Sustainable Japan QUICK ESG研究所

【水口教授のヨーロッパ通信】COP21の成果と影響 - PRI理事ピーター・ウエブスター氏に聞く 2016/03/25 ESGコラム

cop21

 昨年12月にパリで開催されたCOP21は平均気温の上昇を2℃未満に抑えることを明記したパリ協定(Paris Agreement)を採択して幕を閉じた。この成果をヨーロッパの責任投資の関係者はどう受け止めているのだろうか。英国で30年以上にわたって責任投資に関わり、責任投資原則(PRI)の理事も務める、EIRIS(ESG評価機関)のCEO、ピーター・ウエブスター(Peter Webster)氏に聞いた。

質問

(Q)COP21でパリ協定がまとまりました。どう評価されていますか。

(A)全体としては、とても良かったと思います。確かに、各国のすべてのコミットメントを足し合わせても、2℃未満を達成するのに十分ではありません。この点は今後の課題です。

 しかし、いまや私たちは従来考えてきたよりも、ずっと厳しいレベルを見据えています。この事実は、大きな前進です。しかもこれを実現するために、多くの仕組みが採用されました。たとえば、5年ごとのレビューというアイデアです。単に5年ごとに集まって見直すというのでなく、目標を向上させていくことが求められています。他にも、共通のベースラインや実施状況の報告など、これらすべてのことが、各国の約束をより現実的なものにするでしょう。

 さらに、1.5℃を実現するために真剣な検討がなされるということも、とても良いことです。

 地球温暖化の責任は先進国にあるといった責任論に深入りすることを避けながら、先進国から途上国への資金移転のメカニズムを確保するなど、とても実務的で、賢明な進め方をしたと思います。

(Q)このパリ協定で実際に2℃未満を実現できると思いますか。

(A)今も言った通り、各国の目標が現状のままなら、2℃未満の達成には足りません。しかし、協定の中に目標を向上させていく仕組みが組み込まれています。目標は各国の自主的なものですが、私たちは、いったん方向が決まれば、それがいかに進歩を加速するかということを知っています。

 私は、東日本大震災が起きた後の日本のことを思い出します。ひとたび節電目標が決まると、多くの人が協力し、目標を上回る節電を達成しました。同じように、今回の協定の合意で方向が明確になりましたから、人々の行動が加速するに違いありません。20年後には全く新しいテクノロジーが登場して、今はまだ予想できないようなことが実現するのではないでしょうか。

(Q)この合意は経済成長と両立すると思いますか。

(A)私自身はこの分野の専門家ではありませんが、グリーンエコノミーを提唱する多くの論者が、低炭素社会への移行は経済成長に対してポジティブな影響があると言っています。これから起こることは、単に電気のスイッチをこまめに切って節約する、といったことではなくて、新エネルギーの開発やエネルギー効率の改善に多くの投資が行われ、多くの技術開発が進むということです。そこにはさまざまな成長の機会があるのではないでしょうか。

 もちろんその影響は業界によって異なります。石炭産業やエネルギー多消費型の産業は、対応を考えなくてはならないでしょう。しかし多くの業界では前向きに受け止めていると思います。

(Q)機関投資家はどう動くのでしょうか。

(A)世界の機関投資家は、すでにいろいろな動きを始めています。たとえば、PRIは2014年に「モントリオール炭素誓約(Montreal Carbon Pledge)」を始めました。これは、機関投資家が自らのポートフォリオのカーボンフットプリントを測定して公表するという約束です。COP21までに120の機関投資家が署名しました。その資産総額は10兆ドルです。当初の目標は3兆ドルでしたから、目標を大きく上回りました。

 モントリオール炭素誓約は測定して公表するだけですが、さらに脱炭素化まで踏み込んだ「ポートフォリオ脱炭素化連合(Portfolio Decarbonization Coalition)」も2014年に発足しています。彼らの当初の目標は、1千億ドルの資金を持つ投資家のコミットメントを集めることでしたが、COP21の2週間前には2倍の2千億ドルのコミットメントが集まり、それから10日後のCOP21直前には6千億ドルに達しました。脱炭素化には、カーボンフットプリントの大きい企業の株式を売却することだけでなく、エンゲージメントを通じて排出の削減を求めるなど、いろいろな行動が含まれます。次のステップは、この約束をきちんと実行することでしょう。

