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【水口教授のヨーロッパ通信】PRI in Person 参加報告 - 次の10年のテーマは「サステナブルな金融システム」 2016/10/17 ESGコラム

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 「過去の10年を振り返るのではなく、これからの10年を考える機会にしたい」。

 責任投資原則(PRI)会長のマーティン・スカンケ(Martin Skanche)氏は、挨拶の中でこう述べた。2016年9月6日、シンガポールで開催されたPRIの年次会員総会での冒頭の言葉である。2006年に生まれたPRIは、今年10周年を迎えた。その節目の年の会員総会で行うべきは、ここまでの成果を祝うことではなく、次の10年の青写真を描くことだというのである。総会に続いて9月8日まで3日間にわたって開催されたシンポジウム「PRI in Person」では、きわめて幅広いテーマが取り上げられたが、キーワードを1つあげるとすれば、「サステナブルな金融システム(Sustainable Financial System)」だろう。

 次の10年に向けてPRI in Personで何が話し合われたのか、その一端を紹介したい。

1. アジア重視を鮮明に

 PRI in Personをシンガポールで開催したのは、アジア重視の表れである。アジアからの参加者を集め、アジアでのPRIのプレゼンスを高める。その試みは成功したように見える。日本の存在感も、以前に比べて高まった。今年のPRI in Personへの参加者は600人以上と言われるが、会場には日本人の姿も多く、30人近くが来場した。初日の夜にQUICKが主催した懇親会にも約20人が集まり、VigeoEIRIS社のピーター・ウェブスター(Peter Webster)氏、マイケル・ノタ(Michael Notat)氏も交えてESG投資について語り合った。

 総会ではPRIの理事選挙の候補者が紹介された。アセットオーナーの区分で今年度2人の改選枠がある中、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のCIOである水野氏が立候補した(文末【関連記事】参照)。総会でのユーモアを交えたスピーチは聴衆を引き付けた。同氏はPRI in Personの2日目の「長期的視野での投資:機関投資家からの視点」と題した全体セッションでもパネリストとして登壇した。その他、UNEP FIの特別代表の立場から末吉氏が「気候変動が試すポートフォリオ」と題したセッションに、CSRデザインの堀江氏は「解決策としての建設:アジアにおけるサステナブル不動産投資の機会」のセッションに、オムロンの松古氏は「責任投資報告をメインストリームに」のセッションに、それぞれ登壇した。PRIの10周年を記念してつくられたプロモーションビデオ(文末【関連リンク】参照)も披露されたが、その中でも何人もの日本の関係者が登場した。普段から交流のある知人の姿をビデオの中で見つけるのは嬉しい出来事だった。

 一方で中国の存在感も見逃せない。2日目の基調講演の1つとして、中国人民銀行のチーフ・エコノミストのマー・ジュン(馬軍)氏が「グリーン・ファイナンス・システムの構築に向けた中国の取組み」と題したビデオメッセージを寄せた。中国がグリーン・ファイナンスへと舵を切っていることを、聴衆に強く印象づけたのではないか。

 PRIは、今回の総会にあわせて新たな報告書「アジア市場における投資家の責任と義務(Investor Obligations and Duties in Asian Markets)」を公表した。昨年公表した「21世紀の受託者責任」で日本、英国、米国など8か国の状況を調査したことから、今回、中国、香港、インド、マレーシア、シンガポール、韓国のアジア6カ国・地域へと調査対象を広げたものである。ここにもアジア重視の姿勢が表れている。

2. 7番目の原則は撤回

 PRIは今回の総会に先立って「サステナブルな金融システム、原則、影響(Sustainable Financial System, Principle, Impact)」と題した文書を公表し、6月から8月にかけて署名機関から意見募集(formal consultation)をした。そこでのテーマは以下の4つであった。

  1. 投資の実務、市場の構造、規制の中に「サステナブルな金融システム」に対する障害がある。その中でPRIと署名機関が共同して取り組むべき障害はどれか
  2. 現実世界に影響を与えるためのフレームワークとして、持続可能な開発目標(SDGs)をどの程度活用すべきか
  3. 原則の改正をすべきか
  4. 次の10年におけるPRIの成功をどう定義すべきか

 このうち第三のテーマは、昨年の総会で提案された7番目の原則に関わる。この点についてのスカンケ氏の説明は以下である。

 「サステナブルな金融システム」とは突然持ち上がったテーマではない。PRIのミッション・ステートメントには、サステナブルな金融システムに貢献することが掲げられている。それは長期的な価値創造を支え、結果として環境や社会全体にも利益をもたらす。PRIは今までも、「サステナブルな証券取引所(Sustainable Stock Exchange)」イニシアティブや、「21世紀の受託者責任」などのプロジェクトを通じて、このテーマに取り組んできた。これらは、単に投資家と投資先企業との関係に留まるものではなく、より広い金融システム全体に関わるテーマである。だが、PRIの6原則の中では、このことは明示的に述べられていない。そこで、7番目の原則を追加して、サステナブルな金融システムに向けた取り組みを明記することを提案したというのである。

