Sustainable Japan QUICK ESG研究所

【水口教授のヨーロッパ通信】英国が受託者責任規定の見直しへ(その1) ~ ケイ・レビューへの回答 2015/04/30 ESGコラム

uk

 今、英国では年金基金の受託者責任に関する規定の見直しが進んでいる。具体的には労働・年金省が規定の改正に関する意見募集(脚注1)を行い、4月末に締め切ったところである。その主要な論点は2つ。1つは環境、社会、コーポレートガバナンス(ESG)の扱い、もう1つはスチュワードシップと受託者責任の関係についてである。このうち本稿では、ESGの扱いについて見ていくことにしたい。
日本では2014年にスチュワードシップ・コードが公表され、2015年6月からコーポレートガバナンス・コードの適用が始まるが、これらの概念はいずれも英国で最初に生まれたものである。したがって、受託者責任に関する英国の議論も、日本の次のステップを考える上で注目しておく価値があるだろう。

見直しの経緯と現状

 最初に今回の見直しに至る経緯を簡単に整理しておこう。議論の出発点はケイ・レビューであった。2012年にジョン・ケイ教授が中心になってまとめたケイ・レビューは、英国のビジネス・イノベーション・技能省の委託に基づいて同国の株式市場の機能について考察したものである。その中で、投資専門家の間でも受託者責任に関する理解が必ずしも一定していないことが指摘された。特に、一部の専門家は受託者責任を短期的な財務的リターンを最大化することだと解釈し、その結果、長い目で見て企業業績に影響する要因に対する考慮が欠けていたとう。この指摘を受けて、政府は法制委員会(Law Commission)に受託者責任に関する調査を行うことを指示した。英国の法制委員会とは、法律に基づいて設立された独立の機関で、法制度の公平性や効率性などを研究し、議会に勧告を行うことを任務としている。

 政府が指示した検討事項には、年金基金等の受託者が次の要素をどの程度考慮すべきかが含まれている。①持続可能性や環境・社会への影響などの、すぐには財務的影響をもたらさないかもしれないが、長期的な投資成果に関連する要因、②財務的リターンの最大化を超えた利益、③受益者の財務的利益にすぐには結びつかない場合の、一般に広まっている倫理的基準や受益者の倫理的な視点、の3つである。

 これに対して法制委員会は、2014年7月に最終報告書を公表した(脚注2) 。結論は、受託者は財務的に重要性のある要因は、長期的なものも含めて考慮に入れるべきだというもので、ESG問題及び倫理問題も財務的な重要性があると考える場合には、考慮すべきだとしている。さらに、財務的リターンの追求が年金受託者の第一の関心事であるべきだが、それ以外の非財務的な要素を考慮に入れることも、基金のメンバー(受益者)が同じ見方を共有していると考える十分な理由があり、重大な財務的損害をもたらすリスクがない限り、許容されると結論づけている。政府は2014年10月にケイ・レビューに関する進捗報告書(脚注3)を公表し、その中で、受託者責任に関する法制委員会の結論を受け入れることを表明した。そして法制委員会の勧告に従い、2015年初頭に職域年金基金に関する規則 (脚注4)の見直しに着手したのである。

ESGと受託者責任

 英国の職域年金基金は年金法に基づいて、投資原則書(Statement of Investment Principles : SIP)を策定することを義務づけられており、これに沿って投資意思決定をしなければならない。SIPに何を書くかは、職域年金基金規則第2条(3)で規定されており、その中に「投資対象の選別、保有、売却に際して社会、環境、倫理的要素を考慮する程度」という項目がある。しかし法制委員会によれば、社会、環境、倫理という用語は、従来、明確に定義されておらず、それらを考慮すべきなのかどうかを判断する助けになってこなかったという。

 なぜそれが受託者責任と関わるのかと言えば、ある範囲のESG問題を考慮することは、受託者責任の一部だと彼らが考えているからである。

 この議論を理解する鍵は、「財務的要素(financial factor)」「非財務的要素(non-financial factor)」という用語と、ESGや倫理という用語を切り分けて考えることにある。法制委員会によれば、ESGや倫理に関わるかどうかは、財務的要素かどうかを決める決定的な要因ではない。ESG問題であろうと倫理的考慮であろうと、財務的な重要性があれば財務的要素に分類され、したがってそれを考慮することは受託者責任の一部ということになる。一方、非財務的要素とは、財務的重要性とは別の関心によって動機づけられ、投資意思決定に影響を与え得る要素である。たとえば環境や社会への配慮が受益者の生活の質の向上につながったり、倫理的な観点から特定の産業への反対を表明したりすることである。前述の通り、法制委員会は、非財務的要素を考慮することも否定していない。基金のメンバーが同じ見方を共有していると信じる理由があり、財務的に重大なリスクがなければ、非財務的要素に基づいて意思決定してもよい。ただ、財務的要素と非財務的要素を明確に区別して考えられるように、規則第2条(3)の規定を修正すべきだというのである。

 これを受けて労働・年金省は、同規定をどのように修正すべきかについて意見募集を行った。特に、①財務的な重要性のあり得るESGを含む長期的なリスクをどのように評価するのか、②どのような状況下で非財務的要素に基づく意思決定を行えるのか、についてSIPに記載することを求めるべきかどうか意見を聞きたいとしている。これらは、日本の機関投資家にとっても興味深い論点ではないだろうか。この意見募集は2015年2月26日に公表され、4月24日に締め切られた。2015年後半には政府の回答を公表する予定だという。その帰趨に注目したい。

脚注1:Department for Work and Pensions (2015), Consultation on changes to the Investment Regulations following the Law Commission’s report ‘Fiduciary Duties of Investment Intermediaries.’

脚注2:The Law Commission (2014), Fiduciary Duties of Investment Intermediaries.

脚注3:Department for Business Innovation and Skills (2014), Implementation of the Kay Review : Progress Report.

脚注4:The Occupational Pension Schemes (Investment) Regulations 2005

(QUICK ESG 研究所 客員フェロー 水口 剛)

執筆:水口 剛

校正:松川

Facebookコメント (0)

ページ上部へ戻る