 さらに「ダイベスト・インベスト・フィランソロピー」というグループもあります。これは、化石燃料に関わる企業の株式を売却し、代わりに低炭素技術などに投資をすることを宣言する投資家の集まりです。集まったコミットメントは50億ドルですから、脱炭素化連合に比べれば資金規模は小さいのですが、興味深い動きです。というのも、署名しているのが環境保護や健康の促進を目的にした基金などだからです。彼らは、自らの資金を運用し、そこで得た資金を基にして環境保護や健康促進の支援をしているわけですが、今までその2つの活動はばらばらに行われていました。そのため、基金の目的とする活動と運用とが矛盾する可能性があったのです。大学もそうです。一方で世界を良くするための教育をしながら、他方でファンドの運用が世界にダメージを与えているかもしれない。そういう問題を提起したところに、このグループの特徴があると思います。

(Q)脱炭素化という言葉の意味は、必ずしも確定していないようです。

(A)そうですね。排出量の大きい企業の株式を売却することでポートフォリオのカーボンフットプリントを減らすことを指す場合もありますし、投資先企業とエンゲージメントをして排出削減を働きかけることを意味する場合もあります。再生可能エネルギーなどへの投資が含まれることもあります。

 つまり、いろいろなアプローチが許容されているわけです。それは十分理解できることです。特に、資産規模の大きい機関投資家は、単にポートフォリオを脱炭素化しようとしているのではなく、経済全体を脱炭素化しようとしているからです。

 たとえば大きな資金を運用する投資家にとって、ポートフォリオに含まれるすべての炭素排出を避けることは困難です。彼らは石油企業や石炭企業にも投資しています。そういう企業に対しては、今ある設備は使い続けるとしても、今後新たに化石燃料に関わる投資をするのはやめるようにとエンゲージメントすることが考えられます。世界が2℃未満を目指して進もうというときに、当社はどうあるべきなのか、2℃の世界を前提にしたビジネスプランを作ってほしいということです。アセットオーナーとしての懸念を企業に伝えるわけです。

 こんなふうに個々の企業や業界の特性に応じて、さまざまなアプローチをとる必要があるので、脱炭素化という言葉は多様な意味を含むのです。

(Q)一方で、カーボンフットプリントの測定方法などの標準化に向けた動きもあります。

(A)UNEP FIやGHGプロトコルが中心になった「ポートフォリオ・カーボン・イニシアティブ」が投資家向けガイダンスの作成を計画しています。2015年には『気候戦略と方法:機関投資家の選択肢の探求』と題した報告書を出しました。これも良いことです。今はまだこうした動きが始まったばかりなので、多様なアプローチがあるのは良いことですが、やがては共通のアプローチに収斂していく必要があるでしょう。少なくとも、それぞれのアプローチがどう違うのか、きちんと区別して理解できなければなりません。ポートフォリオ・カーボン・イニシアティブも、今は多様なアプローチの整理をしている段階です。

 たとえば、モントリオール炭素誓約も始まってまだ1年です。多くの投資家は、これに署名することで初めて自分のポートフォリオがいかに炭素排出に関わっているかを理解するようになりました。そしてどうしたらいいかを考え始めたのです。ある年金基金は、1万社近い企業に投資していますが、その中の50社から80社くらいがポートフォリオのカーボンフットプリントのほとんどを占めていることに気づきました。それらの限られた企業に集中してエンゲージメントすることが重要だと気づいたわけです。

 一方で、実際の経済は非常に多くの企業から成り立っていて、削減目標さえ持っていない企業も多いのです。そういう企業に対しては、CSRの観点から取組みを求める投資家のプレッシャーも有用です。個々の企業にとっては財務的な重要性が小さいことでも、全体を積み上げるととても大きな排出削減になるからです。このように、まだまだ多様なアプローチが必要なのです。そういう考え方を整理していくことは重要だと思います。

