ビジネスと人権に関する指導原則は、2011年に国連人権理事会で承認された、全ての国と企業が尊重すべきグローバル基準です。法的拘束力はありませんが、企業に焦点をあてて様々なステークホルダーとの議論の末にまとめられたこの原則は、高い説得性と正当性を持って数多くの議論やガイドラインに影響を及ぼしています。
背景
2008年、国連事務総長特別代表に任命されたジョン・ラギー氏は「国際連合『保護、尊重及び救済』枠組」という提案を人権理事会に提出し、全会一致で承認されました。これは大きな影響力を持ち、国際標準化機構(ISO)によって2010年に発行されたISO26000(社会的責任に関する手引き)に取り入れられ、2011年に改訂された経済協力開発機構(OECD)の多国籍企業行動指針において、NCP(National Contact Point: 行動指針の各国連絡窓口)による問題解決支援の機能も強化されました。
国連人権理事会は、ラギー氏にこの枠組みを実施するための原則の策定を求め、2011年6月、「ビジネスと人権に関する指導原則」が全会一致で承認されました。この指導原則をいかに実行していくかをテーマとして、毎年ジュネーブで国連ビジネスと人権フォーラムが開かれています。
指導原則の内容
ビジネスと人権に関する指導原則は、3つの構成からなっています。
1. 人権を保護する国家の義務
国家は、その領域で、また管轄内で人権が侵害されることを防ぎ、もし侵害が起こった時には、その侵害状態を取り除き、責任者の処罰と必要な場合には補償を確保する義務があります。また国家は、企業に対して、様々な立方的、行政的方法によって、企業活動を通じて人権が尊重されるよう求める必要があります。
2. 人権を尊重する企業の責任
a. 方針によるコミットメント
企業は、全ての企業活動において人権を尊重する責任を、方針として公にします。
b. 人権デューデリジェンス
企業は以下を実行することで、人権を尊重する責任を果たすことが求められます。
- 企業が関与する、人権への負の影響について、特定し、分析し、評価します。
- 評価した結果を企業の対処プロセスに組み込み、適切な行動を起こします。
- 質的・量的な指標に基づき、継続的に追跡評価をします。
- 企業の対応について、外部に知らせます。
c. 是正
企業は、人権への負の影響を引き起こし、またはこれを助長したことが明らかになる場合には、是正に努めなければなりません。
3. 救済へのアクセス
人権の侵害が生じた場合に、影響を受ける人々が実効的な救済を受けられるように救済制度へのアクセスが保証されることが必要です。救済制度は「苦情処理メカニズム」と呼ばれ、これらを通して、企業活動によって引き起こされる人権侵害に対する苦情申し立てが可能となります。
指導原則は、すべての国家とすべての企業に適用されることを考えて作られています。ここですべての企業とは、その規模、業種、拠点、所有形態及び組織構成にかかわらず、多国籍企業、およびその他の企業を含むとされています。また、社会的に弱い立場におかれ、排除されるリスクが高い集団や民族に属する個人の権利とニーズ、その人たちが直面する課題に特に注意を払うことを求めています、また、性別による差別的な取り扱いが無いように、実施されなければなりません。
指導原則に関連するその他の動向
2014年6月、国連人権理事会において、ビジネスと人権に関する2つの決議が採択されました、一つは、多国籍企業を規制するために法的拘束力を持つ文書の作成を目的とする政府間ワーキンググループの新設を求めるもの、もう一つは法的拘束力を持つ文書の効果と限界について現在の国連ワーキンググループに調査報告を求めるものです。
2015年6月に行われたG7エルマウ・サミット首脳宣言において、「安全でなく劣悪な労働条件は重大な社会的・経済的損失につながり、環境上の損害に関連する。グローバリゼーションの過程における我々の重要な役割に鑑み、G7諸国には、世界的なサプライ・チェーンにおいて労働者の権利、一定水準の労働条件および環境保護を促進する重要な役割がある。」という文言が盛り込まれました。
ビジネスと人権に関する政府行動計画(NAP: National Action Plan)は、指導原則に即してビジネスと人権に関し、各国政府が立案し執行する政策文書です。その目的は、様々なマルチステークホルダーからのニーズとギャップ、具体的・実行可能な政策と目標を明らかにするプロセスによって、企業による人権侵害を防止し、人権保護を強化することです。2014年8月には、NAP策定の重要性に関する報告書(国連ワーキンググループが作成)が国連総会に提出されています。英国が2013年にNAPを公表して以来、いくつかのEU加盟国やアメリカがNAP作成を表明していますが、2015年9月現在、日本はまだ作成には至っていません。
参考
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