
欧州人権裁判所は4月9日、民間人がスイス国家を相手取り提訴した気候変動人権訴訟で、同様の訴えを棄却したスイス連邦最高裁判所の判断を不当とする判決を下した。原告側勝訴となり、スイス政府は気候変動対策の強化を法的義務として課せられる形となった。
今回の事案の発端は、2016年にスイス高齢者気候変動団体Verein KlimaSeniorinnen Schweizと同団体の会員4人が原告となり、スイス行政手続法に基づき、連邦参事会(連邦内閣)とスイス環境・輸送・エネルギー・通信省(DETEC)に対し、行政不作為で提訴したことにある。
原告側は、スイス政府がスイス憲法第10条(生存権)、第73条(持続可能性の原則)、第74条(環境保護)及び欧州人権条約規約(ECHR)第2条(生命に対する権利)と第8条(私生活および家族生活の尊重を受ける権利)に違反しており、スイス国会と連邦政府機関に対し、2020年までに1990年比で25%以上、2050年までに同50%以上の温室効果ガス排出削減を達成するため、産業界への規制アプローチを策定するよう求めた。2016年当時スイスでは、2020年までに同20%減、2030年までに同30%減とする目標を策定中だったが、これを不十分と指摘していた。
しかしDETECは2017年、同提訴は高齢者である原告の権利に直接影響を与える事案ではなく、原告適格性を欠くとし棄却。原告側は不服とし、2018年にスイス連邦行政裁判所に控訴したが、同裁判所も原告適格性に欠けるとし棄却。原告側は不服とし、2019年にスイス連邦最高裁判所に上告したが、2020年5月に、原告が求める救済は、司法ではなく政治手段によって達成されるべきとし棄却した。そして原告側は、スイス国内での法的救済手段をすべて使いつくしたとし、2020年11月に欧州人権裁判所に提訴した。
欧州人権裁判所は、1959年にフランスのストラスブールに設置され、1998年に欧州人権条約が改正されたことにより常設機関となった。欧州人権条約は、EUではなく、1949年に発足した欧州評議会の条約機関で、EU加盟国だけでなく、スイス、英国、ノルウェー、サンマリノ、リヒテンシュタイン、モナコ、アイスランド、ウクライナ、モルドバ、トルコ、キプロス、セルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニア、アルバニア、ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンも加盟している。
欧州人権裁判所は今回、同事案は、欧州人権条約第8条に基づき、気候変動が個人の生命、健康、幸福、生活の質に及ぼす深刻な悪影響から国家当局によって効果的に保護される個人の権利が包含されていると判断。同条約締約国には、気候変動による現存する、そして不可逆的である可能性のある将来の影響を緩和することができる規制や措置を採用し、実際に適用する責務があると伝えた。さらに、これらの権利を効果的に尊重するには、原則として今後30年以内に、カーボンニュートラルに到達することを視野に入れつつ、温室効果ガスの排出レベルを削減するための措置を講じることが各国に求められ、関連する目標と期限を設ける責務があるとした。欧州人権条約第2条への違反に関しては、第8条側で検討したため、判断を避けた。
その上で、原告側が主張していた同条約第6条(公正な裁判を受ける権利)の違反に関しては、DETECとスイス連邦行政酸番所が原告適格性に欠くと棄却したことは不当と判断した。
これらを受け、判決では、欧州人権裁判所としてスイス政府が実施すべき詳細について規定することは避け、スイス政府自身が連邦参事会の支援を得て、欧州人権条約上の責務を果たすために、取るべき具体的な措置を取るべきと伝えた。
一方、同日、同じく提訴されていた気候変動人権訴訟2件については不受理とし、原告敗訴となった。1件目は、フランスのグラン=シント市の元市長ダミアン・カレーム氏が、フランス政府を相手取り、関連公約の遵守、気候問題を優先することの義務付け、温室効果ガス排出を増加させる可能性のあるあらゆる行為を禁止するための立法措置及び規制措置の実行、フランスにおける気候変動適応措置の直ちの実行を求めていたもの。欧州人権裁判所は、原告のダミアン・カレーム氏がすでにグラン=シント市を離れ、ベルギーのブリュッセルに住んでおり、将来の影響についても、同氏の将来の居住場所に確実性がないことから、原告適格性がないと判断した。
もう1件は、ポルトガルの若者6人が、ポルトガル及び他の32カ国政府を相手取り、気候変動対策の強化を求めたもの。欧州人権裁判所は、原告が求めた域外裁判管轄権を設定する根拠に乏しいと判断し、ポルトガル政府のみが被告適格があると判断。その上で、原告側はポルトガルでの法的救済手段を尽くしていないため、まずはポルトガルの裁判所に提訴すべきとし、棄却した。
【参照ページ】Grand Chamber rulings in the climate change cases
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