(Q)コンサルティング大手のマーサーが2015年に出したレポートの中で「Future Maker」という考え方を提案しています。機関投資家は実際に「Future Maker」になれるでしょうか。

(A)「Future maker」というのは、単に将来の変化に受身的に対応するのでなく、より良い未来を生み出すことに積極的に関わる投資家という意味です。先進的な一部の投資家は、今までもそのような行動をとってきました。PRIもそうですし、気候変動問題に関しては「気候変動に関する国際投資家グループ(IIGCC)」もCOP21に向けて各国の政府機関に投資家としての要望を伝えてきました。

 ただし、ほとんどの機関投資家はまだこの面では十分ではありません。特に運用機関は、翌年度もアセットオーナーとの契約を継続できるようにと短期的な視野になりがちです。アセットオーナーの側からもこの点を改善していかなければなりません。ポートフォリオ脱炭素化連合などはそういうことも目指しているのだと思いますが、まだ長い道のりです。

 PRIの署名機関でさえ、何らかの取り組みをしているとしても十分でないことが多いし、単に署名しているだけで実質的に何もできていない場合もあります。これは、署名機関のPRIへの報告を見るとわかります。そこで、PRIは署名機関のレベル分けについても検討中で、いずれ署名機関に提案があるはずです。取組み度合に応じてゴールドメンバーやシルバーメンバーというようにレベル分けをしてはどうかということです。まだ決まったことではなく、署名機関からのフィードバックを経てさらに検討することになります。もちろんすべての署名機関が同じである必要はありません。取り組み始めてからの年数の違いもあるでしょうし、投資家としてのタイプや構造も多様なのですから。ただ、「PRIの署名機関であるとはどういうことか」を明確にする必要があるのではないか、ということです。

 PRIは現在6原則ですが、市場の外部性などの「システミックな課題」への取り組みを7番目の原則にするという案もあり、こちらもいずれ署名機関に提案されると思います。こういったさまざまなことが「Future Maker」への転換を促すのではないでしょうか。

(Q)パリ協定の合意でEIRISの評価基準に影響はあるのですか。

(A)EIRISに関して言えば、当面は2015年にフランスのVigeoと合併したことが最も大きな影響になります。気候変動に関しても、同じESG評価機関とはいえ、それぞれ異なるクライテリアを持っていますし、異なる商品もありますので、それらを学び合うだけでも大きな進展が期待できます。さらに、COP21の合意を受けて新たなクライテリアや商品の開発を検討することになると思います。COP21だけでなく、2015年には国連から「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)」も公表されました。今後の世界の進む方向を規定するものですから、これもクライテリアに反映していく必要があると思っています。

(Q)CDPやグローバルコンパクトなどが提唱する「科学的根拠に基づく目標(Science Based Targets)」のイニシアティブについては、どう捉えていますか。

(A)これは、企業が温室効果ガスの排出削減に関して、2℃未満というゴールを前提にした野心的な目標設定をするというコミットメントです。すでに100社以上の企業がコミットしており、とても重要な動きだと思います。ESG評価の際、今までも排出量の削減実績については、その大きさを評価要素に含めてはいましたが、セクター別に科学的根拠に基づいてというほど、精緻な評価をしてきたわけではありません。目標設定についても、目標の有無や科学的根拠を考慮しているかということは評価してきましたが、目標の質の評価まではできていません。その部分に踏み込もうというのですから、今までの議論をさらに前進させる試みだと思います。今後は、単に目標があるかどうかだけでなく、その質が問われるようになるのだと思います。

(Q)パリ協定の合意はこういったさまざまな動きを加速していくのですね。本日はどうもありがとうございました。

(A)ありがとうございました。

 
 

このインタビューは、2015年12月22日(火)に行った。

聞き手:QUICK ESG研究所ロンドン支店 渡邉 / 高崎経済大学 水口

QUICK ESG研究所 特別研究員 / 高崎経済大学経済学部 教授 水口剛

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