念シンポジウム
また、住・理事長は、「緩和」への取り組みは積極的で、「適応」への取り組みは後ろ向きなのではないかという声があることについて、「緩和も適応も両方やらなくてはいけない」と語気を強めていました。緩和への取り組みは国際公約でもあり当然必要、でも適応への取り組みもやらざるを得ないのだという認識を持つことが非常に重要であり、これまであまり意識されてこなかった適応対策に政府も企業も取り組む必要があることを感じさせられました。
農作物への影響はすでに出始めている
(出所)「農林水産分野における気候変動対応について」気候変動適応情報プラットフォーム開設記念シンポジウム
農林水産省の安達巧・農林水産技術会議事務局研究専門官は、すでに現れている農作物への影響を指摘していました。例えば、稲作では、胚乳の成熟が不完全な「白未熟粒」現象が見られるといいます。また、みかん栽培では、皮と身が離れてしまう「浮皮症」が発生し始めていると言うことです。農林水産省では、新たな産地の育成、品種改良、自然災害に備えた対策設備の整備などを現在検討しています。
洪水対策では「想定しうる最大規模」で整備
(出所)「我が国の気候変動の影響への適応に向けて」気候変動適応情報プラットフォーム開設記念シンポジウム
気候変動により、日本の沿岸部では海水面の上昇も予想されています。鎌形浩史・地球環境局長の講演の中では、上図のように、日本三大都市圏においても大きな水没被害が統計上指摘されていることも取り上げられました。国土交通省の中込淳・水管理・国土保全局河川計画課河川計画調整室長は、昨年度に改正された水防法の規定により、「想定しうる最大規模の浸水想定区域」を定め、治水強化を検討していくとしています。中込室長は、欧米では現在1000年に一度の異常気象にも耐えられるインフラ整備に乗り出している中、日本では100年に一度への対応も現在整備途中段階だとして、対策が遅れていることを匂わせていました。
緩和も適応も
シンポジウム全体としては、今後の環境変化を国民全体、人類全体としてどう受け止めていくかということについても関心を高めるべきであるということに私自身もあらためて気付かされました。昨年日本でもデング熱感染が広がったこと、台風の進路がおかしくなってきていること、ゲリラ豪雨の発生頻度が増えてきていること、すでに天候の異常は私たちの知るところなっています。さらに、今回のシンポジウムで指摘されたように、農作物への影響も出始めています。もちろん「適応」対応をしっかりすることは「緩和」を疎かにすることに言い訳にはなりません。これだけ大きな「適応」対応が指摘されているからこそ、少しでも「緩和」していくことが大切なのです。
夫馬 賢治
株式会社ニューラル サステナビリティ研究所所長
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