中国全国人民代表大会常務委員会6月30日、香港国家安全維持法案(香港国安法)を可決。同法が成立した。同法は、香港返還前の1990年に全国人民代表大会で可決した香港特別行政区基本法の第23条に基づく法律。同条では、中国政府に対する反逆、分離、扇動、転覆を禁止する国家安全維持法を制定することを義務化していたが、制定から30年が経過しついに立法された。
香港は、1997年に英国から中国に返還され、中国の領土の一部となった。香港の地位については、1984年英中共同声明が双方の法的合意文となっており、英国から中国に主権が移るとともに、「香港特別行政区(SAR)とする」「香港は高度の自治権を享受」「香港には行政権、立法権、独立した司法権と終審裁判権が与えられる」「香港政府は現地人によって構成、行政長官は現地で選出、中央政府が任命」「現行の社会・経済制度、生活様式を維持」「国際金融センターの地位を保持。香港ドルも使用」「これらの方針と政策は50年間変更しない」を取り決めている。それにより、香港については、中国大陸とは異なる「一国二制度」を享受する権利があると解されている。
一方、香港返還後、中国政府に香港の国内統治権があり、1982年に改正された中華人民共和国憲法の第31条で、香港特別行政区の設置に関する規定を設け、前述の香港特別行政区基本法で具体的な香港の地位を規定している。同法では、行政府の長として間接選挙で選ばれる香港特別行政区行政長官と、立法府であり定員の半数のみが直接選挙で選出される香港特別行政区立法会が、司法府では香港独自の法体系を管轄する香港終審法院が置かれているが、いずれも中央政府が定める香港特別行政区基本法が根拠法となっている。
香港特別行政区基本法の解釈権は、全国人民代表大会常務委員会にある。但し、中央管理事項や中央と香港特別行政区の関係に関する事項以外については、香港終審法院に解釈権が委託され、独自に裁判ができるようになっている。
今回制定された香港国家安全維持法は、香港特別行政区基本法の解釈権を持つ全国人民代表大会常務委員会で立法された。同常務委員会は約200人の委員で構成され、年に1回の開催が基本の全国人民代表大会が閉会している間は、常務委員会が全ての権限を持っている。そのため、中国の国内事案である「一国二制度」をどう実現するかについては、法的には全て同常務委員会が有しており、それに他国が口を出すことは、国際法上は内政干渉に当たる。英中共同宣言の解釈権は、当事者である英国政府も持っているが、同宣言に違反した場合にも中国政府は英国政府に対して補償をする責任を負うが、香港市民に対しては補償する国際法上の義務はない。
同法は、全66条で構成。香港特別行政区に対し、中国の国家安全維持の職責と機構を明確にした。まず、香港特別行政区は、行政長官を委員長とする国家安全維持委員会を設置し、中央人民政府が任命する国家安全事務顧問が諮問意見を提供する。そのため実質的に中央人民政府の意向が反映される形となる。また香港の警察と検察には、国家安全維持に関する専門部門を設置することも義務付けられた。さらに、中央人民政府が直接出先機関として国家安全公署を香港に置く。
同法が犯罪行為として定めるものは、「国家分裂罪」「国家政権転覆罪」「テロ活動罪」「外国又は境外勢力と結託し国家安全に危害を及ぼす罪」の4つ。前3つの罪については、主犯は無期懲役もしくは10年以上の懲役、積極参加者は3年以上10年以下の懲役、その他の参加者は3年以下の懲役等を定め、幇助や教唆についても刑を定めている。最後の罪については、3年以上10年以下の懲役だが、重犯罪では無期懲役もしくは10年以上の懲役とした。
とりわけ同法についての注目が集まっているのは、立法管轄権。香港永住権保有者、香港籍法人、香港滞在者、香港籍船舶および航空機内だけでなく、第38条で香港域外にいる非香港永住権保有者にも適用する、域外適用の規定を設けた。そのため、同法違反を認定された者が中国国内等の執行管轄権が及ぶ範囲に入境した場合に刑が執行される可能性がある。
同法違反の裁判は、香港の裁判所の裁判官もしくは元裁判官数名で構成する特別法廷が設置される。律政司司長(法務相に相当)が必要と判断すれば、陪審員を設けないこともできる。また特別法廷の裁判官は、国家安全維持委員会と終審法院長官に意見を諮問することができるとされており、これにより実質的に中央人民政府の意見が反映される国家安全維持委員会が大きな発言力を持つこととなる。また、中央人民政府が任命する国家安全事務顧問が判断すれば、中国大陸の最高人民検察院と最高人民法院が検察権と裁判権を行使し、特別法定を直接設置することができる。
同法に対し、英中共同声明の当事者である英国のドミニク・ラーブ外相は、一国二制度の約束を反故にしたと批判。香港永住権保有者に対し、英国市民権を付与する計画を表明した。また、英国のジュリアン・ブレイスウェイト国連大使は、27カ国を代表し、国連人権理事会に対し、自由権と社会権の人権観点から国際法違反を追及する姿勢を示した。27カ国は、英国、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、オーストリア、スロベニア、スロバキア、アイルランド、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ラトビア、エストニア、リトアニア、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタイン、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、パラオ、マーシャル諸島、ベリーズ、日本。英国の声明では、新疆ウイグル自治区での人権侵害も同様に追及した。米国は、2018年から人権理事会に参加していない。
一方、キューバを代表とする53ヶ国は、国連人権理事会に中国を支持する立場を示した。53ヶ国は、中国、キューバ、ドミニカ、アンティグア・バーブーダ、ニカラグア、ベネズエラ、スリナム、カンボジア、ミャンマー、ラオス、スリランカ、ネパール、パキスタン、タジキスタン、イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、バーレーン、オマーン、イエメン、シリア、レバノン、パレスチナ、エジプト、モロッコ、スーダン、南スーダン、エリトリア、ジブチ、ソマリア、ニジェール、ガンビア、シエラレオネ、トーゴ、ギニア、ギニアビサウ、赤道ギニア、ガボン、カメルーン、ブルンジ、中央アフリカ、レソト、コンゴ共和国、モーリタニア、レソト、トーゴ、ザンビア、ジンバブエ、モザンビーク、パプアニューギニア、コモロ、ベラルーシ、北朝鮮。反対している国は、中国の施策への支持そのものではなく、内政干渉の忌避を示しているところも多いと考えられる。
(出所)Axios
【参照ページ】UN Human Rights Council 44: Cross-regional statement on Hong Kong and Xinjiang
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