グローバル人権NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチは1月30日、世界90ヶ国以上の人権問題についてまとめた報告書"World Report 2015"を公表し、各国の政府が安全上の課題に対して人権を軽視した対処をすることは大きな過ちだと訴えた。同報告書は今年で25版目となる。
報告書の公表にあたり、ヒューマン・ライツ・ウォッチの代表を務めるKenneth Roth氏は「今日起きている危機の多くは人権侵害によって引き起こされ、悪化している。人権の保護と民主的なアカウンタビリティの確保こそが、危機解決の鍵となる」と語った。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは報告書の中で人権が危機にさらされている各国の現状について国別にまとめられている。日本ではあまり話題に上ることが少ない人権問題だが、今世界では政府による軍事行動やテロ行為など安全保障に関わる問題の背後でどれだけ多くの市民が人権の危機に晒されている。今年の報告書の主な内容は下記の通り。
ISISの勢力拡大
昨今の人権に関わる国際的な危機課題の一つに過激派「イスラム国(ISIS)」の勢力拡大が挙げられるが、ISISは何もないところから突如出現したわけではなく、米国のイラク侵攻によって残された治安の空白、宗派的かつ横暴な政策、さらに、これら事実に対する国際的な無関心が、ISISを勢いづける大きな要因となっている。
イラク
イラクのハイダル・アバディ首相は、より包括的な政治体制を目指すとしながらも依然として処罰を受けることなくスンニ派市民を殺害しているシーア派民兵組織に大きく依存しており、政府軍も市民や人口密度の高い地域への攻撃を行っている。スンニ派市民がイラクに安心して住めるよう、人権を軽視した司法制度を見直し、宗派的支配を終結させることはISISの残虐行為を止めるための軍事行動と同様に重要となるが、アバディ首相は今のところ基本的な改革の実行に失敗している。
シリア
シリアでは、バッシャール・アル・アサド大統領率いる軍隊が非人道兵器として批判されている「たる爆弾」などの無差別兵器を使用した攻撃で反体制派が支配する地域の一般市民を苦しめている。このような状況の中、虐殺を阻止するための国際協力に中国とロシアが反対したことから国連安全保障理事会はほとんど何もせず傍観するのみで、米国とその同盟国は逆にISISへの軍事行動を開始した。このような各国の姿勢に対し、ISISは、アサド体制による残虐行為に立ち向かえるのは自分たちだけであると主張し、潜在的な支持者たちへのアピールに利用している。
ナイジェリア
また、ナイジェリアではイスラム過激派組織のボコ・ハラムによる一般市民および治安部隊への攻撃、市場、モスク、学校を標的とした爆撃、数百人規模の少女や若い女性の誘拐などが大きな問題となっている。それに対しナイジェリア軍はボコ・ハラム支持者と疑われる男性や少年数百人を拘留し、虐待し、時には殺害をもしているが、政府が人々の支持を得るためにすべきことは、政府軍による虐待行為の実態を明らかにし、実行者を罰することだ。
米国
治安上の課題に直面した際の人権軽視の傾向は米国でも見られる。米国上院委員会がCIAによる拷問の実態をまとめた報告書を公表した際、オバマ大統領は拷問の事実を否定し、同報告書に記載されていた拷問行為を命じた人物に対する捜査も拒否した。この事実は将来の大統領がこのような拷問を犯罪としてではなく政策の一つとして捉えることにつながりかねず、米国の他国における拷問行為の告発を強いる力が弱まる。
その他
ケニアやエジプト、中国など多くの国々でテロに対する治安部隊の残虐行為が状況を悪化させている。エジプトにおけるムスリム同胞団の抑圧は、政治的なイスラム主義者が選挙で力を得ようとすれば抑圧を受けることになるという非生産的なメッセージとなり、それが暴力的な手法を助長しかねないとしている。また、フランスでは、先般のシャルリー・エブド襲撃事件を受けて、必ずしも暴力を誘発するスピーチとは言えない表現に対するテロ対策法が適用されたが、この法律についても、表現の自由が制約され、他の国家政府においても体制批判者を抑圧するための法律の悪用につながりかねない。
上記のような昨今の世界各国における人権の危機を踏まえ、ヒューマン・ライツ・ウォッチは安全上の課題に対応するためには、危険と思われる個人を封じ込めるだけではなく、社会的・政治的秩序を支える道徳的な骨組みを再構築することが大事だと主張する。
Roth氏は「人権を政策活動の本質としてではなく、贅沢なものとして誤った解釈をしている政府がいる。各国の政策決定者は、人権を苛立たしい束縛としてではなく、危機や混乱から抜け出すための道徳的指針として捉えなくてはならない」と付け加えた。
上記で紹介した国以外にも、報告書では児童労働や児童婚、移民問題など世界の国々が抱える様々な人権問題について取り上げられている。自社やサプライヤーが事業を展開している国々の人権問題の現状についてより詳細に知りたい方は、ぜひ下記から報告書を読んで頂きたい。
【報告書ダウンロード】World Report 2015
【団体サイト】Human Rights Watch
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