 だが、署名機関の多くはこの提案を支持しなかった。これまで原則に書いていなくても取り組んできたのだから、原則を変える必要はないのではないか。原則を変更すれば、各署名機関は組織内で原則の変更を受け入れるための承認プロセスが必要になる。もっと建設的なことに時間を使うべきだ、というのが主な反対の理由であった。これを受けて7番目の原則という提案は撤回された。PRIは6原則のままとなった。

3. サステナブル金融システムを阻む9項目

 7番目の原則はなくなったが、「サステナブルな金融システム」がPRIのミッションであることは変わらない。次の10年でそれに取り組むという方針にも揺らぎはないようである。3日目早朝の分科会の1つでラウンドテーブルのセッションを設けてこのテーマを議論し、続く全体セッションでも「21世紀に合った金融システムの構築」と題して同じテーマを取り上げた。

 この2つのセッションを通してPRIが考える「サステナブルな金融システム」のイメージが浮かび上がってきた。PRIはまず、意見募集に際して、金融システムがサステナブルでなくなる32項目の要因を挙げて、署名機関の意見を聞いた。その結果、176件の回答の80%が、問題を的確につかんでいると答えたという。次にこれら32項目の中でより本質的な要因は何かを検討して、下の表に示す9項目を優先順位の高いものとして選んだ。セッションではこの9項目を披露して議論がなされた。そこに、「サステナブルな金融システム」の輪郭が表れている。

 PRI in Personの終了後すぐに、PRIは「サステナブルな金融システム:取り組むべき9つの優先項目(Sustainable Financial System: Nine Priority Conditions to Address)」と題した報告書を公表し、各項目について解説している。

 例えば、2番目に挙げられた「受益者利益への注目」とは何か。普通なら「受益者の利益を最優先するのは受託者責任上、当然」というところで思考は止まってしまい、それより先に進むことはないだろう。だがPRIの報告書は、受益者の利益を単に財務的利益だけで考える金融システムは、社会や環境への配慮を組み込みにくいシステムだと指摘する。それは、本当の意味で受益者の利益を考えたことにならないというのである。受益者の関心事は、単に「年金がきちんと支払われるか」だけでなく、健全な環境や社会、将来世代の繁栄などに広がっているし、もし将来、環境が厳しく、不平等で不安定な社会になっていたら、予定通りの金額の年金を受け取っても生活はより苦しくなるだろう。受益者利益を財務的なリターンだけで考える狭い見方が、サステナブルな金融システムの障害になっているというのである。

 6番目の項目は、投資チェーン(investment chain)における委託者(プリンシパル)と受託者(エージェント)の関係が短期主義の圧力を強めたり、モニタリングが十分できなかったりする点を指摘している。自然資源の過剰な利用など、外部性(externality)が市場の判断に正しく織り込まれていないという問題は8番目の項目で取り上げられている。

 注目すべきは、7番目に挙げられた金融化(financialisation)であろう。金融化とは、経済における金融の役割が拡大し、金融的な考え方が広まり、実物経済よりも金融を通じてより大きな利益が生み出されるようになるといった現象を総称する幅広い概念だが、報告書では特に、財務数値で測れることのみを重視する傾向として捉えている。健全な環境や安定した社会などの財務的に数値化できないものに関心が払われなくなるというのである。

 報告書の指摘はそこまでだが、金融化は経済的不平等(economic inequality)の拡大と結びついていると指摘されることが多い。短期主義の投機的取引が巨額の利益を生む一方、実体経済の長期的な安定を損なうからである。署名機関からのフィードバックでは、気候変動と並んで経済的不平等が重要な外部性として指摘された。所得格差の拡大が資本主義とグローバリゼーションに対するネガティブな認識を生んでいるというのである。金融化と格差の拡大という、投資の世界ではある種、必然とも思える流れに、投資家自身がどう向き合うのか、難しい問いに直面していると言ってよいだろう。

 PRIはここに挙げた9つの優先項目を基礎に、今後の10年を見据えた具体的なプロジェクトを検討し、2017年3月に公表予定の青写真(Blueprint)に組み込むという。どんなプロジェクトが動き出すのか、今後の議論の進展に期待したい。

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【関連リンク】
本文 1章 「PRIの10周年を記念してつくられたプロモーションビデオ」に相当
PRI Signatory Interviews – ESG and PRI moving forward(Youtube)

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QUICK ESG研究所 特別研究員 / 高崎経済大学経済学部 教授 水口剛

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